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二人の弥助、雨竜家の茶頭
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堺、千宗易の屋敷――
僕はお師匠さまの茶室にて、茶を点てていた。もちろん、用いるのは平蜘蛛だ。加えて茶碗はこれまた松永から貰った雨雲を使う。茶杓や茶入は名物とは言えないものの、僕が気に入っている物だ。ま、名物と安価な物を組み合わせるのも面白い趣向だろう。
この場には僕を含めて五人居て、一人はお師匠さまの千宗易。堂々と上座に座っていて、貫禄がある。もう一人は僕の側近の弥助。慣れない様子で正座ではなく楽な姿勢で末席に座っている。お師匠さまの横に座っているのは、僕の兄弟子の山上宗二さん。余裕たっぷりに何も話さず折り目正しくしている。そしてもう一人は――
「おお! あれが平蜘蛛か! 素晴らしいな! がっはっは!」
かつての摂津国の大名、荒木村重――今は道糞(どうふん)と名乗っている――は豪快に笑った。彼は頭を丸めて僧になったようだが、性格は俗っぽいままだった。
彼は謀叛を起こした後、ずっと毛利家の領地で暮らしていたが、上様亡き後にしれっと堺に戻ったという。その際、秀吉に茶器を数個譲って覚えを良くした。本当に強かなお方だと思う。
「山上殿が平蜘蛛をよろしくないと評したので、あまり期待していなかったが、なかなかどうして素晴らしいではないか!」
「……私は、持ち主や物の経緯を鑑みて評価を下しているのです」
ぶっきらぼうに答える宗二さん。お師匠さまの弟子同士かつ茶人仲間で気が合うのかと思ったが、折り合いは悪いらしい。
「ふうむ。ま、良き物は良いものだ! ところであんたは崑崙奴だな。名をなんと申す?」
今度は弥助に水を向けた荒木道糞。弥助は変な人を見つめる目をしながら「や、やすけという」と答えた。
荒木は驚いて「なんと! あんたも弥助というのか!」と叫んだ。
「わしの幼名は弥助なのだ! 同じだな!」
「そ、そうか……」
まったく、偶然と言うのは恐ろしいものだな。
僕はできた濃茶をお師匠さまに差し出す。
「どうぞ」
お師匠さまは一口茶を含んで飲み、「……腕を上げましたね」とにっこり笑った。
「創意工夫も素晴らしい。名物とそれに合わせた茶道具を用いる。見事です」
「ありがとうございます」
その後、皆は順番に茶碗を回して飲む。弥助も真似をして飲んだ。
「にがいが、おいしいな」
「ふふ。弥助は茶が初めてだったね」
さて。これから本題に入りたいのだけど、荒木がいる前で話したくない。
ちらりと荒木を見ると「気にするな」と笑われた。
「わしのことは道端の糞と思えば良い」
「茶室に糞があったら、逆に気になるが……まあいい。お師匠さま、まずはお招きいただきありがとうございます。それとご指導もいただき重ねて礼を申します」
僕がお師匠さまに頭を下げると「いえいえ。礼を申すのはこちらです」と返された。
「無理を言って平蜘蛛を拝見させていただき嬉しく思います」
「いえ、そんな――」
「それに雲之介さまは丹波国の大名となられた身。一介の商人である私にかしこまる必要はありませんよ」
お師匠さまにそう言われたのは、淋しい気分だった。
「お師匠さま。僕はまだまだ未熟です。今までどおりご指導ご鞭撻よろしくお願いします」
「……礼儀正しいところは変わらぬのですね」
お師匠さまはそれから「雲之介さまは官位を賜るのですか?」と訊ねた。
「ええ。丹波守を望んでいます。しかし秀吉が官位を上げぬと僕はもらえません。筑前守と同格ですから」
「そうですか。それは残念ですね」
「まあ朝廷とのやりとりをしなくて助かりますよ」
その後もひととおりの話をした。そしてお師匠さまが「そういえば――」と言う。
「雲之介さまも何か、私に話したいことがあるみたいですが」
返書にそう書いていた。覚えていてくれたようなので「実はお師匠さまにご相談がありまして」と切り出した。
「雨竜家の茶頭になって、家臣の者たちに茶を教えてもらいたいのと、新しい今焼を考えてもらいたいのです」
「なっ――」
驚いたのは宗二さんだった。
「お、お師匠さまに堺を出て、丹波国に参れと申すのですか!?」
「結果的にはそうなります。しかしお師匠さまの都合もありますから断られても仕方ないと思っています」
お師匠さまはしばしの沈黙の後「茶の指導は分かりますが、新しい今焼を作るというのは?」と訊いてきた。
「はい。丹波国にて窯元を作り、名産品にします。それによって経済を回します」
「ふむ。それは面白いですな」
案外乗り気になっているお師匠さまに「それはなりませんぞ」と厳しく宗二さんは止めた。
「お師匠さまは既に黒茶碗という新しい物を生み出しているではないですか!」
「山上殿。決めるのは宗易殿だ。あまりぎゃあぎゃあ言うでない」
荒木のもっともな正論が予想外だったのか宗二さんは絶句してしまった。
「お誘い嬉しく思います。しかし少しばかり遅かったですね」
お師匠さまは無表情で僕たちに告げる。
「私は羽柴秀吉さまの茶頭になります」
「えっ!? 聞いていませんよ!」
驚愕する宗二さんにお師匠さまは「言うのが遅れて申し訳ございません」と軽く頭を下げた。
「あー、それなら仕方ないですね」
「ええ。真に申し訳ございません」
しかしどうしよう。断られると思ったが、いざそうなると痛い。
このとき、末席に居た弥助が「そうえきじゃないといけないのか?」と言う。
「ほかのひとじゃだめなのか?」
「他の人……まあ茶に精通している人ならいいけど」
僕はそう言って何気なく宗二さんを見た。
すると皆の視線が宗二さんに集まる。
「……私に何を期待しているのですか?」
宗二さんは呆れを声に滲ませて僕に訊ねる。
「天下に名を轟かせる千宗易の愛弟子。名声も十分ある。実力も申し分ない」
「雲之介? あなたは何を言っている?」
「宗二さん、お願いできますか?」
僕が言うと宗二さんは「馬鹿なことを言うな」と怒った。
「なんで私が丹波国などに――」
「頼みます! 丹波国で茶の真髄を教えてやってください!」
茶の真髄という言葉に宗二さんは反応した。
「僕よりも創意工夫に満ち溢れた兄弟子じゃないですか!」
創意工夫に満ち溢れたという言葉に宗二さんは反応した。
「お願いします! 丹波国で宗二好みを作ってください!」
宗二好みという言葉に宗二さんは反応した。
「うぬぬ……しかし……」
「もちろん、銭は支払います! 一千貫でどうですか!?」
宗二さんは「一千貫?」と首を傾げた。
「たったそれだけでやれというのか? 甘く見ないで――」
「ええ!? 月に一千貫では不足ですか!?」
「月!?」
宗二さんは大声で叫んだ。
「そ、それほどの大金を支払うと!?」
「……宗二さんを尊敬していますから、当然でしょう?」
僕は秀吉の人たらしな言葉を思い出す。
「宗二さんを信用しています。それに確実に素晴らしいものが出来上がると思います」
「雲之介……」
「どうか、お願いします」
宗二さんに頭を深く下げた。
宗二さんは迷っている。
何か決め手となることはないだろうか――
「うん? 山上殿が嫌ならわしが引き受けても――」
「――っ!? いえ、引き受けます! 私がやります!」
荒木を制して宗二さんは了承した。
パッと頭を上げて「今、言いましたね!」と確認する。
「あ、いや、その……」
「お師匠さまも聞いていましたね!?」
「はい。聞いておりました」
お師匠さまは呆然としている宗二さんに向かって笑った。
「頑張るのですよ、宗二」
「は、はい……」
おそらく勢いで言ってしまったのを後悔している宗二さん。
だが言質は取った。
「がっはっは。残念だな。金になると思ったが」
荒木の豪快な笑い声が茶室に広がった――
僕はお師匠さまの茶室にて、茶を点てていた。もちろん、用いるのは平蜘蛛だ。加えて茶碗はこれまた松永から貰った雨雲を使う。茶杓や茶入は名物とは言えないものの、僕が気に入っている物だ。ま、名物と安価な物を組み合わせるのも面白い趣向だろう。
この場には僕を含めて五人居て、一人はお師匠さまの千宗易。堂々と上座に座っていて、貫禄がある。もう一人は僕の側近の弥助。慣れない様子で正座ではなく楽な姿勢で末席に座っている。お師匠さまの横に座っているのは、僕の兄弟子の山上宗二さん。余裕たっぷりに何も話さず折り目正しくしている。そしてもう一人は――
「おお! あれが平蜘蛛か! 素晴らしいな! がっはっは!」
かつての摂津国の大名、荒木村重――今は道糞(どうふん)と名乗っている――は豪快に笑った。彼は頭を丸めて僧になったようだが、性格は俗っぽいままだった。
彼は謀叛を起こした後、ずっと毛利家の領地で暮らしていたが、上様亡き後にしれっと堺に戻ったという。その際、秀吉に茶器を数個譲って覚えを良くした。本当に強かなお方だと思う。
「山上殿が平蜘蛛をよろしくないと評したので、あまり期待していなかったが、なかなかどうして素晴らしいではないか!」
「……私は、持ち主や物の経緯を鑑みて評価を下しているのです」
ぶっきらぼうに答える宗二さん。お師匠さまの弟子同士かつ茶人仲間で気が合うのかと思ったが、折り合いは悪いらしい。
「ふうむ。ま、良き物は良いものだ! ところであんたは崑崙奴だな。名をなんと申す?」
今度は弥助に水を向けた荒木道糞。弥助は変な人を見つめる目をしながら「や、やすけという」と答えた。
荒木は驚いて「なんと! あんたも弥助というのか!」と叫んだ。
「わしの幼名は弥助なのだ! 同じだな!」
「そ、そうか……」
まったく、偶然と言うのは恐ろしいものだな。
僕はできた濃茶をお師匠さまに差し出す。
「どうぞ」
お師匠さまは一口茶を含んで飲み、「……腕を上げましたね」とにっこり笑った。
「創意工夫も素晴らしい。名物とそれに合わせた茶道具を用いる。見事です」
「ありがとうございます」
その後、皆は順番に茶碗を回して飲む。弥助も真似をして飲んだ。
「にがいが、おいしいな」
「ふふ。弥助は茶が初めてだったね」
さて。これから本題に入りたいのだけど、荒木がいる前で話したくない。
ちらりと荒木を見ると「気にするな」と笑われた。
「わしのことは道端の糞と思えば良い」
「茶室に糞があったら、逆に気になるが……まあいい。お師匠さま、まずはお招きいただきありがとうございます。それとご指導もいただき重ねて礼を申します」
僕がお師匠さまに頭を下げると「いえいえ。礼を申すのはこちらです」と返された。
「無理を言って平蜘蛛を拝見させていただき嬉しく思います」
「いえ、そんな――」
「それに雲之介さまは丹波国の大名となられた身。一介の商人である私にかしこまる必要はありませんよ」
お師匠さまにそう言われたのは、淋しい気分だった。
「お師匠さま。僕はまだまだ未熟です。今までどおりご指導ご鞭撻よろしくお願いします」
「……礼儀正しいところは変わらぬのですね」
お師匠さまはそれから「雲之介さまは官位を賜るのですか?」と訊ねた。
「ええ。丹波守を望んでいます。しかし秀吉が官位を上げぬと僕はもらえません。筑前守と同格ですから」
「そうですか。それは残念ですね」
「まあ朝廷とのやりとりをしなくて助かりますよ」
その後もひととおりの話をした。そしてお師匠さまが「そういえば――」と言う。
「雲之介さまも何か、私に話したいことがあるみたいですが」
返書にそう書いていた。覚えていてくれたようなので「実はお師匠さまにご相談がありまして」と切り出した。
「雨竜家の茶頭になって、家臣の者たちに茶を教えてもらいたいのと、新しい今焼を考えてもらいたいのです」
「なっ――」
驚いたのは宗二さんだった。
「お、お師匠さまに堺を出て、丹波国に参れと申すのですか!?」
「結果的にはそうなります。しかしお師匠さまの都合もありますから断られても仕方ないと思っています」
お師匠さまはしばしの沈黙の後「茶の指導は分かりますが、新しい今焼を作るというのは?」と訊いてきた。
「はい。丹波国にて窯元を作り、名産品にします。それによって経済を回します」
「ふむ。それは面白いですな」
案外乗り気になっているお師匠さまに「それはなりませんぞ」と厳しく宗二さんは止めた。
「お師匠さまは既に黒茶碗という新しい物を生み出しているではないですか!」
「山上殿。決めるのは宗易殿だ。あまりぎゃあぎゃあ言うでない」
荒木のもっともな正論が予想外だったのか宗二さんは絶句してしまった。
「お誘い嬉しく思います。しかし少しばかり遅かったですね」
お師匠さまは無表情で僕たちに告げる。
「私は羽柴秀吉さまの茶頭になります」
「えっ!? 聞いていませんよ!」
驚愕する宗二さんにお師匠さまは「言うのが遅れて申し訳ございません」と軽く頭を下げた。
「あー、それなら仕方ないですね」
「ええ。真に申し訳ございません」
しかしどうしよう。断られると思ったが、いざそうなると痛い。
このとき、末席に居た弥助が「そうえきじゃないといけないのか?」と言う。
「ほかのひとじゃだめなのか?」
「他の人……まあ茶に精通している人ならいいけど」
僕はそう言って何気なく宗二さんを見た。
すると皆の視線が宗二さんに集まる。
「……私に何を期待しているのですか?」
宗二さんは呆れを声に滲ませて僕に訊ねる。
「天下に名を轟かせる千宗易の愛弟子。名声も十分ある。実力も申し分ない」
「雲之介? あなたは何を言っている?」
「宗二さん、お願いできますか?」
僕が言うと宗二さんは「馬鹿なことを言うな」と怒った。
「なんで私が丹波国などに――」
「頼みます! 丹波国で茶の真髄を教えてやってください!」
茶の真髄という言葉に宗二さんは反応した。
「僕よりも創意工夫に満ち溢れた兄弟子じゃないですか!」
創意工夫に満ち溢れたという言葉に宗二さんは反応した。
「お願いします! 丹波国で宗二好みを作ってください!」
宗二好みという言葉に宗二さんは反応した。
「うぬぬ……しかし……」
「もちろん、銭は支払います! 一千貫でどうですか!?」
宗二さんは「一千貫?」と首を傾げた。
「たったそれだけでやれというのか? 甘く見ないで――」
「ええ!? 月に一千貫では不足ですか!?」
「月!?」
宗二さんは大声で叫んだ。
「そ、それほどの大金を支払うと!?」
「……宗二さんを尊敬していますから、当然でしょう?」
僕は秀吉の人たらしな言葉を思い出す。
「宗二さんを信用しています。それに確実に素晴らしいものが出来上がると思います」
「雲之介……」
「どうか、お願いします」
宗二さんに頭を深く下げた。
宗二さんは迷っている。
何か決め手となることはないだろうか――
「うん? 山上殿が嫌ならわしが引き受けても――」
「――っ!? いえ、引き受けます! 私がやります!」
荒木を制して宗二さんは了承した。
パッと頭を上げて「今、言いましたね!」と確認する。
「あ、いや、その……」
「お師匠さまも聞いていましたね!?」
「はい。聞いておりました」
お師匠さまは呆然としている宗二さんに向かって笑った。
「頑張るのですよ、宗二」
「は、はい……」
おそらく勢いで言ってしまったのを後悔している宗二さん。
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