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無償の代償
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(1)
「あれ?どうしたの?」
朝来ると同僚の中島穂乃果と神田愛海と長浜桃華が話してした。
「そんなところで話してるとまた般若が五月蠅いぞ」
「ああ、亜依ちょうどいいところに」
穂乃果がスマホを見せる。
看護師募集の案内だった。
私達看護師は職場を変えることが頻繁にある。
理由は結婚、出産、育児の為。転居、スキルアップしたいから等様々あるけど本音は労働条件が酷いから。
どこの病院に行っても変わらないのだが、それでも夜勤の無いクリニック等建前の労働条件につられて転々とする。
私達が奇跡なくらいに人間関係がいいと思える悪環境。
その私達だって般若の存在を菩薩が相殺してるから残ってる。
あと西松啓介が副院長になって労働環境も改善され、スタッフも充実してきたから多少はマシになった。
看護師の引き抜きなんて当たり前の世界。
どこの病院だって看護師の不足はつきまとっているのだから。
自分が是非やりたいというなら止めないけど出来ればさせたくないのが看護師だ。
それでも「娘に就かせたい仕事1位」に輝くのが看護師だというのだから驚きだ。
まあ、要するによくある話だった。
「それがどうかしたの?」
「募集先見てよ」
穂乃果が言うので見た。
地元大医学部の附属病院だ。
そういやサイトでも研修医募集してたな。
条件も西松医院より段違いにいい。
だから余計に胡散臭い。
相談してた理由はそれか?
「あなた達引継ぎは終わったの?」
菩薩こと看護師長の早乙女志穂に見つかった。
「今からやります」
「ならいいけど、また鈴木さんに見つかると大変よ」
菩薩はそう言って笑った。
「そうそう、今月3人ほどまた辞めるみたいだからちょっとの間辛抱してね」
またか……
毎月のように人が辞めていって、そして毎月新しい人が入っていく。
そんなに驚く事じゃなかった。
同じ病院に居続ける方が不思議なんだそうだ。
だけど今回は気になることがあった。
「ひょっとして附属病院に行くんですか?」
私が聞いていた。
「よくわかったわね。そうみたい。募集を見たらしいわ」
菩薩が言う。
菩薩の目にも止まってるらしい。
「あら?皆おはよう?どうしたの?」
西松医院のプロ中のプロ。全身科医の西松深雪先生が来た。
彼女は医者になって10数年ありとあらゆる手術をしてきて一度も患者を死なせたことがない。
西松医院は彼女を頼ってくる患者が大勢いる。
もちろん西松先生だけじゃない。
神田翔平先生や神田春馬先生もを始め皆スペシャリストだ。
深雪先生が産休・育休の時は副院長が代わりにメスを執っていた。
子供達も医者を目指しているらしい。
深雪先生に事情を説明する。
「その話だけはお勧めしないわね」
深雪先生が言った。
深雪先生が否定的な意見を言うのは珍しい。
理由を聞いてみた。
「噂通りの病院だからよ。優秀な医師とスタッフが揃っている。設備も充実してるらしいわ」
それがどうして理由になるのだろうか?
「そうね、今年26歳になる理事長の孫が院長になったそうよ。それ程優秀なのでしょうね」
それを聞いて唖然とした。
医者は医大で6年勉強して免許をとったあと、2年間の研修医期間がある。つまりどれだけ早くても26歳で一人前の医者になる。
一人前になった医者がいきなり院長になる。
それは研修医時代に心臓手術をした並に凄いことだ。
医学部の教授や准教授を押しのけていきなり院長。
普通に考えて理事長の一声があったんだろう。
優秀なスタッフについても聞いてみた。
優秀なスタッフ。
20連勤しても一日の平均睡眠時間が1時間を切っていても失敗をせずにオペ看護もこなし、患者には笑顔で応えるエリートの集まり。
当たり前だけど脱落者も酷いらしい。
そんな過酷な環境でミスれば怒鳴られ、人間関係もぎすぎすして自殺未遂も出たらしい。
そんな環境で生き延びている人間をエリートと呼ぶらしい。
医者も変わらない。
診療や手術も大変だが、常に上司のご機嫌を取らなければならない。
派閥もできてるらしい。自分の立ち位置を常に考えておかなければならない。
さもなければすぐに首が飛ぶ。
そんな環境で生き残ったサバイバーをエリートと呼ぶらしい。
どんな性格の持ち主か想像がつく。
長いものに巻かれ弱いものをストレス解消代わりに苛め抜く医師。
そんな医師に不満を抱いた看護師は新人看護師いびりを始める。
ちなみに院長もまた失敗をした例はないらしい。
専門家は皮膚科なんだそうだ。
もはや幻想物語と化してるこの世界で26歳で医学部附属病院の院長と言うのはあり得るんだろう。
ファンタジーなのはこれからだ。
彼は結婚しているらしい。
彼と同い年の嫁もまた産婦人科の医師らしい。
産婦人科だったからありなのだろう。
今年3歳になる子供がいるそうだ。
まともに考えたら医大生だった頃に子供を作ったことになる。
学生時代に結婚なんてこの世界じゃ当たり前だった。
子供を作るくらいどうってことないだろう。
子育てをしながら勉強をして研修医で当直をして。
確かに物凄いエリートだな。
「ま、私もこの病院の院長夫人になる身だからそういう目線になるのかもしれないけど」
説明だけ聞いてたら贔屓目に見てるとは思えない。
恐ろしい世の中だ。
その日の仕事を終えると家に帰る。
学が夕飯の準備をしていた。
その横で手伝っている恋がいる。
恋は今必死に料理を覚えようとしているらしい。
「恋は将来何になりたい?」
恋に聞いてみた。
「フリーライター」
また策者を悩ませる職を選んだな。
まあ、恋ならなれるだろ。
国語も悪い成績じゃないし。
なりたいというなら全力で応援するのが親の務めだと耳にする。
学と交代して片づけを終える頃瑛大が帰ってくる。
残業だと言っていたがどうせまた地下アイドルのライブでも見に行ってたんだろ。
まあ、瑛大も3人分の学費を稼いでもらわないといけない。
少しの息抜きくらい目をつぶるさ。
「飯は用意してある。後片付けは自分でしろ」
そう言って私も寝室に行く。
医者か、月見里君たちは元気にやってるだろうか?
ふと思い出して渡辺班のチャットを眺めていた。
(2)
家の戸を開ける。
どうせ家にはまだ誰も帰っていない。
居間のテーブルに置いてあるおやつをとって部屋に行く。
部屋に入るとランドセルから道具をとりだして勉強を始める。
勉強が終わり、インターネットをしていると父さん達が帰ってくる。
いつも20時過ぎくらいだ。
父さんは遅いときは21時をまわることもある。
夕食を作るのは僕の仕事。
温めなおしてご飯を食べる。
夕食をすませると母さんが片付けてる間に風呂に入る。
風呂から上がって勉強をしていると母さんが来て勉強を教えてくれる。
母さんが教師と言うわけではない。
うちの両親は医者をやっている。
医者と言っても大きな病院じゃない。
小さな島にある小さな診療所。
午前中診察をして午後から往診、それから夜間診療を19時半までする。
地域に密着した診療を。
老いも若きも貧しい者も富める者も良い人も悪い人も関係なく父さん達の前ではただの患者なんだという。
父さん達が学生時代に夢見た医者の理想像を創り出していた。
そんな父さん達を尊敬している。
だから僕も大きくなったら医者になる。
そう決めていた。
この辺は街灯も民家もあまりない。
だから夜は真っ暗になる。
当然やることはない。
カラオケどころかゲーセンすらないこの島でやる事なんて限られてる。
本屋で本を買うか、週に1度父さんが本土に連れて行ってくれた時に買ってもらったゲームをするくらい。
レンタルDVD屋も当たり前だけどない。
インターネットは出来る。
スマホも買ってもらった。
だから不自由だと思うことは無かった。
普通に友達とも遊んでいた。
ただTVゲームに夢中になって皆外で遊ばなくなり学校以外では友達と会うことは無くなった。
だから学校が楽しい。
話題は尽きない。
昨日のテレビの話題からゲームの攻略情報まで色々話す。
何故か僕の周りには女子が集まり、勝手に話を始める。
学校と家、姫島と本土の往復。
それが僕の生活の全てだった。
寝る時間になると母さんが父さんと一緒にスマホを見て笑ってる。
「どうしたの?」
母さん達は学生時代の先輩たちとメッセージをやり取りしてた。
「会いたくはないの?」
母さんに聞いた。
「みんな忙しいから。だからあなたも友達を大切にしておきなさい」
みんな飛び立ったら帰ってこれないんだから。
母さんが言う。
僕のクラスは大体が島に残るらしい。
高校には行くけどその後島に残って仕事を継ぐらしい。
僕は大学に行かないと継ぐことが出来ないから行くけど。
だから友達は皆言う。
ずっとみんな一緒だよと。
僕だけ仲間外れにされた気分。
だけど僕だって言うんだ。
必ず帰ってくるから。
それが僕の遠い約束。
(3)
「どうして先生が怒ってるか分かってるな?高槻」
試合が終わった後私達は体育館に残されていた。
皆疲れて帰りたいのに私のせいで残る羽目になった。
誰も面と向かって言わないが、そのくらいは私でも分かる。
現に監督は私にだけ注意しているのだから。
市総体は惨敗だった。
監督の期待に応えることは無かった。
別に中学の試合くらいいいや。
高校はバスケの強い所に行こう。
そう割り切ることにした。
適当にやればいいや。
皆の動きに合わせてパスをだした。
それが監督・私の父さんは気に入らなかったらしい。
やるからには真面目にやれ。
やる気が無いなら試合に出るな!
父さんはそう言った。
やる気を出せば皆から煙たがれ、やる気を出さなければ父さんから叱られる。
なんて酷い現実なんだろう。
やる気の問題じゃない、環境の問題だ。
一日考えて私は部活をサボることにした。
気晴らししたかった。
それを私の彼氏・涼風与一に言った。
「一日くらい一緒に帰ろう?」
私が寄り道していくから。
なんなら与一の家に行ってもいい。
あとは言わなくても分かるよね?
だけど彼はそれを拒んだ。
「どうして?一緒に帰るのが嫌なの?」
私からバスケをとったら私を嫌いになる?
「今が正念場だとおもう。桃花は逃げたらだめだ」
「与一に私の何がわかるの!」
2人っきりの教室で思いっきり叫んでいた。
胸の中にある不満を全部ぶつけた。
私にだって感情くらいある。
思ってる事もある。
今まではバスケがそれを忘れさせてくれた。
でもそのバスケが私を苦しめる。
どうしたらいいのか与一に聞きたかった。
「バスケ好きなんだろ?俺なんかよりずっと」
「そんな事無い」
「誤魔化したって駄目だ、見てたんだから桃花の事」
「与一は私がバスケを辞めたら私を嫌いになるの?」
「バスケをしている桃花が好きだ。だけど桃花が一緒にいてくれるならどんなに嬉しいかわからない」
「だったら……」
「でも自分に嘘ついて苦しんでる桃花を見てるのは辛い」
私が自分に嘘ついてる?
与一は更にこう言った。
「好きなんだろ?バスケ」
「……うん」
でも、ここじゃ私の満足いくバスケをさせてもらえない。
「3年もの間桃花はバスケを封印する。そんなこと桃花にできるはずないよ」
3年間バスケをしない。
じゃあ、何をしている?
答は出なかった。
そんな私を見て言う。
「続けなよ、桃花の好きにやれよ。悔いのない学校生活を遅れよ」
繰り返し芽吹く一瞬こそが全てなんだから。
「でもそれをしたらまた皆の足を引っ張る……」
「桃花が引っ張ってるのは皆の足なんかじゃない手だ」
今までの桃花ならそれができたんじゃないのか?
与一はそう言った。
「いいの?与一にとって絶好のチャンスを逃したかもしれないよ」
「俺はいつだって真面目に人生を選択してる。やり場のないエネルギーを溜めこんでる桃花の姿なんてみたくない」
「わかった……。じゃあ私行くね。ありがとう」
「がんばれ」
彼の声を背に私は教室を出て部室に向かい着替えて体育館に行く。
隅っこに固まってお喋りしてる部員を後目にボールをとってシュート練習をする。
試合をしていて分かった事。
マンツーでディフェンスされると皆がマークマンを振り切れずにパスコースが限定される事。
皆に動けと言っても動いてくれない。
ゾーンで中を固められるとフリーの相手がいようと誰もシュートに持っていけずにいる。
皆が動けないなら私が動けばいい。
ポイントガードはドリブルとパスセンスさえあればいいと思ってた。
でもそこにシュートセレクションというスキルがあれば。
自らシュートに持ち込んで得点することが出来れば。
自ずと渡しにマークを引きつけて自由に動ける選手が出てくるはず。
だから一人の時間はシュート練習に時間を割こう。
シュート力を身につけよう。
すると不思議な事が起こった。
1人、また1人とシュート練習する人が増えた。
ほとんどが私と同じ1年だった。
私にアドバイスを求めてくる。
持ってる知識を全て教えた。
そのアドバイスどうりに練習する。
2年以上は相変わらずだけど。
3年生はしかたない。
夏休みで部活は終わる。
これ以上練習しても無駄だと思ったんだろう。
しかし1年は私を見て思ったらしい。
頑張れば次の大会に出られる。
そんな欲がでてきたんだろう。
その夜、私は与一にメッセージを送った。
「ありがとう」
すぐにメッセージが返ってきた。
「不満はバスケにぶつけるな。俺にぶつけろ。いくらでもうけとめてやるから」
「わかった」
生涯の唯一人のパートナー。
この若さでもう手に入れたのかもしれない。
いつか彼が挫けそうな時がきたら、私が支えてあげよう。
大丈夫だよ。私がここにいるよって。
(4)
もう、彼を虐める者はいなくなった。
須里留君は改名して今は康則というらしい。
他の二人も改名したそうだ。
でも問題が解決したわけじゃない。
名前を変えても人に植え付けた恐怖心は拭えない。
みんなが康則君を避ける。
だから僕が康則君が求める光を与えよう。
「康則君、こっちおいでよ」
康則君は躊躇っていたけどちょっとしてからこっちに来た。
「名前変えることで来てよかったね」
「ああ、その……色々とすまなかった」
僕はにこりと笑って手を出す。
彼はその手を握手する。
その後康則君も交えて皆と遊んだ。
君が今笑っている眩いこの時代に。
僕達は此処で逢った。
彼の暗闇の時代の終わりに響く弔鐘。
その光はとても暖かいものだった。
老婆であるとも……少女であるとも……詩人が騙るように……君の神話は物語る……。
万物の母たる創造主。運命の女神。いまだその姿を見た者はいない。
家に帰ると昼寝をする。
目を覚ますと母さんに今日あったことを話す。
母さんは料理をしながら僕の話に耳を傾ける。
そして夕食の時間同じ話を父さんにする。
そして母さんの片づけが済むと一緒にお風呂に入って僕は眠る。
泣きたい気持ちは連なって冬に雨を齎している。
そう云うと疑わない君。
嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い。
答にならない高いただの論理で嘘を嘘だといなすことで即刻関係のない人となる。
演技をしているんだ。
策者だってきっとそうだ。
当事者を回避してる。
興味が湧いたって据え膳の歓声を待って何とも思わない振りで笑う。
答は無いの?
誰かの所為にしたい。
ちゃんと教育して叱ってくれ。
目を覚ますと豪雨。
誰か此処へきて青く燃えてゆく日々を過ごす。
「あれ?どうしたの?」
朝来ると同僚の中島穂乃果と神田愛海と長浜桃華が話してした。
「そんなところで話してるとまた般若が五月蠅いぞ」
「ああ、亜依ちょうどいいところに」
穂乃果がスマホを見せる。
看護師募集の案内だった。
私達看護師は職場を変えることが頻繁にある。
理由は結婚、出産、育児の為。転居、スキルアップしたいから等様々あるけど本音は労働条件が酷いから。
どこの病院に行っても変わらないのだが、それでも夜勤の無いクリニック等建前の労働条件につられて転々とする。
私達が奇跡なくらいに人間関係がいいと思える悪環境。
その私達だって般若の存在を菩薩が相殺してるから残ってる。
あと西松啓介が副院長になって労働環境も改善され、スタッフも充実してきたから多少はマシになった。
看護師の引き抜きなんて当たり前の世界。
どこの病院だって看護師の不足はつきまとっているのだから。
自分が是非やりたいというなら止めないけど出来ればさせたくないのが看護師だ。
それでも「娘に就かせたい仕事1位」に輝くのが看護師だというのだから驚きだ。
まあ、要するによくある話だった。
「それがどうかしたの?」
「募集先見てよ」
穂乃果が言うので見た。
地元大医学部の附属病院だ。
そういやサイトでも研修医募集してたな。
条件も西松医院より段違いにいい。
だから余計に胡散臭い。
相談してた理由はそれか?
「あなた達引継ぎは終わったの?」
菩薩こと看護師長の早乙女志穂に見つかった。
「今からやります」
「ならいいけど、また鈴木さんに見つかると大変よ」
菩薩はそう言って笑った。
「そうそう、今月3人ほどまた辞めるみたいだからちょっとの間辛抱してね」
またか……
毎月のように人が辞めていって、そして毎月新しい人が入っていく。
そんなに驚く事じゃなかった。
同じ病院に居続ける方が不思議なんだそうだ。
だけど今回は気になることがあった。
「ひょっとして附属病院に行くんですか?」
私が聞いていた。
「よくわかったわね。そうみたい。募集を見たらしいわ」
菩薩が言う。
菩薩の目にも止まってるらしい。
「あら?皆おはよう?どうしたの?」
西松医院のプロ中のプロ。全身科医の西松深雪先生が来た。
彼女は医者になって10数年ありとあらゆる手術をしてきて一度も患者を死なせたことがない。
西松医院は彼女を頼ってくる患者が大勢いる。
もちろん西松先生だけじゃない。
神田翔平先生や神田春馬先生もを始め皆スペシャリストだ。
深雪先生が産休・育休の時は副院長が代わりにメスを執っていた。
子供達も医者を目指しているらしい。
深雪先生に事情を説明する。
「その話だけはお勧めしないわね」
深雪先生が言った。
深雪先生が否定的な意見を言うのは珍しい。
理由を聞いてみた。
「噂通りの病院だからよ。優秀な医師とスタッフが揃っている。設備も充実してるらしいわ」
それがどうして理由になるのだろうか?
「そうね、今年26歳になる理事長の孫が院長になったそうよ。それ程優秀なのでしょうね」
それを聞いて唖然とした。
医者は医大で6年勉強して免許をとったあと、2年間の研修医期間がある。つまりどれだけ早くても26歳で一人前の医者になる。
一人前になった医者がいきなり院長になる。
それは研修医時代に心臓手術をした並に凄いことだ。
医学部の教授や准教授を押しのけていきなり院長。
普通に考えて理事長の一声があったんだろう。
優秀なスタッフについても聞いてみた。
優秀なスタッフ。
20連勤しても一日の平均睡眠時間が1時間を切っていても失敗をせずにオペ看護もこなし、患者には笑顔で応えるエリートの集まり。
当たり前だけど脱落者も酷いらしい。
そんな過酷な環境でミスれば怒鳴られ、人間関係もぎすぎすして自殺未遂も出たらしい。
そんな環境で生き延びている人間をエリートと呼ぶらしい。
医者も変わらない。
診療や手術も大変だが、常に上司のご機嫌を取らなければならない。
派閥もできてるらしい。自分の立ち位置を常に考えておかなければならない。
さもなければすぐに首が飛ぶ。
そんな環境で生き残ったサバイバーをエリートと呼ぶらしい。
どんな性格の持ち主か想像がつく。
長いものに巻かれ弱いものをストレス解消代わりに苛め抜く医師。
そんな医師に不満を抱いた看護師は新人看護師いびりを始める。
ちなみに院長もまた失敗をした例はないらしい。
専門家は皮膚科なんだそうだ。
もはや幻想物語と化してるこの世界で26歳で医学部附属病院の院長と言うのはあり得るんだろう。
ファンタジーなのはこれからだ。
彼は結婚しているらしい。
彼と同い年の嫁もまた産婦人科の医師らしい。
産婦人科だったからありなのだろう。
今年3歳になる子供がいるそうだ。
まともに考えたら医大生だった頃に子供を作ったことになる。
学生時代に結婚なんてこの世界じゃ当たり前だった。
子供を作るくらいどうってことないだろう。
子育てをしながら勉強をして研修医で当直をして。
確かに物凄いエリートだな。
「ま、私もこの病院の院長夫人になる身だからそういう目線になるのかもしれないけど」
説明だけ聞いてたら贔屓目に見てるとは思えない。
恐ろしい世の中だ。
その日の仕事を終えると家に帰る。
学が夕飯の準備をしていた。
その横で手伝っている恋がいる。
恋は今必死に料理を覚えようとしているらしい。
「恋は将来何になりたい?」
恋に聞いてみた。
「フリーライター」
また策者を悩ませる職を選んだな。
まあ、恋ならなれるだろ。
国語も悪い成績じゃないし。
なりたいというなら全力で応援するのが親の務めだと耳にする。
学と交代して片づけを終える頃瑛大が帰ってくる。
残業だと言っていたがどうせまた地下アイドルのライブでも見に行ってたんだろ。
まあ、瑛大も3人分の学費を稼いでもらわないといけない。
少しの息抜きくらい目をつぶるさ。
「飯は用意してある。後片付けは自分でしろ」
そう言って私も寝室に行く。
医者か、月見里君たちは元気にやってるだろうか?
ふと思い出して渡辺班のチャットを眺めていた。
(2)
家の戸を開ける。
どうせ家にはまだ誰も帰っていない。
居間のテーブルに置いてあるおやつをとって部屋に行く。
部屋に入るとランドセルから道具をとりだして勉強を始める。
勉強が終わり、インターネットをしていると父さん達が帰ってくる。
いつも20時過ぎくらいだ。
父さんは遅いときは21時をまわることもある。
夕食を作るのは僕の仕事。
温めなおしてご飯を食べる。
夕食をすませると母さんが片付けてる間に風呂に入る。
風呂から上がって勉強をしていると母さんが来て勉強を教えてくれる。
母さんが教師と言うわけではない。
うちの両親は医者をやっている。
医者と言っても大きな病院じゃない。
小さな島にある小さな診療所。
午前中診察をして午後から往診、それから夜間診療を19時半までする。
地域に密着した診療を。
老いも若きも貧しい者も富める者も良い人も悪い人も関係なく父さん達の前ではただの患者なんだという。
父さん達が学生時代に夢見た医者の理想像を創り出していた。
そんな父さん達を尊敬している。
だから僕も大きくなったら医者になる。
そう決めていた。
この辺は街灯も民家もあまりない。
だから夜は真っ暗になる。
当然やることはない。
カラオケどころかゲーセンすらないこの島でやる事なんて限られてる。
本屋で本を買うか、週に1度父さんが本土に連れて行ってくれた時に買ってもらったゲームをするくらい。
レンタルDVD屋も当たり前だけどない。
インターネットは出来る。
スマホも買ってもらった。
だから不自由だと思うことは無かった。
普通に友達とも遊んでいた。
ただTVゲームに夢中になって皆外で遊ばなくなり学校以外では友達と会うことは無くなった。
だから学校が楽しい。
話題は尽きない。
昨日のテレビの話題からゲームの攻略情報まで色々話す。
何故か僕の周りには女子が集まり、勝手に話を始める。
学校と家、姫島と本土の往復。
それが僕の生活の全てだった。
寝る時間になると母さんが父さんと一緒にスマホを見て笑ってる。
「どうしたの?」
母さん達は学生時代の先輩たちとメッセージをやり取りしてた。
「会いたくはないの?」
母さんに聞いた。
「みんな忙しいから。だからあなたも友達を大切にしておきなさい」
みんな飛び立ったら帰ってこれないんだから。
母さんが言う。
僕のクラスは大体が島に残るらしい。
高校には行くけどその後島に残って仕事を継ぐらしい。
僕は大学に行かないと継ぐことが出来ないから行くけど。
だから友達は皆言う。
ずっとみんな一緒だよと。
僕だけ仲間外れにされた気分。
だけど僕だって言うんだ。
必ず帰ってくるから。
それが僕の遠い約束。
(3)
「どうして先生が怒ってるか分かってるな?高槻」
試合が終わった後私達は体育館に残されていた。
皆疲れて帰りたいのに私のせいで残る羽目になった。
誰も面と向かって言わないが、そのくらいは私でも分かる。
現に監督は私にだけ注意しているのだから。
市総体は惨敗だった。
監督の期待に応えることは無かった。
別に中学の試合くらいいいや。
高校はバスケの強い所に行こう。
そう割り切ることにした。
適当にやればいいや。
皆の動きに合わせてパスをだした。
それが監督・私の父さんは気に入らなかったらしい。
やるからには真面目にやれ。
やる気が無いなら試合に出るな!
父さんはそう言った。
やる気を出せば皆から煙たがれ、やる気を出さなければ父さんから叱られる。
なんて酷い現実なんだろう。
やる気の問題じゃない、環境の問題だ。
一日考えて私は部活をサボることにした。
気晴らししたかった。
それを私の彼氏・涼風与一に言った。
「一日くらい一緒に帰ろう?」
私が寄り道していくから。
なんなら与一の家に行ってもいい。
あとは言わなくても分かるよね?
だけど彼はそれを拒んだ。
「どうして?一緒に帰るのが嫌なの?」
私からバスケをとったら私を嫌いになる?
「今が正念場だとおもう。桃花は逃げたらだめだ」
「与一に私の何がわかるの!」
2人っきりの教室で思いっきり叫んでいた。
胸の中にある不満を全部ぶつけた。
私にだって感情くらいある。
思ってる事もある。
今まではバスケがそれを忘れさせてくれた。
でもそのバスケが私を苦しめる。
どうしたらいいのか与一に聞きたかった。
「バスケ好きなんだろ?俺なんかよりずっと」
「そんな事無い」
「誤魔化したって駄目だ、見てたんだから桃花の事」
「与一は私がバスケを辞めたら私を嫌いになるの?」
「バスケをしている桃花が好きだ。だけど桃花が一緒にいてくれるならどんなに嬉しいかわからない」
「だったら……」
「でも自分に嘘ついて苦しんでる桃花を見てるのは辛い」
私が自分に嘘ついてる?
与一は更にこう言った。
「好きなんだろ?バスケ」
「……うん」
でも、ここじゃ私の満足いくバスケをさせてもらえない。
「3年もの間桃花はバスケを封印する。そんなこと桃花にできるはずないよ」
3年間バスケをしない。
じゃあ、何をしている?
答は出なかった。
そんな私を見て言う。
「続けなよ、桃花の好きにやれよ。悔いのない学校生活を遅れよ」
繰り返し芽吹く一瞬こそが全てなんだから。
「でもそれをしたらまた皆の足を引っ張る……」
「桃花が引っ張ってるのは皆の足なんかじゃない手だ」
今までの桃花ならそれができたんじゃないのか?
与一はそう言った。
「いいの?与一にとって絶好のチャンスを逃したかもしれないよ」
「俺はいつだって真面目に人生を選択してる。やり場のないエネルギーを溜めこんでる桃花の姿なんてみたくない」
「わかった……。じゃあ私行くね。ありがとう」
「がんばれ」
彼の声を背に私は教室を出て部室に向かい着替えて体育館に行く。
隅っこに固まってお喋りしてる部員を後目にボールをとってシュート練習をする。
試合をしていて分かった事。
マンツーでディフェンスされると皆がマークマンを振り切れずにパスコースが限定される事。
皆に動けと言っても動いてくれない。
ゾーンで中を固められるとフリーの相手がいようと誰もシュートに持っていけずにいる。
皆が動けないなら私が動けばいい。
ポイントガードはドリブルとパスセンスさえあればいいと思ってた。
でもそこにシュートセレクションというスキルがあれば。
自らシュートに持ち込んで得点することが出来れば。
自ずと渡しにマークを引きつけて自由に動ける選手が出てくるはず。
だから一人の時間はシュート練習に時間を割こう。
シュート力を身につけよう。
すると不思議な事が起こった。
1人、また1人とシュート練習する人が増えた。
ほとんどが私と同じ1年だった。
私にアドバイスを求めてくる。
持ってる知識を全て教えた。
そのアドバイスどうりに練習する。
2年以上は相変わらずだけど。
3年生はしかたない。
夏休みで部活は終わる。
これ以上練習しても無駄だと思ったんだろう。
しかし1年は私を見て思ったらしい。
頑張れば次の大会に出られる。
そんな欲がでてきたんだろう。
その夜、私は与一にメッセージを送った。
「ありがとう」
すぐにメッセージが返ってきた。
「不満はバスケにぶつけるな。俺にぶつけろ。いくらでもうけとめてやるから」
「わかった」
生涯の唯一人のパートナー。
この若さでもう手に入れたのかもしれない。
いつか彼が挫けそうな時がきたら、私が支えてあげよう。
大丈夫だよ。私がここにいるよって。
(4)
もう、彼を虐める者はいなくなった。
須里留君は改名して今は康則というらしい。
他の二人も改名したそうだ。
でも問題が解決したわけじゃない。
名前を変えても人に植え付けた恐怖心は拭えない。
みんなが康則君を避ける。
だから僕が康則君が求める光を与えよう。
「康則君、こっちおいでよ」
康則君は躊躇っていたけどちょっとしてからこっちに来た。
「名前変えることで来てよかったね」
「ああ、その……色々とすまなかった」
僕はにこりと笑って手を出す。
彼はその手を握手する。
その後康則君も交えて皆と遊んだ。
君が今笑っている眩いこの時代に。
僕達は此処で逢った。
彼の暗闇の時代の終わりに響く弔鐘。
その光はとても暖かいものだった。
老婆であるとも……少女であるとも……詩人が騙るように……君の神話は物語る……。
万物の母たる創造主。運命の女神。いまだその姿を見た者はいない。
家に帰ると昼寝をする。
目を覚ますと母さんに今日あったことを話す。
母さんは料理をしながら僕の話に耳を傾ける。
そして夕食の時間同じ話を父さんにする。
そして母さんの片づけが済むと一緒にお風呂に入って僕は眠る。
泣きたい気持ちは連なって冬に雨を齎している。
そう云うと疑わない君。
嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い。
答にならない高いただの論理で嘘を嘘だといなすことで即刻関係のない人となる。
演技をしているんだ。
策者だってきっとそうだ。
当事者を回避してる。
興味が湧いたって据え膳の歓声を待って何とも思わない振りで笑う。
答は無いの?
誰かの所為にしたい。
ちゃんと教育して叱ってくれ。
目を覚ますと豪雨。
誰か此処へきて青く燃えてゆく日々を過ごす。
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