30歳魔法使いが新卒の女の子に恋される話

和希

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大好き

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「石井と宮成ちょっと来い」

俺と石井先輩は会社に着くなりいきなり呼び出された。

「来週から熊本に一ヶ月ほど行ってくれないか?」

建築と機械の設計の違いはここにある。
建築設計は基本的に現場と往復しながら事務所で図面を描く。
一方機械設計は直接工場で図面を描く事がある。
俺達は熊本の大手企業の液晶工場の仕事を任された。
当たり前だがそんなの見た事すらない。
最初は担当がいるから担当の検討図から部品図を描けばいいだけの仕事だという。
その部品図すら描いたことがないんだけど。
しかし俺達に拒否権は無い。
任せられた仕事をただこなすのみ。
出来なければクビだ。
さすがに熊本まで毎日通勤は無理がある。
2時間はかかるし、仕事は「22時までが定時」という無茶な常識の世界。
工場の近くにアパートを一室借りてくれたからそこで寝泊まりしろという事だ。
必要なのは制服と布団とあとテレビとか。
インターネットは回線を引いてないからゲーム機で時間を潰すか。
まあ、調べたら近くにネカフェがあるみたいだけど、そんなところに行く時間があるわけがない。
ガスとかはひいてはいるけど多分コンビニ飯だろう。
聞いたら工場の中に食堂があるらしい。
そこで夕方食事をすればいいという。
説明を受けると仕事に戻る。
来週までに今の仕事を終わらせなければならない。
殆ど検討は終わってるので部品図のチェックと組立図の作成。
冬莉も手伝ってくれるから一週間あれば大丈夫だろう。
あ、冬莉にも言っておかないとな。
俺と石井先輩は今の仕事を終わらせないといけないから、必然的に冬莉より遅くなる。
仕事が終わって飯食って帰ると日付が変わるくらいの絶妙な時間。
まあ、メッセージに残しておけばいいか。

「来週から熊本に出張。一ヶ月ほど」

するとすぐに電話がかかってきた。

「どういう事!?」

何をそんなに慌てているのだろう?
凄く簡単な理由だった。
冬莉と俺の関係を知られたから異動させられたのかと心配したらしい。
実際そう言う職種もあると聞いたことがある。
冬莉も多分聞いていたのだろう。
だから心配して電話をかけてきた。

「そうじゃないよ」

社長の意向は会社にメカトロ専門のチームを作りたいからそういう仕事を俺達に回してきた。
大島さんは高齢だし家庭を持っている。
冬莉は女性だしパートだ。
プラント部門の人員も必要だ。
今まで石井さんがプラント部門の窓口になっていたのだから引継ぎも必要になる。
別に冬莉が心配するような事じゃない。
そう説明した。

「そうなんだ……一月で帰ってこれるの?」
「多分大丈夫なんじゃないかな?」

工場にだって納期がある。
そこから逆算して図面の提出日が決まる。
否応でもそれまでには帰らないといけない。
もちろんその後の不具合対応もしないといけないけど。

「じゃあ、今週末食事でもしない?」

2人で歓迎会をしたいという。
嬉しい誘いだけど断ることにした。
来週の月曜から配属になる。
それまでに引越しを終わらせておかないといけない。
だから週末には地元にはいないと伝えた。

「そっか……もう会えないんだね」

落ち込んでいる様子の冬莉。

「ずっと会えないわけじゃないんだから」

そんなに心配しないでも大丈夫だよ。
俺はそんなに深く考えてなかった。

「わかった」

冬莉はそう言った。

「じゃ、また明日」
「うん、おやすみ……。ねえ、ナリ?」
「どうした?」
「……なんでもない。ごめん」

電話を切るとシャワーを浴びて寝る。
次の日から冬莉の様子がおかしかった。
いつも通りのように見えるんだけどやはり気にしてるようだ。
寂しいとか思っているのだろうか?
何か安心させる方法は無いか考えていた。
石井先輩に相談するわけにいかないし友達2人はあてにならない。
どうすればいいか悩んだ結果ある行動に出た。
とりあえずは今の仕事を終わらせる。
話はその後だ。
26時近くまで残業したりして何とか金曜の夕方には終わらせる事が出来た。
その後に出張の準備をしなければならない。
分からないなりに大島さんに聞いて必要な資料を集める。
冬莉にもらった便覧も役に立ちそうだ。

「お疲れ様でした」

そう言っていつも通り事務所を出る冬莉の後を追う。

「もうすぐ終わるから一緒に夕食でも食べない?」
「わかった。じゃあ、近くのドーナツ屋で待ってる」

そう言って冬莉は階段を下りて行った。
それから会社に戻って急いで作業を済ませる。

「じゃあ、頑張って来いよ」

大島さんの言葉に返事をして会社を出るとドーナツ屋に向かう。
冬莉が待っていた。

「もういいの?」
「うん、今日どうしても話しておきたい事があったから」
「話?」

冬莉は首を傾げている。

「とりあえず何か食べない?」
「そうだね」

近所のファミレスに入った。
注文を頼むと冬莉が切り出す。

「話って何?」

一種の賭けだった。
俺の勘違いかもしれないけど予想が当たっていたら、この対応で当たっているはずだ。
俺はテーブルに鍵を置いた。

「……これは?」
「俺の家のスペアキー。預かっておいてほしくて」
「どうして?」
「長い間留守にするから偶に様子見て欲しい」

フェレットの世話もして欲しいし、他に誰もいなくなるから。

「私が預かっていいの?」
「他に頼める人がいなくて……あ、いやならいいんだ。親にでも頼むから」
「わかった。私が責任もって管理するから」

どうやら正解だったようだ。

「でも、その前に一つだけ確認しておきたい」
「どうしたの?」
「ナリは私の事どう思ってるの?」

いつか来ると思ってた質問だった。
ちゃんと回答は用意してた。

「初めての女性の友達だと思ってる。思い上がりかもしれないけど。ありがたいと思ってる」

ちゃんと答えたつもりだった。
だが間違っていたようだ。
少なくとも冬莉の望んでいた回答ではなかった。

「……それでいいの?」

少し寂しそうに言う冬莉。

それでいいの?

きっと冬莉は待っている。
俺は飛び出すだけでいい。
たった一言言えばもう一歩進める。
だけどその一言がどうしても出ない。
どれだけチキンなんだ俺は。
まだ5月だというのに異様に暑い。
喉がカラカラだ。
とりあえず水を飲もう。
コップを取る手が震える。
その手を冬莉が優しく握ってくれた。

「頑張って」

その一言が俺の背中を押してくれた。

「俺は冬莉の事が好きだ……」

冬莉は何も言わない。
気まずい空気が漂う。
俺はやらかしたのか。
俺の人生最大の黒歴史が生まれようとしていた。

「ごめんなさい」

嘘だと言ってよ!
俺は喉を掻き毟って死ねばいいのか?
冬莉は目に涙を貯めている。

「ごめんなさい、ナリにとって初めてだと思ったから、ナリに言ってもらいたかったの」
「え?」
「私の事は話したよね?」
「ああ……」
「その後私はもう二度と恋はしないと思ってた。だけどナリに会えた」

そして何気ない俺の行動に冬莉の心は揺れた。
気がついたら俺を好きになっていた。
本来なら冬莉から伝えるべき事かもしれない。
でも俺の気持ちを知りたかった。
冬莉もまた俺と同じように怯えていたんだ。
どんな行動をとっても全くその気を見せない俺が怖かった。
だから気持ちを確かめたかった。
俺が離れてしまう前に気持ちを伝えたかった。
一度離れると心まで離れてしまうと思い知っていたから。

「私もナリが好き。もう寂しい思いはイヤ。ナリと一緒にいたい」

一緒の気持ちでいたい。
だからスペアキーを渡してくれたことは嬉しかったらしい。

「こんな私でよかったらよろしくお願いします」

俺の初めての告白は成功に終わったらしい。
冬莉が落ち着くのを待って、食事を済ませると店を出る。
そういや石井先輩言ってたな。

「明日は博多で友人の送別会するから現地に着くのは日曜の夜」

思い切って冬莉に聞いてみた。

「冬莉、週末は空いてるか?」
「うん」
「良かったら引越しの手伝いしてくれないか?」
「……いいの?」
「石井先輩日曜に来るらしいし、その前にカーテンとか買っておきたいから」
「わかった。一緒に選んであげる」
「ありがとう」

じゃあまた、と言って俺達は家に帰った。
次の日俺と冬莉は熊本に行く。
新しい部屋に荷物を運んでいる間に冬莉は掃除をしてくれた。
カーテンとかを買いに行ってそれをつける。
テレビとゲーム機とポットがあれば大丈夫だろう。
その晩は冬莉は泊まっていった。
もちろん何もしてない。
急に魔法使いから転職できるわけないだろ。
次の日昼食を食べてから冬莉は家に帰る。

「一人で大丈夫か?」
「私は子供じゃないよ」
「わかってる。でも、気をつけてな」
「うん、ナリこそ変な気起こしちゃだめだからね」
「どういう意味?」
「市内にはいかがわしい店が沢山あるらしいから」

魔法使いを侮ってないか?
そんな芸当が出来たらとっくに転職してるよ。

「それもそうだね」

冬莉は笑っている。

「じゃあ、いつか私を初めての女性にしてね」
「……わかった」

今度ネットで調べておこう。

「じゃあ、ちゃんと連絡ちょうだいね」

そう言って冬莉は帰っていった。
ろくに家具も揃えてない殺風景な部屋。
テレビには興味ないのでゲームをしてた。
夜になると石井先輩がやってくる。

「お、カーテンセンスいいじゃないっすか」

俺が選んだわけじゃないけど。
夜は2人ともコンビニで買ってきた弁当を食べていた。
近くにはファストフード店もあるしラーメン屋もチャンポン屋もある。
食に困ることはなさそうだ。
明日は早めにコンビニに行って違う会社の仲間と合流することになる。
早めに寝ておこうとさっさと寝る事にした。
寝る前に冬莉にメッセージを送る。
すると電話がかかってくる。

「寂しくない?」
「平気だけど?」
「……ナリは意地が悪いよ。嘘でも寂しいと言って欲しかった」
「ああ、冬莉に心配かけたくないから」
「いつでも遊びに行くから」
「それは石井先輩がいるから……」
「そっか、体に気を付けてね」
「うん」
「仕事頑張ってね。分からない事あったら教えてあげるから」
「ありがとう」
「ナリ……大好きだよ」
「俺も大好きだよ」

それじゃ、お休みといって冬莉と電話を終える。
明日からまた新しい一日が始まる。
清々しい朝を迎えていた。
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