優等生と劣等生

和希

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3rdSEASON

盗めない宝石

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(1)

ホテルを出ると国道1号線を目指す。
国道1号線から東を目指し、大津から国道161号を北上し、湖岸道路を反時計回りに行く。
近江大橋を渡り湖岸道路を左に曲がり北上していく。
草津の道の駅で一旦休憩。
地図を確認する。
愛莉は飲み物等を買いに行ってる。
愛莉がもどってくると再び車を走らせる。
琵琶湖大橋を左手に見る頃には愛莉が「広いねえ~」と驚く。
その広さは運転している僕にもわかる。
まるで海岸沿いを走ってるかのようなその広い湖はどこまでも続く。
途中でコンビニに寄る。時間はもう昼前だ。
愛莉のお腹も限界かなと思った。
僕は限界が来ていたけど、この先にある目的地の為ならと我慢できたけど愛莉は違う。
そう思ってコンビニに寄ると案の定愛莉はお菓子を買ってきていた。
あと切れかけていた睡眠防止のガム。
ドリンクホルダーに置いてあった空のケースと取り換える。

「愛莉ごめん、お腹空いてると思うけどもうすこし我慢して」
「大丈夫だよ。冬夜君こそ大丈夫なの?」
「うん、たぶんお昼過ぎにはつくと思うから」
「は~い」

車は北上を続け長浜駅を抜けた辺りで一旦湖岸道路から出る。
国道8号線に向かうと途中にあるのが目的のラーメン屋さん。

「やっぱりラーメンなんだね」

愛莉はそう言って笑っていた。

愛莉は、葱ラーメン、麺風通の薄めの背脂抜きでチャーシュー普通で葱普通の唐辛子抜き。
僕は特製ラーメン、麺堅め濃いめの背脂多めのチャーシュー脂身の葱多めの唐辛子普通のチャーハン定食とチーズのせ餃子。

「冬夜君夕飯も考えてるの?」
「もう決めてあるよ」
「そっか……」
「愛莉食べたいのあるの?」
「ううん、特に何もない。冬夜君は?」
「ホテルに着いてからのお楽しみ」
「て、ことはホテルで食べるんだね?」

ラーメンが着くと、一気にかき込む。
大盛りにしなかったのも理由がある。
愛莉が残すの分かってるから。
その割には「餃子一つ頂戴」とか言ってくる。
どんな味か興味があったのだろう。
案の定愛莉はラーメンを残した。
残りを食べてやる。

「愛莉、いつも小食だけど大丈夫なの?」
「うん、冬夜君と食べてるといつも私までお腹いっぱいになっちゃう気がするから」
「……やっぱり、ラーメンとか苦手?」
「ううん、言ったでしょ?冬夜君とならどこにでも行くって」
「そうだったね」

愛莉の分を食べるとさすがに満腹になった。
昼食を終えるとまた湖沿いの道路へ戻り反時計回りに車は進む。
愛莉はずっと琵琶湖を見ていた。
道路は琵琶湖を離れ山沿いを走る。
国道8号線に突き当たると左に曲がる。
丁度琵琶湖を半周した辺りで国道303号線に入る。
山間を抜けていく。秋になれば紅葉が綺麗な事だろう。
国道161号線に当ると左に曲がる。後は南下するだけ。
どうして左回りを選んだかって?
助手席から景色が見やすいだろ?
山と湖を見ながら車は進む。
まだ時間はある、車は左に曲がると湖沿いの道路を走る。
日が暮れる頃目的のホテルに着く。
丁度湖を一周し終えた。
駐車場に止めると「お疲れさまでしたと」頭を撫でてくれる。
「ありがとう」と言って車を降りる。
今日はこれで終わりじゃない、この後ちゃんとおもてなししてあげないと。

(2)

「石原君、これコピー取っておいて」
「はい」
「石原君、これファイル化しておいて」
「はい」

恵美の母親の会社でバイトをしている。
バイトといっても雑用が主だけど。
社長の娘の彼氏という事もあって意識はしてないんだろうけど、腫れものを触るような扱いだ。
反対に僕も緊張してる。
恵美に恥をかかせられない、恵美の母親の面子を潰せない。

「石原君今日は上がっていいよ」

そう言われると席を立ち、部屋を出る。
腫れもの扱いされる原因がもう一つある。
会社を出ると高級車が止まっている。
後部座席の窓が開いて恵美がにこりと笑う。

「イッシーお疲れ様」

送迎付きのバイト。
しかも送迎してるのは社長令嬢。
そんな噂は瞬く間に広がった。

「あのさ、恵美」
「なに?」
「やっぱり自分でくるよ」
「そんなことしたら交通費かかるでしょ?バイトしてる意味がないじゃない」

だからといって送迎付きでバイトに来る人っていないと思うよ。その人件費でバイト代になるんじゃないの?

「バイトするのは恵美とのデート代もそうだけど、社会経験を積んでおきたいから」
「デート代なら気にすることないのに……」

まあ、大体は恵美のカードで払ってるけど。
何か紐みたいでいやだ。
とはいえ今日これからいくディナーでバイト代の半分は飛んでいたりするんだけど。
渡辺君から聞いたダイニングバーに今日は行く。
ジャズピアノの生演奏を聴ける数少ない店。
今日はその店で夕食。
ワインを飲みながら生演奏に酔いしれ食事を楽しむ場所。

「イッシー休みはいつとったの?」
「土日と渡辺班の集まりの日」
「土日だけじゃたりないわね……」

恵美がそう呟く。

「何が足りないの?」
「ああ、また東京のテーマパークにでも行こうかなと思って」
「え?」
「ほら就学旅行の時は『国』の方だけで『海』の方にはいってないでしょ?」

なるほどね。

「そういうことならもっと前もって言ってくれたらよかったのに」
「いかにも連休で混んでますって時に行きたくなかったのよ」
「近場で行きたいところないの?」
「……どこでもいい?」
「いけるところなら」
「じゃあ福岡の水族館……地元のは行き飽きたし」
「水族館ってどこも似たような物じゃないの?」
「わかってないわね、イッシーは、変わったところを二人で楽しむのがいいんじゃない」

そういうもんなんだろうか?
食事を終えると会計を済ませる。
僕が財布を出そうとすると恵美がカードで支払ってしまう。
恵美にせめて僕の分と渡そうとするけど、恵美は受け取らない。
そしてバーに行くと僕は恵美に思い切って言ってみた。
酔いの勢いもあったのかもしれない。

「恵美のヒモみたいで嫌だ」
「……そんな風に考えていたの?」

僕はうなずいた。
それが恵美を傷つけることになるとも知らず……。

「……勘違いしないで。私はそんなつもりでお金を払ってるんじゃない」
「恵美がそう思っていてもいなくても事実そうじゃないか!」
「私は買い物をしてるだけ、貴方との時間という貴重な時間を買ってるだけなの……」

そんなのただの口実だ。

そう言おうと思ったのに止めたのは恵美が泣いていたから。
恵美が泣いているところなんて珍しい……って感心してる場合じゃない。

「ごめん、恵美を泣かせるつもりで言ったわけじゃ……」
「分かってる。でも、私の配慮が無かったのも事実でしょ?」
「僕も恵美の気持ち考えなかった」

僕の唯の僻みだった?

「どうすればあなたの心を手に入れる事が出来るのか考えている。でもどうしても分からない。私に出来る事が他に思いつかない」
「そんなことないよ、いつも恵美がそばにいてくれてる」
「私はあなたの側にいたい、貴方の心という宝石を手に入れたい。でもどうしても盗み出せない」
「あたりまえだよ、すでに恵美の手の中にあるのだから」
「そうなの?」
「うん」

恵美は泣き止んだようだ。

「店を変えましょう?」

恵美がそう言う。周りを見るとちらちらとこちらを見てる。
恵美が泣いていたからだろうか?
別のバーに移動した。

恵美も落ち着いたようだ。

「……と、言うわけだから気にしないで欲しい」
「うん……」

赤褐色透明のカクテルを飲みながら彼女は言う。
僕も橙黄色のカクテルを飲みながら聞いていた。

「じゃあ、こうしない?」
「?」

恵美が何かを思いついたようだ。

「私は貴方の宝石を買うわ。その代わりあなたの宝石を私にちょうだい」
「それって今まで通りってこと?」
「違うわ、想いを形にしてプレゼントしてほしい」
「?」
「特別な日にプレゼントをくれるだけでもいい。でもできればあなたの口からあなたの言葉であなたの気持ちと想いをプレゼントしてほしいの」
「どういうこと?」
「まだ気づかない?私にエンゲージリングをプレゼントして欲しい。今すぐにとは言わないわ。準備ができたらでいいから」

一瞬で酔いが醒める気がした。
こんな事を言い出すキャラだっけ?
酔いか、酔いのせいなのか?

「まだ結婚するって決まったわけじゃ」
「あら?その気がないっていうの?」

彼女の眉間にしわが寄る。

「そ、そういう意味じゃないけど。まだ早すぎない?僕達まだ学生だよ?」
「だからその気になったらでいい、心の準備ができたらでいい。それまで待つから……」

恵美はそう言って微笑む。
彼女の中では決まっているんだな。生涯のパートナーを。
僕はそれに応えることが出来るんだろうか?
恵美は時に思いもよらない事を言い出す。
それは、狂気なんかじゃない、純心な愛なんだ。

「そろそろ時間ね、あなた明日もバイトあるのでしょ?」
「あ、ああ。うん」
「じゃ、そろそろ迎えを呼ぶわ」

そう言って彼女は迎えを呼び出す。
車に乗って家に帰る。
恵美は俯いたまま何も言わない。
酔いが醒めて自分が言ったことに恥ずかしさを覚えたのだろうか?
車は僕の家の前につく。

「それじゃ、また明日迎えに来るから」
「うん」
「……迷惑?」
「……大丈夫だよ」

彼女の気持ちを知った。しっかりと受け止めた。ならばそれに応えるだけだ。

「恵美、僕の気持ちを形にして欲しいと言ったね?」
「ええ……それが?」

僕は彼女にそっと口づけをした。
彼女は驚く。
そんな彼女に一言言う。

「今の精一杯の気持ち。ちゃんと形にしたよ。いつか必ずもっといい形にしてプレゼントするから」
「……ありがとう。今はこれで十分よ」
「またね」と言って彼女は帰っていった。

流れ星が降る。
流れ星に誓う。
いつか必ず彼女に打ち明けようと。

(3)

「正志ー起きろー!時間だぞ!」

美嘉が俺の体を揺さぶる。
俺は重い瞼を開け美嘉の姿を確認する。
まただ……

「着替えは脱衣所でしろっていつも言ってるだろ」
「だからちゃんとバスタオルで隠してるからいいだろ?」

そう言う問題じゃないんだが。
俺は苦笑した
時計を見る。まだ10時だ。

「今日の予定はどうするんだ?」
「いつも通りでいいんじゃね?」

いつも通りとは昼ごはんをどこかの店で食べた後青い鳥に行って時間を潰して帰りにぶらついて、夕食を食べて帰るというプランだ。
まあ、それでいいというならそうするか。

「わかった。じゃあ俺もシャワーを浴びてくるかな」
「背中流してやろーか?」
「うちのユニットバスは狭いんだ。気持ちだけ受け取っておくよ」
「じゃあ、帰りに家族風呂入ろうぜ」
「帰りに飲まないっていうならそうしてもいいがな」
「帰ってからタクシーで行けばいいだろ?」

家計は俺が管理しとかないとダメらしい。

「タクシー代も馬鹿にならないんだぞ」
「それだけの稼ぎはしてるぞ?正志だってバイトしてるし……」
「毎晩遊び惚ける程の稼ぎは無いだろ?コンビニで買ってそれで済まそう」
「……わかった。正志が言うならそうする」
「聞き分けの良い嫁さんで助かったよ」

そう言って頭を撫でてやる。
そしてシャワーを浴びると着替えて出かけた。
創作料理の店に入ってランチを食うと美嘉はメモを取る。
美嘉は一口食べただけで調理方法、素材、味付け、焼き加減等すべてを網羅する。
それをレシピノートに書いて家で試すという離れ業をやってのける。
それを忠実に再現するだけでなく俺好みの味に修正してくるところが凄い。

「ノートに書くのだと面倒だろ?ノートPCでも買えばいいんじゃないのか?」

料理の写真を撮ってあとでSNSに投稿しようとする美嘉は言った。

「使い方分かんねーんだよ」
「俺が教えてやるから」
「じゃ、帰りに買いに行こうぜ」

やれやれ、やることが増えるな。

喫茶青い鳥

カランカラン。
ドアベルが音を立てる。

「いらっしゃいませ」

酒井君の声が聞こえる。

「あ、渡辺君久しぶり」

大島さんと木元先輩のペアと志水さんと江口さん、咲良と檜山先輩がいた。

大島さんと木元先輩の対面に座ると注文をする。

「みんな夏休みを満喫してるようだな」
「そうみたいね」

志水さんが答える。

「お陰様で楽に暮らしているよ。就職先も決まったし後は卒論だけだから」

木元先輩はいう。

「春樹先輩は、就活しないんですか~?」
「……心配しなくても夏休みが終わったら就活だ。インターンシップには参加してる。あと何度も言うが先輩はやめろ」

咲良と檜山先輩も上手くやってるらしい。最初はヒヤヒヤしたがどういうわけか、檜山先輩が咲良に惚れたらしい。

「なあ?檜山先輩は咲良のどういうところに惚れたんだ?」

美嘉が聞くと冷山先輩はめんどくさそうに答えた。

「簡単に言うと態度かな?俺に向かってあんな態度をとったのは咲良が初めてだったから」
「それって落としがいがあるとかじゃないのか?」
「……わかんねーよ。気がついたら必死に謝ってそして付き合い始めてた。お蔭で面倒事にはまきこまれたけどな」

めんどくさそうな割には饒舌な檜山先輩だった。

「それはそうと、渡辺君に相談があるんだけど……」

江口さんが話し始めた。

「男の人ってやっぱり自分が払わないとかっこ悪いとか情けないって思ってしまうものなの?」
「どういうことだ?」

江口さんが昨夜起こったことを話し始めた。



「なるほどな、イッシーにもプライドがあるんだろ?」
「男ってみんなそうね、自分が払わないといけないと思い込んでしまってる。中には男性が全額支払わなければいけないと思ってる女性もいるみたいだけど」
「まあ、かっこ悪い所は見せたくないんだろ?」

志水さんと檜山先輩がそう言う。

「まあイッシーの顔を立ててやるのも必要かもしれないな」
「……私は等価交換だと思ってる」

江口さんが言った。

「私がイッシーと一緒にいたいという時間をお金で買ってる。それだけの事なのに……」
「イッシーだって同じことが言えるんじゃないのか?」
「?」
「イッシーだって、江口さんと一緒にいる時間を買いたい。そう思ってると考えたことはないのかい?」
「……そうね。でも店を選ぶのは私だから私が払うのが当然だと思ってた」
「恵美……偶にはイッシーのデートプランにつきってみたらどう?」
「え?」

志水さんが言うと江口さんは聞き返した。

「イッシーの無理ない程度のデートプランに付き合うのよ。そうしたら問題ないんじゃない?」
「でも彼無理するわよ。相手が私だからってだけで……」
「その時はそっと会計後にお金を支払えば良いんです~。彼氏の顔を立てるのも女性のつとめですよ~」

咲良さんがそう言った。

「でも、石原君の考え方も立派ですよね。自分だってバイトしてるんだから自分で支払うって」
「まあ、恵美相手だったら全額支払わせようとする男いても不思議じゃねーもんな」

一ノ瀬さんと美嘉がそう言う。

「まあ、石原君の気落ちも分らないでもないですけどね。僕もそうだし……やっぱり惨めに思いますよ」

酒井がそう言うと男性陣は納得した。

「まあ、たまには石原君に甘えてみるのもいいんじゃないか?」

俺がそう言うと、江口さんは「そうね」と答えた。

「あ、そろそろイッシー迎えにいかないと。じゃあ、またね」

そう言って江口さんは店を出た。
おっと俺達も美嘉のノートPC買うんだった。

「俺達もそろそろ出ようか?」

俺は立ち上がると美嘉を促す。
会計を済ませて、店を出た。

「なあ、正志」
「どうした?」
「お前もやっぱり卑屈に感じたことあるのか?」
「そりゃ、俺も男だからな……美嘉に甘えっぱなしってわけにはいかないさ」
「そうか……」
「でも今は折半してやりくりしてるだろ?」
「そうだな!」

盗めない宝石を高額のお金で買うか。
でも本当は盗めてるんじゃないのか?
盗めないのは既に手に入れている宝石に気づかないでいるから。
少なくともイッシーは大事なものを手に入れた。
それはお金を出しても絶対に手に入れられないもの。
江口さんの心。
二人共その事に早く気づくと良い。
そんな事を考えながら車を走らせていた。

(4)

「え?出張ですか?」

俺は聞き返していた?

「そうなのよ、北九州で仕事がとれてね。それで社長がいくんだけど流石に北九州まで、タクシーってわけにもいかないでしょ?」
「北九州なら電車を使えば……」

友坂主任は僕の首に腕を回し耳打ちする。

「あんたと社長を二人っきりにする口実作ってあげるんだから感謝しなさい」
「真鍋君の言う通りよ。電車を使ってあとはタクシーで……」
「いやあ、色々運ばないといけないものもあるし。その点真鍋君の車なら全然問題ないですから。本当は私や椎名君が同行するべきなんでしょうけど、手が離せない仕事なあって」
「……真鍋君は大丈夫なの?」
「あ、いや。大丈夫です。元々社長の雑用で雇われたんですから」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」

そうして俺と原田さんの出張が決まった。
新名さんとも距離が置けるしちょうどいいのかもしれない。
俺は渡辺班に断りを入れておいた。

「仕事が入ったんで9月の泊りはキャンセルさせてください」
「わかった。仕事がんばれよ」

渡辺先輩がそう言ってくれた。

その後新名さんから電話が入る。

「仕事って休みとってたんじゃなかったの?」
「社長の付き添いで北九州と地元の往復だ」
「原田さんと……?」
「ああ、あの人車無いから細々と移動するの大変なんだ。荷物もあるらしいし」
「そうなんだ……」
「俺の分も楽しんできてくれよな」
「わかった……」
「じゃあ、また……」

翌日から日帰りの出張が始まった。
早朝に会社を出て夜遅くに帰ってくる。
モデルルームに飾るアンティークなんかも運んでいた。
どれがいいかを探す風景はまるでデートのようだった。
偶に、真や遅くまで会議が続き、ビジネスホテルに泊まることもある。当然部屋は別々だけど。
カタログなんかも持って行く。
電車よりも車の方が便利だったのは間違いなかったようだ。
原田さんはてきぱきと指示を出し工事は進んでいく。

「真鍋君には世話になりっぱなしね」

原田さんがそう言った。

「これも仕事のうちですから」
「みんなあなたを重要戦力として認めてるわ。丹下君にも感謝しないと」
「そう言われて光栄です」
「あなたが卒業するときには就職先さがしてあげないとね……」

また一枚壁を築かれた。
突破する方法は無いのか?
竹本は失敗したけどそれによって区切りがついたといった。
このまま、ずるずるしていても仕方ないのかもしれない。
失敗しても新名さんがいる。そんな考えはなかった。
それはあまりにも新名さんに失礼だ。
俺は意を決して言った。

「社長のところで働かせてもらえませんか?」
「え?」

原田さんは困惑していた。
真っ向からぶつかっていた。

「俺の事重要戦力だと言ってくれました。社長の会社で働きたい」
「……志望理由は?」

車の中で面接が始まった。

「この仕事のやりがいに気づかせてくれた会社だからです」
「……うちは人手が少ない。一人にかかる負担は他よりもきついわよ」
「仕事がきついのは当たり前です。今よりも厳しくなるのも分かってます」
「……私の一存では決めづらいけど、卒業するまで様子を見るわ……4年生になったらまた聞かせて頂戴」

こっちとしては今から中退してでも勤めたいんだけどな。

「あと……中退とかそういうのは認めないから。きっちり学ぶべきことを学んでからにしてちょうだい」
「……わかりました」

問題はあるけど一つの難関を突破した気がする。
早く時よ経て!

「綺麗ね……」

彼女は別府の夜景を見下ろしながら一人呟く。
車は彼女のマンションの前に着き、彼女は車を降りる。

「遅いし疲れてるだろうから、早く帰ってゆっくり休みなさい」
「大丈夫です。まだ若いですから!」
「主人はそう言って事故に巻き込まれたの」
「?」
「運転は、自分で事故を起こすとは限らない。巻き込まれることもある。気をつけて帰って」
「わかりました」

新戦力にもしもの事があったら困るからと、彼女は言ってマンションの中に消えて行った。
認めてもらえたんだな。
漸く一つの壁を乗り越えた。
この充実感をどう竹本に伝えてやろう?
そんな事を考えながら月光に晒されて家路についていた。

(5)

目の前に琵琶湖が広がるレストラン。
冬夜君が選んだのは鉄板焼き。
カウンター席に座りコース料理を堪能した。
お酒はまだ飲めないけど、ソフトドリンクで我慢。
近江牛をふんだんに使ったその料理はとてもおいしくて、口の中で溶けていくというのはこの事かと実感した。
ごはんは牛炙り寿司を選択。
デザート、紅茶を楽しんで料理はお終い。
部屋に戻ると冬夜君から先にシャワーを浴びる。
その後私がシャワーを浴びて浴室を出ると、冬夜君は寝ている。
私はため息を吐いて髪の毛を乾かす。
そうだよね、冬夜君今日は疲れたよね?
ゆっくり休ませてあげるのも嫁の務めだよね。
明日はフェリーの中。
旅行中は一度も無しか~。
テレビをつけて買ってきたお茶を飲んで寛いでいた。
クイズ番組をやってる。
いつもは冬夜君と答えを考えながら楽しんでいた番組も、一人で見ると寂しくて。
冬夜君を見る。
ぐっすり寝ている。
悲しみと怒りが混在した。
寂しい。私が寂しい時にあなたは何をしているの?
私の事お嫁さんと認めてくれたのも冬夜君だよ?
私はただの家政婦なんかじゃない!
少しは構ってくれても……。
みんな何してるかな?
スマホでメッセージを見る。
恵美が何かトラブルあったみたい。
石原君の事だ。
男性特有の悩みというやつだろうか?
冬夜君は私に財布を預けてくれる。
今年も財布プレゼントしてあげようかな?
その冬夜君は寝てるわけだけど。

「愛莉は今何してるの」

亜依がそんな事を聞いてきた。

「ご飯食べて、シャワー浴びたところ」

そう返すと、亜依はキッと悪気はなかったんだと思う。だってそう思うのが普通だよね。

「じゃあ、これからお楽しみ?」

返答に迷った。

「冬夜君疲れてるみたいだからもう寝ちゃった」

素直に返事した。

「何それ信じられない!」
「今すぐ起こせ!起こせないなら私が起こしてやる!」

そんなコメントが次々と来る。
起こしたほうが良いのかな?

スマホのメッセージを眺めていると背後に気配が。
誰か?って一人しかいないんだけどね。

「愛莉」
「きゃっ!」

冬夜君は背後から私に抱き着いていた。

「ごめん、愛莉待ってたら寝てた」
「……疲れてるんだったら休んでていいんだよ?」

冬夜君は首を振った。

「今日は愛莉にサービスしてやろうって決めてたから」

そう言う冬夜君の右手が私の寝間着のボタンの隙間を縫って胸を揉んでる。
ひやっとする冬夜君の手。でもそれはやがて熱く感じる。

「ベッドに行こう?」

冬夜君に言われるがまま、ベッドにはいりそして……。



「冬夜君疲れてない」
「大丈夫だよ、愛莉が寝るまで付き合ってあげるから」
「じゃあ、ずっと寝ない?」

そういうと冬夜君は笑う。

「眠り姫って知ってる?」
「おとぎ話の?」
「うん」
「知ってるよ?」
「……僕はいつ愛莉というお姫様を起こせばいい?」

冬夜君の言いたい事は分かった。

「……起こしてくれるの?」
「言ったろ今夜は愛莉の為の時間だって」
「じゃあ、早く寝ないとだね!」

そう言って冬夜君に抱き着いて眠りについた。
明日の朝が楽しみだ。
100年も待つことはない。数時間で効果が表れる魔法のおまじないに期待を馳せていた。
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王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ“自分の居場所”を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。

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