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新しいともだち 1
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マルス公国騎士団長であるアーノルドと、その妻ヴィオレットの間に双子が生まれて十三年。
二人の子供はすくすくと成長した。双子であってもまったく外見も性格も似ていない。長男のトパーズはヴィオレット似で気が強く、次男のシトリンはアーノルドにそっくりで性格は気弱だ。
学校からの帰り道。シトリンは一人で歩いていた。
普段は執事であるコンラッドが送迎してくれるのだが、今日は珍しく用事があるらしい。他の使用人が代わりに送迎してくれることになったが、たまには一人で帰宅したかったので断った。兄のトパーズは用事をすませてから帰るらしい。
「なぁ、お前騎士団長のアーノルド様の息子だろ? 山に行って、魔物倒しに行こうぜ」
「力試しにさ。お前も魔法使えるんだろ?」
突然二人組の少年たちに話しかけられたものの、知らない顔だ。制服から同じ学校なのは分かるが。シトリンは困惑した。
山はここから馬を走らせて一時間ほど。騎士団の訓練に使われたりするそこは、父から「立ち入らないように」と強く厳命されている。
「……んーでも。父上に立ち入らないように言われてるから。騎士団が訓練で使うようなところなんだから。強い魔物が出たら、僕たちじゃ倒せないよ」
恐る恐るそう言うと、彼らはふんっとバカにしたように鼻を鳴らした。
「なんだよ。根性なし。俺たちだけでも行くからなっ」
「パパの言いつけ守っておりこうでちゅねー」
揶揄されて、温厚なシトリンもさすがにむっとした。
「そんなんじゃないけど。何かあってからじゃ、迷惑かけるし……」
恐らくシトリンたちに何かあれば、捜索及び救出にあたるのはアーノルドの率いる騎士団だろう。彼らよりもこってり絞られるのは間違いない。それも無事に戻ることができれば、の話だ。
リスクばかりが高いのに、「腕試し」など行きたくはない。
「アーノルド様の息子のくせに、腰抜けだな」
さらにアーノルドまで引き合いに出され、シトリンが言い返そうとしたときだった。
「おめーら、ルソー男爵家次男アンソニー、トンプソン子爵家三男ダニエルだな!?」
突然聞こえた怒号は、聞き覚えのある声だった。
「ざっけんなよ!
オレの弟に手ぇ出してただですむと思ってんのかよ? ああ!?」
「「ふぎゃっ」」
突然放たれた強風に、少年たちは吹き飛んだ。めりこむほどの勢いで、壁にぶつかる。
かっこよく現れたのは、頼りになる兄、トパーズ。用事が終わって帰宅するところで出くわしたらしい。
「トパーズだ!」
「逃げろ!」
体制を立て直した少年たちは、トパーズの姿を確認するとさっと逃げ出した。
「けっ。雑魚どもが」
ほっとしたシトリンは、目を潤ませてかけよった。
「お兄ちゃぁあーん!」
だが、抱きつくことはできなかった。
「ふぎゃっ!」
トパーズに蹴り飛ばされたからだ。たまらず尻もちをつく。
兄の本気はこんなものではないので、一応手加減しているようだが。
「甘えて抱きついてくんな!負け犬が!」
「ひどい……」
蹴られた腹をさすりながら、シトリンは涙目で起き上がったが、トパーズは変わらず冷たい。
「言われっぱなしにしやがって。帰るぞ」
「う、うん」
歩きだしたトパーズの隣を、シトリンもとぼとぼ歩く。
奪い取るように、トパーズがシトリンからバッグを取り上げた。
「おら、持ってやるからカバン貸せよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
口は悪いが、意外とトパーズは優しいのだ。
「うっぜぇからよー。帰ってから泣くんじゃねーぞ。母さん心配すんだろ」
「大丈夫だよ。殴られたりとかしたわけじゃないし」
「ちっ……! ったりまえだ! お前が怪我してたら、あいつら動けなくなるまで殴ってやるとこだよ!」
「はは……。お手柔らかにね……」
そうこうしているうちに、屋敷についた。
玄関を開けると、待っていたのは母、ヴィオレットだ。
「おかえりなさい」
ふんわりした笑顔でヴィオレットが微笑む。
「ただいまー」
「ただいま戻りました、お母さま」
先祖返りのエルフであるヴィオレットは、三十歳を過ぎた今でも若々しく美しい。どう見積もってもせいぜい20歳くらいにしか見えない。
あまりに若いので、五歳くらいのときは母ではなく親戚のお姉さんのような存在に思っており、トパーズの初恋がヴィオレットだったのは秘密だ。
「着替えていらっしゃい。おやつ用意しておくから」
ヴィオレットに見送られ、トパーズとシトリンはそれぞれの部屋に戻った。着替えをすませて食堂に向かう。
正直トパーズはおやつを楽しみにする年でもないのだけれど、ヴィオレットや使用人たちが毎日用意するのを楽しみにしているので食べることにしている。もっともシトリンはいまだおやつが楽しみだが。
「今日は木苺のケーキですよ」
ノアがケーキとお茶を机に並べる。
料理人が腕によりをかけて作ったおやつは、いつも見た目も美しく、味も美味しい。
トパーズとシトリンはそれぞれ一切れずつだが、ヴィオレットの前には五切れほど並んでいる。見た目に反して彼女は小食ではない。
「今日の学校はどうだった?」
「フツー」
「魔法学の実習が上手くできました」
トパーズの素っ気ない返答は気にしていない様子だ。シトリンの答えに、ヴィオレットは頬を緩ませる。
「そうなの。たくさん練習したものね。私でよければまた教えるから」
エルフの先祖返りであるヴィオレットの魔力は桁外れなのだ。もし魔法騎士団に入団したら、実力をいかんなく発揮できたことだろう。もちろんアーノルドが絶対に許さないだろうが。
「ありがとうございます。お母さま」
母と子の会話を、そばで立っているノアも、にこにこと聞いている。
ケーキを食べ終えた頃、外から車のエンジン音が聞こえた。
「お父さまだわ。今日は早かったのね」
その音を耳にした途端、ヴィオレットが嬉しそうに顔をほころばせてさっと立ち上がる。
ヴィオレットに続いて、トパーズとシトリンや使用人たちも玄関に向かう。
「……ただいま」
まもなく入ってきたのは、やはりアーノルドだった。
長身に黒の騎士服がよく似合う。
「おかえりなさいませ」
「おかえりなさい! 早かったね」
「おかえりー」
「……会いたかった。今日も可愛いね、ヴィオ」
一目散にかけよると、アーノルドはヴィオレットを抱きしめて、額に口づけた。ヴィオレットが頬を赤らめる。
「少し離れただけでしょ? 朝も同じこと言ってたよ?」
もはやいちゃつく両親は日常なので、使用人もトパーズたちも何も気にしない。
「もしもーし。年頃の息子がいるんだから、控えてほしいんですケドー? 寝室でやってよ、親父」
一応釘を刺すが、あっさり流される。
「……どうして可愛い妻が目の前にいるのに、自粛しなくてはいけないんだ。いい加減慣れろ」
父のアーノルドは、結婚して十三年たつ今でもヴィオレットにデレデレだ。十歳年下の妻が、可愛くて仕方がないらしい。
事あるごとに「……お前たちのどちらでもいいから早く家督を継げ。コンラッドに補佐をさせる。そしたらヴィオと屋敷にこもれる」と真顔で言ってくる。
「母さんもオレたちのどっちかに、早く家督を継がせたいと思ってるの?」
とヴィオレットにも聞いたことがある。母はその美しいかんばせを少し傾けて、頬に指を当てた。
「やりたいことがあるなら、公爵位にこだわらずやっていいよ? お父様と同じ騎士団でもいいし、全く別のものでもいいし。公爵を継ぐのだとしても焦らなくていいよ」
「親父が早くどっちか継げって言うだろ」
たいして気にはしていなかったが、いたずら心がでて神妙な表情を作ると、ヴィオレットは美しい顔をくもらせた。
「ああ。そんなに気にしていたの? 可哀想に……。お父様のことは気にしないで? 私からも言っておくね」
そのあとアーノルドはヴィオレットにお灸を据えられたらしく、しばらくは「後を継ぐように」とは言わなくなった。
(ま、結婚して十数年経ってるのに、こんなにイチャイチャできるのはちょっとうらやましいかな。ぜってー言わないけど)
貴族であれば、政略結婚が普通だ。互いに愛人がいることも珍しくない。
貴族の中ではアーノルドとヴィオレットは特殊だと言えるだろう。
「ほらほら。部屋に行って着替えてこよ?」
これ以上アーノルドといちゃついているところを見られたくないのだろう。
ヴィオレットが慌ててアーノルドの背中を押して、階段を上っていった。
二人の子供はすくすくと成長した。双子であってもまったく外見も性格も似ていない。長男のトパーズはヴィオレット似で気が強く、次男のシトリンはアーノルドにそっくりで性格は気弱だ。
学校からの帰り道。シトリンは一人で歩いていた。
普段は執事であるコンラッドが送迎してくれるのだが、今日は珍しく用事があるらしい。他の使用人が代わりに送迎してくれることになったが、たまには一人で帰宅したかったので断った。兄のトパーズは用事をすませてから帰るらしい。
「なぁ、お前騎士団長のアーノルド様の息子だろ? 山に行って、魔物倒しに行こうぜ」
「力試しにさ。お前も魔法使えるんだろ?」
突然二人組の少年たちに話しかけられたものの、知らない顔だ。制服から同じ学校なのは分かるが。シトリンは困惑した。
山はここから馬を走らせて一時間ほど。騎士団の訓練に使われたりするそこは、父から「立ち入らないように」と強く厳命されている。
「……んーでも。父上に立ち入らないように言われてるから。騎士団が訓練で使うようなところなんだから。強い魔物が出たら、僕たちじゃ倒せないよ」
恐る恐るそう言うと、彼らはふんっとバカにしたように鼻を鳴らした。
「なんだよ。根性なし。俺たちだけでも行くからなっ」
「パパの言いつけ守っておりこうでちゅねー」
揶揄されて、温厚なシトリンもさすがにむっとした。
「そんなんじゃないけど。何かあってからじゃ、迷惑かけるし……」
恐らくシトリンたちに何かあれば、捜索及び救出にあたるのはアーノルドの率いる騎士団だろう。彼らよりもこってり絞られるのは間違いない。それも無事に戻ることができれば、の話だ。
リスクばかりが高いのに、「腕試し」など行きたくはない。
「アーノルド様の息子のくせに、腰抜けだな」
さらにアーノルドまで引き合いに出され、シトリンが言い返そうとしたときだった。
「おめーら、ルソー男爵家次男アンソニー、トンプソン子爵家三男ダニエルだな!?」
突然聞こえた怒号は、聞き覚えのある声だった。
「ざっけんなよ!
オレの弟に手ぇ出してただですむと思ってんのかよ? ああ!?」
「「ふぎゃっ」」
突然放たれた強風に、少年たちは吹き飛んだ。めりこむほどの勢いで、壁にぶつかる。
かっこよく現れたのは、頼りになる兄、トパーズ。用事が終わって帰宅するところで出くわしたらしい。
「トパーズだ!」
「逃げろ!」
体制を立て直した少年たちは、トパーズの姿を確認するとさっと逃げ出した。
「けっ。雑魚どもが」
ほっとしたシトリンは、目を潤ませてかけよった。
「お兄ちゃぁあーん!」
だが、抱きつくことはできなかった。
「ふぎゃっ!」
トパーズに蹴り飛ばされたからだ。たまらず尻もちをつく。
兄の本気はこんなものではないので、一応手加減しているようだが。
「甘えて抱きついてくんな!負け犬が!」
「ひどい……」
蹴られた腹をさすりながら、シトリンは涙目で起き上がったが、トパーズは変わらず冷たい。
「言われっぱなしにしやがって。帰るぞ」
「う、うん」
歩きだしたトパーズの隣を、シトリンもとぼとぼ歩く。
奪い取るように、トパーズがシトリンからバッグを取り上げた。
「おら、持ってやるからカバン貸せよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
口は悪いが、意外とトパーズは優しいのだ。
「うっぜぇからよー。帰ってから泣くんじゃねーぞ。母さん心配すんだろ」
「大丈夫だよ。殴られたりとかしたわけじゃないし」
「ちっ……! ったりまえだ! お前が怪我してたら、あいつら動けなくなるまで殴ってやるとこだよ!」
「はは……。お手柔らかにね……」
そうこうしているうちに、屋敷についた。
玄関を開けると、待っていたのは母、ヴィオレットだ。
「おかえりなさい」
ふんわりした笑顔でヴィオレットが微笑む。
「ただいまー」
「ただいま戻りました、お母さま」
先祖返りのエルフであるヴィオレットは、三十歳を過ぎた今でも若々しく美しい。どう見積もってもせいぜい20歳くらいにしか見えない。
あまりに若いので、五歳くらいのときは母ではなく親戚のお姉さんのような存在に思っており、トパーズの初恋がヴィオレットだったのは秘密だ。
「着替えていらっしゃい。おやつ用意しておくから」
ヴィオレットに見送られ、トパーズとシトリンはそれぞれの部屋に戻った。着替えをすませて食堂に向かう。
正直トパーズはおやつを楽しみにする年でもないのだけれど、ヴィオレットや使用人たちが毎日用意するのを楽しみにしているので食べることにしている。もっともシトリンはいまだおやつが楽しみだが。
「今日は木苺のケーキですよ」
ノアがケーキとお茶を机に並べる。
料理人が腕によりをかけて作ったおやつは、いつも見た目も美しく、味も美味しい。
トパーズとシトリンはそれぞれ一切れずつだが、ヴィオレットの前には五切れほど並んでいる。見た目に反して彼女は小食ではない。
「今日の学校はどうだった?」
「フツー」
「魔法学の実習が上手くできました」
トパーズの素っ気ない返答は気にしていない様子だ。シトリンの答えに、ヴィオレットは頬を緩ませる。
「そうなの。たくさん練習したものね。私でよければまた教えるから」
エルフの先祖返りであるヴィオレットの魔力は桁外れなのだ。もし魔法騎士団に入団したら、実力をいかんなく発揮できたことだろう。もちろんアーノルドが絶対に許さないだろうが。
「ありがとうございます。お母さま」
母と子の会話を、そばで立っているノアも、にこにこと聞いている。
ケーキを食べ終えた頃、外から車のエンジン音が聞こえた。
「お父さまだわ。今日は早かったのね」
その音を耳にした途端、ヴィオレットが嬉しそうに顔をほころばせてさっと立ち上がる。
ヴィオレットに続いて、トパーズとシトリンや使用人たちも玄関に向かう。
「……ただいま」
まもなく入ってきたのは、やはりアーノルドだった。
長身に黒の騎士服がよく似合う。
「おかえりなさいませ」
「おかえりなさい! 早かったね」
「おかえりー」
「……会いたかった。今日も可愛いね、ヴィオ」
一目散にかけよると、アーノルドはヴィオレットを抱きしめて、額に口づけた。ヴィオレットが頬を赤らめる。
「少し離れただけでしょ? 朝も同じこと言ってたよ?」
もはやいちゃつく両親は日常なので、使用人もトパーズたちも何も気にしない。
「もしもーし。年頃の息子がいるんだから、控えてほしいんですケドー? 寝室でやってよ、親父」
一応釘を刺すが、あっさり流される。
「……どうして可愛い妻が目の前にいるのに、自粛しなくてはいけないんだ。いい加減慣れろ」
父のアーノルドは、結婚して十三年たつ今でもヴィオレットにデレデレだ。十歳年下の妻が、可愛くて仕方がないらしい。
事あるごとに「……お前たちのどちらでもいいから早く家督を継げ。コンラッドに補佐をさせる。そしたらヴィオと屋敷にこもれる」と真顔で言ってくる。
「母さんもオレたちのどっちかに、早く家督を継がせたいと思ってるの?」
とヴィオレットにも聞いたことがある。母はその美しいかんばせを少し傾けて、頬に指を当てた。
「やりたいことがあるなら、公爵位にこだわらずやっていいよ? お父様と同じ騎士団でもいいし、全く別のものでもいいし。公爵を継ぐのだとしても焦らなくていいよ」
「親父が早くどっちか継げって言うだろ」
たいして気にはしていなかったが、いたずら心がでて神妙な表情を作ると、ヴィオレットは美しい顔をくもらせた。
「ああ。そんなに気にしていたの? 可哀想に……。お父様のことは気にしないで? 私からも言っておくね」
そのあとアーノルドはヴィオレットにお灸を据えられたらしく、しばらくは「後を継ぐように」とは言わなくなった。
(ま、結婚して十数年経ってるのに、こんなにイチャイチャできるのはちょっとうらやましいかな。ぜってー言わないけど)
貴族であれば、政略結婚が普通だ。互いに愛人がいることも珍しくない。
貴族の中ではアーノルドとヴィオレットは特殊だと言えるだろう。
「ほらほら。部屋に行って着替えてこよ?」
これ以上アーノルドといちゃついているところを見られたくないのだろう。
ヴィオレットが慌ててアーノルドの背中を押して、階段を上っていった。
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