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秤にかける
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数日後、僕は高倉山の本陣に居た。
「上様を怒らせるとは……命知らずにもほどがあるぞ?」
呆れを通り越してもはや感心しているような口ぶりで秀吉は言う。
その隣に居た黒田も「よく生きてるな……」となんとも言えない顔をしていた。
「しかし、尼子殿たちがやすやすと降伏するとは思えん。書状で勧めてはみるが、望みは薄いぞ?」
それが問題だった。こっちが生かしたいと思っても、尼子家がこちらの思惑に乗るとは思えない。
それに毛利家に降伏したところで殺されるかもしれない。
「黒田殿。毛利家と交渉できないか?」
「……向こうが有利な状況だ。どうせ無理難題を押し付けられるだろう」
一応訊いてみたが、やはりそうか……
秀吉は腕組みをして「状況を整理してみよう」と言う。
「現在、上月城は毛利家と宇喜多家に包囲されている。毛利家の武将は吉川元春と小早川隆景。二人は両川と呼ばれる歴戦の将だ。しかも軍勢は三万でこちちの兵力の三倍だ。おまけに包囲網は完璧で、河口には村上水軍が備えている。わしたちではこれらを打ち破る術はない。兵糧が少ない上月城はいずれ落ちる。その前に尼子家に降伏を促すが、毛利家に降伏したら確実に彼らは殺される。かといって城から脱出しろと命じても従わぬだろう」
聞けば聞くほどかなり状況は不味い。
頭を抱えたくなる……
「こちらの犠牲覚悟で城兵を脱出させるのはいかがか?」
「いや無理だ。それをさせないように包囲を敷いている」
黒田と秀吉の会話が遠くに聞こえる。
ここでようやく分かった。上様がおっしゃっていたことの真意が。
だから見捨てるように言ったのか――
どうしたらいい? この難解な禅問答のような、答えのない状況で、なんとか彼らを救う手立てはないのか?
神仏でも天魔でもいい! 誰か、策はないのか!?
「……宇喜多家の武将は、忠家殿だったな」
ぼそりと呟いたのは、黒田だった。
そしてぶつぶつと呟く。
「どうしたんだ? 官兵衛」
訝しげな顔をする秀吉。
僕は何か思いついたのかと思い、期待の目を向ける。
「いえ。何故忠家殿が出陣したのかと思ったんだ」
「……妙だな。宇喜多家は毛利家に援軍を要請して上月城を攻めているはずだ。当主が出陣しないのはおかしい」
秀吉の言葉で疑惑が広がる。
「雲之介。これをどう思う?」
「一つは直家殿が病か怪我であること。一つは領地の治安が悪化してそれを対処するため。そして最後は――そもそも戦う気がなかったからだ」
パッと思いつくのはこのくらいだろう。
「病か怪我であれば、要請する時期を変えるだろう。治安悪化はない。善政を敷いているから。そして戦う気がないのは、ありえるかもしれない」
黒田が続けて「書状で説得をしているのが効いたのか?」と呟く。
「だとしたら宇喜多家はこちらに寝返る気がなるということか?」
「羽柴殿、そうかもしれない。しかし、今寝返っても毛利家を倒せるとは思えない」
なんだろう。何か思いつきそうな気がする。
「この状況を打破できるとは思えないな」
秀吉のがっかりした声。
「ええ。残念だ……書状で脱出を勧めよう。おそらく彼らはしないが」
黒田が書状を書こうとして――
「さっき、秀吉は言ったよな」
僕は形にできないけど、思いつくままに話す。
「うん? わしがなんて言ったと?」
「……『宇喜多家は毛利家に援軍を要請して上月城を攻めている』って言った」
「ああ、確かに言った」
「だとするなら、宇喜多家がこの戦の主将であると解釈できるよな?」
もう少しで思いつくというときに、黒田のほうが早く気づいた。
「そうか! 宇喜多家に降伏すればいいのか!」
黒田の言葉で、ようやくまとまった形になった――
尼子家に向けた書状には『毛利家ではなく宇喜多家に降伏せよ』と書いた。その理由も詳細に書く。
宇喜多家は明らかに織田家と毛利家を秤にかけている。そして黒田の説得でそれがこちらに傾きつつある。当主ではなく弟の忠家が出陣しているのがその証拠だ。
ならば織田家家臣である尼子家をむやみやたらに殺したりしないだろうと推測できる。
だから宇喜多家に降伏すれば、命だけは助かるだろう。
このような内容を書いたが、尼子家が受け入れるかは分からない。
黙殺されるかもしれない。
もしくは城を枕に討ち死にするかもしれない。
だとしても僕はやるべきことをした。
後は、彼らがどう選択するのかだ。
「引き上げるぞ。上月城を落とした毛利家が東進してくるかもしれん」
落城を見る前に、秀吉は撤退の指示をした。
追撃されないようにするためと毛利家に備えるためだ。
後ろ髪が引かれる思いだったけど、三木城の状況も気になる。
これもまた、秤にかけた結果だった。
「雲之介さん。上月城が落城したと知らせが入ったわよ」
三木城を包囲している陣で、なつめが僕に報告してくれた。
そのとき、僕は雪隆くんと島と頼廉と一緒に、自分の持ち場の相談をしていた。
「……そうか。それで、尼子家は?」
「宇喜多家に降伏したわ。正確な情報か分からないけど、どうも宇喜多家の岡山城に幽閉されるらしいわ」
僕はホッとして「良かった……!」と笑った。
「相変わらず、お優しいな雲之介さんは」
「そこが殿の良いところだろう?」
「慈悲のある武将さまですね」
家臣の皆がそう言うけど、本当は優しくなんかない。
本当に優しいのなら、生き恥を晒さずに殺してあげるべきだったんだ。
要するに自己満足にすぎない。
「毛利家は尼子家を殺したいはずだ。それを生かしたのは、宇喜多家にとって危ういことじゃないか?」
島の言うとおりだ。僕はそれに「宇喜多家は寝返るかもしれないな」と答えた。
「……別所家に裏切られたと思ったら、今度は宇喜多家が味方になるのか」
「諸行無常ですね」
雪隆くんと頼廉にも思うところがあるらしい。
播磨国は今、混乱の渦にある。
毛利家は上月城を落とした後、東進しなかった。
おそらく宇喜多家が信用できなかったのだろう。
危なかった。もしなりふり構わず攻めてこられたら、羽柴家は終わりだった。
それからしばらくして、宇喜多家が織田家に寝返った。
理由は定かではないけど、黒田が書状を送り続けたおかげだろう。
これで西を気にすることなく、三木城攻略を押し進められる。
それからしばらくして、僕に書状が届いた。
山中殿からだった。
『雨竜殿の配慮のおかげで、尼子家の血筋を絶えさせること無くなりました。感謝いたします。いつかの約束、必ず果たす所存です』
短い文章だったけど、誠意が込められていた。
恨んでも良かったのに。まったく、山中殿もお人よしだな。
「ふわああ。退屈だな……」
三木城を包囲してだいぶ経つ。
本陣で秀吉が大きな欠伸をしたものだから「茶でも点てようか?」と問う。
他のみんなも退屈そうにしている。
「そうだな。せっかく乙御前の釜もあるしな」
秀吉は「他に茶を飲む者居るか?」と訊ねた。
秀長さんと長政は頷いたけど、正勝と半兵衛さんと黒田は断った。
「お茶を飲む気分じゃないしね」
「おいおい。半兵衛、調子悪いのか?」
「その老人のように扱う態度やめなさいよ、正勝ちゃん」
黒田は茶にあまり興味がないらしい。
「だから小寺家に荒木さまが来たとき、よく茶器を自慢されたんだが、良し悪しが分からなかった」
「へえ。荒木さまと仲が良いんだな」
「どうしてそうなる?」
「仲が悪かったり興味がなかったら、自慢なんかしないだろう」
僕の言葉に複雑そうな顔をする黒田。
「まあ俺も荒木さまは嫌いじゃないが――」
「羽柴さま! 大変でございます!」
不意に本陣に伝令がやってきた。
秀吉は「何があった?」と問う。
「摂津国の大名、荒木村重――謀反!」
荒木さまは、毛利家に寝返った。
秤がそちらに傾いたのだ。
「上様を怒らせるとは……命知らずにもほどがあるぞ?」
呆れを通り越してもはや感心しているような口ぶりで秀吉は言う。
その隣に居た黒田も「よく生きてるな……」となんとも言えない顔をしていた。
「しかし、尼子殿たちがやすやすと降伏するとは思えん。書状で勧めてはみるが、望みは薄いぞ?」
それが問題だった。こっちが生かしたいと思っても、尼子家がこちらの思惑に乗るとは思えない。
それに毛利家に降伏したところで殺されるかもしれない。
「黒田殿。毛利家と交渉できないか?」
「……向こうが有利な状況だ。どうせ無理難題を押し付けられるだろう」
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聞けば聞くほどかなり状況は不味い。
頭を抱えたくなる……
「こちらの犠牲覚悟で城兵を脱出させるのはいかがか?」
「いや無理だ。それをさせないように包囲を敷いている」
黒田と秀吉の会話が遠くに聞こえる。
ここでようやく分かった。上様がおっしゃっていたことの真意が。
だから見捨てるように言ったのか――
どうしたらいい? この難解な禅問答のような、答えのない状況で、なんとか彼らを救う手立てはないのか?
神仏でも天魔でもいい! 誰か、策はないのか!?
「……宇喜多家の武将は、忠家殿だったな」
ぼそりと呟いたのは、黒田だった。
そしてぶつぶつと呟く。
「どうしたんだ? 官兵衛」
訝しげな顔をする秀吉。
僕は何か思いついたのかと思い、期待の目を向ける。
「いえ。何故忠家殿が出陣したのかと思ったんだ」
「……妙だな。宇喜多家は毛利家に援軍を要請して上月城を攻めているはずだ。当主が出陣しないのはおかしい」
秀吉の言葉で疑惑が広がる。
「雲之介。これをどう思う?」
「一つは直家殿が病か怪我であること。一つは領地の治安が悪化してそれを対処するため。そして最後は――そもそも戦う気がなかったからだ」
パッと思いつくのはこのくらいだろう。
「病か怪我であれば、要請する時期を変えるだろう。治安悪化はない。善政を敷いているから。そして戦う気がないのは、ありえるかもしれない」
黒田が続けて「書状で説得をしているのが効いたのか?」と呟く。
「だとしたら宇喜多家はこちらに寝返る気がなるということか?」
「羽柴殿、そうかもしれない。しかし、今寝返っても毛利家を倒せるとは思えない」
なんだろう。何か思いつきそうな気がする。
「この状況を打破できるとは思えないな」
秀吉のがっかりした声。
「ええ。残念だ……書状で脱出を勧めよう。おそらく彼らはしないが」
黒田が書状を書こうとして――
「さっき、秀吉は言ったよな」
僕は形にできないけど、思いつくままに話す。
「うん? わしがなんて言ったと?」
「……『宇喜多家は毛利家に援軍を要請して上月城を攻めている』って言った」
「ああ、確かに言った」
「だとするなら、宇喜多家がこの戦の主将であると解釈できるよな?」
もう少しで思いつくというときに、黒田のほうが早く気づいた。
「そうか! 宇喜多家に降伏すればいいのか!」
黒田の言葉で、ようやくまとまった形になった――
尼子家に向けた書状には『毛利家ではなく宇喜多家に降伏せよ』と書いた。その理由も詳細に書く。
宇喜多家は明らかに織田家と毛利家を秤にかけている。そして黒田の説得でそれがこちらに傾きつつある。当主ではなく弟の忠家が出陣しているのがその証拠だ。
ならば織田家家臣である尼子家をむやみやたらに殺したりしないだろうと推測できる。
だから宇喜多家に降伏すれば、命だけは助かるだろう。
このような内容を書いたが、尼子家が受け入れるかは分からない。
黙殺されるかもしれない。
もしくは城を枕に討ち死にするかもしれない。
だとしても僕はやるべきことをした。
後は、彼らがどう選択するのかだ。
「引き上げるぞ。上月城を落とした毛利家が東進してくるかもしれん」
落城を見る前に、秀吉は撤退の指示をした。
追撃されないようにするためと毛利家に備えるためだ。
後ろ髪が引かれる思いだったけど、三木城の状況も気になる。
これもまた、秤にかけた結果だった。
「雲之介さん。上月城が落城したと知らせが入ったわよ」
三木城を包囲している陣で、なつめが僕に報告してくれた。
そのとき、僕は雪隆くんと島と頼廉と一緒に、自分の持ち場の相談をしていた。
「……そうか。それで、尼子家は?」
「宇喜多家に降伏したわ。正確な情報か分からないけど、どうも宇喜多家の岡山城に幽閉されるらしいわ」
僕はホッとして「良かった……!」と笑った。
「相変わらず、お優しいな雲之介さんは」
「そこが殿の良いところだろう?」
「慈悲のある武将さまですね」
家臣の皆がそう言うけど、本当は優しくなんかない。
本当に優しいのなら、生き恥を晒さずに殺してあげるべきだったんだ。
要するに自己満足にすぎない。
「毛利家は尼子家を殺したいはずだ。それを生かしたのは、宇喜多家にとって危ういことじゃないか?」
島の言うとおりだ。僕はそれに「宇喜多家は寝返るかもしれないな」と答えた。
「……別所家に裏切られたと思ったら、今度は宇喜多家が味方になるのか」
「諸行無常ですね」
雪隆くんと頼廉にも思うところがあるらしい。
播磨国は今、混乱の渦にある。
毛利家は上月城を落とした後、東進しなかった。
おそらく宇喜多家が信用できなかったのだろう。
危なかった。もしなりふり構わず攻めてこられたら、羽柴家は終わりだった。
それからしばらくして、宇喜多家が織田家に寝返った。
理由は定かではないけど、黒田が書状を送り続けたおかげだろう。
これで西を気にすることなく、三木城攻略を押し進められる。
それからしばらくして、僕に書状が届いた。
山中殿からだった。
『雨竜殿の配慮のおかげで、尼子家の血筋を絶えさせること無くなりました。感謝いたします。いつかの約束、必ず果たす所存です』
短い文章だったけど、誠意が込められていた。
恨んでも良かったのに。まったく、山中殿もお人よしだな。
「ふわああ。退屈だな……」
三木城を包囲してだいぶ経つ。
本陣で秀吉が大きな欠伸をしたものだから「茶でも点てようか?」と問う。
他のみんなも退屈そうにしている。
「そうだな。せっかく乙御前の釜もあるしな」
秀吉は「他に茶を飲む者居るか?」と訊ねた。
秀長さんと長政は頷いたけど、正勝と半兵衛さんと黒田は断った。
「お茶を飲む気分じゃないしね」
「おいおい。半兵衛、調子悪いのか?」
「その老人のように扱う態度やめなさいよ、正勝ちゃん」
黒田は茶にあまり興味がないらしい。
「だから小寺家に荒木さまが来たとき、よく茶器を自慢されたんだが、良し悪しが分からなかった」
「へえ。荒木さまと仲が良いんだな」
「どうしてそうなる?」
「仲が悪かったり興味がなかったら、自慢なんかしないだろう」
僕の言葉に複雑そうな顔をする黒田。
「まあ俺も荒木さまは嫌いじゃないが――」
「羽柴さま! 大変でございます!」
不意に本陣に伝令がやってきた。
秀吉は「何があった?」と問う。
「摂津国の大名、荒木村重――謀反!」
荒木さまは、毛利家に寝返った。
秤がそちらに傾いたのだ。
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