295 / 535
示せ存在
しおりを挟む
(1)
「ほら、瞳子は一番前で見なさい」
愛莉さんがそう言って席を譲ってくれた。
私の側には愛莉さん達と誠司君の両親が座っている。
冴も応援に来ていた。
冬吾君達は今外国にいる。
3日間のリーグ戦。
今日は優勝をかけた最後の試合。
もちろん全勝していた。
冬吾君と誠司君のデビュー戦は観客に衝撃を与えた。
その鋭いパスとそれに応える冬吾君のプレイはたった1プレイで存在をアピールしていた。
もちろん相手も必死だ。
冬吾君にボールが渡らないように何人もの守備を置く。
それでもなお振り切る冬吾君とその代償で出来たスペースをすぐに見つけて味方に飛び込めと言わんばかりにボールを運ぶ誠司君。
冬吾君の凄いのは攻めだけじゃない。
味方が抑えられている時はゴール前まで下がる。
当然相手の守備は気を抜いてしまう。
そしてその事をすぐに後悔する。
ボールを奪うとキーパーの江本選手が一気にボールを前線に蹴る。
そのボールに見事に食らいつく冬吾君。
有利だった自分たちが突然絶望的な場面になる。
誠司君も言っていた。
「一番怖いのは冬吾にボールが渡る事。冬吾がボールを保持すると何を仕掛けてくるか分からない」
その言葉の通りになる。
だから2日目の試合にはしっかりマークをつけていた。
だけどそんなの冬吾君には関係ない。
多分同年代では誰も食らいつけないだろう。
驚異的な加速力で出来上がったスペースに飛び込む。
小学生の時はボールを見ていた冬吾君だけど今は違う。
ボールがどの位置にあるかなんとなく認識するんだそうだ。
そして誠司君は冬吾君の足に合わせてボールを送り込む。
そのボールを受け取る間に狙いを決めるらしい。
U-18の切り札とも称されていた。
そんな感じで2戦とも勝ち上がって今日勝てば全勝で優勝できる。
今日の相手はノルウェー。
ダークホースと言われている強豪国。
「私もね、冬夜さんのバスケの試合を見ている時は少し不安もあったの」
愛莉さんが言っている。
危険なラフプレイで下げられたり、自分のプレイを見失って下げられたり大変だった。
おれでも五輪の決勝に対する覚悟は冬吾君のお父さんの最高の舞台だったという。
最強のアメリカを圧倒する冬吾君のお父さんのプレイは観客が涙するほどだったらしい。
だから私も冬吾君のプレイを信じていればいい。
必ず期待に応えてくれる。
翼さんも言っていた。
「片桐家の男ほど頼りになる存在はない」
必ず勝って来る。
そう信じて私も試合が始まるのを待っていた。
「しかしやる気のある冬夜ほど怖い物はないと思い知らされたよ」
木元さんが言っていた。
「そこがトーヤの血統の最大の弱点なんだ」
誠司君の母さんが言っている。
空さんの息子の冬夜もやっぱりやる気に欠けるところがあるらしい。
食べる物が無くなったら寝る。
歩くのすら面倒だと宙を浮かんで進む。
使い方さえ間違えなかったらとんでもない能力を持ってるのに面倒だと活かさない。
「瞳子も悩む時が来るよ」
誠司君のお母さんが言う。
きっと冬吾君の子供もどっちかになるから。
「冬吾の子供か……瞳子は責任重大だね」
冬莉がそう言って笑う。
「その前にあいつ子作りする気あるのか?」
誠司君のお父さんが言う。
「今からあったら大変だろうがこの馬鹿!」
誠司君のお母さんが言う。
「そうじゃなくてさ、瞳子の相手してるのかって意味で……」
「それなら大丈夫。あいつたまに瞳子の家に泊ってるから」
「そうだったのか!?そりゃ楽しみだな」
私は少し恥ずかしかった。
確かに冬吾君は私が構って欲しい時は「今日瞳子の家に泊っていい?」って聞いてくる。
とても優しい人。
「そうなると一つ疑問があるね」
亜依さんが言う。
冬吾君のお父さんはエッチな動画をコピーしたかのような行動をしていたらしい。
冬吾はどうなんだという疑問。
「冬吾君と中学校の時に見てたんだけどあまり興味を示さなかったんです」
「へ?」
みんなが私を見る。
よく理屈か分からないけど私がこうして欲しいと思った事をしてくれる。
逆に冬吾君からこうして欲しいと強請って来るからそうしてあげる。
とても幸せな時間。
「あいつに弱点ねーのか!?」
誠司君の父親が叫ぶ。
「あの大食いさえ何とかなればいいんだけど……」
愛莉さんがそう言っている。
でも誠司君の母さんは言う。
「そんなのどうでもいいくらいのチートだろあれは!」
そうなるよね。
昔の様に恥ずかしい事を質問してくることも無くなった。
私が嫌がることはしちゃいけない。
そんな風に理解したみたいだ。
「あ、選手が出て来たよ」
冬莉が画面を指差す。
青いユニフォームの選手がフィールドに入ってくる。
間もなく試合が始まる。
(2)
あと一勝すれば優勝が確定する。
負けても得失差で勝てるはず。
でもどうせなら勝ちたい。
こんなところで負けるわけにはいかない。
僕達はまだ高1。
誠司や隼人よりも背が高い選手がいるけどそんなの言い訳にならない。
海外の選手の方が大体体格いいから。
「冬吾、疲れは無いか?」
監督が聞いてきた。
「大丈夫です」
しっかり食べてしっかり寝たからフルパワーで戦える。
「お前、朝もめちゃ食ってたけど試合中腹痛くなったとか言っても知らないからな」
「オムツ準備しとこうか?」
「それだけ余裕があるなら大丈夫だな。緊張はしてなさそうだ」
僕と誠司のやり取りを聞いて監督が言うとみんな笑っていた。
「ここまで頑張ったと言いたいが。折角だから勝ちに行くぞ!」
監督が言うと皆盛り上がる。
控室を出る際に監督に呼び止められた。
「本当はあまり冬吾を酷使しないように言われていたんだが……」
「大丈夫です」
「怪我だけは気をつけてくれ」
「はい!」
そうしてフィールドに立つ。
やっぱり広いなぁ。
今日はどんなプレイが出来るかな。
そんな事を考えながら相手選手と握手をしてポジションにつく。
キックオフ。
最初は相手のチームから。
ファンタジスタと呼ばれる選手は守備に参加しないらしいけど、苦戦してたら加勢に行く。
監督からは「無理するな、スタミナ配分考えて」と言われてるけど平気。
「多分冬吾の弱点はフィジカル面だ」
そう誠司の父さんから言われて徹底的に鍛えて来た。
多少のラフプレイで削られても何ともない。
父さんも言ってた。
「試合より練習の方がきついくらいがちょうどいいんだ」
味方のキーパーがボールを持つと一気にダッシュする。
それに応えてキーパーがボールを思い切り蹴飛ばす。
着地点は予想できる。
そこに立つと相手ゴールに背を向ける。
当然背後に守備がつく。
僕はボールをトラップすると地面に落下する前にボールごと体を反転して相手の右側に潜り込む。
相手のキーパーが僕の姿を見た時には僕はシュートを撃っていた。
ゴールの右上隅を狙った無回転シュート。
しかり強豪国のキーパーだ。
しっかり両手でつかみ取る。
しかしそのプレイで味方の守備が楽になった。
相手が攻めに転じていても僕をフリーにしたらいけないと思ったのだろう。
それが数的優利を作っていた。
それにしてもやはり強豪国。
誠司もなかなか攻めあぐねていた。
気づいたらペナルティエリア内を徹底的に固められていてスペースがない。
僕にも常に2人くらいはついていた。
お互い決め手がないまま前半が終了した。
監督もどう現状を打開したらいいか悩んでいるようだった。
しかし僕と誠司はにやりと笑っていた。
有効な一撃をすでに決めていた。
(3)
信じられなかった。
冬吾君のシュートを止めるキーパーなんて少なくとも今までいなかった。
冬吾君の父さんもあのシュートは冬吾の年齢層で止めれるキーパーはそんなにいないと言っていた。
これが世界の実力なのか。
冬吾君には常にマークがついている。
ダッシュで突き放してもその先に常にキーパーがいる。
最初は違った。
攻められていたけど全員で攻めてくるという事はなかった。
理由は冬吾君を一人にするリスクが高すぎるから。
そしてそんな理由で相手は決定力を欠き、次第に日本が押しているように見えた。
しかし相手の守備力も半端じゃない。
冬吾君が決定的な場面を作り出せずにいる。
誠司君が攻める場所を見つけられずに攻めあぐねている。
その代償に日本が攻められることはほとんどなかった。
だけどこのままだと得点できない。
日本だって何がなんでも得点しようと全員で攻撃を仕掛けている。
カウンターを狙われたらひとたまりもない。
不安そうな顔をしていると冬莉が一言言った。
「冬吾達何か企んでる」
「え?」
何か隠してる。
冬莉は何か気づいたようだ。
「瞳子も落ち着いて見てて」
そういうとハイライトシーンが画面に流れる。
相手の守備が固まっていてスペースがない事くらいは分かるけど……。
「それに冬吾達は気づいてるよ」
冬吾君のお父さんが言った。
「あいつらやる気だな」
「多分そのつもりなんだろうね」
だから徹底的に中にボールを集めているんだろう。
隼人君のポストプレイも使って近距離を徹底的についてる。
その結果が今の状況なんだろうと冬吾君のお父さんが言ってる。
「誠司が意図的にやってるのかどうかはわからないけど焦ってはいないから大丈夫」
切り札を先に見せるな。
それを実践しているんだろう。
「瞳子は後半目を離したらいけないよ」
それは一瞬で終わるから。
冬吾君は何を企んでいるのだろう?
私には全く分からなかった。
(4)
後半になっても状況は変わらなかった。
誠司は徹底的にゴール前を狙っている。
僕もあえてそれに付き合っていた。
多少削られても仕方ない。
ここはペナルティエリア内。
相手だって分かっているはずだ。
ファールを取れたらそれはそれで好都合。
誠司とはちゃんと打合せしてある。
偶にカウンター狙いでクリアをされるけど村木君達がしっかり押さえている。
残り10分。
相手も焦っていたのだろう。
ゴール前からボールをセンター付近に送り出すと無理に攻め込もうとしてファールを取られる。
チャンスが来た。
誠司と一緒にボールの前に立って相談する。
「俺が蹴る振りするか?」
「どっちにしても変わらないでしょ」
「足気をつけろよ。したことないんだろ?」
「誠司の父さんに徹底的に鍛えられたから大丈夫」
「じゃ、決めてこい」
「任せて」
そう言うと誠司は離れた。
僕もボールから離れて狙いを決める。
壁はやや左側に寄っているから、右側が空いてる。
もちろんキーパーが待っているけど逆を言えば右側を狙えばキーパーしかいない。
狙う位置を決めると笛が鳴る。
助走をつけて思いっきり右足でボールを蹴りつける。
こういう時何て言うんだっけ?
自慢していいぜ
ボールを蹴った後、一瞬で終わった。
敵も味方も何が起こったか分からないようだ。
小学生の時に”ゴールの枠を揺らす程度”だったシュートは目に映らないほどのスピードまで達していた。
気がついたらゴールネットに突き刺さりなおかつポールごと倒すんじゃないかと言うくらいの威力になっていた。
空の子供の冬夜に本気で蹴らせたら体の一部を粉砕するらしいけど。
あまりもの出来事に審判が笛を鳴らすのを忘れていた。
近くにいた仲間が必死に「ゴール!!」とアピールする。
そしてゴールのホイッスルが鳴る。
サポーターから突然沸く歓声。
味方が次々と僕に抱きつく。
その間に攻められないように誠司はセンターサークルに立って再開を妨害していた。
時間はアディショナルタイムを入れるとまだ十分ある。
しかし僕の一撃は相手の心を十分に粉砕した。
もはや僕がどこにいようと脅威を感じていたようだ。
1点取り返さないといけないのに僕を自由にさせるのを恐れて踏み込めないでいる。
自然と僕にマークが集まると誠司が他のメンバーを操って最後まで攻める。
そして長いホイッスルが鳴る。
こうして僕の代表デビュー戦は最高の結果を残して幕を閉じた。
(5)
「冬夜、あんな物隠してたのか!?」
「僕だって初めて見たんだ」
凄かった。
幼いころから利き足は多分右だと思っていたけど、幼い冬吾の体じゃ反動が怖いから成長するまで封印しなさいと言い聞かせておいた。
多分、もう大丈夫だと判断したんだろう。
自分に遠距離シュートがあった方が誠司の選択肢が増えると考えたんだろう。
多分冬吾もあのシュートは予想外だったはずだ。
冬吾の成長した右足のシュートは目にも映らないスピードまで洗練されていた。
ゴールネットに突き刺さった時の反動を見ると多分下手に片手でキャッチしようとしたら最低でも指の骨を折っているだろう。
その証拠に少なくともキーパーは動揺していた。
その後の守備陣への指示が乱れていた。
他のメンバーも冬吾の存在自体がすでに脅威になっていたのだろう。
冬吾がフィールドに立っている事で相手のメンバーの動きを封じていた。
攻め手に欠けた。
結果何もできなくなっていた。
当然、試合が終わった後のインタビューは冬吾に向く。
愛莉が「海外で活動したいのなら英語くらいちゃんと勉強しなさい」とずっと言っていた。
そんな事言わなくてもうちの子は勉強は大体できる子ばかりなんだけど。
だから英語でインタビューを受けて英語で答えた。
当然日本人も見てるから日本語の通訳が出る。
「この国の美味しいもの食べたいです」
誠やカンナは爆笑していた。
「絶対お前の子だなトーヤ!」
「……だろうね」
「全くあの子は世界に恥をさらすような真似を……」
愛莉は頭を抱えていた。
「諦めろ愛莉、あれが片桐家だ」
美嘉さんも笑っている。
しかし愛莉の悩みは僕への怒りへ変わる。
「冬夜さんがいつも食べ物の話ばかりしてるからああなったんですよ!」
「瞳子も調理科行ってた方が良かったんじゃねーか?」
天音が瞳子に言っている。
あの子はきっと彼女と食べ物を秤に掛けたら、もしかしたら食べ物を選びそうな気がして不安だ。
不安そうにしている瞳子に一つアドバイスしてやった。
「冬吾が僕の血をちゃんと受け継いでいるなら心配する事無いよ」
恋人に対しては一途だから。
そう言ってあげたら瞳子は安心したようだ。
しかし別の問題が出る。
「トーヤが一途だと!?ふざけんな!もしそうだったら私はこんなくそ亭主と結婚しないで済んだんだぞ!」
「そ、そう言うなよ神奈。俺だって傷つくぜ」
「ま、冬吾が帰ってきたら祝勝会でもしてやるか」
渡辺君が言うと皆片手をあげていた。
「で、冬夜さんは何を悩んでいるのですか?」
愛莉には筒抜けだったようだ。
「あそこまで行くと冬吾を止める存在がいない気がしてね」
多分上の人は考えているんじゃないだろうか?
今年のW杯に出したいとか。
「それっていけない事なの?」
恵美さんが聞く。
「あの子はまだ成長段階だよ。焦ったらいけない。自信は持つべきだけど自信過剰になるべきじゃない」
海外でプレイさせたら伸びしろがあるかと思ったらもうとっくにトップレベルの選手になってるんじゃないのか?
「冬夜もやっぱりそう考えるか」
誠が言うと頷いた。
「俺もあそこまでのレベルになるとどうしたらいいか分からなくてな」
「あのロングシュート教えたの誠か?」
「いや、誠司が見抜いたらしい」
ペナルティエリア内限定のプレイなんて見抜かれたらがちがちの守備相手にどうしようもない。
現にそういうチームもあったそうだ。
今の試合もそうだったし。
もちろん冬吾にはコーナーからの正確無比なシュートがある。
しかしもっと何かいい手が無いか。
そんな時冬吾が右足使ってみたいと言ったらしい。
で、誠司が打ってみろと言ったらあの威力だったそうだ。
あの子が高校卒業する頃には人を弾き飛ばすかボールを破裂させるかしかねない威力になるだろう。
あの子達を慢心させるわけにはいかない。
だけどあの子達を止める存在が分からない。
そんなものがあるのだろうか?
誠司と冬吾を敵対させる?
誠司は冬吾を敵にしたくないと言ってるよ。
すでにトッププレイヤーになっているんじゃないのかと思えて来た。
(6)
「冬吾!何考えてるんだ!?」
案の定怒られた。
誠司達は笑っている。
「しかし、最後のシュートは驚いたぞ。いつから練習してたんだ?」
監督が聞いてきた。
「高校に入ったくらいからです」
「それまでは一度も打たなかったのか?」
「右足はまだ使ったらいけないって言われてたので」
「そうか……」
監督は何か考えていた。
「他の皆も浮かれるのは今日だけにしておけ、まだお前達にはたどり着くゴールが待ってるはずだ」
辿り着く場所。
それは誠司と確認した。
日本に帰って解散すると「ちょっとくらい銀座とか寄っていこうぜ」というけど、すぐに誠司のスマホに誠司の母さんから電話があった。
「いいか!?すぐに帰って来い。変な店入るんじゃねーぞ!」
誠司の行動は読まれていたようだ。
僕も瞳子と話をしている。
食べ歩きとかしたらダメだと言われた。
地元空港には父さんと母さんと誠司の両親と瞳子がいた。
瞳子は何も言わずに僕に近づいて来る。
父さん達はにやにやしてる。
あれかな?
ぎゅーっと抱き締められるのかな。
ぽかっ
違ったみたいだ。
「インタビューで何を馬鹿な事言ってるの!」
隣で誠司は笑ってる。
ちなみに食事は泊まってるホテルの食事しかさせてもらえなかった。
お土産すら買わせてもらえない徹底ぶり。
その後食事をして家に帰った。
後日祝勝会を開いてくれるらしい。
家に帰って着替えとかを出して風呂に入ると父さんが試合を録画しておいたのをじっと見てる。
母さんも隣で見ている。
父さんが集中してる時は話しかけると邪魔になるらしい。
僕に何かアドバイスしようとしているんだろう。
僕も母さんの隣に座って見ていた。
何度も見ている。
特に試合が動いた試合終盤を見ていた。
けど途中で変わった。
前半の膠着した時を見始めた。
何かあったのだろうか?
やがて見るのを止めた。
「冬吾……前半の時から右足シュートを企んでいただろ?」
「うん」
「だろうね。父さん達もそれに気づいたから」
「そう言えば冬夜さんも確か途中で冬吾が何か企んでいると言ってましたね」
母さんが言う。
「この試合の冬吾の判断は見事だと思う」
父さんがそう言った。だけどまだ続きがありそうだ。
「だけど、いざとなったら右足シュートという考えは捨てなさい」
現時点でこれだけの威力がある右足シュート。
それを冬吾のデビュー戦で使ったというのは正しかったのかは分からないという。
なぜなら僕にとって右足シュートは奥の手。
それを晒してしまった。
絶対にどこの国も警戒するはずだと父さんが言う。
「でも冬夜さんはあのシュートを止めるのは無理って言ってませんでした?」
母さんが言う。
「止められるキーパーはいないと思う。下手に手を出したら負傷しかねない威力だ」
「だったら使ってもいいのでは?」
「僕もそう思ったんだけど一つ思いついたことがあってね」
「それはなんですか?」
母さんが尋ねると父さんはにこりと笑った。
僕にボールを持たせないという手も考えた。
だけどフリーキックになったら絶対冬吾が打つだろう。
そんな事を繰り返していたら気づくはずだ。
このシュートはセットプレイでしか使えないんじゃないか。
セットプレイじゃなくてもフリーの状態でしか打てないんじゃないのか?
確かに試合が動いてる時に打ったことはない。
その証拠にあそこで試合が止まったからチャンスと思った。
となると考える事は一つ。
セットプレイはどうしようもない。
体を張って止めるしかない。
だけどそれ以外なら冬吾の右足だけは絶対に使わせないようにすればいい。
あのシュートを打てるだけのスペースを与えなければいい。
そんな対策を練ってくるかもしれない。
出来ればそれに気づかれる前にその欠点を修復したい。
父さんがいつも言ってる事。
切り札を出すならさらにその奥の手を準備しなさい。
だからあのシュートを頻繁に使うのは止めなさい。
僕のシュートが全部決まるわけじゃないのは無回転シュートを止められた時に解っただろ?
対策があれば必ずそれを講じてくると頭の隅に置いておきなさい。
それが父さんの出した僕の問題点。
もう一つあるらしい。
「冬吾はあのシュートを使うつもりだったから後半積極的に中に突っ込んでいない」
それは誠司からいつでもパスを受けて打てるようにするつもりだったんだろうけど、そんな事をしていたらそのうち相手に見破られる。
父さんが見てそう思ったんだから今頃世界中で分析されているはず。
シュートを打つかの判断は僕だけど長距離砲を使うか判断するのは誠司に任せて動きなさい。
今のままでは長距離だけを警戒すればいいと思われてしまうよ。
やっぱり父さんは凄い。
代表のコーチからも絶賛されたシュートを1試合見ただけでここまで弱点を露呈してしまう。
「せめて国内の試合はあのシュートを封印するつもりくらいでいなさい」
試合が動いてる中で咄嗟に打てるようになったら場面を考えて使いなさい。
代表戦でそんなことしたらバッシングされるだろうから。
「分かった」
「じゃあ、今日はお疲れ。長旅で疲れただろうし早く寝なさい」
父さんがそう言うと僕は部屋に帰って瞳子に電話した。
父さんが僕の欠点を見抜いたって報告した。
「すごいね……私には全然気づかなかった」
少し寂しそうだ。
……そういう事か。
「今度の週末空いてる?」
泊りにいってもいい?
「別にいいけど」
何かしらの事故があっても僕ならちゃんと責任とるだろうと両親が思ってるそうだ。
「突然どうしたの?」
「ずっと我慢していたんだ。僕だって男だよ?」
「冬吾君もエッチな時あるんだね。愛莉さんからも聞かれた事があるんだ」
「何を聞かれたの?」
「あのね……」
そうやって久々に夜を瞳子と楽しんでいた。
「ほら、瞳子は一番前で見なさい」
愛莉さんがそう言って席を譲ってくれた。
私の側には愛莉さん達と誠司君の両親が座っている。
冴も応援に来ていた。
冬吾君達は今外国にいる。
3日間のリーグ戦。
今日は優勝をかけた最後の試合。
もちろん全勝していた。
冬吾君と誠司君のデビュー戦は観客に衝撃を与えた。
その鋭いパスとそれに応える冬吾君のプレイはたった1プレイで存在をアピールしていた。
もちろん相手も必死だ。
冬吾君にボールが渡らないように何人もの守備を置く。
それでもなお振り切る冬吾君とその代償で出来たスペースをすぐに見つけて味方に飛び込めと言わんばかりにボールを運ぶ誠司君。
冬吾君の凄いのは攻めだけじゃない。
味方が抑えられている時はゴール前まで下がる。
当然相手の守備は気を抜いてしまう。
そしてその事をすぐに後悔する。
ボールを奪うとキーパーの江本選手が一気にボールを前線に蹴る。
そのボールに見事に食らいつく冬吾君。
有利だった自分たちが突然絶望的な場面になる。
誠司君も言っていた。
「一番怖いのは冬吾にボールが渡る事。冬吾がボールを保持すると何を仕掛けてくるか分からない」
その言葉の通りになる。
だから2日目の試合にはしっかりマークをつけていた。
だけどそんなの冬吾君には関係ない。
多分同年代では誰も食らいつけないだろう。
驚異的な加速力で出来上がったスペースに飛び込む。
小学生の時はボールを見ていた冬吾君だけど今は違う。
ボールがどの位置にあるかなんとなく認識するんだそうだ。
そして誠司君は冬吾君の足に合わせてボールを送り込む。
そのボールを受け取る間に狙いを決めるらしい。
U-18の切り札とも称されていた。
そんな感じで2戦とも勝ち上がって今日勝てば全勝で優勝できる。
今日の相手はノルウェー。
ダークホースと言われている強豪国。
「私もね、冬夜さんのバスケの試合を見ている時は少し不安もあったの」
愛莉さんが言っている。
危険なラフプレイで下げられたり、自分のプレイを見失って下げられたり大変だった。
おれでも五輪の決勝に対する覚悟は冬吾君のお父さんの最高の舞台だったという。
最強のアメリカを圧倒する冬吾君のお父さんのプレイは観客が涙するほどだったらしい。
だから私も冬吾君のプレイを信じていればいい。
必ず期待に応えてくれる。
翼さんも言っていた。
「片桐家の男ほど頼りになる存在はない」
必ず勝って来る。
そう信じて私も試合が始まるのを待っていた。
「しかしやる気のある冬夜ほど怖い物はないと思い知らされたよ」
木元さんが言っていた。
「そこがトーヤの血統の最大の弱点なんだ」
誠司君の母さんが言っている。
空さんの息子の冬夜もやっぱりやる気に欠けるところがあるらしい。
食べる物が無くなったら寝る。
歩くのすら面倒だと宙を浮かんで進む。
使い方さえ間違えなかったらとんでもない能力を持ってるのに面倒だと活かさない。
「瞳子も悩む時が来るよ」
誠司君のお母さんが言う。
きっと冬吾君の子供もどっちかになるから。
「冬吾の子供か……瞳子は責任重大だね」
冬莉がそう言って笑う。
「その前にあいつ子作りする気あるのか?」
誠司君のお父さんが言う。
「今からあったら大変だろうがこの馬鹿!」
誠司君のお母さんが言う。
「そうじゃなくてさ、瞳子の相手してるのかって意味で……」
「それなら大丈夫。あいつたまに瞳子の家に泊ってるから」
「そうだったのか!?そりゃ楽しみだな」
私は少し恥ずかしかった。
確かに冬吾君は私が構って欲しい時は「今日瞳子の家に泊っていい?」って聞いてくる。
とても優しい人。
「そうなると一つ疑問があるね」
亜依さんが言う。
冬吾君のお父さんはエッチな動画をコピーしたかのような行動をしていたらしい。
冬吾はどうなんだという疑問。
「冬吾君と中学校の時に見てたんだけどあまり興味を示さなかったんです」
「へ?」
みんなが私を見る。
よく理屈か分からないけど私がこうして欲しいと思った事をしてくれる。
逆に冬吾君からこうして欲しいと強請って来るからそうしてあげる。
とても幸せな時間。
「あいつに弱点ねーのか!?」
誠司君の父親が叫ぶ。
「あの大食いさえ何とかなればいいんだけど……」
愛莉さんがそう言っている。
でも誠司君の母さんは言う。
「そんなのどうでもいいくらいのチートだろあれは!」
そうなるよね。
昔の様に恥ずかしい事を質問してくることも無くなった。
私が嫌がることはしちゃいけない。
そんな風に理解したみたいだ。
「あ、選手が出て来たよ」
冬莉が画面を指差す。
青いユニフォームの選手がフィールドに入ってくる。
間もなく試合が始まる。
(2)
あと一勝すれば優勝が確定する。
負けても得失差で勝てるはず。
でもどうせなら勝ちたい。
こんなところで負けるわけにはいかない。
僕達はまだ高1。
誠司や隼人よりも背が高い選手がいるけどそんなの言い訳にならない。
海外の選手の方が大体体格いいから。
「冬吾、疲れは無いか?」
監督が聞いてきた。
「大丈夫です」
しっかり食べてしっかり寝たからフルパワーで戦える。
「お前、朝もめちゃ食ってたけど試合中腹痛くなったとか言っても知らないからな」
「オムツ準備しとこうか?」
「それだけ余裕があるなら大丈夫だな。緊張はしてなさそうだ」
僕と誠司のやり取りを聞いて監督が言うとみんな笑っていた。
「ここまで頑張ったと言いたいが。折角だから勝ちに行くぞ!」
監督が言うと皆盛り上がる。
控室を出る際に監督に呼び止められた。
「本当はあまり冬吾を酷使しないように言われていたんだが……」
「大丈夫です」
「怪我だけは気をつけてくれ」
「はい!」
そうしてフィールドに立つ。
やっぱり広いなぁ。
今日はどんなプレイが出来るかな。
そんな事を考えながら相手選手と握手をしてポジションにつく。
キックオフ。
最初は相手のチームから。
ファンタジスタと呼ばれる選手は守備に参加しないらしいけど、苦戦してたら加勢に行く。
監督からは「無理するな、スタミナ配分考えて」と言われてるけど平気。
「多分冬吾の弱点はフィジカル面だ」
そう誠司の父さんから言われて徹底的に鍛えて来た。
多少のラフプレイで削られても何ともない。
父さんも言ってた。
「試合より練習の方がきついくらいがちょうどいいんだ」
味方のキーパーがボールを持つと一気にダッシュする。
それに応えてキーパーがボールを思い切り蹴飛ばす。
着地点は予想できる。
そこに立つと相手ゴールに背を向ける。
当然背後に守備がつく。
僕はボールをトラップすると地面に落下する前にボールごと体を反転して相手の右側に潜り込む。
相手のキーパーが僕の姿を見た時には僕はシュートを撃っていた。
ゴールの右上隅を狙った無回転シュート。
しかり強豪国のキーパーだ。
しっかり両手でつかみ取る。
しかしそのプレイで味方の守備が楽になった。
相手が攻めに転じていても僕をフリーにしたらいけないと思ったのだろう。
それが数的優利を作っていた。
それにしてもやはり強豪国。
誠司もなかなか攻めあぐねていた。
気づいたらペナルティエリア内を徹底的に固められていてスペースがない。
僕にも常に2人くらいはついていた。
お互い決め手がないまま前半が終了した。
監督もどう現状を打開したらいいか悩んでいるようだった。
しかし僕と誠司はにやりと笑っていた。
有効な一撃をすでに決めていた。
(3)
信じられなかった。
冬吾君のシュートを止めるキーパーなんて少なくとも今までいなかった。
冬吾君の父さんもあのシュートは冬吾の年齢層で止めれるキーパーはそんなにいないと言っていた。
これが世界の実力なのか。
冬吾君には常にマークがついている。
ダッシュで突き放してもその先に常にキーパーがいる。
最初は違った。
攻められていたけど全員で攻めてくるという事はなかった。
理由は冬吾君を一人にするリスクが高すぎるから。
そしてそんな理由で相手は決定力を欠き、次第に日本が押しているように見えた。
しかし相手の守備力も半端じゃない。
冬吾君が決定的な場面を作り出せずにいる。
誠司君が攻める場所を見つけられずに攻めあぐねている。
その代償に日本が攻められることはほとんどなかった。
だけどこのままだと得点できない。
日本だって何がなんでも得点しようと全員で攻撃を仕掛けている。
カウンターを狙われたらひとたまりもない。
不安そうな顔をしていると冬莉が一言言った。
「冬吾達何か企んでる」
「え?」
何か隠してる。
冬莉は何か気づいたようだ。
「瞳子も落ち着いて見てて」
そういうとハイライトシーンが画面に流れる。
相手の守備が固まっていてスペースがない事くらいは分かるけど……。
「それに冬吾達は気づいてるよ」
冬吾君のお父さんが言った。
「あいつらやる気だな」
「多分そのつもりなんだろうね」
だから徹底的に中にボールを集めているんだろう。
隼人君のポストプレイも使って近距離を徹底的についてる。
その結果が今の状況なんだろうと冬吾君のお父さんが言ってる。
「誠司が意図的にやってるのかどうかはわからないけど焦ってはいないから大丈夫」
切り札を先に見せるな。
それを実践しているんだろう。
「瞳子は後半目を離したらいけないよ」
それは一瞬で終わるから。
冬吾君は何を企んでいるのだろう?
私には全く分からなかった。
(4)
後半になっても状況は変わらなかった。
誠司は徹底的にゴール前を狙っている。
僕もあえてそれに付き合っていた。
多少削られても仕方ない。
ここはペナルティエリア内。
相手だって分かっているはずだ。
ファールを取れたらそれはそれで好都合。
誠司とはちゃんと打合せしてある。
偶にカウンター狙いでクリアをされるけど村木君達がしっかり押さえている。
残り10分。
相手も焦っていたのだろう。
ゴール前からボールをセンター付近に送り出すと無理に攻め込もうとしてファールを取られる。
チャンスが来た。
誠司と一緒にボールの前に立って相談する。
「俺が蹴る振りするか?」
「どっちにしても変わらないでしょ」
「足気をつけろよ。したことないんだろ?」
「誠司の父さんに徹底的に鍛えられたから大丈夫」
「じゃ、決めてこい」
「任せて」
そう言うと誠司は離れた。
僕もボールから離れて狙いを決める。
壁はやや左側に寄っているから、右側が空いてる。
もちろんキーパーが待っているけど逆を言えば右側を狙えばキーパーしかいない。
狙う位置を決めると笛が鳴る。
助走をつけて思いっきり右足でボールを蹴りつける。
こういう時何て言うんだっけ?
自慢していいぜ
ボールを蹴った後、一瞬で終わった。
敵も味方も何が起こったか分からないようだ。
小学生の時に”ゴールの枠を揺らす程度”だったシュートは目に映らないほどのスピードまで達していた。
気がついたらゴールネットに突き刺さりなおかつポールごと倒すんじゃないかと言うくらいの威力になっていた。
空の子供の冬夜に本気で蹴らせたら体の一部を粉砕するらしいけど。
あまりもの出来事に審判が笛を鳴らすのを忘れていた。
近くにいた仲間が必死に「ゴール!!」とアピールする。
そしてゴールのホイッスルが鳴る。
サポーターから突然沸く歓声。
味方が次々と僕に抱きつく。
その間に攻められないように誠司はセンターサークルに立って再開を妨害していた。
時間はアディショナルタイムを入れるとまだ十分ある。
しかし僕の一撃は相手の心を十分に粉砕した。
もはや僕がどこにいようと脅威を感じていたようだ。
1点取り返さないといけないのに僕を自由にさせるのを恐れて踏み込めないでいる。
自然と僕にマークが集まると誠司が他のメンバーを操って最後まで攻める。
そして長いホイッスルが鳴る。
こうして僕の代表デビュー戦は最高の結果を残して幕を閉じた。
(5)
「冬夜、あんな物隠してたのか!?」
「僕だって初めて見たんだ」
凄かった。
幼いころから利き足は多分右だと思っていたけど、幼い冬吾の体じゃ反動が怖いから成長するまで封印しなさいと言い聞かせておいた。
多分、もう大丈夫だと判断したんだろう。
自分に遠距離シュートがあった方が誠司の選択肢が増えると考えたんだろう。
多分冬吾もあのシュートは予想外だったはずだ。
冬吾の成長した右足のシュートは目にも映らないスピードまで洗練されていた。
ゴールネットに突き刺さった時の反動を見ると多分下手に片手でキャッチしようとしたら最低でも指の骨を折っているだろう。
その証拠に少なくともキーパーは動揺していた。
その後の守備陣への指示が乱れていた。
他のメンバーも冬吾の存在自体がすでに脅威になっていたのだろう。
冬吾がフィールドに立っている事で相手のメンバーの動きを封じていた。
攻め手に欠けた。
結果何もできなくなっていた。
当然、試合が終わった後のインタビューは冬吾に向く。
愛莉が「海外で活動したいのなら英語くらいちゃんと勉強しなさい」とずっと言っていた。
そんな事言わなくてもうちの子は勉強は大体できる子ばかりなんだけど。
だから英語でインタビューを受けて英語で答えた。
当然日本人も見てるから日本語の通訳が出る。
「この国の美味しいもの食べたいです」
誠やカンナは爆笑していた。
「絶対お前の子だなトーヤ!」
「……だろうね」
「全くあの子は世界に恥をさらすような真似を……」
愛莉は頭を抱えていた。
「諦めろ愛莉、あれが片桐家だ」
美嘉さんも笑っている。
しかし愛莉の悩みは僕への怒りへ変わる。
「冬夜さんがいつも食べ物の話ばかりしてるからああなったんですよ!」
「瞳子も調理科行ってた方が良かったんじゃねーか?」
天音が瞳子に言っている。
あの子はきっと彼女と食べ物を秤に掛けたら、もしかしたら食べ物を選びそうな気がして不安だ。
不安そうにしている瞳子に一つアドバイスしてやった。
「冬吾が僕の血をちゃんと受け継いでいるなら心配する事無いよ」
恋人に対しては一途だから。
そう言ってあげたら瞳子は安心したようだ。
しかし別の問題が出る。
「トーヤが一途だと!?ふざけんな!もしそうだったら私はこんなくそ亭主と結婚しないで済んだんだぞ!」
「そ、そう言うなよ神奈。俺だって傷つくぜ」
「ま、冬吾が帰ってきたら祝勝会でもしてやるか」
渡辺君が言うと皆片手をあげていた。
「で、冬夜さんは何を悩んでいるのですか?」
愛莉には筒抜けだったようだ。
「あそこまで行くと冬吾を止める存在がいない気がしてね」
多分上の人は考えているんじゃないだろうか?
今年のW杯に出したいとか。
「それっていけない事なの?」
恵美さんが聞く。
「あの子はまだ成長段階だよ。焦ったらいけない。自信は持つべきだけど自信過剰になるべきじゃない」
海外でプレイさせたら伸びしろがあるかと思ったらもうとっくにトップレベルの選手になってるんじゃないのか?
「冬夜もやっぱりそう考えるか」
誠が言うと頷いた。
「俺もあそこまでのレベルになるとどうしたらいいか分からなくてな」
「あのロングシュート教えたの誠か?」
「いや、誠司が見抜いたらしい」
ペナルティエリア内限定のプレイなんて見抜かれたらがちがちの守備相手にどうしようもない。
現にそういうチームもあったそうだ。
今の試合もそうだったし。
もちろん冬吾にはコーナーからの正確無比なシュートがある。
しかしもっと何かいい手が無いか。
そんな時冬吾が右足使ってみたいと言ったらしい。
で、誠司が打ってみろと言ったらあの威力だったそうだ。
あの子が高校卒業する頃には人を弾き飛ばすかボールを破裂させるかしかねない威力になるだろう。
あの子達を慢心させるわけにはいかない。
だけどあの子達を止める存在が分からない。
そんなものがあるのだろうか?
誠司と冬吾を敵対させる?
誠司は冬吾を敵にしたくないと言ってるよ。
すでにトッププレイヤーになっているんじゃないのかと思えて来た。
(6)
「冬吾!何考えてるんだ!?」
案の定怒られた。
誠司達は笑っている。
「しかし、最後のシュートは驚いたぞ。いつから練習してたんだ?」
監督が聞いてきた。
「高校に入ったくらいからです」
「それまでは一度も打たなかったのか?」
「右足はまだ使ったらいけないって言われてたので」
「そうか……」
監督は何か考えていた。
「他の皆も浮かれるのは今日だけにしておけ、まだお前達にはたどり着くゴールが待ってるはずだ」
辿り着く場所。
それは誠司と確認した。
日本に帰って解散すると「ちょっとくらい銀座とか寄っていこうぜ」というけど、すぐに誠司のスマホに誠司の母さんから電話があった。
「いいか!?すぐに帰って来い。変な店入るんじゃねーぞ!」
誠司の行動は読まれていたようだ。
僕も瞳子と話をしている。
食べ歩きとかしたらダメだと言われた。
地元空港には父さんと母さんと誠司の両親と瞳子がいた。
瞳子は何も言わずに僕に近づいて来る。
父さん達はにやにやしてる。
あれかな?
ぎゅーっと抱き締められるのかな。
ぽかっ
違ったみたいだ。
「インタビューで何を馬鹿な事言ってるの!」
隣で誠司は笑ってる。
ちなみに食事は泊まってるホテルの食事しかさせてもらえなかった。
お土産すら買わせてもらえない徹底ぶり。
その後食事をして家に帰った。
後日祝勝会を開いてくれるらしい。
家に帰って着替えとかを出して風呂に入ると父さんが試合を録画しておいたのをじっと見てる。
母さんも隣で見ている。
父さんが集中してる時は話しかけると邪魔になるらしい。
僕に何かアドバイスしようとしているんだろう。
僕も母さんの隣に座って見ていた。
何度も見ている。
特に試合が動いた試合終盤を見ていた。
けど途中で変わった。
前半の膠着した時を見始めた。
何かあったのだろうか?
やがて見るのを止めた。
「冬吾……前半の時から右足シュートを企んでいただろ?」
「うん」
「だろうね。父さん達もそれに気づいたから」
「そう言えば冬夜さんも確か途中で冬吾が何か企んでいると言ってましたね」
母さんが言う。
「この試合の冬吾の判断は見事だと思う」
父さんがそう言った。だけどまだ続きがありそうだ。
「だけど、いざとなったら右足シュートという考えは捨てなさい」
現時点でこれだけの威力がある右足シュート。
それを冬吾のデビュー戦で使ったというのは正しかったのかは分からないという。
なぜなら僕にとって右足シュートは奥の手。
それを晒してしまった。
絶対にどこの国も警戒するはずだと父さんが言う。
「でも冬夜さんはあのシュートを止めるのは無理って言ってませんでした?」
母さんが言う。
「止められるキーパーはいないと思う。下手に手を出したら負傷しかねない威力だ」
「だったら使ってもいいのでは?」
「僕もそう思ったんだけど一つ思いついたことがあってね」
「それはなんですか?」
母さんが尋ねると父さんはにこりと笑った。
僕にボールを持たせないという手も考えた。
だけどフリーキックになったら絶対冬吾が打つだろう。
そんな事を繰り返していたら気づくはずだ。
このシュートはセットプレイでしか使えないんじゃないか。
セットプレイじゃなくてもフリーの状態でしか打てないんじゃないのか?
確かに試合が動いてる時に打ったことはない。
その証拠にあそこで試合が止まったからチャンスと思った。
となると考える事は一つ。
セットプレイはどうしようもない。
体を張って止めるしかない。
だけどそれ以外なら冬吾の右足だけは絶対に使わせないようにすればいい。
あのシュートを打てるだけのスペースを与えなければいい。
そんな対策を練ってくるかもしれない。
出来ればそれに気づかれる前にその欠点を修復したい。
父さんがいつも言ってる事。
切り札を出すならさらにその奥の手を準備しなさい。
だからあのシュートを頻繁に使うのは止めなさい。
僕のシュートが全部決まるわけじゃないのは無回転シュートを止められた時に解っただろ?
対策があれば必ずそれを講じてくると頭の隅に置いておきなさい。
それが父さんの出した僕の問題点。
もう一つあるらしい。
「冬吾はあのシュートを使うつもりだったから後半積極的に中に突っ込んでいない」
それは誠司からいつでもパスを受けて打てるようにするつもりだったんだろうけど、そんな事をしていたらそのうち相手に見破られる。
父さんが見てそう思ったんだから今頃世界中で分析されているはず。
シュートを打つかの判断は僕だけど長距離砲を使うか判断するのは誠司に任せて動きなさい。
今のままでは長距離だけを警戒すればいいと思われてしまうよ。
やっぱり父さんは凄い。
代表のコーチからも絶賛されたシュートを1試合見ただけでここまで弱点を露呈してしまう。
「せめて国内の試合はあのシュートを封印するつもりくらいでいなさい」
試合が動いてる中で咄嗟に打てるようになったら場面を考えて使いなさい。
代表戦でそんなことしたらバッシングされるだろうから。
「分かった」
「じゃあ、今日はお疲れ。長旅で疲れただろうし早く寝なさい」
父さんがそう言うと僕は部屋に帰って瞳子に電話した。
父さんが僕の欠点を見抜いたって報告した。
「すごいね……私には全然気づかなかった」
少し寂しそうだ。
……そういう事か。
「今度の週末空いてる?」
泊りにいってもいい?
「別にいいけど」
何かしらの事故があっても僕ならちゃんと責任とるだろうと両親が思ってるそうだ。
「突然どうしたの?」
「ずっと我慢していたんだ。僕だって男だよ?」
「冬吾君もエッチな時あるんだね。愛莉さんからも聞かれた事があるんだ」
「何を聞かれたの?」
「あのね……」
そうやって久々に夜を瞳子と楽しんでいた。
0
あなたにおすすめの小説
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる