姉妹チート

和希

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崩壊

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(1)

「もう梨々香は十分頑張った。これ以上は無理だ。施設に預けよう」

 純也はそう言っていた。
 お義父さんも「これ以上梨々香に迷惑はかけられない」と私を説得しようとしていた。
 だけど私は頑なに拒んだ。

「ママが倒れるよ!」

 子供達もそう言っている。
 それでも私は自分の意思を貫いた。 
 梨衣さんはデイケアに行っても変化がなかった。
 悪化していたくらいだ。
 デイケアの迎えに来た時になぜか財布を持っていく。
 気にも止めなかったけどそれが私のミス。

「あなたは鬼嫁より優しいから」
 
 そういって梨衣さんが持っているお金を配ったりしてるらしい。
 そう、梨衣さんは私に対する不満をデイケアに来ている友達に話していた。
 私の世間での噂は悪くなる一方。
 お金をどう使ったのかも覚えておらずに「鬼嫁にとられた!」と叫びだす。
 さすがに子供達も我慢の限界が来たらしい。
 だけど香澄が何か言おうとすると、それを察した純が部屋から連れ出す。

「それは絶対に言ったらだめだ」
「どうして?ママが可哀そうじゃない!」
「香澄のその一言で母さんの苦労が台無しになる」

 そうして今日純が純也に相談して愛莉さん達も集まっていた。

「梨々香の気持ちはみんな知ってる。だからみんなの気持ちを梨々香も知るべきじゃないのかい?」

 冬夜さんがそう言っている。
 もう素人が手に負える状態じゃない。
 あとは専門の人に任せよう。
 冬夜さんが言う。
 だけど、それでも私は絶対に認めなかった。

「……どうしてそこまで梨衣にこだわるんだい?」

 お義父さんが言っていた。

「まだ言えません。ただの私のわがままととらえても構いません」

 でもやると言った以上絶対に貫いてみせる。
 純也も私を説得しようとしていたけど私は絶対に折れなかった。
 結局冬夜さん達も諦めて家に帰る。
 私は自分が風呂に入ると梨衣さんの部屋を見てちゃんと寝ているのを確かめる。
 寝室に向かうと純也が起きていた。

「なあ、俺達夫婦だよな?」
「当たり前でしょ?」
「隠し事は無しにしないか?」

 皆には言わなかった梨衣さんにこだわる理由を教えて欲しい。
 だけど私は「まだ言えない」と答えた。
 遠坂家には親戚がいっぱいいる。
 その中である噂が立ち始めた。
 私が遺産目当てで世話をしている。
 それを聞いた時さすがに純也は怒り出す。
 それをお義父さんも止めなかった。
 だから私が純也を宥める。

「そんなの気にしてたらキリがないよ」
「なんで梨々香は平気でいられるんだよ!?」
「……一つだけ教えるから我慢してもらえない?」
「どうしたんだ?」

 私は一言だけ純也に教えた。

「……純也は梨衣さん達の面倒を見たいために片桐家から遠坂家に戸籍を変えたんでしょ?」
「そうだけど?」
「それが理由」

 私だって純也のプロポーズを受けた時覚悟を決めた。
 旦那の両親の面倒を見るのは嫁の務め。
 だからその為に仕事も辞めた。
 もちろん子供の世話だってちゃんとしてる。

「だけどそれじゃ梨々香が持たないだろ?」
「そうだね……だから純也も我慢して欲しい」

 こんな噂すぐに風と共に去るだろう。
 だから気にすることはない。

「……わかったよ。梨々香には迷惑ばかりかけてすまない」
「言ったよ?嫁として当たり前のことをしてるだけ」
「あとさ、他に理由があるのか?」

 私の話を聞いたらそう思えたらしい。

「うん。でもそれはまだ言えない」
「……いつか教えてくれるって意味だよな?」
「うん。必ず教えるから」
「わかったよ。でも少しは休んでくれ」
「だからデイケアに行ってる時は茜達とお茶したりしてる」
「ならいいよ」

 いつか純也に話す時が来るだろう。
 しかし物語が終焉に向けて動き出したのだろう。
 私達を待ち受ける困難はこんなもので済まされなかった。

(2)

「遠坂、お前はこの事件の捜査チームから外れてもらう」
「理由を聞かせてください。納得いく理由なら従います」

 そうじゃなかったら意地でも残る。
 例え外されても一人で捜査してやる。
 この事件の犯人だけは絶対に許せない。
 だから上司に逆らっていた。
 警察も所詮はある職位から国家公務員になり、お役所みたいな仕事になる。
 この目の前の眼鏡も同じだった。 
 下手に捜査してミスったら責任を取らされる。
 捜査のしかたが際どかったら責任をとらされる。
 だから容疑者の家を突き止めても「逮捕状が出るまで待機しろ」と平気で言う。
 殺された遺族の感情よりも容疑者の人権を重んじる国だから当然だ。
 今まではそれでも渡瀬さんから「君には未来があるから耐えるという事も覚えて欲しい」と言われて従っていた。
 しかし今回の犯人だけはこの手で捕まえないと気が済まない。
 事件は近所の公園で起きた。
 りえちゃんと散歩をしていたお爺さんが被害者。
 奴らは白昼堂々と現れてりえちゃんたちに目掛けて銃を乱射した。
 とっさにりえちゃんを庇うお爺さん。
 車にはねられても平気だったお爺さんでも銃弾を何発もくらったらさすがに無事では済まない。
 愛莉たちも梨々香たちの前で泣きわめいていたそうだ。
 梨々香もどうして2人で行かせた?と自分を責めていた。
 俺は葬儀にも出ずに出ずっぱりで捜査していた。
 初動捜査が重要なのはよく知られているはず。
 聞き込みもしていた。
 しかしそんな危険な連中に近づく住民もいるはずがなく「男が銃を持っていた」くらいしか情報がなかった。
 しかし、相手はかなり死にたいらしい。
 わざわざSHのグルチャに侵入してきて言ったらしい。

「あまり調子に乗ってると皆殺しにするぞ」

 それを見た天音達は怒り出す。
 茜も今回ばかりは頭に来てるらしい。
 意地でもそいつの身元を突き詰めようと菫たちと必死になっているそうだ。

「どうせ、リベリオンかFGの馬鹿だろ?面倒だから同時に始末しようぜ!」

 天音は空にそう言ったらしい。
 だけど巨大な力を持つグループの王は待ったをかけた。

「まずは警察と茜達の捜査待ち。相手が特定できるまでは動かない」
「お前ビビったとか抜かしたらぶっ殺すぞ!空」
「僕もそう思います。何もしなかったらまた犠牲者が出るかもしれない」

 大地も頭に来ているらしい。
 そりゃそうだ。
 SHを一番やったらいけないやり方で挑発した間抜けだから構う事はない。
 片っ端から皆殺しにしてやれというのが粗方のSHの人間の意見だった。
 だから翼が代弁する。

「天音。SHの規模はかなり大きくなってるのは知ってるね」
「それがなんだよ。相手が喧嘩売って来たんだから手加減する必要が無い」
「そうじゃない。規模が大きくなったって言うのは戦力が増えたってわけじゃないの」

 狙いを決めて反撃を一切許さずに一度で止めを刺さないといけない。
 天音の言うやり方じゃ反撃を許して、それが茉莉達ならともかく心音とかを狙われたら大事になる。
 よりにもよって遠坂のお爺さんを狙ってくるほどこっちの事を知っている。

「そんな相手にやみくもに反撃しても隙を見せるだけ」

 まともに考えてSHに関わる人間すべてを守るなんて無理だ。
 だからSHに手を出したら割に合わないと恐怖心を植え付ける。
 それでも手を出した馬鹿がいる。
 だったら徹底的に躾ける必要がある。

「空は何もしないとは言ってない。まずは相手を特定すると言ってるだけ」

 絶対に逃がさない。
 そして見つけたら容赦しない。
 空は父さん達に言ったらしい。

「この件は僕達が始末する」
「……そうだね。父さん達はさすがにしんどい」
「冬夜さん大丈夫ですか?」

 愛莉は不安だったみたいだ。
 だけど父さんは言う。

「美希、空を制御できるのは美希だけだよ」
「……はい」

 だからまずは茜も自分のエリアに入って来た馬鹿を徹底的に突き止めている。
 奴らの中にもハッカーくらいはいたらしい。
 だけど茜に比べたら赤子みたいなものだった。
 そいつのスマホの中にあるグルチャを調べたらすぐにわかった。
 相手はFG。
 だけどそれだけじゃ標的を絞れない。
 どうしてたかだかFGが銃を導入出来たのか?
 それを調べる必要があった。
 そこで茜は俺に依頼してきた。
 だから捜査をここで降りるなんて真似絶対に許せない。
 そうやって話をしているとスマホに茜からメッセージが入って来た。
 その眼鏡の前でおもむろにスマホを取り出して確認すると渡瀬さんに連絡する。

「上司の私の前でスマホを触るのが君の作法なのか?」

 操作を終えた俺はその眼鏡に言い返した。

「あんた。出世したいんだろ?」

 だったら俺の邪魔をするな。

「お前をこの場で左遷するくらいは出来るんだぞ」

 確か被害者の遠坂さんもそれで左遷されたんじゃないのか?
 さすがにブチギレそうになった。
 こいつを一発ぶん殴らないと気が済まない。
 だけど出世しか頭の中にない正義の欠片もないこんな馬鹿殴っても気が済まない。
 そうしていると南署の署長が来た。

「い、いったいどうしたんですか?」
「捜査チームから降りてもらうのは君だよ」
  
 署長はそう言った。
 守秘義務違反。
 立場を利用して情報を流した警察官の罪。
 もちろん、チームから外されるだけでなく懲戒処分を受ける。
 簡単に言うとこの眼鏡もFGの息のかかった人間だった。
 茜がそれを突き止めたからその情報を渡瀬さんに流した。
 するとすぐに渡瀬さんは行動にでた。
 署長が俺の顔を見て言う。

「まだ遠坂君には早いと思ったんだけど本部長の助言もあったから……」

 祖父の仇取ってみるか?

「いいんですか?」
「色々問題があるけど私も君の能力は高く評価している。まあ、不謹慎だけど君の経歴をしっかし証明できると思うからね」
「……分かりました」

 俺が引き受けると署長が皆に指示を出す。
 あの眼鏡の捜査はずさんだった。
 ひたすら現場検証と聞き込み。
 意味が無いのはさっき説明した。
 死亡推定時刻に公園にいた人間に何か気づいたことがないか聞くしかない。
 どんな些細な事でもいい。
 どうやって公園に来た。
 背丈はどのくらいだった?
 どのくらいお爺さんに接近していた?
 やってる事はあの間抜けと同じだけどそれしかない。
 それしかないように見せかけて数人の信頼できる同僚にメモを見せた。

「これは?」
「多分この中の誰かから事件に使用した銃を購入してるはずなんだ」

 それを調べるのは茜達じゃない。
 警察の仕事だ。

「これって全部暴力団ですよね?」
「まあ、そうだろうな」

 他に銃を取引できるなんて4大企業くらいしか地元にはいない。

「お前達だからこそ頼めるんだ」

 頼まれてくれないか?

「そういう大事件を待ってたんだ。任せてくれ」
「暴力団絡みなら4課に聞いてみてもいいっすか?」

 そうして頼れる数人の部下と一緒に捜査チームを率いて捜査が始まった。
 話が済むと梨々香に電話する。

「ごめん、しばらく家に帰れそうにないから着替えとか持って来てくれないかな」
「わかった。でも気を付けてね」

 俺にも純と香澄がいる。
 無茶をしないでくれ。
 
「分かってる。空達の我慢の限界もあるだろうし急ぐつもりだ」
「それは愛莉さんが天音の家に通っているから」

 寄りにもよってSHの一番触ってはいけないところを平気で傷つけた。
 その代償をしっかり払ってもらおう。

(3)

「ねえ?佑太さんは?」

 愛莉ママが自分の夫の名前を口にした。
 そのくらい衝撃的な出来事だったんだろうと深雪さんから説明を受けた。
 目の前で夫が銃撃される。
 それも自分の盾になって散っていった。
 葬儀には渡瀬さんも来ていた。

「絶対俺達が捕まえてやりますから見守ってください」

 そんな事を言っていた。
 さすがに喜一達は来なかった。
 元FGの人間が来るのはまずいと判断したんだろう。
 まずは標的を絞る。
 空はそう判断したらしい。
 茜や誠も必死になって奴らを暴き出していた。
 馬鹿はFGの方だった。
 やり方からしてリベリオンだと思ったけど違ったみたいだ。
 大方新しいパトロンがついて調子づいてるんだろう。
 そんなパトロンごと叩き潰すのがSHの怖い所だと知らずによくやるよ。
 しかし天音はともかく大地もその気になっているから愛莉が大変みたいだ。
 空の判断は正しいと思う。
 相手を絞って一撃で息の根を止めないと反撃という被害が生まれる。
 SHは皆が戦えるわけじゃない。
 弱い者もいる。
 だけどそんな者をまとめて守って見せるのが空の王たる所以なんだろう。
 しかし気になるのはやはり空が何を考えているかだろう。
 昔の僕ならとっくにキレてFG狩りをやっていただろう。
 その証拠に孫の茉莉達が「東中に乗り込んで全員まとめて地獄に送ってやる」と言っていたそうだ。
 だけど結が「多分父さんはこう考えているから余計な事しない方がいい」と茉莉達を止めた。

「空は何を考えているの?」

 結莉が聞いたらしい。
 結は答えた。

「遠坂のじいじは銃殺された。だから中坊とかそんなクラスの人間じゃない」

 そんな雑魚を痛めつけたところで微塵もダメージを与えられない。
 どうせやるならもっと大物を引きずり出してやらないと。
 結はそう言って中学生達を制御したらしい。
 さすが空が育てただけあるな。
 そして空の期待に応えようと茜や誠、菫や大和、椿と昴が奮闘する。

「薔薇乙女」

 それがFGの新しいパトロンらしい。
 ジハードと対立する組織。
 予想通りだった。
 奴らの狙いはSHを制圧してジハードより強大な組織にしたいそうだ。
 馬鹿な事を考えたな。
 標的が決まったら次はどうやって始末するか。
 神谷の情報程度のセキュリティもない情報。
 これは偽物じゃないのか?
 誠でもそう疑ったらしい。
 なんかの心理戦であったな。
 こういうものは堂々と表にあるほど却って見つからないと。
 誠達も同じような心理的トラップにはまっているのだろうか?
 まあ、慎重にした方が良いかもしれない。
 警察にも調べてもらっているんだ。
 それだけじゃない。

「昔FGにいた連中がやばいと思って俺達の下に来たグループがあるんだ」

 勝次と喜一が言っていた。
 そいつらからも情報を聞いていると言っていた。

「だから愛莉もあまり自分を責めないで」

 そう言って隣で寝ている愛莉に声をかける。

「私より梨々香が心配で」
「確かにそうだね」

 愛莉はいつも梨々香を心配していた。
 本来なら自分が請け負うべきなのに何もしてやれなかった。
 そんな思いが愛莉を責めている。

「でも、愛莉。愛莉にだってまだ結達がいるんだ」

 後は言わなくても分かるよね。
 分かってくれたようだ。

「冬夜さんも麻耶さん達が死んだときこんな気分だったんですか?」
「さすがに恥ずかしいけどね」

 肉親を失うって思ったより応えるんだ。
 だから僕はどうすればいいか考えた。
 子供達の前では強くあろう。
 どんな時でも情けない姿を見せたらダメだ。
 その分愛莉と二人っきりになったら甘える事にしよう。

「じゃあ、私も冬夜さんに甘えていいですか?」
「だからこうして抱いてるじゃないか」
「……ありがとうございます」

 今年はまだ何か起こりそうな気がする。
 そんな気がしてならなかった。

(4)

「長い間お疲れさまでした」

 最後の回診が終わり病院を出る際に私は花束を受けていた。
 今日で私の医師としての人生は終わりを迎える。
 この後はのんびり孫でも見ながら過ごそうかなと思っていた。
 もちろん、重役について子供達の指導をするという手段もあった。
 だけど康介や大介に教えられることはすべて教えたつもりだ。
 あとは自分で経験を積んでいけばいい。
 
「お疲れ様、今までよく頑張ったな」

 夫の啓介がそう言って労ってくれた。
 今日は康介達が用意した店で祝ってもらった。
 月見里君達からもメッセージをもらっていた。
 夕食を済ませると家に帰って啓介と2人で過ごす。

「正直なところどんな気分だ?」

 啓介が聞いていた。

「そうね。虚無感と達成感が入り交ざっている感じかしら」

 明日からは特にする事のない退屈な日々を送る。
 でも子供たちにはしっかりと自分の技術を叩き込んだ。
 だから後悔はしてない。
 子供達が馬鹿な真似をしていたらそれは康介達が見ていた私の背中に問題があったのだろう。
 でもそんな事は絶対にないから大丈夫。
 そう言える自信があったから心配してない。

「でも啓介はまだ油断しちゃだめよ」

 貴方もう院長なんだから。

「父さんからもしっかりやれと言われたよ」

 啓介は困っていた。
 組織のトップとしてどうすればいいか?
 それは私に聞くより片桐君や石原君達に聞いた方がいいかもしれないとアドバイスしてみた。

「トップだから責任をとるんじゃない。責任を取れる人間がトップなんだ」

 片桐君がよく言っていた。
 部下が何かに挑戦しようとしている時に「構わないからやりなさい」と背中を押せる人間。
 もちろん人命を扱う医師だからその辺の判断は必要になる。
 でも絶対に「お前じゃない、俺が責任を取る羽目になるんだから勝手な事をするな」なんて人間にはなるな。
 渡辺班だって同じだろう。
 片桐君が自由に采配出来たのは渡辺君の後押しがあったから。
 その性質は孫にまで及んでいるらしい。

「あ、そうだ。私明日夜いないから夕食適当に食べて」
「なんだ、いきなり浮気か?」

 そんな事考えてないくせにそういう口を利く。
 だから私も返してやる。

「啓介よりいい男がいたらそうするわ」
「俺よりいい男なんていくらでもいるだろ?」
「それは誰が決めるの?」
「……それもそうだな」

 そう言って啓介は笑っていた。
 翌日タクシーを使って街に行った。
 亜依達も日勤だったらしい。
 もっとも亜依達が夜勤を取らないといけないような労働環境にはしていない。
 今日は渡辺班の女性陣で集まる事になっていた。
 私の送別会なのだろう。

「深雪先生は羨ましいよね。退職後も苦労しそうにないし」

 亜依が言う。
 亜依と神奈は共通の悩みがあった。
 優奈と愛菜だ。
 あのまま中学に進学してやっていけるのだろうか?
 勉強を見るべき水奈は二桁の掛け算がまだ出来ないらしい。

「どうせ他の奴が言っても口答えするんだろ?」

 そう言って天音が面倒見てるらしい。
 天音だから大丈夫……一瞬でもそう思ったのば馬鹿だったと神奈が言っている。
 
「この問題解けたら今日はもういいからゲームしようぜ!」
「おっしゃ、さっさと終わらせたる!」

 一日一問問題を解いただけでゲームを始める二人を見てさすがにどうしようか悩んだらしい。

「……それ、初めて聞いたんだけど」

 愛莉がそう言っていた。

「ほら、愛莉の所は色々大変だからあまりこれ以上不安をかけたくなかったのよ」

 それで亜依と神奈だけで相談していたらしい。
 学も苦労しているそうだ。

「なあ、学。私もネットで調べてみたんだけど」
「どうした?」
「母親が子供の勉強を管理すると学力伸びないらしいぞ」

 親が勉強が出来ないのは子供のせいと言うのは間違いだと水奈は主張した。

「ほう、お前でも調べたり出来るんだな」
「凄いだろ」
「で、なんでその問題が解けないんだ?」
「六の段ってのが難しいんだよ」

「ろっく」なら語呂がいいから覚えたけど「ろくしち」ってのは覚えにくい。
 
 確か水奈は大卒だったよね。

「語呂が良いから覚えるんじゃなくて、いい加減掛け算くらいできるようになってくれないか」

 学はそう苦笑していた。
 しかしやはり水奈は落ち込んでいるらしい。
 だから学は思いついた。

「水奈。ろっくが語呂がいいから覚えてるって事はろくごはどうなんだ?」
「30だろ?」

 5の段は5ずつ飛んでいくから分かりやすいらしい。

「じゃあ、30に6を足したら?」
「私だって足し算くらいできるようになったぞ!36だろ?」
「じゃあ、さらに6を足したら?」
「42!」
「……それがろくしちだよ」

 掛け算は同じ数字を何回足すか。
 だから分かりやすいところから同じ数字を足していけばいい。
 逆に10の段が分かるならそこから引いていけばいい。

「あ、なるほど。やっぱり学すごいな!」
「水奈も意外とやればできるじゃないか」

 頑張れと学は言ったらしい。
 これが大卒同士の夫婦の会話じゃなかったらいい話なんだけど。

「どうしてそうなったんだろうな」

 神奈が頭を悩ませている。

「雪が出来るなら俺にも教えて!」

 誠司郎はそう言ってパオラから英語を学びだしたそうだ。
 雪は英語どころかあらゆる言葉を使いこなすらしい。
 動物と心を通わせるくらいだから人間の言葉くらい楽勝なんだろう。

「そういえば雪はどうなんだ?」

 神奈が愛莉に聞いていた。
 それを聞いた愛莉は不思議そうにしていた。

「結莉や結みたいに何か特殊能力を持っているわけではなさそうなの」
「え?」

 絵が上手いとか運動能力が高いとか知能が飛びぬけているとか……
 それは常識の範疇での能力。
 異能をもっているわけではないらしい。
 生命の主というだけでも十分異能だと思うけど。

「だけど冬夜さんが言っていたの」

 特殊能力が無いことが雪の最強の切り札なんだ。

「どういうことですか?」

 桜子が聞いても愛莉にも分からないらしい。
 片桐君の言う事が正しければ多分最後にして最強の危険人物だろうと言う事になる。
 逆に心配してしまう。
 そんな雪の怒りを買ったFG。
 絶対に無事では済まない気がする。
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