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異世界編 2章

第65話 倒木

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 今のあるじと出会ったのは、何時いつであっただろうか……

 上手く動かせない体を木に預け、スイは考えていた。

 「はぅー(10日くらい前だったのでしょうか? まだ、そんなに経っていないとも思います。けど、タメツグ様に買われてから、ずいぶんと経った気がするのです)」

 ガザフ邸に居た頃とは、すっかり生活が変わってしまった。
 あの頃は檻に入れられ、檻から出ればさいまれるだけの毎日。
 以前ならモンスターにやられて動けなくなろうものなら、それは死を意味していた。
 いつ処分されてもおかしくはない。
 たまに、同じ檻の奴隷と話せば殆どがその話題であった。

 楽しみなど何もない……

 死と隣り合わせの日々を送った……

 だけど、今は違う……

 こうして、木に引っ掛かり動けなければ、きっとご主人様が助けに来てくれる。
 そう、信じることができる。

 「おーい、スイ。降りてこれる?」

 下から、主の呼ぶ声が聞こえる。

 「あ、う、う、う……」

 「うなってるけど、動かないわね」
 
 ついでに、着替えたマヨーラも一緒に居るようだ。

 為次に裸を見られた時……
 何故だか、とても恥ずかしかった。
 前は服を着せてもらえるだけで、ありがたかった。
 もちろん恥ずかしくもあったが、裸を見られるなど当たり前だったはずなのに。

 でも、今は……

 「ごしゅ……(ご主人様が来てくれたのです。引っぱたいて、投げ飛ばしたのに…… 恥ずかしさのあまり、ご主人様を叩いてしまいました。マヨマヨさまと抱き合ってた時は、無理矢理に引き離して投げてしまいました。私はどうして、あんなことをしたのでしょうか?)」

 胸が苦しく締め付けられる思いに、スイは只々困惑するのであった……

 「はぅ~、まぅ~」

 「ねー、降りてきてよ」

 「なぅ~、体が動かないのです」

 「んー」

 「あれだけふっ飛ばされたから、全身の骨が折れてるんでしょうね」

 「まいったな…… どうやって降ろそう……」

 「回復すれば、自分で降りれると思うけど」

 「じゃあ、マヨ。木に登ってヒールかけて来てちょ」

 「あたしは使えないわ、ヒール」

 「マジで? 役に立たんな」

 「あ? なんですって?」

 「い、いや…… 別に……」

 「もう一度言ったら、ぶっ飛ばすわよ」

 「……しょうがないな、治るまでほっとこう。そうしよう」

 「そ、そうね」

 「んじゃ、先にレオを回収しなとだな」

 スイは自分をほっといて、マヨーラと仲良くどっか行こうとする為次に我慢できなかった。

 「むー! むー! ご主人様ぁぁぁ!!」

 まともに動かない体を必死にジタバタさせて、スイは頑張って叫んだ。

 「なんか暴れてるわよ……」

 「そう言われてもなぁ……」

 考える為次。

 「あっ! そうだ」

 グッドアイディアを閃いた。

 「マヨが木の根本に適当な魔法ぶち込んで、倒せばいいんだよ。木を」

 「なるほど、それはいい考えね」

 それを聞いたスイは、またして暴れながら叫ぶ。

 「むむー! それは嫌なのです! ご主人様に来て欲しいです!」

 「マジか……」

 「ささ、遠慮せずにスイを抱っこして降ろすのです」

 「ああ言ってるわよ、どうするの? タメツグ」

 「困ったな……」

 流石に、これには困ってしまった。
 ぶっちゃけ、一晩ほど木の上でぶら下げとけば、明日の朝には治るだろうと為次は思う。
 しかし、このまま裸でって言うのもちょっと可哀そうだ。

 「ねぇ、早くどうにかしなさいよ」

 「うーん……」

 「なぅ~……」

 「まあ、仕方ないか」

 仕方ないので、為次は木に登ることにした。

 「めんどくさいけど、登ってみるかな……」

 「行ってらっしゃい」

 「よいしょっと」

 掛け声を出しながら、為次は結構大きな木の幹に抱きついた。

 ズル ズル……

 木登りなんてしたことない為次は、抱きついたままり落ちた。
 一番下の枝にも届かない……

 「無理」

 「諦めるの早いわね」

 「人間は木に登る生物ではないのだ」

 「あんたがどんな生物でもいいけど、気功士の力でジャンプできるんじゃないの?」

 「なるほど、よしっ」

 気合を入れて、思いっ切りジャンプする為次。

 「はぁー! トゥッ」

 ちょっだけジャンプできた。
 だが全然まったく、枝には届かない。

 「無理」

 「……どうしようもないわね」

 「はぅー、ご主人様もっと頑張って下さいです」

 「うーん、どうしよう」

 「相変わらず役立たずね。為次は」

 「自分は自分の為だけに役に立つ人になりたい」

 「ホント、ダメ人間ねぇ」

 「他人を助けるには、他人の力を借りるのが一番だ」

 「……ちょっと何言ってるか分からないわ」

 「ご主人さまぁ~」

 「そんな分けで、マサを連れて来てマサに降ろしてもらおう。そうしよう」

 それを聞いたスイは、またしてもジタバタしながら叫ぶ。

 「嫌なのです! ご主人様がいいのです! スイの回想が無駄になるです!」

 「スイの回想は知らんが、枝に届かないので登れないよ」

 「マヨマヨ様が居るのです。マヨマヨ様を踏台にすれば大丈夫です」

 「なるほど、その手があったか」

 「え?」

 マヨーラは思わず為次を見た。

 「マヨ、木の下で四つん這いになってちょ」

 「え?」

 「はよ」

 「ほんと、何言ってるのか分からないわ」

 「そっかー…… マヨはスイを助けるの手伝ってくれない冷たい女。と、マサに報告しないとだねー」

 「っ!? ぐ…… この……」

 「まあ、嫌なものを無理強むりじいするのもねぇ」

 「……ぐっ」

 「マヨマヨ様は冷たい女なのですー」

 「わ、分かったわよ! やればいいんでしょ! やれば!」

 渋々、踏台になることになったマヨーラは木の下で四つん這いになる。
 短いスカートは、後ろから見るとパンツ丸見えなのです。

 「よっしゃー、行くよー」

 そう言いながら為次は助走をつけようと構える。

 「え? まさか、跳び乗るの?」

 そんなマヨーラのセリフは無視して、為次は走り出す。

 タッ タッ タッ……

 「トゥッ!」

 「ぐぎゃぇ」

 思いっ切りマヨーラ上でジャンプした為次は、なんとか枝に掴まることができた。
 その枝を手掛かりに、必死に木登りを始める。

 「うんしょ、うんしょ」

 一生懸命、木に登る為次の下では、マヨーラが潰れながらブツブツ言っている。
 しかし、そんなのお構い無しに登るのだ。

 「うんしょ、うんしょ」

 そして……

 「はぁ…… はぁ…… 着いた」

 「はぅー! ご主人様ぁ!」

 「ポテトさてと、どうやって降ろすかな」

 「抱っこですよ、ご主人様。抱っこ」

 「うーん…… とりあえず、なんか着せよう」

 スイの提案はスルーして、スウェットっぽい寝間着に合わせたパーカーの上着を脱ぐとスイに着せようとするが。

 「あぎゃぎゃぎゃぎゃ、いだい、いだい」

 全身の骨が砕けてるので、少しでも無理に動かすと痛いのは当然である。
 それでも為次は、無理矢理パーカーの袖をスイの腕に通していく。

 「いだーい! いだーい! うぎゃぎゃ」

 不安定な木の上での着替えは、超大変だったがなんとか着せれた。
 体の小さな少女に、為次の上着は大き過ぎたが、下まで隠せるからこれはこれで良かったかも知れない。
 
 お着替えが終わると、スイを抱える為次だが……

 「あぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ」

 「ちょっと、我慢してちょ」

 「痛い、痛い、痛いのです。うぇーん」

 スイは泣きながら訴えかける。

 以前ならば、そんな訴えなど無意味であった。
 腕を引き千切られ、どんなに泣き叫ぼうが誰も助けてはくれない。
 むしろ楽しそうな目で見られ、笑い者にされるだけなのだった。

 だけど、今は違う……

 痛くて泣いてるけど、今のスイはとても嬉しい気分だ。
 泣き叫ぶと、為次は抱き寄せて頭を撫でてくれる。
 今流している涙は、為次に甘える為なのかも知れない。

 そんな感情に、スイは内心戸惑うのである……

 「あううう、早く降ろして下さいです。ご主人様」

 「てか、どうやって降りればいいんだ?」

 もう為次は、どうしていいのか分からない。
 しょうがないので、下に居るマヨーラに聞いてみることにするのだが……
 あまり期待はできない。

 「おーい。マヨ、降りれないんだけど」

 「ふふ、そうね。見れば分かるわ」

 「うん」

 「でも安心してちょうだい、タメツグ…… あんたは天才よ」

 「え? あ、うん。そうね」

 「ご主人様は天才なのです」

 「てへへ」

 「だから、タメツグのアイディアが1番ね。ふふっ、フフフ」

 「……えっと、なんだっけ?」

 「あたしが、木の根本に魔法を撃ち込むのよ!」

 「あ…… えっと……」

 「直ぐに降ろしてあげるわ。フフフ、ふふ……」

 「えっと…… まじで?」

 「よくもあたしを踏み台にしてくれたわねっ!」

 「あの、ちょ待ってマヨーラさん! ねぇ、マヨーラさんったらー!」

 マヨーラは為次の言葉をスルーして杖を構える。

 「はぁぁぁ! ウインドウカッターァァァ!!」

 呪文を唱えると、風邪のやいばが大地を駆け抜ける。
 その魔法は空気を切り裂き、二人が上に居る木も簡単に切り裂く!
 
 シャキィィィンン!!

 ……………
 ………
 …

 「スイ、あなた嬉しそうね」

 マヨーラは為次を膝枕しながら体をこねくり回すスイを見ながらそう言った。

 「べ、べ、べ、別にそんなことはありませんよ……」

 「ふーん、そうなんだ」

 「はぃ……」

 倒れ行く木と共に、為次は必死でスイをかばった。
 地面に叩き付けられる時も、自分の身を挺してスイを守ったのだ。
 そのおかげで、為次は気を失いケガをしてしまった。

 「最初っから魔法は使えたんでしょ?」

 「「…………」」

 「……は、 ……はい」

 地面に落ちたスイは、マヨーラの汲んできた水でヒールポーションを作り飲んだ。
 ヒールの効果は絶大だ、全身骨折のスイはすぐに回復した。

 「羨ましいわね」

 「え?」

 「好きな人に、そうやって構ってもらえるのって」

 「それは…… 私のことでしょうか? それとも…… ご主人様の……」

 「どちらもよ」

 「そうですか……」

 「そうよ」

 「えっと…… あのっ」

 「何?」

 「ご、ご主人様は…… 私のこと、どう思っているのでしょうか……」

 「さあねっ…… いずれ本人に聞いてみなさい。自分でね」

 「……はい」

 「それよりも、さっさとそいつを起こしてちょうだい」

 そう言いながらマヨーラはタップリ水の入った洗面器をスイに渡す。

 洗面器は、スイの服と一緒に置いてあった物だ。
 ゲロとか色々と入れた容器だけど、少し洗ってあるのでまあまあ綺麗なはずである。

 「エンチャントヒール」

 洗面器の水をヒールポーションに変える。

 そして、洗面器ポーションを為次の顔面に垂らしながらスイは思うのだ。

 口移しで飲ませたいなぁ……

 と……
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