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3rdSEASON
空虚の谷を君と
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電車を降りると寒かった。
今日は水奈もしっかり防寒していた。
父さんの助言通りに店は先に予約しておいた。
冬空の下、満席の店を彷徨う羽目になりたくなかったら予約はしておきなさい。
父さんが言ってた。
父さんは失敗した思い出があるらしい。
だけどそれも母さんにとってはいい思い出なんだそうだ。
僕の乏しい頭ではイタリアンのお店くらいしか思いつかなかった。
意外とボリュームがある料理。
さすがに僕でもクリスマスにラーメンを食べるという発想は出来なかった。
夕食を食べると会場に向かう。
既にメイン会場は人で埋まっていたのでちょっと離れた海岸から見る事にした。
海風が冷たい。
「水奈冷えない?」
「大丈夫。ちゃんと手袋もしてるし」
「荷物持つよ」
「ありがとう」
今日は水奈はちょっと荷物が多かった。
先に家に寄ればよかったかな?
そして花火が打ち上がり始めた。
寒い冬の夜に打ち上がる花火。
今日はクリスマスイブ。
水奈と二人で手を繋いで花火を見ていた。
花火が終ると僕達は駅に戻る。
電車とバスを乗り継いで家に帰る。
今夜は水奈が家で一泊することになった。
ホテルに泊まる事も考えたけど「家でもいいよ」というので家に泊まってもらう事にした。
「空もあのド変態がいる家よりはリラックスできるだろ?」
水奈はそう言って笑っていた。
僕はリラックスできるけど水奈はどうなんだろう?
少し緊張してるみたいだ。
よく考えたら水奈が僕の部屋に入るのは初めてかもしれない。
「先に風呂に入っておいでよ」
「あ、ありがとう」
やっぱり緊張してるみたいだ。
2人とも風呂に入ると部屋に戻ってプレゼント交換をする。
お互いにそれを開けて見て喜んでいた。
テレビを見ながら水奈と話をする。
バラエティ番組をやっていた。
ニュースよりはマシだろ?
僕も水奈もそんなに興味なかったけど。
明日は冬吾の誕生日。
冬吾は毎日楽しく学校生活を送ってるそうだ。
冬の寒空の下グラウンドでドッジボールをしてるらしい。
学校の体育の授業でサッカーをやっていると誰も冬吾には敵わないそうだ。
そういやクラブの練習試合で上級生を翻弄したと言っていたな。
小学校1年生でシザースくらいならともかくエラシコやマルセイユルーレット、ラボーナエラシコを自由自在に操れたらそりゃ誰も太刀打ちできない。
しかも冬吾のドリブルはいきなりトップスピードから始まる。
小さい時からボールと触れ合って来たから出来る芸当なのだろう。
冬吾はフィールドに立つと絵を描くという。
こんなプレイがしたい。そういう想像をするんだそうだ。
そして突然はじまる冬吾の時間に皆が魅了される。
冬吾の芸当はサッカーだけじゃない。
マラソン大会やバスケットボール、父さんもあまり得意じゃない野球までこなすらしい。
走り幅跳びや高跳びも小学生6年生の記録に届くくらいの能力を持つ。
もちろん運動に明け暮れてるだけじゃない。
勉強もこなすらしい。
桜子先生が教える以上の事を求めてくる。
より深く理解しようとする。
冬吾の質問攻めに「ネットで検索してみたら?」と誤魔化すそうだ。
だけど冬吾の質問はそれだけじゃ終わらない。
本当にネットで検索して、さらに湧き上がる新たな疑問を桜子先生に問いかけるらしい。
桜子先生もそれじゃ冬吾に馬鹿にされると必死で毎晩勉強してるそうだって母さんが言ってた。
冬吾のやってる事は悪戯じゃない。
ただ純粋に興味があるだけ。
だから質が悪い。
桜子先生も怒るわけにもいかない。
天音とは違う意味で問題児だった。
2学期の通知表に一言書いてあったそうだ。
ご家庭でも冬吾の疑問に答えてやってください。
父さんや母さんは冬吾の質問に笑って答えている。
色んな事に興味を持つ年頃だから仕方がない。
あまり変な質問はしてこない。
でもたまに難しい質問をしてくるそうだ。
「どうして結婚すると子供が生まれてくるの?」
困ってる父さんの代わりに母さんが答える。
「それはお互いが愛し合ってるからですよ」
「じゃあ、瞳子にも僕の子供ができるの?」
「結婚してないから無理ですね」
「どうして結婚してないと無理なの?」
「それは結婚する時に分かるから」
まあ、最後はそうなるよな。
そんなやりとりを僕と天音は笑って聞いてた。
日付が変わる頃水奈がそろそろ寝ないか?という。
そうして僕達は聖夜を過ごした。
(2)
「お誕生日おめでとう」
母さん達が祝ってくれた。
今日は12月24日。
俺の誕生日。
もっとも水奈姉さんは空兄さんと二人で夕食に出かけたけど。
恋人同士なんだから当たり前なんだそうだ。
俺もいつか冴とそんな日がくるんだろうか?
12月24日に生まれると不都合がある。
それはクリスマスプレゼントと誕生日プレゼントが一緒になるという事。
でも父さん達はそんな事ちゃんと答えてくれる。
サッカーボールの公式球とスパイク、ピステを買ってくれた。
これから寒くなるだろうから。
足も大きくなっただろうから。
いつもサッカーを真面目に頑張っているからとの事。
今度の練習で早速使おうと決めていた。
「サッカーはどうだ?」
父さんが聞いてきた。
この前あった練習試合のことを教えた。
どんなに冬吾にマークがつこうとも、冬吾は必ずボールを受け取ってチャンスを作り出す。
予想外のパスを出したり自ら絶対にキーパーには止められない位置にシュートを打ったり。来ると分かっていても止められない無回転シュート。
それに自らドリブルをしてマークをかわす。
マルセイユルーレットやロナウドチョップをする小学生なんてチートだ。
やはり俺と冬吾じゃ才能が違うんだろうか?
そんな悩みを相談していた。
「でもそんな冬吾にパスを出すのは誠司だろ?」
父さんはそう答えた。
冬吾が狙っているスペースにパスを供給するのは俺だから出来るんじゃないのか?
それに冬吾一人で試合に勝てるわけじゃない。
ディフェンダーが守備をきっちりしてボランチが前線にパスを送ったりサイドに散らして攻撃したり。
何より身長の低い冬吾にはゴール前のポストプレイは絶対に無理だ。
皆が自分の役割を果たした結果がその練習試合じゃないのか?
「……冬吾はディフェンスも上手いよ」
「冬吾の父さんもそうだったよ」
それでも必ず父さんにボールを預けて自分は攻撃に備えていたらしい。
「レジスタってわかるか?」
よく優れたボランチの事をそういう風に称することが多いらしい。
演出家という意味をもつそうだ。
試合を組み立てる重要な役割。
冬吾みたいなプレイをするものをファンタジスタと呼ぶ。
他の皆のプレイも十分凄い。
だけどそれを活かしているのが俺の才能だと父さんは言う。
冬吾にパスを出すか?
それとも両サイドを使うか。
高さを生かした攻撃をするか。
瞬時に試される判断力。
「冬吾にパスを渡すことが出来るのはお前だけだ。自信をもっていい」
父さんが学生の時も冬吾の父さんにパスを出し続けたという。
そして父さんが期待に応え続けてきたのだそうだ。
冬吾のプレイがもし冬吾の父さんに似ているのなら必ず複数のマークがつくはず。
そんな冬吾を活かすのは俺次第。
「まあ、練習は大事だけどまだ体が出来上がっていないんだ。ケガだけは注意しろ」
父さんは最後にそう言った。
今はケガだけは気をつけろ。
父さんがいつも言っている事。
「誠司、お前父さんと話をしているのはいいが冴の事はいいのか?メッセージくらいは届いているんじゃないのか?」
母さんに言われて思い出した。
慌てて自分の部屋に戻る。
「お誕生日おめでとう。クリスマスイブが誕生日なんてすごいね。まるで神様が舞い降りたみたい。あんなプレイが出来るんだからきっとサッカーの神様の下にうまれたんだろうね」
そんなメッセージが冴から届いていた。
「ありがとう。また1年よろしく」
「こちらこそよろしく」
そんなやりとりをしていた。
でももしサッカーの神様がいるとしたら選んだのは冬吾だろう。
どんな状況でも冬吾にボールが渡せば普通の人には想像できない奇跡を作り出す。
冬吾と同じチームメイトで良かった。
父さんは冬吾の父さんが敵に回ったために大切な大会で負けてしまったらしい。
味方にいると頼もしい反面、敵にすると一番危険な相手。
いつか冬吾が敵に回る時が来るかもしれない。
だけどサッカー選手なら誰もが夢見るだろうW杯ではきっと同じチームのはず。
W杯という舞台で俺は冬吾にパスを出す重要な役割を背負う日が来るだろう。
そんな日を夢見ていた。
(2)
ケーキに立てられたキャンドルの火を吹き消す。
部屋の明かりがつく。
そしてクラッカーが鳴る。
「お誕生日おめでとう」
母さん達がお祝いしてくれた。
今日は12月25日。
僕の誕生日。
誕生日プレゼントは新しいスパイクとネックウォーマー。
そして瞳子から手編みの手袋をもらった。
「練習中手が悴んで大変だろうなと思って」
もっと立派な手袋買ってあげようかとも思ったんだけど、瞳子のお母さんからどうせなら手作りにしてあげなさいと言われたらしい。
「ありがとう、大事に使うよ」
そう言って受け取った。
確かに手が冷たくてズボンのポケットに手を突っ込んだまま走ってたら怒られた事がある。
「危ないからやめなさい!」
これならその心配もなさそうだ。
「瞳子も今晩家でクリスマスパーティやるからおいでよ」
「今夜は家族で過ごす日だから」
そう言って瞳子は帰って行った。
そして僕達も家族と過ごしている。
天音姉さんは江口家のパーティに呼ばれていていない。
他の皆はいる。
美味しい料理を食べて父さん達はシャンパンを飲んで料理を平らげるとケーキが待っている。
母さんの手作りのケーキ。
それを食べ終わるとお風呂に入ってリビングで父さん達とテレビを見る。
クリスマス特番を見ていた。
どうしてクリスマスに特番で歌番組を長時間するんだろう?
そもそもどうしてクリスマスソングは売れるのだろう?
どうしてクリスマスソングは失恋をイメージしたものが多いのだろう?
そして父さん達が産まれてもない大昔のクリスマスソングが未だに定番曲になっていた。
街を歩いていたら必ず流れている曲。
父さん達にはあまり関心がないらしい。
かといって他に見るものがないから見てる。
時間になると母さんに言われて僕は部屋に戻って寝る。
今年もあと1週間で終わろうとしていた。
(4)
12月25日
私の実家江口家でパーティが行われていた。
沢山の賓客が訪れる。
私と望はその応対に追われていた。
「来年もよろしくお願いします」
森重知事がそう言っていた。
もちろん彼は私達の援助を求めているわけではない。
私達も表立っては彼を支持していない。
これまで何一つ汚職疑惑の浮上しないクリーンな政治家。
それが森重知事の持ち味だった。
彼が挨拶に来たのは単なる県政に関わる仕事。
平たく言うと「来年度のUターン雇用等地元企業の活性化に協力してください」
地元のありとあらゆるジャンルを網羅する江口グループに県知事が挨拶に来るのは当たり前だった。
彼の娘も今市議会の議員をしている。
如月祐貴の跡を継ぐのではと噂されている。
ここには地元のありとあらゆる産業を支える重鎮が揃っていた。
地元銀行をはじめとして志水グループ、白鳥グループ、如月グループ。
皆私達の住む校区内に住んでいるという不思議な状態。
私達を訪ねる賓客を迎えながら息子や娘の様子もチェックする。
特に息子の大地は要注意だ。
彼女の片桐天音に恥をかかせることが度々ある。
もちろん恥をかかせた客は次の年からこの場所にいないけど。
「今年もお互い順調みたいね」
友達の酒井晶が挨拶に来た。
彼女はゆくゆくは息子に酒井グループの部門「酒井アミューズメントプラザ」を任せるつもりらしい。
私達がしばし談笑をしていると他の皆もやってくる。
如月伊織に楠木春奈。
2人とも私達の仲間だ。
2人にも子供がいる。
如月伊織は中学校の教師を勤めている。
他にも仲間はいるけど皆が集まるのは年越しのパーティ。
今年も酒井リゾートフォレストで行うと渡辺君が決めたらしい。
今年は片桐君や多田君も出席する。
望と相談して私たちも出席することにした。
今年は久しぶりに皆集まれる。楽しみだ。
そんな話をしていたらスタッフの一人が私の下に来た。
「奥様、大至急連絡をしたい事があるそうですが」
「今夜は大事なパーティ。しょうもない事なら名前だけ聞いて断りなさい」
毎年の事だ。
そして新年は破滅の年になるだろう。
だが、今回は違うようだ。
「それが、江口生命の方からの連絡なのですが、桐谷瑛大様が交通事故にあわれたと報告があって、奥様に至急連絡した方がいいと判断されたそうで」
桐谷瑛大も私達の仲間「渡辺班」の一人。
それを聞いていた皆の表情が険しくなる。
「……ごめんなさい。ちょっと席を外すわ」
「そうしたほうがいいわね。後で詳しい事情聞かせてちょうだい」
晶がそう言うと私はホールを出て江口生命に電話をする。
江口生命は江口グループの保険部門。
生命保険だけでなく自動車の損害保険も取り扱っている。
私は電話をして詳しい状況を聞いた。
交差点での接触事故らしい。
瑛大は意識を失っているそうだ。
今は西松医院に搬送されているとのこと。
私達「渡辺班」の身に何かあったらすぐに報告するように伝えてある。
幸いにも渡辺班の皆は江口生命の保険を利用してくれている。
そう言う連絡はすぐに入手できた。
西松医院に搬送されたのなら瑛大の妻亜依にも伝わっているだろう。
桐谷家にとって災難のクリスマスとなった。
(5)
今日はクリスマス。
息子たちにもクリスマスプレゼントを用意してやった。
帰ったら渡してやろう。
恋の印象もこれで変わってくれるといいな。
今日はクリスマス。
街へ出かける車も多く車がいつもより渋滞していた。
ちょっと遅くなるかな?
今日は亜依も早く帰ってくるって言ってた。
家でのパーティを楽しみにしていた。
恋は料理が上手になっている。
来年は恋も高校2年生か。
そんな事を考えながら渋滞する道路をゆっくり帰っていた。
もちろん無茶な運転は控えている。
親が無事に家に帰ってくる。
そんな安心感を子供達に与えてやりたかった。
信号が右折専用に切り替わる。
それを見て俺は右折した。
その時クラクションが鳴りひびく。
咄嗟に左を見る。
凄い速度で交差点に突っ込んでくる一台のワゴン車。
目前に迫ってきて、そして衝突。
車は90度向きを変え、まるで対向車線を走ってるように錯覚する者もいたかもしれない。
だけどそんな事関係なかった。
「何やってんだ!俺の車が見えなかったのか!」
そんな怒鳴り声が聞こえてくる。
その後に別の叫び声が聞こえてくる。
「車から何か漏れてる!ガソリンかもしれない!動けるか!?すぐに逃げろ!」
それを聞いて俺は慌てて車から飛び出す。
そして近くにある店の駐車場に逃げ込むと爆発音が聞こえた。
振り返ると燃え上がる俺の車。
ローン返済終わっててよかった。
そう思った瞬間全身の力が抜ける。
身体が重くて立っている事すらできなくなる。
「あんた大丈夫か!?」
現場にいた人が声をかける。
薄れていく意識の中で聞こえてくるサイレンの音。
また、亜依に怒られちゃうな。
せっかく買ったおもちゃが台無しだ。
恋はまた俺を軽蔑するのだろうか?
色んな事を考えながら俺は意識を失った。
(6)
父さんはとっくに帰ってきていい時間なのにまだ帰ってこない。
今日はクリスマス。
どうせまたクリスマスのイベントとかいって地下アイドルのライブでも観に行ってるんだろう。
父さんはそういう人だ。
クリスマスプレゼントだってくれなかった。
今は冬休み。
母さんが明日玩具屋に連れて行ってくれると約束していた。
「父さんどうせ今日も遅いんだろうし先に始めよう?」
私が母さんに言うと母さんのスマホが鳴る。
母さんが電話に出た。
「もしもし……瑛大が!?」
酷く動揺しているようだ。
電話が終ると母さんは顔が青ざめていてその場に膝を崩す。
学と遊が母さんを支えている。
「母さん何があった?」
「瑛大が事故った」
学と遊は驚いていた。
どうせまた無謀運転でもしたんだろう。
母さんの勤め先の西松病院に搬送されたらしい。
現場では父さんの車が炎上したそうだ。
漏れたガソリンに引火したらしい。
「すぐに病院に行こう。母さんが運転するから」
「今の母さんに運転は任せられない。タクシーを呼ぶから」
そう言って学がタクシーを呼ぶ。
「恋も出かける準備しろ。病院に行くぞ」
「やだ、どうせ勝手に自爆したんでしょ?自業自得じゃない」
そんな奴の顔見たくない。
「恋。そうやって父さんを嫌う事もできなくなるかもしれないんだぞ!」
顔を見たくても見れなくなるかもしれない。
遊がそう言った。
私は適当に着替えて準備をするとタクシーが来る。
学は泣いている母さんを宥めていた。
あんな奴の為にどうしてなく必要があるの?
病院に着いた。
学が緊急外来の受付に訪ねている。
普通の病室にいるそうだ。
大したことないんじゃん。
病室に入ると父さんは意識を取り戻していた。
「いやあ、参った」
父さんはそう言って笑う。
特にケガもしてないみたい。
ただクビにコルセットは巻いていたけど。
「参ったじゃない!この馬鹿!どれだけ心配したと思ってるんだ!?」
母さんはそう言って父さんに泣きついていた。
本当に心配していたんだな。
母さんにとって父さんは本当に大切な人なんだ。
ごめんと笑っている父さんがいる。
それは写真なんかじゃない。生の父さんだ。
私にとっての父さん。
たった一人の父さん。
ようやく気づいた。
父さんは約束してくれる。
生きて帰ってきてそして私を助けてくれる。
本当は頼りにしていたんだ。
父さんがいるから私達は普通の生活ができる。
私達に平和をもたらしてくれるって。
私達はそれが続いていくと思っていた。
きっと私達は続いていくと思っていた。
1人ぼっちだと思った。
耳をふさいで聞こえないふりをしていた。
自分の事を棚に上げて生きていた。
いつだって自分をナイフで傷つけている。
だけど私は今大声で父さんを呼ぶ。
それにね、どうしてだろう?
私達はこの犠牲を止めることはできない。
全ての欺瞞が父さんの心の中で石になったことを知っている。
父さんはあとどれだけ生きていてくれる?
私達には何もかもわからなかった。
「恋?」
母さんが私の異変に気付いた。
私は泣いていた。
父さんの為に泣いていた。
「恋、折角クリスマスプレゼント用意してたんだけどダメになったみたいだ。ごめん」
父さんはすまなさそうに言う。
「父さんの馬鹿!何かに書いてたよ『家族の下に無事で帰る事が一番のプレゼント』だって!どうして無茶な運転ばかりするの!?」
私はそう言って父さんの胸を叩いて泣きわめく。
「れ、恋。落ち着け話せばわかる」
「その話はおじさんからしてもいいかな?」
振り返るといつの間にかいた刑事の人がいた。
私はちょっと恥ずかしくて慌てて袖で涙を拭う。
「君のお父さんは何も悪い事をしたわけじゃない。無茶な運転なんてしていない」
唯一過失があるとすれば確認を怠ったくらいだ。と説明する。
母さんが詳しい説明を求めた。
父さんは信号待ちをしていた。
右折矢印の信号に変わったのを確認して父さんは交差点の中にいたので、対向車線を跨いで右折しようとした。
すると対向車が凄いスピードで突っ込んできたらしい。
ブレーキ痕からみて120キロ以上は出ていたそうだ。
それも父さんの車の損傷具合からしてブレーキを踏むタイミングも遅かった事が分かった。
大方黄色信号になって慌てて加速したんだろう。
黄色信号の意味は「急いで進め」じゃない。「停止線を越えてはならない」という意味だ。
現場にいた人たちの供述が正しいなら父さんに非はないという。
だけどここからが問題だ。
「その時信号は青だった」
相手はそう主張しているそうだ。
相手の主張を認めると若干変わってくる。
直進車と右折車。
通常なら直進が優先となり過失の割合が変わってくる。
「そんなはずない!信号は確かに矢印ついてた!」
興奮する父さんを「体に障るから落ち着け」と宥める母さん。
信号機には「信号サイクル」と呼ばれるものがついてる。
それを調べたらその時間の信号の状態を検証することができる。
相手の車にもドライブレコーダーがつけられていた。
当然警察はそれの提出を求めた。
だけど相手はそれを拒否した。
ドライブレコーダーの記録の提出義務はない。
でもそれは自分の非を認めている証拠ではないのか?
「くそっ!俺の車にもドライブレコーダーつけていたのに」
さすがに炎上したら使い物にならない。
「瑛大。大丈夫か?」
父さんの友達の渡辺さん達が入って来た。
母さんが渡辺さん達に説明する。
「なるほどな……そいつはやっかいだな」
「でも信号調べたらわかるらしいから」
「時刻がはっきりしていればの話だろ?」
「あ、そっか」
「まあ、いい。今夜はちょっと気になったから見舞いに来ただけだ。後日落ち着いてからまた対策を考えよう」
母さんの心配もしてたらしい。
「恋、今日は帰るよ」
母さんが言うと私は首を振った。
「私父さんと一緒にいる」
「恋?」
母さんも驚いていたようだ。
だけど私は言う。
「父さん急変していなくなったら嫌だから一緒にいる」
「……しょうがないな。瑛大、恋に変な気おこすなよ」
母さんはそう言って学達を連れて病室を出た。
「お父さんごめんなさい」
そう言って私は今思っていることを全て伝えた。
私は何もかもわかっていなかったんだ。
いけない、また泣きそうだ。
「大丈夫だよ。風邪ひかないように早く寝なさい」
父さんは優しかった。
その晩父さんと二人で夜を過ごした。
寒い夜だから明日が待ち遠しい。
どんな言葉でもいいから父さんと交わした。
父さんのことが大切に思えた。
明日もきっと同じ想いを描いている自分を信じていた。
(7)
目覚めたら恋が寝ている。
昨日は夜遅くまで話していたからな。
朝食が運ばれると恋は気が付いた。
「私、売店で何か買ってくる」
そう言って病室を出て行った。
恋はパンと飲み物を買ってくるとそれを食べながら俺の隣にいた。
よほど昨夜のことが堪えたんだろうな。
恋に悪いことしたな。
「せっかくのクリスマスが台無しになったな」
プレゼントごと全部パーだ。
だけど恋は言う。
「昨夜私は大切な事に気付けた。父さんが毎日帰ってくることが何よりのプレゼントなんだって」
自分の子供にそんな事を言われて嬉しくない父親がいるだろうか。
こんな言葉を聞くために世の中の父親は頑張っているんだろうな。
それに気付けたことが俺に対するプレゼントなんだろう。
しばらくして亜依が病室に来た。
仕事のついでに着替えとかを用意してくれたらしい。
「瑛大が悪さしないように瑛大の担当につかせてもらったから。あと恋は私が仕事終わったら連れて帰るからそれまで面倒頼む」
「わかった」
「恋も少し父さんを休ませてあげな」
「うん」
そう言って亜依は部屋を出て行った。
その後も渡辺班の皆が順番に見舞いに来てくれた。
病室は特別室とはいかないまでも個室を用意してくれていたので周りに気を使わずに済んだ。
そして渡辺班以外の誰かが来た。
手には菓子折りを持ってある。
1人が挨拶をした。
「この度はご無事で何よりでした」
そいつがよこした名刺を見る。
損保の奴だった。
てことはもう一人が事故の相手か。
損保の担当が説明を始める。
お互いの意見は平行線のままだ。
裁判になればお互い損をするだけ。
ここは示談ですまさないか?
本来なら俺が80相手が20のところを五分五分にしようじゃないか。
「それって単に父さんが悪いって言ってるんじゃないですか?」
恋が言う。
「子供は静かにしててくれないかな。今大事な話をしているんだよ」
「一歩間違えたら父さんいなくなってたんだよ!」
「それは君のお父さんに責任があるんだよ」
キレそうだったけど恋の前でみっともないことできない。
「帰ってくれないか?」
顔も見たくない。
「では示談を飲んで頂けるんですね」
「そんな必要はないわよ!」
恵美さんの声だった。
部屋に石原夫妻と多田夫妻がいた。
「瑛大。良く生きてたな。無事ではなかったみたいだけど」
神奈さんが言う。
「失礼ですがあなたどこの保険会社?」
「あなた誰です?」
損保の担当は表情が険しくなる。
名乗る様子も無いようなので恵美さんにもらった名刺を渡す。
恵美さんは名刺を見て鼻で笑う。
「噂通りの保険会社のようね。自分の顧客を守る為なら非道な真似をする小賢しい雑魚」
「失礼ですがあなたは?」
「あなた程度の雑魚に名乗る必要ないわ。誠君から説明してやって」
「ああ。まずあんたは大きなミスをしてる」
誠はそう言って説明を始めた。
誠のスキルは衰えていないらしい。
たまたま俺が事故った交差点の信号機には交差点監視カメラがついていた。
だけどそんな違法な情報じゃ証拠能力がない。
誠が狙っていたのは俺の車の後方にいる車のナンバーだった。
そしてそれを突き止めると恵美さんがその車の持ち主を特定した。
そして今日その持ち主を訪問して車を確認した。
昨今の運転手は大体ドライブレコーダーをつけている。
恵美さん達は交渉してそのドライブレコーダーを証拠として提出してくれることになったそうだ。
信号機のサイクルとドライブレコーダーの記録があれば証拠は十分だろう。
「瑛大は何も心配しないでいい。交通事故ならうちの保険会社の弁護士つけてあげる。ふんだくるだけふんだくってあげましょう」
恵美さんはそう言った。
それと衝突した相手のナンバーも調べたそうだ。
その結果志水建設が管理してる建設現場に出入りしてる零細企業の物だと分かったそうだ。
「よかったわね。いい年を迎えられるわよ」
恵美さんがそう言うと2人とも去っていった。
新年早々ハロワ行きか。
ご愁傷様。
2人が去った後少し話をしてると深雪先生が亜依を連れて診に来た。
どうやら年を越すのは病院でといいたいところだけど、むちうちだし年末年始くらい帰って良いと言われた。
ただし家で大人しくしてろと言われたけど。
「おまえのせいで年越しパーティは欠席だ」
亜依はそう言って笑っている。
2人が帰ると誠達も部屋を出て行った。
そして亜依の勤務時間が終ると恋を連れて帰る。
「大人しくしてなきゃだめだよ」
恋はそう言って部屋を出て行った。
1人で夕食を食べてそして夜を過ごす。
後日保険会社が改めて謝罪に来た。
全面的に相手が悪いと認めるそうだ。
車も全額保証する。
入院費用治療費その間の賃金も全額払った上で慰謝料も払うという事で片付いた。
それでも過度なスピード違反を犯している以上刑事訴訟は免れない。
ただ少しだけ刑罰が軽くなるだけ。
もちろん、行政処分を受ける事にもなる。
スピード違反の点数も重なり免許取り消しとなった。
信号無視運転致傷罪が適用され執行猶予付きの懲役刑が言い渡されることになった。
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