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3rdSEASON
梅ひらく
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(1)
一筋の光の先の花が開く。
雪が解け、春の足音が聞こえてくる。
陽光に輝き奏でる春の水の音。
「冬夜君おはよう」
年中聞いている愛莉には四季は関係なくいつも春を訪れを告げているようで、身を起こすと愛莉に「おはよう」と告げる。
「朝ごはん出来てるよ」
もう春休みに入っているけど、毎日がこんな感じだ。朝起きてご飯を食べて部屋で二人並んでモーニングコーヒーを飲みながらまったりと過ごす。
ぽかっ
あれ?何か間違えたっけ?いつも通りにやったはずだけど。
「今日はお出かけの日だよ~」
お出かけの準備をしなさいと愛莉は言う。あ、そうか。今日は梅の花を見に行くんだったな。
愛莉は既に着替えて荷物も用意できてるみたいだ。ギリギリまで寝させてくれたのだろう、
急いで着替えると、愛莉に準備出来たよって伝える。
「じゃ、行こう?」
そんなに浮かれて出ると転んじゃうぞ、タイムリープされても僕は助けられないからな。そんな事を考えながら愛莉の後を追っていた。
両親にに行ってくると伝えると玄関に向かう。靴を履いて、外に出ると僕の車に乗り込む。
向かう先は梅園、沢山の白梅、紅梅が植えられている、早春の梅まつりは、郷土芸能や郷土料理の出店が出ている。
出る時間が遅かったみたいだ。もう国道から出た先から混雑している。
FMラジオを聞きながらのろのろと動く渋滞を楽しむ。愛莉も僕が退屈しない様にと色々話しかけてきてくれる、僕も愛莉の話を聞きながら偶に返事をする。
渋滞は45分ほど続いた。やっと駐車場に止めることが出来た。さっそく出店に……。
ぽかっ
「お腹空いたの?お昼にはちょっと早いよ?」
いや、ただ鳥めし食いたかっただけ……。
「とりあえず花見て回ろう?ごはんはそれから!」
愛莉がそう言うので素直に従った、行楽地まで来て喧嘩したくないしね。
龍が地に臥した姿に似ていることから「臥龍梅」といわれる梅の木が植わる梅園には、その他白梅、寒紅梅、豊後梅など約450本が咲きそろっている。
愛莉はそれらを見ながら、写真を撮っていた。愛莉のスマホにはどれだけの写真が入っているのだろう?
僕はその時見た感動を楽しむためあえて写真を撮ることはしない。記憶にとどめておく。忘れてしまうこともあるけど、見たかったらまた来ればいいし、それだけそんなに印象に残らないものを撮っていてもしょうがない。
臥龍梅太鼓や神楽などもやっている。その一つ一つの所作に見とれていた。愛莉には退屈だったみたいだけど。退屈そうにしている愛莉を見て途中で見るのを止めた。
「ごめんね」と愛莉が申し訳なさそうにするので、肩を叩いて「大丈夫だよ」と言ってやれば、愛莉は笑顔があふれる。
一通り見て回ると、そろそろご飯かな~?と出店に足を向ければ「せっかくだからもう少し見て回ろうよ」と腕を掴み僕を引っ張る。
2時間くらい見て回って、ようやく満足したらしいベンチに移動する。
え?出店は?鳥めしは?だんご汁は?
「お腹空いたんでしょ?はい♪」
そう言って愛莉はお弁当箱を開ける。そこには鳥めしのおにぎりが入ってあった。
「愛莉がつくったの?」
僕が聞くと愛莉は頷いた。「初めてだから美味しいかどうかわからないけど」とカップにお茶を入れてくれた。
「いただきま~す」
さっそく愛莉が初めて作ったという鳥めしのおにぎりを食べてみれば、美味しいのなんの。素朴な味が口の中に広がる。
鶏肉とゴボウを酒、醤油、砂糖で味を整えられなら煮込み、ご飯と混ぜ合わせた炊き込みご飯はその味がしっかりとしてある。
「美味しいよ」
こういう時って下手に難しい事を言うより、単純な言葉で表現した方が良いこともあって、その言葉通り愛莉は喜んでいた。
「いっぱいあるからたくさん食べてね」
愛莉はそう言って、自分も一口食べてその味に納得する。
「でもどうして鳥めしを?」
愛莉に聞くと愛莉は笑顔で答えた。
「冬夜君がここに来ると行った時からピンときたんだよね!それなら作ってあげたいなって」
愛莉の優しさに鳥めしがさらにおいしく感じた。愛情に勝る調味料はないとはまさにこの事で、作ってきた弁当すべて平らげると愛莉は驚いていた。
「食べきれないほど作ってきたはずなのに……」と愛莉が驚けば「愛莉が作ってきたお弁当をのこすなんてもったいない事できるはずないだろ?」と返す。
愛莉が喜びのあまり僕の腕に組みつくと、ちょっと恥ずかしいけど背中をさすってやる。うん、ちょっと恥ずかしい。周囲の目線が気になる。
スキンシップを十分堪能した愛莉は広げた弁当箱を片付け、バッグに仕舞うと「そろそろ行こっか?」と聞いてくる。
僕も立ち上がると、愛莉と手を繋ぎ車に向かう。
車に乗ると愛莉に提案をしようとするが……。
「寄り道したいんでしょ?いいよ」
愛莉に読まれていたようだ、愛莉に礼を言うと車を来た道とは逆の方向に向かう。
日増しに春めく今日この頃だった。
(2)
ピピピピ……。
アラームが鳴る。俺はそれを止める。時計を見る、まだ8時だった。
神奈はとなりで寝ている。バイトに勉強に家事に……。色々疲れているんだろう。そのまま寝させてやることにした。
神奈は今日は俺の家に泊りにきている。週末はこうやって遊びに来る。と、いっても大体俺の部屋の掃除で終わるんだけど。
とりあえず、もやもやしてる頭をすっきりさせるためにコーヒーを淹れる。
テレビはつけたままになっていた。昨日見ていたDVDが終わっている。途中で寝落ちしたんだな。
テレビの音くらいじゃ起きないだろう、テレビをつけてみる。
今週あったニュースをコメンテーターが解説する番組をやっていた。
近頃じゃ平日の昼間も似たような番組をやっている。似たような番組ばっかりでつまらない。
チャンネルを変える、特撮ものをやっていた。まあ、ニュースよりかはましか。
コーヒーを飲みながら特撮を見ているとベッドから物音が。
神奈が起きたみたいだ。
振り返ると良く分からない寝ぼけ眼で神奈が俺の寝間着を着て割座で座ってる。
まだぼーっとしているようだ。
「誠……?」
事態を把握してないらしい。偶に寝惚けてる時がある。普段の神奈からは考えらえない状態だ。
寝起きで髪もぼさぼさだし、化粧もしていない。こんな状態の神奈を見れるのは彼氏である俺の特権だ。
昨日、神奈に俺の寝間着を貸したのにはちゃんと理由がある。今のこの状態を見たいが為だ。
いくら身長の高い神奈とはいえ、俺の寝間着はサイズが大きい。
当然だぼだぼの状態になる。肩はずりさがり、袖から手は出ず、胸元が広がっている。何ともだらしない格好。
こんな美人を見たら男なら誰だって欲情するってものだろ?欲情しないやつを一人知っているが……。
あいつにこのロマンを教えようとしても全然理解できないようだった。
「おはよう神奈……!」
おはようのキスをしようとしたらビンタされた。
「なんでそこビンタなんだよ。可愛く抱きついてくるのが定石だろ!?」
「ああ、悪い。反射的に叩いてた。どうせろくでもない事考えてるんだろうなと思って」
「朝からそんな姿で眠っている神奈を見て、抱きつかなかった俺を褒めてくれてもいいんじゃないか?」
「それやってたらグウで殴ってたな」
まあ、いいさ。その格好を見れただけでも。今日一日乗り切れる気がする。
写真撮りたかったけど、極度の恥ずかしがり屋だ。高校の時に下着にシャツ姿をしてもらった時に写真撮ったら恥ずかしさで身を震わせていた。
それでさらに興奮したのは内緒だが、怯えているようにもみえたので慌てて写真を目の前で消した記憶もある。
そんな神奈に萌える俺もいるわけだが。だって普段とギャップあり過ぎだろ。ギャップ萌えとはまさにこの事だ。
グウで殴っていたと言っていたが多分それはないと思う。ただ、昔を思い出して震えだす事は分かっていたので、神奈にそういうことをするときは突然はNGだと学習した。
まだぼーっとしている神奈にコーヒーを差し出す。
「まだ眠気あるんだろ?これでも飲めよ」
「サンキュー」
神奈はカップを両手でもつと一啜りする。その持ち方に俺はまた萌えるわけだが。狙ってやっているわけじゃないのでさらに高得点だ。
コーヒーを飲んで自分が置かれている状況を把握したのだろうか。顔を紅潮させる。
「おまえ……これが狙いだったのか?」
「昨日の夜からたまんなかったぜ」
さらに恥ずかしがるかと思ったら、大間違い。ここから先はいつもの神奈。
「何か魂胆があるかと思えば。このド変態が」
今のお前にならどんなに罵られてもいいぞ。神奈。
そんな夢の時間はあっという間に終わる。
神奈が着替えだす。
着替える時は萌えないのかって?女子が恥ずかしげもなく着替えだすのって案外なんともないぞ?
着替え終えると洗面所に行く、恐らく顔洗ったり歯を磨いたり髪を整えたりしてるんだろう。しばらくして戻ってきたのはいつも通りの神奈だった。
「で、今日はどこへ連れて行ってくれるんだ?」
神奈は化粧をしながら訪ねてきた。
「いや、今日は部屋でのんびりしてようかと思ったんだけど」
神奈の疲れをいやす為にも……。だが、神奈は違うように思っていたようだ。
「お前と部屋にいる時ほど疲れることは無いんだがな……」
「そう言わず寛いで行けよ」
神奈は何も言わずに化粧を続ける。そして化粧を終えると俺に顔を近づけて行った。
「……彼女が出かける準備してるのに、誠はどこへも連れて行ってくれないような冷たい男だったの?」
神奈が甘えた声で言ってくる。言っとこう、甘えた声につられているわけではない、ただそんな甘えた声を恥ずかしがりながら言ってくる神奈に萌えただけだ。
「どこでもいいか?」
「外へ出れるならどこでも?」
「……ちょっと冷えるかもしれないから上着用意しとけよ?」
「あ、ああ。持ってきてはいるけど」
俺は道具を用意し。外へ出かけた。
出かけた先は近所の釣り場。途中釣具店で餌とか仕掛けを買ってきた。
俺はルアー釣り、神奈にはサビキ釣り用の餌を買ってきた。
もちろん餌を入れるのは俺の仕事。
「何で釣りなんだ?」
「こっちに引っ越してきてたまにやってたらハマってさ。いつか神奈としたいなと思って。女性でもハマる人多いらしいし」
神奈のカゴに餌を詰めてやると、神奈に竿の持ち方と投げ方を教える。
神奈は教えた通りに糸を海に垂らすと持ってきた椅子に座る。
「竿の穂先を見てびくびくってなったら竿を引くんだ」
「さっきからぐいぐい引っ張られてるんだけど……?」
え?もうかよ!!
神奈から竿を受け取りリールを巻く。アジが連れてた。
「やるじゃん神奈。いきなり釣れるなんて」
「……いや、私なにもしてないけど」
そう言いつつも嬉しそうな神奈。
俺も負けじとルアーを投げる。
結局神奈が味を10匹以上釣り上げた。
俺はボウズ……。
もともと海でルアー釣りは難しいらしいからしょうがないけど。
神奈は嬉しそうにはしゃいでた。
この顔が俺の釣果かな。
神奈は家に帰ると捌いてくれた。
半分は刺身に。半分はヒラキににして干物にしてくれた。
「冷凍庫に保存しとけよ」
神奈は2匹だけ持って帰る。
神奈が慣れたらもっと本格的なところ行こうかな?
俺も慣れないとダメだけど。
感触は悪くなかった。帰り送る時も釣りの話で盛り上がった。
「今日はありがとうな。楽しかった」
「またいこうぜ」
「ああ」
そう言って俺は家に帰ろうとする、すると神奈の叫び声が聞こえたような気がした。
「母さん!」
間違いない。そう聞こえた。
慌てて、車を止め神奈の家に行くと玄関で倒れている神奈の母親それを揺さぶる神奈がいた。
神奈が俺を見ると抱き着く「誠!母さんが!!」
ただの立ち眩みか?素人判断は危険だな。
「神奈救急車!!」
神奈に救急車を呼ぶように指示すると、俺は神奈の母さんに呼びかける。
「おばさん、聞こえますか!!俺です。聞こえたら返事してください」
すると神奈のお母さんはうっすらと目を開ける。
「大丈夫、ちょっと目が回っただけ……」
意識はあるようだ。
程なくして救急車が来る。行き先の病院を聞いて、神奈は付き添いでついていってもらって、俺は後からついていく。
病院に着くと待合室に神奈がいる。
「おばさんの容態は?」
「何でもないみたい、ただの疲労だって。念のため今日は点滴して様子見るって……」
「そうか……神奈バイトは?」
「それどころじゃないだろ!休みもらったよ」
「そうか……。俺もついてようか?」
「いや、大丈夫……。心配かけてすまなかった」
「気にするなよ。もう少し俺を信頼してくれ」
「信頼してるさ……これでもお前に甘えてるんだ……」
そう言うと神奈が俺に抱き着く。こんな神奈を見るのははじめてじゃない。だから、わかるんだ。こんな時こそ一緒にいてやらないと……。
「やっぱ俺も残るわ。神奈ひとりにしておけない」
「でも……」
「あのすいません。美香さんの娘さんですか?」
振り返ると見たことのない、腹の出た中年の男が現れた。
「そうですけど、どちら様ですか?」
神奈は訝し気に聞いた。
「私百舌鳥太一と申します。美香さんが倒れたと聞いて」
神奈は知らない人物の登場に戸惑っていた。
(3)
「私百舌鳥太一と申します。美香さんが倒れたと聞いて」
どうして母さんの名前を?
でっぷりとした体形で顔もふっくらしている。
そんな体系だから目元も優しく見える。
「失礼ですが、母とはどのような御関係で?」
「ああ、美香さんが働いてる店のオーナーをしておりまして……」
オーナー?働いてる店、昼?夜?どっちだ」
百舌鳥さんから名刺をもらった。
スナックΔのオーナーと書いてある。夜の仕事の方か……。
「それで美香さんの容体は……?」
「過労のようです」
「そうでしたか、私の管理不行き届きで申し訳ありません」
百舌鳥さんはそう言って頭を下げる。
「気にしないでください、それよりわざわざ母の為にありがとうございます。それと……」
「分かってます。美香さんにはしばらく休養を取ってもらいます」
「お気遣いありがとうございます」
「いえいえ、これからもよろしくお願いします。よろしかったら美香さんに会わせてもらってもいいですか?」
「はい、どうぞ……」
そう言うと私は、百舌鳥さんを病室に案内する。
「あら?神奈。まだ帰ってなかったのかい?……太一さん!?」
「美香!心配したんだよ。美香が遅刻なんて珍しいと思って電話をかけてみたら……。無理をするから」
母さんは私達を見て「ちょっと席を外してもらえないかい?」
百舌鳥さんの事を下の名前で呼んでた。百舌鳥さんも母さんの名前を下で呼び捨てにしてた。そして二人の間に漂う雰囲気……。
私が考え込んでると誠が「行こう?」と言う。
病室をでてからもそばにあったベンチに座り考え込んでた。
「神奈。これコーヒー」
「サンキュー」
そう言ってコーヒーを受け取る。
「あの二人付き合ってるのかな?」
私は誠に思っていたことをぶつけてみた。
「雰囲気的にはそんな感じしたな」
誠は率直に答える。
母さんもまだ若い、再婚も考えてるかもしれない。良い人ならそれでもいいと思う。今まで恋をしなかった方がおかしいんだ。あんなくそ野郎と一緒にいたことなんか忘れて良い人と出会えたなら。だけど……。
私が足かせになっていたのだろうか?私の事を考えて今まで封印してきたのだろうか?それならもういいんだ。もう一人でやっていけるから。母さんの好きにしてやりたい。だけど……。
私はなぜか涙があふれていた。喜びとは違う別の感情。
そんな私に誠はそっとハンカチを渡す。
「泣くな神奈。お前には俺がついてるんだから……」
「そうだな……」
その時病室から百舌鳥さんが出てきた。
「美香さんからお話があるそうだよ。神奈さんと、誠君だったかな?」
「俺も……?」
「来いって言うんだから来いよ」
躊躇う誠にそう言った。
私も一緒にいて欲しい。そう思っていた。
話は予想した通りだった。
二人は交際をしていた事。私が大学卒業して自立したら結婚しようと思っている事。
一言一言が胸に突き刺さる。
「どうしてだよ?」
「え?」
私の一言に躊躇う母さん。
「どうして私の大学卒業まで待つ必要あるんだよ!好きなら今結婚しちまえばいいだろ!?私の存在が邪魔なら私は今からでも自立する!」
「そ、そういうつもりじゃないんだよ」
「じゃあ、すぐしろよ!今まで母さん頑張ってきたんだ。もう待つ必要なんてないんだよ」
私が足かせになんてなりたくない。
「捕まえておかなくちゃだめだ。この人だと思ったら手離しちゃだめだ。結婚できるならすぐにした方が良い」
私がそう言うと母さんが泣いていた。
「ありがとうね、神奈……」
「ありがとう、神奈さん」
「神奈さんなんて他人行儀な呼び方やめてください。……よろしくお願いします。義父さん」
「よろしくね」
「じゃあ、後の事は百舌鳥さんにお任せします。母さん、無理するなよ」
そう言って誠と病室を出た。
「よく頑張ったな。神奈」
誠がそう声をかけてくれると、私は誠の胸に縋り泣いていた。
寂しさなんかじゃない、私に新しい家族が出来る事に対する喜びだ。そう思い込むことにした。
「今日やっぱり神奈の家に泊まっていくわ。神奈一人に出来ない」
「ああ……」
琥珀色の春愁の季節の出来事だった。
(4)
「うぅ……」
「気にすることないよ。仕方ないさ。久しぶりにはしゃいだもんな」
冬夜君は優しい言葉をかけてくれる。
そうは言うものの、やっぱり悔しい。
そんなに簡単なものじゃないんだよ?
冬夜君との想い出一つ台無しにしちゃったんだよ。
ほんの一瞬の気のゆるみだった。
冬夜君は運転が上手い。だから安心できる。春も近づいてきて心地よい揺れと代り映えない景色に見とれていれば、ほんの瞬間だけ午後の陽気が眠りをいざなうこともあるだろう。
その気のゆるみが冬夜君が運転してる最中に寝てしまうという失態を侵してしまった。
わずかな間だったかもしれない、でもそのわずかな間に何かあったかもしれない。それが悲しい事でも嬉しい事でも冬夜君と共有できることだったかもしれない。
こんな時に限って冬夜君が意地悪になる。
「愛莉の寝息がするから振り向いたら愛莉が涎垂らして寝てたくらいだよ」
ぽかっ
「そんなところは見なくていいの!」
「それも大事な思い出だろ?」
「うぅ……」
冬夜君は突然道を曲がる。また山の中に入る。そんなに私の寝顔見たいの?そんなのいつも見てるじゃない。意地悪でいつまでも起こしてくれない。何か悪戯でもしてくれた方がまだ嬉しい。
ほら、またさっき見た看板だ。……え?さっき見た看板?
冬夜君の顔を見る、冬夜君は前方を見たまま口角をあげる。
「この辺からだろ?寝てたの。今度はちゃんと起きてろよ」
「……うん!」
冬夜君の車に常備してある眠気防止のガムを噛みながらしっかりと景色を見ていた。
駄目だったらやり直せばいい。そのやり直す過程すら思い出に出来るなら。
ナビが新しい道を検索するように回り道してでも辿り着けばいい。
道は市街地を抜けまた山道に入る。
普通はバイパスを通るのに冬夜君は慌ててないので海へ抜ける。
曲がりくねった海岸線を走る。
海岸線を抜けた先にあるコンビニで一息つく。
そこで軽く軽食を買って冬夜君が食べてる間私はジュースだけで済ませる。
「ねえ冬夜君」
「どうした?」
「以前私に山と海どっちが好き?って聞いたよね?」
「ああ、決まったのか?」
「ううん、冬夜君はどっちなんだろう?って」
一年近く冬夜君とドライブしてきたけど冬夜君どっちか分かんなかったから。
「……愛莉が一緒ならどっちでも構わないよ」
私が笑うと、冬夜君はちょっと不貞腐れた。
「どうせ、僕が言っても似合わないよ」
そうじゃないんだよ?冬夜君。私と答えが一緒だったから笑えただけ。冬夜君の気持ちすっごい分かる気がするの。
辿り着く場所は同じなんだね。
だったらどうせなら一緒に歩いて行こうよ。
うららかな日はもうそこまで近づいていた。
一筋の光の先の花が開く。
雪が解け、春の足音が聞こえてくる。
陽光に輝き奏でる春の水の音。
「冬夜君おはよう」
年中聞いている愛莉には四季は関係なくいつも春を訪れを告げているようで、身を起こすと愛莉に「おはよう」と告げる。
「朝ごはん出来てるよ」
もう春休みに入っているけど、毎日がこんな感じだ。朝起きてご飯を食べて部屋で二人並んでモーニングコーヒーを飲みながらまったりと過ごす。
ぽかっ
あれ?何か間違えたっけ?いつも通りにやったはずだけど。
「今日はお出かけの日だよ~」
お出かけの準備をしなさいと愛莉は言う。あ、そうか。今日は梅の花を見に行くんだったな。
愛莉は既に着替えて荷物も用意できてるみたいだ。ギリギリまで寝させてくれたのだろう、
急いで着替えると、愛莉に準備出来たよって伝える。
「じゃ、行こう?」
そんなに浮かれて出ると転んじゃうぞ、タイムリープされても僕は助けられないからな。そんな事を考えながら愛莉の後を追っていた。
両親にに行ってくると伝えると玄関に向かう。靴を履いて、外に出ると僕の車に乗り込む。
向かう先は梅園、沢山の白梅、紅梅が植えられている、早春の梅まつりは、郷土芸能や郷土料理の出店が出ている。
出る時間が遅かったみたいだ。もう国道から出た先から混雑している。
FMラジオを聞きながらのろのろと動く渋滞を楽しむ。愛莉も僕が退屈しない様にと色々話しかけてきてくれる、僕も愛莉の話を聞きながら偶に返事をする。
渋滞は45分ほど続いた。やっと駐車場に止めることが出来た。さっそく出店に……。
ぽかっ
「お腹空いたの?お昼にはちょっと早いよ?」
いや、ただ鳥めし食いたかっただけ……。
「とりあえず花見て回ろう?ごはんはそれから!」
愛莉がそう言うので素直に従った、行楽地まで来て喧嘩したくないしね。
龍が地に臥した姿に似ていることから「臥龍梅」といわれる梅の木が植わる梅園には、その他白梅、寒紅梅、豊後梅など約450本が咲きそろっている。
愛莉はそれらを見ながら、写真を撮っていた。愛莉のスマホにはどれだけの写真が入っているのだろう?
僕はその時見た感動を楽しむためあえて写真を撮ることはしない。記憶にとどめておく。忘れてしまうこともあるけど、見たかったらまた来ればいいし、それだけそんなに印象に残らないものを撮っていてもしょうがない。
臥龍梅太鼓や神楽などもやっている。その一つ一つの所作に見とれていた。愛莉には退屈だったみたいだけど。退屈そうにしている愛莉を見て途中で見るのを止めた。
「ごめんね」と愛莉が申し訳なさそうにするので、肩を叩いて「大丈夫だよ」と言ってやれば、愛莉は笑顔があふれる。
一通り見て回ると、そろそろご飯かな~?と出店に足を向ければ「せっかくだからもう少し見て回ろうよ」と腕を掴み僕を引っ張る。
2時間くらい見て回って、ようやく満足したらしいベンチに移動する。
え?出店は?鳥めしは?だんご汁は?
「お腹空いたんでしょ?はい♪」
そう言って愛莉はお弁当箱を開ける。そこには鳥めしのおにぎりが入ってあった。
「愛莉がつくったの?」
僕が聞くと愛莉は頷いた。「初めてだから美味しいかどうかわからないけど」とカップにお茶を入れてくれた。
「いただきま~す」
さっそく愛莉が初めて作ったという鳥めしのおにぎりを食べてみれば、美味しいのなんの。素朴な味が口の中に広がる。
鶏肉とゴボウを酒、醤油、砂糖で味を整えられなら煮込み、ご飯と混ぜ合わせた炊き込みご飯はその味がしっかりとしてある。
「美味しいよ」
こういう時って下手に難しい事を言うより、単純な言葉で表現した方が良いこともあって、その言葉通り愛莉は喜んでいた。
「いっぱいあるからたくさん食べてね」
愛莉はそう言って、自分も一口食べてその味に納得する。
「でもどうして鳥めしを?」
愛莉に聞くと愛莉は笑顔で答えた。
「冬夜君がここに来ると行った時からピンときたんだよね!それなら作ってあげたいなって」
愛莉の優しさに鳥めしがさらにおいしく感じた。愛情に勝る調味料はないとはまさにこの事で、作ってきた弁当すべて平らげると愛莉は驚いていた。
「食べきれないほど作ってきたはずなのに……」と愛莉が驚けば「愛莉が作ってきたお弁当をのこすなんてもったいない事できるはずないだろ?」と返す。
愛莉が喜びのあまり僕の腕に組みつくと、ちょっと恥ずかしいけど背中をさすってやる。うん、ちょっと恥ずかしい。周囲の目線が気になる。
スキンシップを十分堪能した愛莉は広げた弁当箱を片付け、バッグに仕舞うと「そろそろ行こっか?」と聞いてくる。
僕も立ち上がると、愛莉と手を繋ぎ車に向かう。
車に乗ると愛莉に提案をしようとするが……。
「寄り道したいんでしょ?いいよ」
愛莉に読まれていたようだ、愛莉に礼を言うと車を来た道とは逆の方向に向かう。
日増しに春めく今日この頃だった。
(2)
ピピピピ……。
アラームが鳴る。俺はそれを止める。時計を見る、まだ8時だった。
神奈はとなりで寝ている。バイトに勉強に家事に……。色々疲れているんだろう。そのまま寝させてやることにした。
神奈は今日は俺の家に泊りにきている。週末はこうやって遊びに来る。と、いっても大体俺の部屋の掃除で終わるんだけど。
とりあえず、もやもやしてる頭をすっきりさせるためにコーヒーを淹れる。
テレビはつけたままになっていた。昨日見ていたDVDが終わっている。途中で寝落ちしたんだな。
テレビの音くらいじゃ起きないだろう、テレビをつけてみる。
今週あったニュースをコメンテーターが解説する番組をやっていた。
近頃じゃ平日の昼間も似たような番組をやっている。似たような番組ばっかりでつまらない。
チャンネルを変える、特撮ものをやっていた。まあ、ニュースよりかはましか。
コーヒーを飲みながら特撮を見ているとベッドから物音が。
神奈が起きたみたいだ。
振り返ると良く分からない寝ぼけ眼で神奈が俺の寝間着を着て割座で座ってる。
まだぼーっとしているようだ。
「誠……?」
事態を把握してないらしい。偶に寝惚けてる時がある。普段の神奈からは考えらえない状態だ。
寝起きで髪もぼさぼさだし、化粧もしていない。こんな状態の神奈を見れるのは彼氏である俺の特権だ。
昨日、神奈に俺の寝間着を貸したのにはちゃんと理由がある。今のこの状態を見たいが為だ。
いくら身長の高い神奈とはいえ、俺の寝間着はサイズが大きい。
当然だぼだぼの状態になる。肩はずりさがり、袖から手は出ず、胸元が広がっている。何ともだらしない格好。
こんな美人を見たら男なら誰だって欲情するってものだろ?欲情しないやつを一人知っているが……。
あいつにこのロマンを教えようとしても全然理解できないようだった。
「おはよう神奈……!」
おはようのキスをしようとしたらビンタされた。
「なんでそこビンタなんだよ。可愛く抱きついてくるのが定石だろ!?」
「ああ、悪い。反射的に叩いてた。どうせろくでもない事考えてるんだろうなと思って」
「朝からそんな姿で眠っている神奈を見て、抱きつかなかった俺を褒めてくれてもいいんじゃないか?」
「それやってたらグウで殴ってたな」
まあ、いいさ。その格好を見れただけでも。今日一日乗り切れる気がする。
写真撮りたかったけど、極度の恥ずかしがり屋だ。高校の時に下着にシャツ姿をしてもらった時に写真撮ったら恥ずかしさで身を震わせていた。
それでさらに興奮したのは内緒だが、怯えているようにもみえたので慌てて写真を目の前で消した記憶もある。
そんな神奈に萌える俺もいるわけだが。だって普段とギャップあり過ぎだろ。ギャップ萌えとはまさにこの事だ。
グウで殴っていたと言っていたが多分それはないと思う。ただ、昔を思い出して震えだす事は分かっていたので、神奈にそういうことをするときは突然はNGだと学習した。
まだぼーっとしている神奈にコーヒーを差し出す。
「まだ眠気あるんだろ?これでも飲めよ」
「サンキュー」
神奈はカップを両手でもつと一啜りする。その持ち方に俺はまた萌えるわけだが。狙ってやっているわけじゃないのでさらに高得点だ。
コーヒーを飲んで自分が置かれている状況を把握したのだろうか。顔を紅潮させる。
「おまえ……これが狙いだったのか?」
「昨日の夜からたまんなかったぜ」
さらに恥ずかしがるかと思ったら、大間違い。ここから先はいつもの神奈。
「何か魂胆があるかと思えば。このド変態が」
今のお前にならどんなに罵られてもいいぞ。神奈。
そんな夢の時間はあっという間に終わる。
神奈が着替えだす。
着替える時は萌えないのかって?女子が恥ずかしげもなく着替えだすのって案外なんともないぞ?
着替え終えると洗面所に行く、恐らく顔洗ったり歯を磨いたり髪を整えたりしてるんだろう。しばらくして戻ってきたのはいつも通りの神奈だった。
「で、今日はどこへ連れて行ってくれるんだ?」
神奈は化粧をしながら訪ねてきた。
「いや、今日は部屋でのんびりしてようかと思ったんだけど」
神奈の疲れをいやす為にも……。だが、神奈は違うように思っていたようだ。
「お前と部屋にいる時ほど疲れることは無いんだがな……」
「そう言わず寛いで行けよ」
神奈は何も言わずに化粧を続ける。そして化粧を終えると俺に顔を近づけて行った。
「……彼女が出かける準備してるのに、誠はどこへも連れて行ってくれないような冷たい男だったの?」
神奈が甘えた声で言ってくる。言っとこう、甘えた声につられているわけではない、ただそんな甘えた声を恥ずかしがりながら言ってくる神奈に萌えただけだ。
「どこでもいいか?」
「外へ出れるならどこでも?」
「……ちょっと冷えるかもしれないから上着用意しとけよ?」
「あ、ああ。持ってきてはいるけど」
俺は道具を用意し。外へ出かけた。
出かけた先は近所の釣り場。途中釣具店で餌とか仕掛けを買ってきた。
俺はルアー釣り、神奈にはサビキ釣り用の餌を買ってきた。
もちろん餌を入れるのは俺の仕事。
「何で釣りなんだ?」
「こっちに引っ越してきてたまにやってたらハマってさ。いつか神奈としたいなと思って。女性でもハマる人多いらしいし」
神奈のカゴに餌を詰めてやると、神奈に竿の持ち方と投げ方を教える。
神奈は教えた通りに糸を海に垂らすと持ってきた椅子に座る。
「竿の穂先を見てびくびくってなったら竿を引くんだ」
「さっきからぐいぐい引っ張られてるんだけど……?」
え?もうかよ!!
神奈から竿を受け取りリールを巻く。アジが連れてた。
「やるじゃん神奈。いきなり釣れるなんて」
「……いや、私なにもしてないけど」
そう言いつつも嬉しそうな神奈。
俺も負けじとルアーを投げる。
結局神奈が味を10匹以上釣り上げた。
俺はボウズ……。
もともと海でルアー釣りは難しいらしいからしょうがないけど。
神奈は嬉しそうにはしゃいでた。
この顔が俺の釣果かな。
神奈は家に帰ると捌いてくれた。
半分は刺身に。半分はヒラキににして干物にしてくれた。
「冷凍庫に保存しとけよ」
神奈は2匹だけ持って帰る。
神奈が慣れたらもっと本格的なところ行こうかな?
俺も慣れないとダメだけど。
感触は悪くなかった。帰り送る時も釣りの話で盛り上がった。
「今日はありがとうな。楽しかった」
「またいこうぜ」
「ああ」
そう言って俺は家に帰ろうとする、すると神奈の叫び声が聞こえたような気がした。
「母さん!」
間違いない。そう聞こえた。
慌てて、車を止め神奈の家に行くと玄関で倒れている神奈の母親それを揺さぶる神奈がいた。
神奈が俺を見ると抱き着く「誠!母さんが!!」
ただの立ち眩みか?素人判断は危険だな。
「神奈救急車!!」
神奈に救急車を呼ぶように指示すると、俺は神奈の母さんに呼びかける。
「おばさん、聞こえますか!!俺です。聞こえたら返事してください」
すると神奈のお母さんはうっすらと目を開ける。
「大丈夫、ちょっと目が回っただけ……」
意識はあるようだ。
程なくして救急車が来る。行き先の病院を聞いて、神奈は付き添いでついていってもらって、俺は後からついていく。
病院に着くと待合室に神奈がいる。
「おばさんの容態は?」
「何でもないみたい、ただの疲労だって。念のため今日は点滴して様子見るって……」
「そうか……神奈バイトは?」
「それどころじゃないだろ!休みもらったよ」
「そうか……。俺もついてようか?」
「いや、大丈夫……。心配かけてすまなかった」
「気にするなよ。もう少し俺を信頼してくれ」
「信頼してるさ……これでもお前に甘えてるんだ……」
そう言うと神奈が俺に抱き着く。こんな神奈を見るのははじめてじゃない。だから、わかるんだ。こんな時こそ一緒にいてやらないと……。
「やっぱ俺も残るわ。神奈ひとりにしておけない」
「でも……」
「あのすいません。美香さんの娘さんですか?」
振り返ると見たことのない、腹の出た中年の男が現れた。
「そうですけど、どちら様ですか?」
神奈は訝し気に聞いた。
「私百舌鳥太一と申します。美香さんが倒れたと聞いて」
神奈は知らない人物の登場に戸惑っていた。
(3)
「私百舌鳥太一と申します。美香さんが倒れたと聞いて」
どうして母さんの名前を?
でっぷりとした体形で顔もふっくらしている。
そんな体系だから目元も優しく見える。
「失礼ですが、母とはどのような御関係で?」
「ああ、美香さんが働いてる店のオーナーをしておりまして……」
オーナー?働いてる店、昼?夜?どっちだ」
百舌鳥さんから名刺をもらった。
スナックΔのオーナーと書いてある。夜の仕事の方か……。
「それで美香さんの容体は……?」
「過労のようです」
「そうでしたか、私の管理不行き届きで申し訳ありません」
百舌鳥さんはそう言って頭を下げる。
「気にしないでください、それよりわざわざ母の為にありがとうございます。それと……」
「分かってます。美香さんにはしばらく休養を取ってもらいます」
「お気遣いありがとうございます」
「いえいえ、これからもよろしくお願いします。よろしかったら美香さんに会わせてもらってもいいですか?」
「はい、どうぞ……」
そう言うと私は、百舌鳥さんを病室に案内する。
「あら?神奈。まだ帰ってなかったのかい?……太一さん!?」
「美香!心配したんだよ。美香が遅刻なんて珍しいと思って電話をかけてみたら……。無理をするから」
母さんは私達を見て「ちょっと席を外してもらえないかい?」
百舌鳥さんの事を下の名前で呼んでた。百舌鳥さんも母さんの名前を下で呼び捨てにしてた。そして二人の間に漂う雰囲気……。
私が考え込んでると誠が「行こう?」と言う。
病室をでてからもそばにあったベンチに座り考え込んでた。
「神奈。これコーヒー」
「サンキュー」
そう言ってコーヒーを受け取る。
「あの二人付き合ってるのかな?」
私は誠に思っていたことをぶつけてみた。
「雰囲気的にはそんな感じしたな」
誠は率直に答える。
母さんもまだ若い、再婚も考えてるかもしれない。良い人ならそれでもいいと思う。今まで恋をしなかった方がおかしいんだ。あんなくそ野郎と一緒にいたことなんか忘れて良い人と出会えたなら。だけど……。
私が足かせになっていたのだろうか?私の事を考えて今まで封印してきたのだろうか?それならもういいんだ。もう一人でやっていけるから。母さんの好きにしてやりたい。だけど……。
私はなぜか涙があふれていた。喜びとは違う別の感情。
そんな私に誠はそっとハンカチを渡す。
「泣くな神奈。お前には俺がついてるんだから……」
「そうだな……」
その時病室から百舌鳥さんが出てきた。
「美香さんからお話があるそうだよ。神奈さんと、誠君だったかな?」
「俺も……?」
「来いって言うんだから来いよ」
躊躇う誠にそう言った。
私も一緒にいて欲しい。そう思っていた。
話は予想した通りだった。
二人は交際をしていた事。私が大学卒業して自立したら結婚しようと思っている事。
一言一言が胸に突き刺さる。
「どうしてだよ?」
「え?」
私の一言に躊躇う母さん。
「どうして私の大学卒業まで待つ必要あるんだよ!好きなら今結婚しちまえばいいだろ!?私の存在が邪魔なら私は今からでも自立する!」
「そ、そういうつもりじゃないんだよ」
「じゃあ、すぐしろよ!今まで母さん頑張ってきたんだ。もう待つ必要なんてないんだよ」
私が足かせになんてなりたくない。
「捕まえておかなくちゃだめだ。この人だと思ったら手離しちゃだめだ。結婚できるならすぐにした方が良い」
私がそう言うと母さんが泣いていた。
「ありがとうね、神奈……」
「ありがとう、神奈さん」
「神奈さんなんて他人行儀な呼び方やめてください。……よろしくお願いします。義父さん」
「よろしくね」
「じゃあ、後の事は百舌鳥さんにお任せします。母さん、無理するなよ」
そう言って誠と病室を出た。
「よく頑張ったな。神奈」
誠がそう声をかけてくれると、私は誠の胸に縋り泣いていた。
寂しさなんかじゃない、私に新しい家族が出来る事に対する喜びだ。そう思い込むことにした。
「今日やっぱり神奈の家に泊まっていくわ。神奈一人に出来ない」
「ああ……」
琥珀色の春愁の季節の出来事だった。
(4)
「うぅ……」
「気にすることないよ。仕方ないさ。久しぶりにはしゃいだもんな」
冬夜君は優しい言葉をかけてくれる。
そうは言うものの、やっぱり悔しい。
そんなに簡単なものじゃないんだよ?
冬夜君との想い出一つ台無しにしちゃったんだよ。
ほんの一瞬の気のゆるみだった。
冬夜君は運転が上手い。だから安心できる。春も近づいてきて心地よい揺れと代り映えない景色に見とれていれば、ほんの瞬間だけ午後の陽気が眠りをいざなうこともあるだろう。
その気のゆるみが冬夜君が運転してる最中に寝てしまうという失態を侵してしまった。
わずかな間だったかもしれない、でもそのわずかな間に何かあったかもしれない。それが悲しい事でも嬉しい事でも冬夜君と共有できることだったかもしれない。
こんな時に限って冬夜君が意地悪になる。
「愛莉の寝息がするから振り向いたら愛莉が涎垂らして寝てたくらいだよ」
ぽかっ
「そんなところは見なくていいの!」
「それも大事な思い出だろ?」
「うぅ……」
冬夜君は突然道を曲がる。また山の中に入る。そんなに私の寝顔見たいの?そんなのいつも見てるじゃない。意地悪でいつまでも起こしてくれない。何か悪戯でもしてくれた方がまだ嬉しい。
ほら、またさっき見た看板だ。……え?さっき見た看板?
冬夜君の顔を見る、冬夜君は前方を見たまま口角をあげる。
「この辺からだろ?寝てたの。今度はちゃんと起きてろよ」
「……うん!」
冬夜君の車に常備してある眠気防止のガムを噛みながらしっかりと景色を見ていた。
駄目だったらやり直せばいい。そのやり直す過程すら思い出に出来るなら。
ナビが新しい道を検索するように回り道してでも辿り着けばいい。
道は市街地を抜けまた山道に入る。
普通はバイパスを通るのに冬夜君は慌ててないので海へ抜ける。
曲がりくねった海岸線を走る。
海岸線を抜けた先にあるコンビニで一息つく。
そこで軽く軽食を買って冬夜君が食べてる間私はジュースだけで済ませる。
「ねえ冬夜君」
「どうした?」
「以前私に山と海どっちが好き?って聞いたよね?」
「ああ、決まったのか?」
「ううん、冬夜君はどっちなんだろう?って」
一年近く冬夜君とドライブしてきたけど冬夜君どっちか分かんなかったから。
「……愛莉が一緒ならどっちでも構わないよ」
私が笑うと、冬夜君はちょっと不貞腐れた。
「どうせ、僕が言っても似合わないよ」
そうじゃないんだよ?冬夜君。私と答えが一緒だったから笑えただけ。冬夜君の気持ちすっごい分かる気がするの。
辿り着く場所は同じなんだね。
だったらどうせなら一緒に歩いて行こうよ。
うららかな日はもうそこまで近づいていた。
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