猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

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始まりの出会い

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 この世が乱れ、国同士が戦っていた、戦国乱世――

 僕は山道を歩いていた。しとしと降る雨。容赦なく身体を打ってくる。
 おそらく三河か尾張の境だと思う――はっきりした位置が分からなかった。
 歩みを止めてしまえば楽になれる。そう、死ぬことができるのに、どうしても止められない。
 この期に及んで生きたいのだろうか。
 無様に、みっともなく、生き恥を晒すというのか。

 自分が何者かは分からない。気づけば一人で生きていた。最初の記憶は河原で倒れていた。頭を酷く怪我していた。眩暈がしていて、動けなかった。もし河原ではなく、水のない場所であったなら、命は無かっただろう。

 以来一人きりで生きているのだけど、良かったことなんて一つもなかった。いつも空腹だった。道端には飢え死にした死体があった。そうなりたくないと願って食えるものならなんでも食べた。
 合戦場で命を落とした足軽から具足や刀を奪って売った。結構な金になった。本能的にいけないことだ、穢れた行ないだと感じていたけど、生きるためには仕方がなかった。

 そして今、僕は一文無しで山道を歩いていた。先ほど山賊に路銀を全て取られてしまった。本当なら殺されるところだったけど、地面に頭を擦り付けて、死にたくないことを言うと、山賊たちは笑って見逃してくれた。もしも僕が女だったら――考えただけでゾッとする。そうした悲しい光景を何度も見ていたから。

 前方に洞窟が見えてきた。少しは雨風を凌げるだろう。そう思って、中に入った。もしも熊や狼の住みかならば僕は死んでいただろう。そうではなかった。居たのは熊でも狼でもなく――

「うん? おぬし、子供ではないか」

 ――猿だった。

「……失礼なことを考えていないか? わしは人間だ」

 確かに猿が喋るはずがない。それに着物を着ているわけがない。猿に似ている人間だった。
 背が低くて、痩せていて、賢そうで、若くて、何より猿に似ていた。

「――みなしごのようだな。まあこっち来て火でも当たれ」

 洞窟内で火を起こしていたらしい。暖かさに一息つく。焚き火には木の棒で魚が数匹、焼かれていた。ごくりと唾を飲み込む。

「腹が空いているのか。仕方がない、一匹やろう」

 猿が焼けている魚をこっちに放り投げた。両手で掴んで、熱さに構わず食べる。

「おお。良い喰いっぷりじゃ。おぬし、見たところ十くらいだな。名前は?」

 がつがつ食べる僕を面白そうに見る猿。僕は食べ終わるまで喋らなかった。猿はじっと待ち続けてくれた。

「……名前は分からない。気がついたら一人で居た」

 正直に言うと猿は哀れむように「記憶がないのか……」と納得してくれた。
 よく見ると猿は旅人のような服装をしている。どこかに行くのだろうか。もしくは帰るところだろうか。
 だけど一振りの刀を左手に持っている。武士かもしれない。

「あんたの、名前は?」

 今度は僕のほうから訊ねた。猿はにっこりと笑いながら「やっとわしに興味が出てきたか」と言う。

「わしの名前は藤吉郎。木下藤吉郎じゃ」
「藤吉郎……」

 これが藤吉郎との出会い。
 まだ何者でもない藤吉郎とまだ何者か分からない僕との出会いだった。
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