1 / 256
始まりの出会い
しおりを挟む
この世が乱れ、国同士が戦っていた、戦国乱世――
僕は山道を歩いていた。しとしと降る雨。容赦なく身体を打ってくる。
おそらく三河か尾張の境だと思う――はっきりした位置が分からなかった。
歩みを止めてしまえば楽になれる。そう、死ぬことができるのに、どうしても止められない。
この期に及んで生きたいのだろうか。
無様に、みっともなく、生き恥を晒すというのか。
自分が何者かは分からない。気づけば一人で生きていた。最初の記憶は河原で倒れていた。頭を酷く怪我していた。眩暈がしていて、動けなかった。もし河原ではなく、水のない場所であったなら、命は無かっただろう。
以来一人きりで生きているのだけど、良かったことなんて一つもなかった。いつも空腹だった。道端には飢え死にした死体があった。そうなりたくないと願って食えるものならなんでも食べた。
合戦場で命を落とした足軽から具足や刀を奪って売った。結構な金になった。本能的にいけないことだ、穢れた行ないだと感じていたけど、生きるためには仕方がなかった。
そして今、僕は一文無しで山道を歩いていた。先ほど山賊に路銀を全て取られてしまった。本当なら殺されるところだったけど、地面に頭を擦り付けて、死にたくないことを言うと、山賊たちは笑って見逃してくれた。もしも僕が女だったら――考えただけでゾッとする。そうした悲しい光景を何度も見ていたから。
前方に洞窟が見えてきた。少しは雨風を凌げるだろう。そう思って、中に入った。もしも熊や狼の住みかならば僕は死んでいただろう。そうではなかった。居たのは熊でも狼でもなく――
「うん? おぬし、子供ではないか」
――猿だった。
「……失礼なことを考えていないか? わしは人間だ」
確かに猿が喋るはずがない。それに着物を着ているわけがない。猿に似ている人間だった。
背が低くて、痩せていて、賢そうで、若くて、何より猿に似ていた。
「――みなしごのようだな。まあこっち来て火でも当たれ」
洞窟内で火を起こしていたらしい。暖かさに一息つく。焚き火には木の棒で魚が数匹、焼かれていた。ごくりと唾を飲み込む。
「腹が空いているのか。仕方がない、一匹やろう」
猿が焼けている魚をこっちに放り投げた。両手で掴んで、熱さに構わず食べる。
「おお。良い喰いっぷりじゃ。おぬし、見たところ十くらいだな。名前は?」
がつがつ食べる僕を面白そうに見る猿。僕は食べ終わるまで喋らなかった。猿はじっと待ち続けてくれた。
「……名前は分からない。気がついたら一人で居た」
正直に言うと猿は哀れむように「記憶がないのか……」と納得してくれた。
よく見ると猿は旅人のような服装をしている。どこかに行くのだろうか。もしくは帰るところだろうか。
だけど一振りの刀を左手に持っている。武士かもしれない。
「あんたの、名前は?」
今度は僕のほうから訊ねた。猿はにっこりと笑いながら「やっとわしに興味が出てきたか」と言う。
「わしの名前は藤吉郎。木下藤吉郎じゃ」
「藤吉郎……」
これが藤吉郎との出会い。
まだ何者でもない藤吉郎とまだ何者か分からない僕との出会いだった。
僕は山道を歩いていた。しとしと降る雨。容赦なく身体を打ってくる。
おそらく三河か尾張の境だと思う――はっきりした位置が分からなかった。
歩みを止めてしまえば楽になれる。そう、死ぬことができるのに、どうしても止められない。
この期に及んで生きたいのだろうか。
無様に、みっともなく、生き恥を晒すというのか。
自分が何者かは分からない。気づけば一人で生きていた。最初の記憶は河原で倒れていた。頭を酷く怪我していた。眩暈がしていて、動けなかった。もし河原ではなく、水のない場所であったなら、命は無かっただろう。
以来一人きりで生きているのだけど、良かったことなんて一つもなかった。いつも空腹だった。道端には飢え死にした死体があった。そうなりたくないと願って食えるものならなんでも食べた。
合戦場で命を落とした足軽から具足や刀を奪って売った。結構な金になった。本能的にいけないことだ、穢れた行ないだと感じていたけど、生きるためには仕方がなかった。
そして今、僕は一文無しで山道を歩いていた。先ほど山賊に路銀を全て取られてしまった。本当なら殺されるところだったけど、地面に頭を擦り付けて、死にたくないことを言うと、山賊たちは笑って見逃してくれた。もしも僕が女だったら――考えただけでゾッとする。そうした悲しい光景を何度も見ていたから。
前方に洞窟が見えてきた。少しは雨風を凌げるだろう。そう思って、中に入った。もしも熊や狼の住みかならば僕は死んでいただろう。そうではなかった。居たのは熊でも狼でもなく――
「うん? おぬし、子供ではないか」
――猿だった。
「……失礼なことを考えていないか? わしは人間だ」
確かに猿が喋るはずがない。それに着物を着ているわけがない。猿に似ている人間だった。
背が低くて、痩せていて、賢そうで、若くて、何より猿に似ていた。
「――みなしごのようだな。まあこっち来て火でも当たれ」
洞窟内で火を起こしていたらしい。暖かさに一息つく。焚き火には木の棒で魚が数匹、焼かれていた。ごくりと唾を飲み込む。
「腹が空いているのか。仕方がない、一匹やろう」
猿が焼けている魚をこっちに放り投げた。両手で掴んで、熱さに構わず食べる。
「おお。良い喰いっぷりじゃ。おぬし、見たところ十くらいだな。名前は?」
がつがつ食べる僕を面白そうに見る猿。僕は食べ終わるまで喋らなかった。猿はじっと待ち続けてくれた。
「……名前は分からない。気がついたら一人で居た」
正直に言うと猿は哀れむように「記憶がないのか……」と納得してくれた。
よく見ると猿は旅人のような服装をしている。どこかに行くのだろうか。もしくは帰るところだろうか。
だけど一振りの刀を左手に持っている。武士かもしれない。
「あんたの、名前は?」
今度は僕のほうから訊ねた。猿はにっこりと笑いながら「やっとわしに興味が出てきたか」と言う。
「わしの名前は藤吉郎。木下藤吉郎じゃ」
「藤吉郎……」
これが藤吉郎との出会い。
まだ何者でもない藤吉郎とまだ何者か分からない僕との出会いだった。
2
あなたにおすすめの小説
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる