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惑星アクア編 終章

第11話 異世界に吹っ飛ばされたんで帰りたいのでお別れです

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 空には、眩しい太陽― 澄み切った青空― 巨大な黒い光の玉―
 薄っすらとリングも見える。

 それは異世界の空……

 ―― バハムート戦から3日後

 「駄目だ…… 入らん」

 大量の食料を前に為次はうな垂れていた。
 食料だけはいつも自分で積むのだ。

 「後ろの雑具箱に入れるです」

 そう言いながらスイは砲塔後部の箱を開けた。
 中には見知らぬ機械が入っている。

 「あ、ちょ」

 「なんですかこれは?」

 「なんでもないよ」

 「なんですかぁ?」

 よく見ると名前が書いてある『装填君』と。
 だけどスイには日本語が読めない。

 「なぅ? マサヒデ様、これはなんと書いてあるのでしょうか?」

 「ん、どれどれ。そうてんくんだな、自動装填装置だぜ。多分」

 「な、な、な、なんですとー! タメツグ様ー!!」

 ―― あの日、バハムートは光の玉に飲まれた。

 死んだのかどうかは定かではない。
 攻撃の効かない相手でも、空間そのものを引き裂いてしまえば防ぐ手立ては無い。
 闇に飲まれ漆黒の空間を彷徨うことになるだろう。
 紙のように引き裂かれたのか、はたまた次元の狭間に堕ちたのか。

 只、居なくなったことだけは確かであった ――

 「あちゃー、バレちゃったか……」

 「装填はスイのお仕事なのです、こんなの要らないのです!」

 と、装填君を道路に放り投げてしまった。

 ガシャーン!!

 「あー! もぅー」

 「こらぁー! 山崎ぃ、人ん家の前にゴミを捨てるんじゃねぇ!」

 見ていた車庫のぬしである貞宗が怒鳴り込んで来た。

 「俺じゃないしゴミじゃないってばっ」

 ―― バハムート消滅後、エクステンペストとスラスキアスは惑星上に降下してきた。

 王宮区画に閉じ込められていたミストラルの乗員を救出。
 次いでアリスとリリスの格納庫に捕らえられていた奴隷の救出を行った。
 今後の予定は協議中であるが、魔法に関する情報を最優先で取得するのは決まっていた。
 記憶を取り戻したターナが陣頭指揮を取り、魔法の使い方及び魔導士の生産方法をテラへと送る。

 これによって宇宙魔獣の討伐が用意になるのが大いに期待できる ――

 「タメツグ様が悪いのです。スイが居るのにあんな物作って、しかも情報貰ってなかったですよぉ」

 「だから黙ってたのに……」

 「むきぃー!」

 と、そこへ1人の女性が大きな箱を持って近づいて来る。

 「タメツグさん、これはどうしますか?」

 「あ、それは食いもんじゃないからマサに聞いて」

 「サーサラさん。そんなに気を使わなくてもいいんだぜ」

 そう言いながら、正秀は大きな箱を受け取った。
 彼女はサーサラであった。
 タンククルーの皆が今日出発する旨を聞いて、急いでここポンタの街へとやって来たのだ。

 「いえいえ、助けていただいたお礼がしたいので。何もできませんが」

 「そんなことはないぜ、じゅうぶん助かってるぜ。なっ為次」

 「んまぁ、マヨよりはマシかも」

 それを聞いたマヨーラが文句を言ってくる。

 「はぁ!? 何言ってるよ! こうしてマサヒデの手伝いをしてるでしょ」

 「ほんとに素直じゃねぇよな為次は」

 「そうよ、捻くれ者のバカツグは放っときましょ」

 「まあまあ、アホーラさんもそう興奮しないで下さいよ」

 「何度言わせるのよサーサラ。あたしはマヨーラよ、マ・ヨー・ラ。いい加減に思い出してちょうだい」

 「あれ? そうでしたっけ」

 若干の記憶の欠損が見受けられるサーサラであった。
 しかし、日常に生活する分には問題ない様子である。

 ―― マインドジェネレーターの状態は良好であった。

 皆は記憶を取り戻し、バーサーカーとなっていた人々は元に戻ることができた。
 今まで記憶を圧縮され統制をされていたが、ここに来て忘れていた記憶と自我が甦る。
 当然、混乱は免れなかった。
 人々は戸惑い、ある者は嘆き、ある者は笑った。
 しかし、それも束の間。
 人間とはたくましものだ、すぐに平静を取り戻す。

 彼らはこれからも、母星アクアで生きてゆくのだから ――

 「それより、他の連中も来るって言ってなかったか?」

 と、正秀は言った。

 「私は貨物便で一足先にきましたからね、もうすぐ王宮魔道艇で来られるとは思いますが……」

 「サーサラも慌てて来ることなかったんじゃないの?」

 「やっぱアホーラだなぁ、サーサラは俺に会いたくて急いで来たんだよ」

 「そんな分けないでしょ、バカなのタメツグは…… あ、バカだったわね」

 などと言い合っている所へゾロゾロと車庫の前に3人がやって来た。

 「噂をすればってやつだな。よっ、スレイブ元気か?」

 「あ、ああ……」

 スレイブ、シムリ、シャル、である。

 ―― テラの人々は大忙しであった。

 生存者の確認に過去の情報収集等々、仕事は山程ある。
 ダラス、ガザフ、カーラは北の雪山へと行っている。
 ミストラルのナノマシンの再生システムを解除し、データバンクの発掘をしなければならない。
 あの船には今回の事故の経緯やバハムート等の魔獣のデータが入っているから……

 他の船員達も各地を回っている。
 エリステリアの他にアリステリア、リリステリアの国がありターナのコピーが統治していた。
 コピーといっても、それぞれは自我を持った個人であり1人の人間なのである。
 元々記憶のベースがターナの2代目であり、戻ったといえども未だ神官としての務めを果たしている状態だ。
 街は混乱しており、それを暫定政府によって統治し直さなければならないのだ。

 星を救った戦車といえども構っている暇はない ――

 「みんな! 来てあげたんだよっ」

 「やあ、皆も元気そうで何よりだ」

 シムリはすっかり対人恐怖症が無くなっているようだが、シャルはあまり変わり映えがしない。
 一番変わったのはスレイブであろう……

 「タメツグ君、マサヒデ君、君達には色々と迷惑を掛けてしまったようだね」

 「なんだよスレイブ、お前らしくないぜ」

 「まったくよ、あたしのお兄さんがこんなだったなんて……」

 「ははっ、すまないねマヨーラ、マサヒデ、元々こういう性格だったから。母さんの為に外では勇敢な剣士であろうとしてたんだ」

 「もう剣士はやめるのか?」

 「いや、そうでもないよ。もっと腕を磨いて次こそは君達に勝つつもりさ」

 「へへっ、やっぱそうじゃないとスレイブじゃないぜ」

 そんな大人しくなってしまったスレイブを見て、為次は嫌味の一つでも言いたくなってくる。

 「はぁ…… スレイブには散々な目に合わされたからなぁ」

 「おい。為次!」

 「悪かったよタメツグ君、本当はもう少し早く謝りに来たかったのだけどね。なんというか心の準備が……」

 「冗談だってば、こっちもスレイブやターナに世話になったから」

 「だよな」

 「今日出発すると聞いてね。どうしても行かないと、と思ったんだ。次はいつ会えるか分からないみたいだから」

 「お前と出会えて良かったぜ、俺の大剣もスレイブが教えてくれたようなものだからな」

 そう言いながら正秀は右手を差し出した。

 「もっと鍛えて強くなってみせるから」

 2人は固い握手を交わすのだった。

 ―― サイクス上空に浮かぶ黒い光の玉

 超次元振動砲弾の爆発は消えることは無い……
 時折、雷鳴を轟かせながら禍々しい光を放つ。
 雷なのかプラズマなのかは分からない。
 当然、正体すら分からなかった。
 エクステンペストがスキャンをしたものの、最重要機密との結果が出てしまい、それ以上データにアクセスできなかったから。
 アイ艦長は噂にだけ聞いたことがあるワープ理論の元となった兵器かも知れないと言っていた。
 但し分からないからと放っておくと周囲の空気や鳥などを吸い込んでしまうので何らかの対策は必要とのことであった。

 こちらでなんとかすると……

 それ以上は多くを語らなかった ――

 「水谷、山崎。本当に行ってしまうのか?」

 「寂しくなるわね」

 と、亀田夫婦は言った。

 「隊長も一緒に行きますか?」

 「バカを言えっ」

 「来られたら堪らんっての」

 「なんだと山崎ぃ!」

 「うぎゃぁ、隊長さんは全然変わってないじゃない。もー」

 「俺は元々こうだろ!」

 ゴチン

 と、頭を叩かれた。

 「痛っ」

 「しっかりやるんだぞ。お前にはまだまだ教育が足らんが、帰って来てからだ」

 「……勘弁して」

 車庫には皆の笑い声が響き渡る。
 だけど、1人だけ涙を流す者もいた。

 「うぅ…… マサヒデ、必ず帰ってきてよね。グスッ……」

 「ああ、必ずだ。約束する」

 そう言うと、正秀は力強くマヨーラを抱きしめた。
 2人は見つめ合い、目を閉じる。

 人目もはばからず、優しく唇を寄せ合うのであった……

 ※  ※  ※  ※  ※

 ―― 3時間後

 三人はレオパルト2へと搭乗していた。

 「そうだタメツグ君、これを渡すのを忘れてたよ」

 スレイブは運転手ハッチから頭を出す為次に箱を渡した。

 「何これ?」

 「母さんからだよ。携帯食メーカーだそうだ、有機物を入れると携帯食を作ってくれるらしい」

 「へー、ありがと」

 「じゃあ、気を付けて。無事に帰れることを祈ってるよ」

 「スレイブも元気でな」

 正秀は車長ハッチから身を乗り出しグッジョブをした。

 「スレイブさんは私が見てるから大丈夫なんだよ」

 「シムリは私が見張っているので心配はない」

 「もー、お姉ちゃんは……」

 「なあ山崎よ、行くのはいいが宛はあるのか?」

 「ああ、それならコールシュライバー銀河に」

 「ほう、そこに何かあるのか?」

 「なんでも外宇宙探査に熱心な星があるらしくってさ、そこでスターマップを貰おうかと」

 「そうか、無事に辿り着けるといいな」

 「まあね」

 「皆さんお元気で、スイちゃんもタメツグさんと仲良くするのよ」

 クリスが微笑む。

 「はいです」

 マヨーラだけは何も言わずに涙目で笑っていた。
 きっと何か言おうとすれば、また涙を流してしまうのだろう。
 笑って送り出したかった……

 「行ってきます!」

 正秀が敬礼をすると、スイも合わせて敬礼をし、為次だけはペコリとお辞儀をして三人は車内へと潜る。

 「システムチェック」

 「システムオールグリーンなのです。モノポールドライブ温度圧力共に安定です。魔道機関魔力係数正常です」

 「りょかい…… スイ、最後に聞くけど本当にいいんだね?」

 「当然なのです。何度聞かれても同じです。スイの帰る場所はつばい様だけですから」

 「そっか……」

 「さ、為次。名残惜しくなる前に行こうぜ」

 「はいはい」

 車体が宙に浮き、履帯が下へ90度曲がると空間走行モードへと移行する。
 ホイールスラスターを吹かし一気に上昇するとポンタの街が小さくなってゆく。
 スクリーンには拡大して映される皆が手を振っているのが伺えた。

 車体を上に向け、メインスラスターで加速する。
 大空を舞う戦車。
 そこへ9つの光が近寄って来る。

 「お、ユーナちゃん達だぜ」

 「ほんとだ」

 エンジェル隊はレオパルト2へ接近しランデブー飛行へと移る。
 2機だけちょっとおぼつかない飛び方だ。
 きっと補充要因としてまわされた新人なのであろう。
 周りをクルクルと規則正しく飛びながら翼を振っている。

 それはいつしか散開し、別れも告げずに去って行った……

 「行っちまったな」

 「だね」

 「綺麗な星なのです……」

 「そうだねー」

 「次の星でも俺のヒーローっぷりを見せてやるぜ、へへっ」

 「はぁーあ、なんでこんなことになったのかねぇ……」

 「何がだよ?」

 為次は笑いながら言うのだ。

 「異世界に吹っ飛ばされたんで帰ろうとしたら戦車で宇宙を放浪するハメになったんですが」

 「ははっ、だな」

 「です」

 深淵の闇へと誘う大宇宙。
 そこは美しくも過酷な場所である。

 これから彼らに何が待ち受けているのかは分からない。
 だが、案ずる必要はないだろう。

 なぜなら……

 宇宙最強の戦車なのだから!

 次回エピローグ ――
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