あやかしはアヤシクテ、まやかしはマボロシ ~皿屋敷学園の番長と不気味なオカ研の会長~

橋本洋一

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こっくりさん その壱

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「なあひかげさん。この部活の部員は、あんた一人だけなのか?」

 五月の下旬頃、ソファに寝転びながら武者小路実篤の『真理先生』を読んでいた従吾は、パソコンで何やら作業をしているひかげに話しかけた。元々、倉庫として使われていた部屋だからか、普通の部室よりは広い。従吾が他の部員がいないことに気にかかるのもおかしな話ではなかった。

「一応、在籍している方はいますぞ。ま、幽霊部員ですけどね」
「オカ研に相応しいと言えばそれまでだが……」
「ですので、くつろいでくれても構いませんぞ」

 従吾がオカ研に入り浸って三日は経つ。
 その間、本を読んで暇を潰しているだけだった。
 授業をサボってここにいることもある。ひかげから鍵をもらっているからこそできることだ。
 会長のひかげが文句を言わずに、従吾のしたいようにさせている。何の目的なのかは定かではない。

「くつろげって言われてもよ。暇で暇でしょうがねえ。面白い話でもしてくれよ」
「僕はオカ研の会長ですぞ。そういうことは落研に頼んでください」
「……ちょっと上手いこと言いやがって。いいからなんか話してくれ。つまらねえんだよ」
「うーん。そうですなあ……怖い話なら知っておりますぞ」

 従吾は起き上がって「お。オカ研らしいじゃねえか」とわくわくし出す。
 自信があるせいか「これは怖いですぞ」とひかげは話を始めた。

「僕は幼い頃、身体が弱くてよく入院しておりました。その入院先の病院の話です」
「病院の怪談か。ベタだけどいいな」

 年上の高校生に対する態度ではないが、ひかげは気にせず「病院には介護用の浴室がありまして」と続けた。

「大きな病院ですから、湯舟も大きいのです。ある日、そこで女性が手首を切って自殺しました」
「おおう……ヘビーな展開だ……」
「湯舟は真っ赤に染まったそうです。結果として湯舟は使えなくなった……というわけではありませんでした」
「な、なんか嫌な予感がするんだが……」
「患者に黙って湯舟を使い続けることになったのです。もちろん、清掃や消毒はしたのですが、あまり気持ちの良い話ではありませんね」
「怖いというか、気持ち悪い話だな……」

 ひかげは「女性の怨念で湯舟に異変があればまだマシでしたね」と暗い顔になった。

「湯舟の血が落ちないとか、湯舟の水が赤く染まるとか」
「でもそうはならなかったんだろ? なんで湯舟を変えなかったんだ?」
「ああ。それは看護師長さんの勝手な判断です」

 従吾は顔をしかめて「どういう意味だ?」と問いただす。

「その湯舟に浸かると――肌が綺麗になるんですよ」
「……はあ? マジで言ってんのか?」
「看護師長さんの話ですけどね。以来、夜勤のときは湯舟に浸かるそうですよ……」

 いくら肌が綺麗になるからと言って人が死んだ湯舟に浸かれるのだろうか。
 まともな神経をしていたら触るのだって嫌だろう。

「頭のおかしい奴ってどこにでもいるんだな」
「ええ。同感です」
「――時代遅れの番長と、不気味なオカ研の会長には言われたくないわね」

 そんな言葉が聞こえた――オカ研のドアが開いた。
 誰だと思い従吾は振り向く。
 そこには女子高校生が立っていた。

 背丈はさほど高くはないが、姿勢がいいためかすらりとした印象を受ける。
 目は細くて糸目と言っていい。まるで狐みたいだと従吾は思った。
 サイドテールの髪型で、手入れされているのか、きらきらと輝いていた。

「えっと。お前は?」
「…………」

 つかつかと女子生徒は従吾に近づいて――ごつんと拳骨を食らわす。

「ぐえぇあ!? な、なにすんだ!」
「年上の女性に対して、お前とか言うな!」

 至極真っ当なことで叱られたが、殴るほどではないだろうと頭をさする従吾だった。
 そこへひかげが「何の用ですかな?」と困った顔で問う。

「また学園の危機と言うやつですか?」
「それ以外の用で私はここに来ないわ」
「やれやれ。辛辣ですなあ」

 肩をすくめるひかげから視線を外して「あなた。望月従吾ね」と女子生徒が訊ねる。

「そうだけど……えっと、誰?」
「訊き方は最悪だけど、教えてあげるわ」

 女子生徒は胸を張って堂々と答えた。

「私は岩崎菊子《いわさききくこ》。皿屋敷学園高等部の生徒会長よ」

 面倒なことになってきやがったと、従吾はまだ痛む頭を押さえていた。


◆◇◆◇


「それで、今回の事件はなんですか?」
「その前に――望月くんがここにいていいの?」

 菊子が従吾を手で示す。
 指をさすのではなく、手のひらを向けて示したのを見て、案外礼儀正しいなと従吾は思った。

「ええ。彼なら他言しないでしょう」
「まあな。これでも俺は――」
「友達がいませんから。話を続けてください」

 この野郎と従吾は思ったが「実は高等部で流行っているものがあって」と菊子は言う。

「こっくりさん。あなたに説明は要らないわね」
「ええ。存じております。狐と狗と狸の漢字を当てて、狐狗狸さんとも書きます。降霊術の一種ですな」

 従吾は「こうれいじゅつってなんだ?」とひかげに訊く。

「降霊術とは霊を降ろす術で――主に占い目的で霊を呼びます。こっくりさんの場合は狐の霊ですね」
「狐の霊って降ろせるのか? そんなのできねえだろ」

 菊子は「あなたたちの世代はそういうの信じないかもね」とため息をついた。

「でもね。こういうの信じる馬鹿が多いのよ」
「ふうん……ひかげさんはどう思うんだ?」
「降霊術は多大な力を要します。しかしそれは死者の霊に限ります。低級霊の狐ならば少ない労力で降ろしてしまう可能性があります」

 ひかげは眼鏡を直しながら「非常に危険ですね」と断言した。

「きちんとした時と場を用意しても、危ういことがあるのが降霊術です。術者の力が足りなくて霊が帰らないケースもあります」
「だからやめさせたいんだけどね。だけど、下手に禁止令とか出したらますます流行っちゃうかもしれない」

 菊子は物凄く面倒くさそうに「あなたの力を借りたい」とひかげを見つめる。

「こっくりさんの被害者が出た。なんとか狐の霊を祓ってほしい」
「本当ですかな?」

 ひかげが真偽を確かめる前に「マジで言っているのか?」と従吾は顔をしかめた。

「狐って憑りつくのかよ。すげえやべえな」
「信じる信じないはあなたの勝手よ。それに私が頼んでいるのはひかげくんなんだから」
「ま、そうだな。俺には関係ねえ」

 そう言って帰り支度をし始める従吾。
 その背中に「関係ないことはありませんぞ」とひかげは投げかけた。

「この事件は望月氏が解決するのですから」
「……お前、何言ってんの?」
「僕はあまり表に出たくありませんので。ご安心ください。解決策は授けます」
「あのさあ……」
「岩崎会長もよろしいですかな? というより望月氏以上に適任者はいませんぞ」

 菊子は従吾とひかげを交互に見て「私としては誰が解決してもいいわ」と言う。

「これ以上の被害者を出さなければいい。だけど、本当にこの子が解決できるの?」
「馬鹿にしてんのか? できるに決まってんだろ」

 思わずそう言ってしまった従吾に「それでは決まりですね。ふひひひ」とひかげは不気味に笑った。

「よろしく頼みましたぞ」
「やるって言ってねえよ」
「オカ研の部室、提供しているじゃあないですか」
「それとこれとは別の話だろ」

 揉めだした二人の男子学生に「そうねえ。だったら私から後押ししてあげるわ」と菊子が言い出す。

「望月くん。あなたがタバコ吸っていることを先生に言うわよ」
「……なんで分かったんだ? ここで吸ってねえぞ?」

 唖然とする従吾に「その返しは不味いですぞ、望月氏」とひかげは天を仰いだ。

「やっぱり。本当にタバコ吸っているのね」
「まさか、ハメたのか!?」
「一つアドバイスしてあげる」

 菊子は冷ややかに笑う。

「女の子は男の子の臭いに敏感なのよ」
「消臭剤、ありますぞ望月氏」
「あとでくれ……分かった。やるよ」

 従吾が渋々頷くと「決まりね。ありがとう」と菊子は手をぱあんと叩いた。

「それじゃ、詳しい話をするわね」
「お願いしますぞ。ほら、望月氏も座って」
「けっ。ずるい年上たちだぜ……」
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