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第8章 魔獣の森(8-1)
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昼頃にたどりついた丘の上からリプリー村が見えた。
背後の丘陵から続くなだらかな傾斜地に石灰岩を積んだ素朴な農家が点在し、日当たりのいい牧草地にはのんびりと草を食む家畜の姿が見える。
小さな教会の尖塔で鐘が揺れている。
やや遅れてかすかに鐘の音が聞こえてきた。
「もうすぐだね」と、クローレが背伸びをする。
丘を下って最後の森を抜ければちょうどいい具合に昼飯にありつけるだろう。
軽やかな足取りで一行は森へ入った。
広葉樹の森は、陽光が葉を透かしてまだらな影を落とし、まとめ上げたクローレの銀髪が木漏れ日に輝いている。
あくびの出そうな光景だが、先頭を歩くクローレの足が止まった。
マントの中でクローレの左肘が突き出る。
フレイムクロウの柄に手をかけているのだ。
「ねえ、キージェ」
「ああ、おかしいな」
丘から森へ入ったときから奇妙な気配を感じていたのだ。
ミュリアも鼻先を突き出し、金色の瞳で周囲を警戒している。
――臭う。
「臭いな」と、キージェも声に出してうなずいた。
風に乗って腐臭がただよってくる。
「うわっ、ほんとだ、なんだろう、これ」
クローレはマントで顔の半分を覆って臭いを遮った。
おっさんでもはっきり感じるくらいだから、敏感な若い鼻だと刺激臭になるのだろう。
「もしかして、ヴォルフ・ガルムってこんな臭いするの?」
クローレが顔をよせてささやく。
「いや、いくら魔獣だからって、こんなひどい臭いはしないだろ。それより、森が静かすぎる。鳥の鳴き声もしないぞ。気をつけろよ」
キージェは正確な方向は分からないが、ミュリアが時折顔を上げて方向を確かめながら臭いの元をたどって近づいていく。
森そのものが息を潜めているかのような緊張感の中、キージェはクローレの前を歩いた。
ミュリアが足を止め、低く唸り、金色の瞳を細める。
――死んでる。
「どうしたの?」と、クローレが後ろからたずねる。
キージェは手を突き出して「待て」と合図し、自分だけ先に進み出た。
クローレはフレイムクロウを抜いて構えながら前方を注視している。
地面に何かが横たわっている。
かなり大きな動物の死体らしい。
遠目にも、血が流れ出しているのが分かる。
「まさか、ヴォルフ・ガルム!?」
クローレが叫んだが、キージェの目が鋭く細まる。
「ああ……だが、死体だ」
目の前に横たわるのは、巨大な狼の死体というよりも残骸だった。
冥府の使者とも地獄の番犬とも言われるヴォルフ・ガルムは、鋼を砕く牙と、闇の魔力を帯びた黒い毛並みが、死してもなお威圧感を放っている。
だが、その胴体は巨大な爪痕が幾筋も刻まれ、ぼろきれのように無残に引き裂かれている。
大きくえぐり取られた腹部から流れた血で地面が赤黒く染まり、鼻につく腐臭に引き寄せられた虫が群がり飛び交っている。
背後の丘陵から続くなだらかな傾斜地に石灰岩を積んだ素朴な農家が点在し、日当たりのいい牧草地にはのんびりと草を食む家畜の姿が見える。
小さな教会の尖塔で鐘が揺れている。
やや遅れてかすかに鐘の音が聞こえてきた。
「もうすぐだね」と、クローレが背伸びをする。
丘を下って最後の森を抜ければちょうどいい具合に昼飯にありつけるだろう。
軽やかな足取りで一行は森へ入った。
広葉樹の森は、陽光が葉を透かしてまだらな影を落とし、まとめ上げたクローレの銀髪が木漏れ日に輝いている。
あくびの出そうな光景だが、先頭を歩くクローレの足が止まった。
マントの中でクローレの左肘が突き出る。
フレイムクロウの柄に手をかけているのだ。
「ねえ、キージェ」
「ああ、おかしいな」
丘から森へ入ったときから奇妙な気配を感じていたのだ。
ミュリアも鼻先を突き出し、金色の瞳で周囲を警戒している。
――臭う。
「臭いな」と、キージェも声に出してうなずいた。
風に乗って腐臭がただよってくる。
「うわっ、ほんとだ、なんだろう、これ」
クローレはマントで顔の半分を覆って臭いを遮った。
おっさんでもはっきり感じるくらいだから、敏感な若い鼻だと刺激臭になるのだろう。
「もしかして、ヴォルフ・ガルムってこんな臭いするの?」
クローレが顔をよせてささやく。
「いや、いくら魔獣だからって、こんなひどい臭いはしないだろ。それより、森が静かすぎる。鳥の鳴き声もしないぞ。気をつけろよ」
キージェは正確な方向は分からないが、ミュリアが時折顔を上げて方向を確かめながら臭いの元をたどって近づいていく。
森そのものが息を潜めているかのような緊張感の中、キージェはクローレの前を歩いた。
ミュリアが足を止め、低く唸り、金色の瞳を細める。
――死んでる。
「どうしたの?」と、クローレが後ろからたずねる。
キージェは手を突き出して「待て」と合図し、自分だけ先に進み出た。
クローレはフレイムクロウを抜いて構えながら前方を注視している。
地面に何かが横たわっている。
かなり大きな動物の死体らしい。
遠目にも、血が流れ出しているのが分かる。
「まさか、ヴォルフ・ガルム!?」
クローレが叫んだが、キージェの目が鋭く細まる。
「ああ……だが、死体だ」
目の前に横たわるのは、巨大な狼の死体というよりも残骸だった。
冥府の使者とも地獄の番犬とも言われるヴォルフ・ガルムは、鋼を砕く牙と、闇の魔力を帯びた黒い毛並みが、死してもなお威圧感を放っている。
だが、その胴体は巨大な爪痕が幾筋も刻まれ、ぼろきれのように無残に引き裂かれている。
大きくえぐり取られた腹部から流れた血で地面が赤黒く染まり、鼻につく腐臭に引き寄せられた虫が群がり飛び交っている。
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