56 / 60
ギフト 2
しおりを挟む
「で、追い出されたまま仕事行ったんですけど、まだ怒ってるだろうなー。換金率がいいプレゼントっていつも言ってるんだから、現金なら間違いないってなるじゃないですか?
なにが不満なのか本当に理解できないです。どうせ換金されるかもしれないなら、現金の方が手間かからなくてお互いいいじゃないですか」
騎士団長室のソファーで、ドミニクは長々と愚痴っていた。
書類仕事をしながら、アーノルドは半分は聞き流していた。
ドミニクといえば愛妻ヴィオレットの幼なじみであり、もともとは恋敵。その彼がなぜここにいるのか分からない。
突然訪ねてきて、一応少しなら対応する時間もあるし、ヴィオレットに関する用事なのかもしれないと思い通してみれば、ひたすらに自分の妻の愚痴をこぼしている。ヴィオレットのことにかすってもいない。
彼の妻であるエミリエンヌは、ヴィオレットの友人ではあるが、アーノルドとは面識もさほどない。性格もあまり把握していないので、そんな彼女の愚痴をこぼされても困るのだが。
「……オレと君は親しい仲ではなかったはずだが。オレの認識が間違っていなければ」
彼と親しい瞬間など一瞬たりともなかった。なんなら顔も合わせたくない。
ドミニクもあっさり同意した。
「お間違えではありませんよ。オレも同意見なので」
身分の高いアーノルドに対しても一切の忖度がないのはさすがというか。彼のはっきりしているところは嫌いではなかった。
控えめなノックとともに下級騎士が入ってくる。
「失礼いたします。お茶を入れてきました」
「……彼には必要ない」
きっぱり追い返そうとするアーノルドに反し、ドミニクはにこやかに
「ありがとうございます。ちょうどのどが渇いていたので。あ、その焼き菓子おいしそうですね」
「え、ええと」
困惑した下級騎士は、その場に佇んだまま、アーノルドとドミニクを交互に眺めた。
「まあまあ。せっかく入れていただいたのに無駄になりますから。どうぞご自分のお仕事にお戻りください」
ソファーから立ち上がったドミニクが強引に下級騎士からトレーを奪い取ると、
「で、では失礼します!」
逃げるように団長室から出て行ってしまった。
「さすが団長に出すお茶はいい茶葉使ってますねー。香りがいいですし。はい、どうぞ」
素知らぬ顔でドミニクがアーノルドの前のテーブルにカップを置き、自分もソファーに座ってお茶を口にする。
「わー、やっぱ美味いな。どこの茶葉使ってんですか? あー、アーノルド様が入れることないでしょうし、ご存じないですよね。帰るときに聞いてみよー」
アーノルドが反応しなくても、一人でずっとしゃべっている。
……うるさくて疲れる。
「……」
アーノルドも喉が渇いていたので、お茶を一口飲む。
「……多忙なんだが」
穏やかなアーノルドにしては珍しく、帰って欲しいという願いを込めて威圧的に言ったが、
「奇遇ですね。オレもです」
平然と返したドミニクは帰る気配すらない。
本当に忙しいのだろうか。
「……はぁ」
アーノルドは深々とため息をつくと、額に手をあてた。
「……帰ってくれないか」
延々愚痴られてもアーノルドには何のアドバイスもできないし、心から帰って欲しい。
「そんな冷たいこと言わないでくださいよー。オレ本当に忙しい合間にちょーっと愚痴きいてほしかっただけなので! お茶とお菓子食ったら帰りますから!」
「……それならいいが」
普通に考えて三十分ほどだろうか。それ以上かかりそうなら強引にでもつまみだそうとアーノルドは心に誓う。
「今まで一番だった宝石の産出国が、最近質のいいものが採れなくなっててー。量が安定してて質はよくて良かったんですけどね。まあ資源はいつか枯渇しますからね。だからー……」
ドミニクはその言葉通り、一人で勝手にどうでもいいことをぺらぺら話しながらお茶と菓子を食べ終わると、あっさりソファーから立ち上がった。
「じゃ、そろそろ帰りますね。向こうに戻るときにまた寄ります。お邪魔しましたー」
「……来なくていい」
本心からそういうと、
「つれないなー。お会いできなければそのまま大人しく帰りますしー。お茶とお菓子すっげー美味しかったのでまたいただきたいですもん。それでは」
「……ノアイユ」
ドアノブに手をかけたドミニクを、呼び止める。
「はい?」
怪訝そうにドミニクが振り返る。
自分で呼び止めておいて、「妻へのプレゼントに現金はありえない」とか言いたいことはたくさんあったのに、ありすぎてまったくまとまらなかった。だから口について出たのは、特に気になっていなかったことだった。
「……君、相談できるような友人はいないのか? なぜオレのところに来たんだ。なんのアドバイスもできないのに」
ふふっとドミニクが笑った。
「友人はたくさんいます。ここに来たのは、あなたのことが嫌いだからです。オレは楽しかったですよ」
「……ん?」
そう言ってドミニクは静かに扉を閉めた。
後に残されたアーノルドは彼の言っていることが分からず困惑した。
ドミニクが向けた笑顔は、およそ嫌っている人間に向けなさそうな、ごく自然な楽しそうなものだったからだ。それでいてアーノルドをよく思っていないのは確かだろう。アーノルドだってそうだ。
アーノルドはかかえている仕事が山ほどあったので、すぐにそのことを考えるのをやめた。他人の考えを一から十まで理解しようとするのは無駄だ。ましてや特につき合う必要のない相手のことを。
なにが不満なのか本当に理解できないです。どうせ換金されるかもしれないなら、現金の方が手間かからなくてお互いいいじゃないですか」
騎士団長室のソファーで、ドミニクは長々と愚痴っていた。
書類仕事をしながら、アーノルドは半分は聞き流していた。
ドミニクといえば愛妻ヴィオレットの幼なじみであり、もともとは恋敵。その彼がなぜここにいるのか分からない。
突然訪ねてきて、一応少しなら対応する時間もあるし、ヴィオレットに関する用事なのかもしれないと思い通してみれば、ひたすらに自分の妻の愚痴をこぼしている。ヴィオレットのことにかすってもいない。
彼の妻であるエミリエンヌは、ヴィオレットの友人ではあるが、アーノルドとは面識もさほどない。性格もあまり把握していないので、そんな彼女の愚痴をこぼされても困るのだが。
「……オレと君は親しい仲ではなかったはずだが。オレの認識が間違っていなければ」
彼と親しい瞬間など一瞬たりともなかった。なんなら顔も合わせたくない。
ドミニクもあっさり同意した。
「お間違えではありませんよ。オレも同意見なので」
身分の高いアーノルドに対しても一切の忖度がないのはさすがというか。彼のはっきりしているところは嫌いではなかった。
控えめなノックとともに下級騎士が入ってくる。
「失礼いたします。お茶を入れてきました」
「……彼には必要ない」
きっぱり追い返そうとするアーノルドに反し、ドミニクはにこやかに
「ありがとうございます。ちょうどのどが渇いていたので。あ、その焼き菓子おいしそうですね」
「え、ええと」
困惑した下級騎士は、その場に佇んだまま、アーノルドとドミニクを交互に眺めた。
「まあまあ。せっかく入れていただいたのに無駄になりますから。どうぞご自分のお仕事にお戻りください」
ソファーから立ち上がったドミニクが強引に下級騎士からトレーを奪い取ると、
「で、では失礼します!」
逃げるように団長室から出て行ってしまった。
「さすが団長に出すお茶はいい茶葉使ってますねー。香りがいいですし。はい、どうぞ」
素知らぬ顔でドミニクがアーノルドの前のテーブルにカップを置き、自分もソファーに座ってお茶を口にする。
「わー、やっぱ美味いな。どこの茶葉使ってんですか? あー、アーノルド様が入れることないでしょうし、ご存じないですよね。帰るときに聞いてみよー」
アーノルドが反応しなくても、一人でずっとしゃべっている。
……うるさくて疲れる。
「……」
アーノルドも喉が渇いていたので、お茶を一口飲む。
「……多忙なんだが」
穏やかなアーノルドにしては珍しく、帰って欲しいという願いを込めて威圧的に言ったが、
「奇遇ですね。オレもです」
平然と返したドミニクは帰る気配すらない。
本当に忙しいのだろうか。
「……はぁ」
アーノルドは深々とため息をつくと、額に手をあてた。
「……帰ってくれないか」
延々愚痴られてもアーノルドには何のアドバイスもできないし、心から帰って欲しい。
「そんな冷たいこと言わないでくださいよー。オレ本当に忙しい合間にちょーっと愚痴きいてほしかっただけなので! お茶とお菓子食ったら帰りますから!」
「……それならいいが」
普通に考えて三十分ほどだろうか。それ以上かかりそうなら強引にでもつまみだそうとアーノルドは心に誓う。
「今まで一番だった宝石の産出国が、最近質のいいものが採れなくなっててー。量が安定してて質はよくて良かったんですけどね。まあ資源はいつか枯渇しますからね。だからー……」
ドミニクはその言葉通り、一人で勝手にどうでもいいことをぺらぺら話しながらお茶と菓子を食べ終わると、あっさりソファーから立ち上がった。
「じゃ、そろそろ帰りますね。向こうに戻るときにまた寄ります。お邪魔しましたー」
「……来なくていい」
本心からそういうと、
「つれないなー。お会いできなければそのまま大人しく帰りますしー。お茶とお菓子すっげー美味しかったのでまたいただきたいですもん。それでは」
「……ノアイユ」
ドアノブに手をかけたドミニクを、呼び止める。
「はい?」
怪訝そうにドミニクが振り返る。
自分で呼び止めておいて、「妻へのプレゼントに現金はありえない」とか言いたいことはたくさんあったのに、ありすぎてまったくまとまらなかった。だから口について出たのは、特に気になっていなかったことだった。
「……君、相談できるような友人はいないのか? なぜオレのところに来たんだ。なんのアドバイスもできないのに」
ふふっとドミニクが笑った。
「友人はたくさんいます。ここに来たのは、あなたのことが嫌いだからです。オレは楽しかったですよ」
「……ん?」
そう言ってドミニクは静かに扉を閉めた。
後に残されたアーノルドは彼の言っていることが分からず困惑した。
ドミニクが向けた笑顔は、およそ嫌っている人間に向けなさそうな、ごく自然な楽しそうなものだったからだ。それでいてアーノルドをよく思っていないのは確かだろう。アーノルドだってそうだ。
アーノルドはかかえている仕事が山ほどあったので、すぐにそのことを考えるのをやめた。他人の考えを一から十まで理解しようとするのは無駄だ。ましてや特につき合う必要のない相手のことを。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる