30歳魔法使いが新卒の女の子に恋される話

和希

文字の大きさ
9 / 33

大好き

しおりを挟む
「石井と宮成ちょっと来い」

俺と石井先輩は会社に着くなりいきなり呼び出された。

「来週から熊本に一ヶ月ほど行ってくれないか?」

建築と機械の設計の違いはここにある。
建築設計は基本的に現場と往復しながら事務所で図面を描く。
一方機械設計は直接工場で図面を描く事がある。
俺達は熊本の大手企業の液晶工場の仕事を任された。
当たり前だがそんなの見た事すらない。
最初は担当がいるから担当の検討図から部品図を描けばいいだけの仕事だという。
その部品図すら描いたことがないんだけど。
しかし俺達に拒否権は無い。
任せられた仕事をただこなすのみ。
出来なければクビだ。
さすがに熊本まで毎日通勤は無理がある。
2時間はかかるし、仕事は「22時までが定時」という無茶な常識の世界。
工場の近くにアパートを一室借りてくれたからそこで寝泊まりしろという事だ。
必要なのは制服と布団とあとテレビとか。
インターネットは回線を引いてないからゲーム機で時間を潰すか。
まあ、調べたら近くにネカフェがあるみたいだけど、そんなところに行く時間があるわけがない。
ガスとかはひいてはいるけど多分コンビニ飯だろう。
聞いたら工場の中に食堂があるらしい。
そこで夕方食事をすればいいという。
説明を受けると仕事に戻る。
来週までに今の仕事を終わらせなければならない。
殆ど検討は終わってるので部品図のチェックと組立図の作成。
冬莉も手伝ってくれるから一週間あれば大丈夫だろう。
あ、冬莉にも言っておかないとな。
俺と石井先輩は今の仕事を終わらせないといけないから、必然的に冬莉より遅くなる。
仕事が終わって飯食って帰ると日付が変わるくらいの絶妙な時間。
まあ、メッセージに残しておけばいいか。

「来週から熊本に出張。一ヶ月ほど」

するとすぐに電話がかかってきた。

「どういう事!?」

何をそんなに慌てているのだろう?
凄く簡単な理由だった。
冬莉と俺の関係を知られたから異動させられたのかと心配したらしい。
実際そう言う職種もあると聞いたことがある。
冬莉も多分聞いていたのだろう。
だから心配して電話をかけてきた。

「そうじゃないよ」

社長の意向は会社にメカトロ専門のチームを作りたいからそういう仕事を俺達に回してきた。
大島さんは高齢だし家庭を持っている。
冬莉は女性だしパートだ。
プラント部門の人員も必要だ。
今まで石井さんがプラント部門の窓口になっていたのだから引継ぎも必要になる。
別に冬莉が心配するような事じゃない。
そう説明した。

「そうなんだ……一月で帰ってこれるの?」
「多分大丈夫なんじゃないかな?」

工場にだって納期がある。
そこから逆算して図面の提出日が決まる。
否応でもそれまでには帰らないといけない。
もちろんその後の不具合対応もしないといけないけど。

「じゃあ、今週末食事でもしない?」

2人で歓迎会をしたいという。
嬉しい誘いだけど断ることにした。
来週の月曜から配属になる。
それまでに引越しを終わらせておかないといけない。
だから週末には地元にはいないと伝えた。

「そっか……もう会えないんだね」

落ち込んでいる様子の冬莉。

「ずっと会えないわけじゃないんだから」

そんなに心配しないでも大丈夫だよ。
俺はそんなに深く考えてなかった。

「わかった」

冬莉はそう言った。

「じゃ、また明日」
「うん、おやすみ……。ねえ、ナリ?」
「どうした?」
「……なんでもない。ごめん」

電話を切るとシャワーを浴びて寝る。
次の日から冬莉の様子がおかしかった。
いつも通りのように見えるんだけどやはり気にしてるようだ。
寂しいとか思っているのだろうか?
何か安心させる方法は無いか考えていた。
石井先輩に相談するわけにいかないし友達2人はあてにならない。
どうすればいいか悩んだ結果ある行動に出た。
とりあえずは今の仕事を終わらせる。
話はその後だ。
26時近くまで残業したりして何とか金曜の夕方には終わらせる事が出来た。
その後に出張の準備をしなければならない。
分からないなりに大島さんに聞いて必要な資料を集める。
冬莉にもらった便覧も役に立ちそうだ。

「お疲れ様でした」

そう言っていつも通り事務所を出る冬莉の後を追う。

「もうすぐ終わるから一緒に夕食でも食べない?」
「わかった。じゃあ、近くのドーナツ屋で待ってる」

そう言って冬莉は階段を下りて行った。
それから会社に戻って急いで作業を済ませる。

「じゃあ、頑張って来いよ」

大島さんの言葉に返事をして会社を出るとドーナツ屋に向かう。
冬莉が待っていた。

「もういいの?」
「うん、今日どうしても話しておきたい事があったから」
「話?」

冬莉は首を傾げている。

「とりあえず何か食べない?」
「そうだね」

近所のファミレスに入った。
注文を頼むと冬莉が切り出す。

「話って何?」

一種の賭けだった。
俺の勘違いかもしれないけど予想が当たっていたら、この対応で当たっているはずだ。
俺はテーブルに鍵を置いた。

「……これは?」
「俺の家のスペアキー。預かっておいてほしくて」
「どうして?」
「長い間留守にするから偶に様子見て欲しい」

フェレットの世話もして欲しいし、他に誰もいなくなるから。

「私が預かっていいの?」
「他に頼める人がいなくて……あ、いやならいいんだ。親にでも頼むから」
「わかった。私が責任もって管理するから」

どうやら正解だったようだ。

「でも、その前に一つだけ確認しておきたい」
「どうしたの?」
「ナリは私の事どう思ってるの?」

いつか来ると思ってた質問だった。
ちゃんと回答は用意してた。

「初めての女性の友達だと思ってる。思い上がりかもしれないけど。ありがたいと思ってる」

ちゃんと答えたつもりだった。
だが間違っていたようだ。
少なくとも冬莉の望んでいた回答ではなかった。

「……それでいいの?」

少し寂しそうに言う冬莉。

それでいいの?

きっと冬莉は待っている。
俺は飛び出すだけでいい。
たった一言言えばもう一歩進める。
だけどその一言がどうしても出ない。
どれだけチキンなんだ俺は。
まだ5月だというのに異様に暑い。
喉がカラカラだ。
とりあえず水を飲もう。
コップを取る手が震える。
その手を冬莉が優しく握ってくれた。

「頑張って」

その一言が俺の背中を押してくれた。

「俺は冬莉の事が好きだ……」

冬莉は何も言わない。
気まずい空気が漂う。
俺はやらかしたのか。
俺の人生最大の黒歴史が生まれようとしていた。

「ごめんなさい」

嘘だと言ってよ!
俺は喉を掻き毟って死ねばいいのか?
冬莉は目に涙を貯めている。

「ごめんなさい、ナリにとって初めてだと思ったから、ナリに言ってもらいたかったの」
「え?」
「私の事は話したよね?」
「ああ……」
「その後私はもう二度と恋はしないと思ってた。だけどナリに会えた」

そして何気ない俺の行動に冬莉の心は揺れた。
気がついたら俺を好きになっていた。
本来なら冬莉から伝えるべき事かもしれない。
でも俺の気持ちを知りたかった。
冬莉もまた俺と同じように怯えていたんだ。
どんな行動をとっても全くその気を見せない俺が怖かった。
だから気持ちを確かめたかった。
俺が離れてしまう前に気持ちを伝えたかった。
一度離れると心まで離れてしまうと思い知っていたから。

「私もナリが好き。もう寂しい思いはイヤ。ナリと一緒にいたい」

一緒の気持ちでいたい。
だからスペアキーを渡してくれたことは嬉しかったらしい。

「こんな私でよかったらよろしくお願いします」

俺の初めての告白は成功に終わったらしい。
冬莉が落ち着くのを待って、食事を済ませると店を出る。
そういや石井先輩言ってたな。

「明日は博多で友人の送別会するから現地に着くのは日曜の夜」

思い切って冬莉に聞いてみた。

「冬莉、週末は空いてるか?」
「うん」
「良かったら引越しの手伝いしてくれないか?」
「……いいの?」
「石井先輩日曜に来るらしいし、その前にカーテンとか買っておきたいから」
「わかった。一緒に選んであげる」
「ありがとう」

じゃあまた、と言って俺達は家に帰った。
次の日俺と冬莉は熊本に行く。
新しい部屋に荷物を運んでいる間に冬莉は掃除をしてくれた。
カーテンとかを買いに行ってそれをつける。
テレビとゲーム機とポットがあれば大丈夫だろう。
その晩は冬莉は泊まっていった。
もちろん何もしてない。
急に魔法使いから転職できるわけないだろ。
次の日昼食を食べてから冬莉は家に帰る。

「一人で大丈夫か?」
「私は子供じゃないよ」
「わかってる。でも、気をつけてな」
「うん、ナリこそ変な気起こしちゃだめだからね」
「どういう意味?」
「市内にはいかがわしい店が沢山あるらしいから」

魔法使いを侮ってないか?
そんな芸当が出来たらとっくに転職してるよ。

「それもそうだね」

冬莉は笑っている。

「じゃあ、いつか私を初めての女性にしてね」
「……わかった」

今度ネットで調べておこう。

「じゃあ、ちゃんと連絡ちょうだいね」

そう言って冬莉は帰っていった。
ろくに家具も揃えてない殺風景な部屋。
テレビには興味ないのでゲームをしてた。
夜になると石井先輩がやってくる。

「お、カーテンセンスいいじゃないっすか」

俺が選んだわけじゃないけど。
夜は2人ともコンビニで買ってきた弁当を食べていた。
近くにはファストフード店もあるしラーメン屋もチャンポン屋もある。
食に困ることはなさそうだ。
明日は早めにコンビニに行って違う会社の仲間と合流することになる。
早めに寝ておこうとさっさと寝る事にした。
寝る前に冬莉にメッセージを送る。
すると電話がかかってくる。

「寂しくない?」
「平気だけど?」
「……ナリは意地が悪いよ。嘘でも寂しいと言って欲しかった」
「ああ、冬莉に心配かけたくないから」
「いつでも遊びに行くから」
「それは石井先輩がいるから……」
「そっか、体に気を付けてね」
「うん」
「仕事頑張ってね。分からない事あったら教えてあげるから」
「ありがとう」
「ナリ……大好きだよ」
「俺も大好きだよ」

それじゃ、お休みといって冬莉と電話を終える。
明日からまた新しい一日が始まる。
清々しい朝を迎えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

処理中です...