姉妹チート

君色の弧

（１）

　今日は5月24日。
　天音の誕生日。
　だから授業が終わると途中より道をして家に帰った。
　家に帰ると先に帰ってきていた天音が出かける支度をしている。
　僕も着替えると海辺のレストランに行く。

「へえ、こんな所に連れて行ってくれるなんて。ありがとな」

　天音は気づいてないようだ。
　ここは天音の両親が結婚式に使った店だという事に。
　天音は当然の様にワインを飲んでいた。
　別にそれはいい。
　だけど僕は運転するからと断った。

「んなもん代行使えばいいじゃねーか。そもそもなんでこんな不便な場所を選んだんだ？」

　天音は不思議そうに答える。

「それは後で教えるよ」

　作り笑いをするだけで精いっぱいの僕。
　天音は不思議そうにしているが特に気づかれる様子はなかった。
　天音だってもう19歳。
　時と場所くらい弁える。
　宴会の時の様に泥酔する事は無い。
　大学生にはまだ早い気がする大人のムードに酔いしれていた。
　食事を終えると僕達は車で帰る。

「おい、今日は私の誕生日だぞ」
「知ってるよ。だから外で食べようって」
「そうじゃなくてなんかプレゼントしてくれたっていいんじゃねーか？」

　天音が少し怒ってる。

「ちゃんと用意しているよ。ちょっと寄り道してもいいかな？」
「ああ、別にいいけど……」

　天音はまだ気づいていない。
　車は僕達の家を越えて光吉に向かう。
　天音の実家の近所にある小さな公園に車を止めると天音に車を降りるように言う。

「懐かしいな。知ってるか？パパはこの公園でプロポーズしたんだって」
「知ってる……」

　それ以来ここは恋愛の神様がいると噂されている、地元の人間しかしらない秘密のパワースポット。
　僕もその恩恵にあやかりたくてやってきた。

「片桐天音さん！」

　力の限り叫んだ。

「大地？」

　天音は振り返って僕を見ている。
　今日は天音の誕生日。
　だから今日まで我慢してきた。
　ずっと言いたかったこと。
　父さんが言ってた。
　飛び出すタイミングは自分で決めるしかない。
　ボールはすぐそこにある。
　急にボールが来たからなんて言い訳は人生では通用しない。

　ラーメンはのびる前に食え。

　神様、僕に一度だけでいいから力を。

「まだ僕は学生だ。自分1人で天音を養っていく事なんてできない。でもそれでも天音と一緒に人生を共に歩みたい。天音を誰にもとられたくない……だから……」

　だから……

「僕と結婚してください！」

　そう言って買っておいた指輪を差し出す。

「……ふざけるな。そこまで私は信用がなかったのか？」

　え？
　僕は、失敗したの？

「結婚でもしておかないと私がどこかに行ってしまうとでも思ったのか？残念だったな。私はお前から離れるつもりはない」
「天音……」
「誰かにとられるなんていうな。もっと自信を持て。そんな事しなくても私は大地の物だ！」

　天音の体が小ギザミに震えている。
　天音の顔を見て驚いた。
　泣いてる。
　そんなつもりで言ったんじゃないのに。
　僕は咄嗟に天音を抱く。

「だからそんなことしなくても……」
「違うよ、天音の泣き顔なんて見るのは僕だけでいい。誰にも見せたくない」
「ごめんな。素直になれなくて、嬉しくて頭がパニックになって……面倒な私だけど後悔してないか？」
「するわけないだろ。愛してるよ」
「ありがとう……私も愛してる」

　それか天音が泣き止むまで誰にも見られないように抱きしめていた。
　泣き止むのを確認して「行こう」と言う。

「今日は祝杯だな。付き合ってもらうからな」

　いつもの天音が戻っていた。
　でも……

「ごめん、もう一件用事を片付けてからでいいかな？」
「どこに行くんだ？」
「天音の家」

　結婚の報告を早く済ませておきたい。
　天音が、実家に連絡する。
　両親共にいるらしい。
　天音の家の前に車を止めると呼び鈴を鳴らす。
　天音が僕の手を握っていった。

「心配するな、反対されても家を出る覚悟だから」
「ありがとう」

　天音のお母さんが扉を開けて僕達に上がるように言う。
　リビングに案内されると天音の父さんがいた。
　僕達に座るように言うと、僕はその場で土下座する。

「まだまだ未熟だけど、必ず天音さんを幸せにします！だから天音さんと結婚させてください！」

　天音の父さんは何も言わずに僕を見ていた。
　やっぱり学生婚は認められないのだろうか？
　そうではなかったようだ。

「大地君のお母さんも学生婚だったよ」
「知ってます……」
「愛莉、愛莉のお父さんは僕が挨拶に行った時どうだった？」
「やっと決断してくれたって喜んでました」
「そうか、じゃあ喜んでいいんだね」

　そう言って天音の父さんはにこりと笑った。

「同棲を認めた時から天音の人生は大地君に託していたよ。2人とも幸せにね」
「ありがとうございます」
「パパ……今までありがとう」
「せっかくのめでたい申し出なんだ。天音も泣くんじゃないよ」

　それからいろいろと段取りを打合せして後日またちゃんと挨拶に来ると言って家に帰った。
　天音は空に「先に婚約したぞ！いいだろ！」とメッセージを送っていた。
　空は「おめでとう」とだけ返していた。

「大地の両親には挨拶しなくてよかったのか？」
「また日を改めてでいいよ」

　家に帰るとシャワーを浴びて2人で乾杯する。
　少しだけ酔って、ベッドに入る。

「今日はもう疲れたか？」

　天音が僕に抱きついてくる。

「言ったろ、天音を幸せにしてやるって」
「そうか……でも、お前1人で頑張る必要はないんだ。そんなにしてやれることはないけど、2人で幸せになろう」
「ありがとう」
「……いつから今日プロポーズするって決めてたんだ？」
「同棲を決めた時から」

　その時から天音の全てを背負う覚悟を決めていたから。
　天音から僕と一緒に暮らす事の意味と覚悟を聞かされた時から。
　ただ分かりやすい記念日を作りたかったから。

「こんなに嬉しいプレゼントは初めてだ」

　僕もこんなに幸せそうに笑う天音の笑顔が最高の思い出だよ。
　鮮明に記憶に焼き付けておこうと思った一夜だった。

（２）

「いいじゃん、お兄さんたちと遊んでよ」
「スカッとするいい物あるよ」

　街のSAPで不良に絡まれていた。
　まあ、私も見た目そんな感じだからしょうがない。
　不良にかかわりたくないのと、私も同類だと見られたのか誰も助けてくれない。

「俺達も気が短いんだ。続きは車の中で……」

　そう言って私の腕を掴んで車に引きずり込もうとする。
　精一杯の抵抗をした時、急に腕を引っ張る力が無くなって私はしりもちをついた。
　見上げるとまた別の不良がいた。
　金髪でピアスしている。
　ちょっとヤバそうな感じの目をしていた。
　制服は私と同じ藤明高校の物だった。

「なんだてめぇ！」

　どうやらこの不良に殴られたらしい不良が威嚇していた。
　しかしこの男には全然通じてない。

「あ、やるの？だったら相手になるよ？俺は堂島大樹」

　え？

「俺は名乗ったんだ。そっちも名乗れよ。これから殺す奴の名前くらい覚えておいてやるからさぁ」

　堂島という男がそう言うと不良連中は逃げ去っていった。

「ちっ、暇だから派手にパーティでもしようと思ったのによぉ」

　そう言って堂島は唾を吐き捨てる。

「ああ、やばい。そろそろ切れてきた」

　そう言って立ち去ろうとする堂島を呼び止めた。

「あ、あの。助けてくれてありがとう！」
「気にしなくていいよ。俺が好きで楽しみたかっただけだから」

　丁度いい獲物がいたから猿芝居してみただけだと言った。

「今、暇だって言ってたよね！」
「そうだけど？」
「わ、私と遊んでくれませんか！？」
「え？」

　男は私が何を言ってるのか分からなかったみたいだ。

「もしよかったら、私と付き合ってもらえませんか？」

　一目惚れだ。
　勢いで告白までしてしまった。
　男は私の顔を覗き込む。
　そして笑い出した。

「あんたすげぇなぁ。一目惚れしてその場で告白なんてよぉ」

　堂島はいつまでもへらへら笑っている。

「その勇気は本当すげーよ。俺なんかよりずっと強いぜ？」
「じゃあ……」
「……ごめんな。俺好きな人いるんだ」

　え？

「その女も俺なんかよりめっちゃ強い女でさ。俺なんか蟻んこみたいな存在になっちまう」
「……だれ？」
「わかんね、名前も聞いたことないんだ」

　赤の他人てことか。
　でもそれなら。

「いや、今決めた。俺もそいつに告白してくる。お嬢ちゃんに勇気もらった。ありがとう」

　失敗してフラれた後でもいい。
　同じ学校ならまだ可能性はある。

「私中村加奈子！藤明高校1年！」
「俺は堂島大樹。藤明高校2年。ありがとな。加奈子」

　そう言って堂島は立ち去った。
　本当は知ってた。
　あいつの目には私なんて映ってなかった。
　もやもやした気分をクスリに逃げて晴らしていただけ。
　私が同行できる相手じゃない。
　生まれて初めて恋をした。
　そして生まれて初めて失恋した。
　悔しいけどそういうことなんだ。
　何か憂さ晴らしをしたい。
　そんな気分だった。

（３）

　俺は本当の強さというものを知った。
　ありのままの自分をさらけ出す強さ。
　自分の本当の願いを実現する強さ。
　バイクでバイパスを駆け抜けて彼女の勤める自動車整備工場に向かう。
　今日も彼女は汗だくで働いていた。

「お、また兄ちゃんか。今日はどうしたんだ。マメに整備するのは良い事だけど」

　そう言って彼女は笑っていた。

「今日はそういう用件じゃないんだ」
「じゃあ、どうしたんだ？」
「姉ちゃん、仕事終わった後暇か？」
「ああ、特に用はないけど」
「じゃあ、それまで待つよ。何時に終わる？」
「18時には店閉めるけど？」
「じゃあ、適当に時間潰してくるわ」

　そう言って俺はバイクで適当に走り出す。
　バイクは良い。
　気分がすっきりする。
　頭の中の雑音がスッキリ消えていく。
　約束の15分前には再び自動車整備工場に戻ってきた。

「ああ、もうすぐ終わるからまってて」

　俺はシャッターが閉まるまで待っていた。
　繋ぎから私服に着替えた彼女を見るのは初めてで、見とれていた。

「で、用件って何？」

　彼女の方から聞いてきた。

「俺、あんたの事好きだ。付き合って欲しい」

　俺がそういうとしばらく沈黙が流れた。
　失敗しちまったか。
　まあ、相手は大人の女性だ。
　他に付き合ってる男がいるかもしれない。
　そいつを別府湾に沈めるって手もあるけど、昼間の猿芝居よりも糞みたいな真似したくない。
　気晴らしにスカッと走るか。
　邪魔する奴は皆殺しだ。

「んじゃ、俺の用は済んだから帰るわ」

　そう言ってバイクに跨ると彼女が呼び止めた。

「あんたさ、自分の名前も名乗らない、私の名前も聞かない。それで告白するつもりだったの」

　つもりだった。そして失敗した。

「私の名前は那森佳奈美。あんたは？」
「……堂島大樹」
「いくつか条件があるけど聞く気ある？」
「条件？」
「そう、まず今やってるクスリやめな」

　それから高校は真面目に卒業しろ。
　親に金払ってもらってるんだからそのくらい当たり前。
　大学に行けとは言わない。
　真っ当な職に就け。
　無職と付き合うつもりはない。

「今言ったことを守れるなら、私は構わないよ。フリーだし」

　マジか！？

「必ず守る！」
「わかった。じゃあ連絡先くらい交換しておこう」

　佳奈美と連絡先を交換した。

「私車で来てるから。また連絡ちょうだい」
「ああ、よろしくな」
「こちらこそ」

　クスリなんかよりももっと気持ちのいい感覚に浸っていた。
　それから俺はクスリを断った。
　当然副作用が襲う。
　俺は深夜の公園で暴れていた。
　仲間も心配そうに見ていた。

「貴様なんかに用はねーんだよ。さっさと消え失せろこの雑音！！」

　1時間くらい暴れて副作用は収まった。
　何度も吐いて。くたくただった。
　でもこの先にあるのが佳奈美という幸せなら上等だ。
　俺はふらふらとトイレを出ると自分のバイクに近づく。

「いつも思うけど大樹君のバイクいつもきれいだよな」
「そうだろう？きたねー手で触れたら殺しちゃうからな」
「わかってるよ。で、今日はどことやるんだ？」
「……今日は何もしねー」
「え？」

　仲間が驚いていた。

「俺迎えに行かないといけないから、後好きにしてくれ」

　そう言って佳奈美の家に行く。

「こんな時間にどうした……って随分やつれてるじゃないか！？」
「へへへ……約束果たしたぜ」

　俺の頭に雑音はいない。
　いるのは佳奈美だけだ。

「へえ、なるほどね。じゃあ、あがりなよ。今日は休んで行くといい」

　あの子がくれた小さな勇気が俺の頭から雑音を吹き飛ばし佳奈美を手に入れる事ができた。
　またあの子に会えたらちゃんと礼をしよう。

（４）

　あー、イヤダイヤダ。FGの抗争に巻き込まれるなんて。
　と、いう苦情を康司朗と答悟から受けていた
　……っていうほどFGとの抗争は殆どないんだけどね？
　でも無理にSHにいる必要もない。
　嫌なら辞めたらいい。
　空からもそう言われていたので、僕はそう伝えた。
　2人はSHを抜けた。
　それでこの話はお終いだと思っていた。

「あ、大地。珍しいね」

　姉さんと天音の兄の空と姉の翼と善明にあった。
　帰る時間が一緒みたいだ。
　2人は僕が天音にプロポーズしたことも知っている。
　祝福の言葉と冷やかしの言葉を受けながら駐車場に向かっていた。
　すると抜けたはずの康司朗と答悟がやってきた。

「た、助けて下さい」

　日常会話ではない気がするこのセリフの意味をすぐにわかった。
　いかにもな連中が徒党を組んでやってくる。

「お前らがそいつの仲間か？」

　何のことだ？

「彼等ならSHは抜けたはずだけど」
「そんな言い訳聞きに来たんじゃねー。お前の子分がうちの連中に手を出したから落とし前を付けに来たんだよ」
「どういう事？」

　彼等の主張はこうだ。
　深夜の繁華街で二人は酔った勢いで彼等のグループ・九頭竜會の手下に暴行を加えた。
　それはSHが九頭竜會に喧嘩を売ったと解釈したらしい。

「そっちがどういうつもりだろうと。この2人はSHを好きに抜けたんだ。責任はその二人にとらせたら？」

　取り付く島もない空。
　確かに自業自得だ。
　だけど空はそう思っていなかったようだ。

「トカゲの尻尾切かよ。SHってのも噂ほどのグループじゃないんだな」

　そう言って僕達を嘲笑する九頭竜會。
　この場に天音がいなかったからよかった。
　そう思ったのもつかの間だった。

「で、どう責任を取ればいいの？」

　空が言った。

「なんだお前？」
「片桐空。SHのリーダー」
「お前が頭か？じゃあ、お前がこいつらの代わりに土下座でもしてもらおうか」

　すると空はすっと前に出る。

「ちょっと空！」

　翼が止める。
　だけど空は男たちの前に立つ。

「じゃあ、さっさと土下座して詫びいれろ」

　男たちはスマホを持ってその瞬間を待っていた。
　次の瞬間翼が止めようとした意味が分かった。
　翼は空が土下座するのを止めようとしたんじゃない。
　その証拠に空は男を一人殴り飛ばしてた。
　うずくまる男の頭を地べたに踏みつけている。

「君達もしないの？土下座」
「なにやってんだてめぇ！九頭竜會に喧嘩売るのか？」
「関係ないね。気に入らない者は全て叩きのめせと言われてる。そっちがその気なら俺もそれなりの対応をする」
「学生の分際でなめてんじゃねーぞ！」

　空の背後から木刀で殴りかかる男の一撃を紙一重で交わしてカウンターで殴り飛ばす空。

「もう一度言う。目障りな連中に容赦する生ぬるい集団じゃない。理解したら大人しく尻尾を巻いてとっとと帰れ」

　学生だから力の加減なんて知らない。
　空の冷徹な警告に男たちは退散していった。
　康司朗と答悟は頭を下げて礼を言う。

「もういいよ。ただし今後二度とSHの名前を口にするな。次はお前たちが土下座する番だ」

　そう言うと二人は帰っていった。

「でもいいの？九頭竜會って結構でかい組織だよ？」

　翼が言う。
　九頭竜會。
　九州全土を支配する暴徒。
　地元だけ圏外だったのは父さん達の力がそれだけ強かったから。

「気に入らないのは叩きのめせって光太に言われてるしね」

　空はそう言って笑っていた。
　家に帰って天音に話すと天音は激怒した。

「空は生ぬるい！」

　学校さえなかったらきっと九州全土を攻撃対象にしかねない天音を宥めるのに必死だった。
　少なくとも母さんの耳に入ったら地元以外は全て灰燼と化すだろう。