優等生と劣等生

和希

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4thSEASON

手招く新しい朝

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(1)

「おはよう冬夜君」

いつものように愛莉の弾むような声で目が覚める。

「うぅ……韓国から帰ってきてちょっとだらけていませんか?」
「少しくらい休ませてくれてもいいだろ?」
「だめ!月末に強化合宿があるんだよ!調整しないと」
「わかったよ。すぐ準備するから」

愛莉に急かされ着替えると外に出る。
軽くストレッチしてジョギングを始める。
ジョギングシューズも傷んできたな。新しいの買うかな?
あ、スポンサーから提供してくれるんだった。
楽出来ていいな。
1時間ほど走って家に帰るとシャワーを浴びてご飯を食べる。
食べ終えると準備をして部屋で待機してる。
テレビをつけながらPCを見る。
芸能人のスキャンダルとかどうでもいい話がずらりと並んでいた。
政治も与党の支持率が低迷してるとは言え安泰のようだ。
一通り見るとPCをシャットダウンしてテレビを見ていれば愛莉がマグカップを持ってやってくる。
コーヒーを飲み終えると、愛莉はすっと立ち上がる。
僕もそれを見てテレビを消して立ち上がる。
大学はまだ休みだったけど。練習は始まっている。
バスケ部と言えば今年から男バスの監督が替わるらしい。
何でもやり手の監督なんだとか。
どんな監督がくるのか楽しみだ。
愛莉と家を出た。


体育館に着くと更衣室で着替えて練習に参加する。
練習はいつもと変りない。
だけど男子コートの側にいるでっぷりとした体格の男性。
白髪のおじいさんだ。もうちょっとスリムなら某フライドチキンの白髭のおじさんに似てるな。
おじいさんが僕に気づくと「君は?」と尋ねてきた。
佐倉さんが僕の代わりに答える。

「この人が片桐冬夜選手です。片桐先輩こちらが新監督の東山監督」
「君が噂の片桐君が。よろしく頼むよ」

東山監督は握手を求めてきた。僕は握手する。

「とりあえず、皆の実力を見たい。5対5をしてもらっていいかな?」

そう言うとレギュラー組と準レギュラー組で試合形式の練習を始めた。
最初の10分を過ぎると監督が動く。

「片桐君、コートから出て。佐(たすく)君、君がレギュラー組に入りなさい。準レギュラー組には2年生から補充して」

僕はスタメンから外されコートの外で試合を眺めていた。
その後も次々とスタメンが外され、代わりに2年が入っていく。

「ふむふむ……わかりました。ありがとう」

監督は何かを考えている。

「次レギュラー組コートに戻りなさい。ハーフコートで5対5をやりましょう。ディフェンスはマンツーのプレスで。とにかくポイントガードにプレスをかけて」

準レギュラー組は蒼汰に二人がかりディフェンスをかける。

蒼汰はドリブルしたまま攻めあぐねる。
監督が笛を吹いた。

「24秒過ぎたよ」

監督が告げる。

攻守が入れ替わる。
レギュラー組のディフェンスは指定されなかった。いつも通りゾーンを組む。
僕がトップにつく。
相手のPGは僕のディフェンスにパスも出せないしシュートも打たせない。
やはり監督の笛が鳴る。

「オフェンスはもっと動かないとダメですよ。PGにパスの選択肢を与えてやらないと」

再び攻守交替……の前に。

「水島君、片桐君と替わりなさい。片桐君はPGにはいりなさい」

佐の守備は隙が無い。
PGさせるくらいだからパス出さないとダメかな?
一人フリーの味方がいる。味方に素早くパスを出す。
しかし味方は突然のパスに対応できずにボールはコート外に出てしまった。

「プレスが甘いね。片桐君にパスコースを与えたらだめだ。オフェンス側も何時でも片桐君のパスを取れる準備をしないと」
「監督!冬夜のパスコース潰すなんて無理だ。それに冬夜のパスはレギュラー組しか受けとれないっす」

蒼汰が抗議する。

「だとすると負けますよ?」

監督が一言言うと皆黙ってしまった。

「そ、そろそろお昼休憩ですよ」

佐倉さんが割って入る

「じゃ、午後からまた……」
「監督……午後からは女バスと合同練習が」
「わかりました」

そう言って体育館を出ていく監督。
控室でお昼を食べながらミーティング。

「藤間先輩スタメンから外されるかもしれませんね」

佐倉さんがそう言った。

「恐らく監督は片桐先輩の対策を練って来てるのでしょう。片桐先輩にボールが渡ると止めようがない。だったらポイントガードを止めようとするはず。ポイントガードが弱点なのは監督は見抜いています。それならポイントガードに片桐先輩を置いた方がいいんじゃないかと考えてるのではないかと思います」
「で、シューティングガードは俺か?」

佐が言うと佐倉さんが頷いた。

「藤間先輩、今のままだとスタメンから外されますよ?そういう危機感を持ってください」
「でもうちは速攻主体の試合展開だろ?さっきみたいなセットプレイにはならないんじゃ?」
「二人つかれたときに完全に動きを封じられていたじゃないですか。日本代表の時もそうだったけど片桐先輩の対策にはポイントガードを絶対潰しにかかります」
「それならポイントガードに片桐を……か」

佐が呟く。

「もちろん藤間先輩だけの問題じゃありません。皆も動いて藤間先輩にパスコース与えてあげないと。その役割を片桐先輩が今まで担ってきたんです。でもそれだと先輩だけに負担がかかってしまう」
「ポイントガードに選択肢を……が課題か?」

赤井君が言うと佐倉さんがうなずいた。

「監督が狙っているのは、片桐先輩主導のチームではなくてチーム全体のレベルの底上げです」

佐倉さんが言うと皆黙ってしまった。

「そろそろ時間ですよ」

佐倉さんが言うと皆立ち上がる。

「とりあず、佐倉に言われたことをやってみよう。蒼汰、わかってるよな」
「了解っす」
「じゃあ、行こうか」

真司が言うと皆コートに向かった。
コートでは女バスの監督と東山監督が話をしている。
女バスの監督は東山監督の話をただ聞いていた。
東山監督がこっちに気づくと個人練習を続けているようにと指示した。
東山監督は女バスにあれこれレクチャーしている。
ディフェンスの確認のようだ。
何を企んでる?

「片桐先輩練習に集中!」

佐倉さんに注意され練習に集中していた。

「みなさん、女バスと5対5やってもらいます」

突然東山監督が言い出した。
いつも通りの練習になると思っていた。
僕にディフェンスが二人ついてるのもいつも通り。
ジャンプボールが放られ、恭太がパスをしてフリーの真司がとる。その時

「ディフェンス!!」

女バスの監督が叫んだ。

僕の気のせいだろうか?なんか違和感を感じる女バスのディフェンス。
真司にマークが一人ついている。後は普通のゾーン?
その配置が異様だ。
真司も戸惑っている。
ドリブルで突破を試みる。
素早くダブルチームでプレスをしいてくる。
真司の足が止まった。
僕はフリーだったので真司のボールを受け取りに行く。
が、真司と僕の間にディフェンスが割り込んでパスを出せない。
24秒が過ぎた。
バスケは24秒以内にシュートしないとバイオレーションで自動的に相手の攻撃に変わる。

ディフェンスはいつも通りのゾーンで行く。
女バスは、ハーフコートの中を自由自在に動き回る。
パスを回しながらスクリーンを張りながら。
この攻撃は知っている。
なぜなら日本代表と同じフォーメーション。
フリーになった村川さんが3Pを打つ。やられた。
再びこちらの攻撃になる。
ハーフラインを越えると突然始まる謎のディフェンス。
パスを出そうにもパスのラインに割り込む女子のディフェンス。
蒼汰はドリブルで突破を試みるが逆にエンドラインに追い込まれる。
そうしている間に24秒また追い込まれた。

ピーッ!

10分が終了した。
結局男子は一回も攻撃が決まることは無かった。
それどころか一度もシュートを打たせてもらえなかった。
女子は10分でばてている。
初めてのディフェンスとオフェンスで消耗したのだろう。
あれだけ動けば仕方ない。

「どうでしたか?さっきのディフェンス」

東山監督がやってきた。

「なんすか!?あのディフェンス。妙にやりずらかったっす」

蒼汰がそう言う。

「まあ、あのディフェンスを40分出来るチームは国内にもそうはいないでしょう」

監督は言う。

「しかし、今ので露呈したでしょ。いかにうちのポイントガードが脆いか。そしてポイントガードに頼って自分からパスを受けに行こうとしない皆さんに」
「片桐つぶしにつかったんですか?」

恭太が聞いた。

「いえ、チーム全体を潰しに仕掛けました。みなさんの運動量がいかに足りないかを味わってもらうために」
「どうやって攻略したらいいんですか?」
「片桐君なら答えは見えているんじゃないですか?」

監督は言う。
答えは何となく分かった。
なぜならその答えも女バスが使っていたから。

「あのディフェンスを40分出来たら恐らく大学バスケでも日本一になれるでしょうね。それほどに体力を消耗する。攻略するにはアレを上回る運動量が必要になる。片桐君にもいい経験になると思いますよ。あのディフェンスを使う国は絶対に居ますから。例えばアメリカとか」

僕の目標の為に必ず勝たなければいけない相手……。

「片桐君、答えてください。あのディフェンスに対抗する手段。あのディフェンスを上回る運動量を必要とする攻撃方法」
「……女子がやっていた攻撃方法ですか?」
「そうですね、パスコースを塞いでくるならそれを上回る運動量でパスコースを作ってやるしかないでしょう。片桐君なら個人技で抜きに行くことも可能でしょうが……ポイントガードを塞がれては話になりません」

しかし、ポイントガード任せのプレイをしていたらだめだ。自らパスを受けに行く。そんなプレイを要求される。監督の言いたい事はそういう事か。

「あのディフェンスの理論教えてもらえますか?」

真司が監督に聞いた。

「難しい事はありませんよ。マンツーのようにプレイヤーに対してディフェンスするのでは無くボール保持者に対してはマークを付きますが。残りのメンバーはボール保持者と自分のマークマンの間に位置取りして常にパスの視界を塞ぎつつパスコースも消すというだけです。後はトップにパスを決して出させないようにコーナーに追い込んでいくことですかね」

理論を聞いていると簡単そうだけど、実際にディフェンスにつくのは大変だろうな。

「覚えろとはいいません、ですが実際にあのディフェンスを使ってくる大学はいます。日本一を目指すなら攻略する必要があります。自分たちのディフェンスにも取り込めれば敵はいませんね」

日本一か。

「さて、女子の休憩もそろそろ終わる頃でしょう。また挑戦しますか?」

僕達は立ち上がった。

「じゃあ、始めましょうか」

(2)

「あの白髭のおじさん。物言いは優しいけど言ってる事はえげつないっすね」

更衣室で蒼汰が言った。

「でも監督の言ってる事も一理ある。ポイントガードに頼ってるだけじゃ駄目だ。自分から動かないと」

恭太が言った。

「さらに体力の強化が必要だな」

真司がため息を吐く。

「あのディフェンス覚えたら。日本一狙えるんですよね?」

祐樹が言う。

「そうだろうね」
「攻撃は冬夜任せにしてあのディフェンスマスターするのってどうですか?」

祐樹が言う。

「攻撃を冬夜任せにしていたら冬夜がいないときどうする?」

真司が言うと「そうですね」と祐樹が言った。
やはりあのディフェンスを攻略することがカギなんだろうな。ポイントガードの強化と全体の運動量の底上げ。
ポイントガードだけじゃ駄目だ、やはりセンターにパスを通してからの戦術になるだろう。センターの強化も……。

「冬夜はどう思ってるんだ?」

真司が聞いてきた。

「皆と考えてることは同じだと思うけど?」
「と、言うと?」
「うちの基本戦術ランアンドガンの強化。多少点を取られてもそれを上回る攻撃力の特化。ディフェンスに止められてたらまずうちは勝てないと思う」
「厳しい事言うんだな」
「もっと厳しい事言うと、速攻を止められた時の戦術。さっき女子がやってたフォーメーションの習得かな」
「あれはどういう理論なんだ?」
「理論は単純だよ。ボール保持者を含めた3人でトライアングルを作って残りの二人でさらにトライアングルを作り出す。オープンサイドにパスを出す。パスを出したら素早く次のトライアングルを作る為に動く。選手とのスペースを一定の位置で保つ。パスは可能な限り素早く出す……こんなところかな」
「確かに理屈は単純だな。やるのは大変そうだが」
「そのくらい動かないとあのディフェンスは破れないって事だよ。逆にあのディフェンスを突破できればうちの攻撃は絶対止められない」
「速攻が止めらえたときの戦術か……確かにそれがあればうちは強くなれるな。やはり体力勝負になりそうだが」

真司は笑う。

「皆まだ伸びしろはあると思う。今日の練習はそれを再確認させたんだと思う」

僕が言うと皆うなずいた。

「じゃ、また一風呂浴びて帰るとしますか?」

僕が更衣室を出る際に佐が言った。

「監督はお前をポイントガードにしたいようだが……」

僕は首を振った。

「攻撃力を落すようなリスクは冒さないと思うよ。ただの皆の意識を変えさせるためだと思う」
「お前がポイントガードに入ったら俺がシューティングガードに入れると思ったんだがな」

そう言って佐は笑う。

「佐がポイントガードって手もあると思うよ」
「監督のさじ加減次第てか」
「そうだね」
「今度の監督はただの置物じゃないみたいだな」

佐は笑っていた。
また、地元大が強くなるのか。
春季大会が楽しみになってきた。

(3)

「かずさん、朝だよ」
「ああ、起きるよ」

花菜が朝食を作っている間に準備して着替える。
朝食を食べるとスーツを着てバッグを手に取る。

「かずさんネクタイ曲がってる」

花菜に直してもらった。

「じゃあ、初出勤頑張ってね」

花菜はそう言って送り出してくれた。
会社まではそう遠くない。
会社の駐車場に車を止めると会場に入る。
沢山の新入社員がいた。
そして入社式がはじまる。
お偉いさんの有難い言葉を受け、あらかじめ渡されていた社歌を歌わされる。
新入社員は最初の3か月は研修期間となる。
その後各部署に配属される。
会社の組織構成から経営理念。社則等を教えられる。
一日目はそれで終わった。
一緒になったグループと初日だという事で軽く飲もうといったが「妻がいるから」と断って帰った。

「おかえりなさい~」

夕食を準備していたのだろうか。良い匂いがする。

「先にお風呂しますか?」
「そうしようかな」

風呂に入ってダイニングに向かえば夕食と缶ビールが置かれてあった。

「初日はどうでしたか?」
「まだ研修期間だから仕事はさせてもらえてないよ」
「大変なんですね」

食事を終えると花菜は片づけを始める。
手伝おうとしたが。

「これは私の仕事だから」と断られた。

花菜はバイトを辞めた。
辞めさせたと言った方が正しいのか。
俺が正社員になるのだから花菜が働く必要はないだろうと思ったから。
その分花菜は家事に専念してくれた。

「あ、週末金曜日花見で遅くなるから」
「渡辺班の花見土曜ですよ?大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
「ならいいんですけど」

花菜は片づけが終わると洗濯をしながら風呂に入った。
洗濯を終えるとアイロンをかけながらテレビを見ている。
俺はビールを飲みながらテレビを見ていた。
花菜のアイロンがけが終わると花菜と二人でテレビを見る。
花菜はたまにスマホを見ながらテレビを見ていた。
そして日付が変わる前に寝室に向かう。

「今日はお疲れ様でした」
「ありがとう」
「それじゃ、おやすみなさい」

花菜はそう言って眠る。
そんな一週間を過ごしていた。

(3)

「皆飲み物とったか~?」

渡辺君が言う。

「それじゃ、前期がんばりましょう。乾杯!」

夜桜を楽しみながら一杯やる。
肴は女性陣が作ったお弁当。

いくつかのグループに分かれたようだ。
私のグループは啓介、片桐君、遠坂さん、多田夫妻。渡辺夫妻、咲良さん、檜山君、白鳥さん。
白鳥さんはオレンジジュースを手に私の隣にきた。

「ここ座っても?」
「かまないけど」

白鳥さんが私の隣に座る。

「いいの?旦那さん候補を放っておいて」

そう言って檜山君を見る。
檜山君は咲良さんの隣に座り皆と楽しく会話してる。

「ええ、振られたから」

素っ気なく答える白鳥さん。

「振られたって親が決めた縁談なのでしょ?簡単に別れられないでしょう?」
「私が断ったって言えば済む話だから」

興味があることがあった。

「あなた達の縁組は生まれたときから決められていたの?」
「いえ、私が18になる時に適当に見つけられた相手」

適当って……。

「体裁を守りたかったのでしょうね。それなりの地位の相手が欲しかったのでしょう」
「それで檜山君に?」
「そうみたいね」

淡々と話す白鳥さん。まるで他人事のように話す。そんな彼女から話しかけてきた。

「深雪さん……でしたっけ?深雪さんはどんな気持ちだった?」
「え?」
「話は知ってる。隣のご主人と生まれたときからの縁組だったって」
「そうね、そこまで知ってるんだったら話す事は無いと思うけど」

私は、啓介と結婚に至った過程を白鳥さんに話した。
彼女はうなずきながら聞いていた。

「なるほど……長い年月が感情をもたせたのね」
「気づかないうちにその感情をもっていたわ」

彼女は恋愛感情に興味を持ったのだろうか?
答えはノーだった。

「私には無理ね。時間が無さすぎるもの」
「そんな事無いよ?」

そう言ったのは白鳥さんの隣にいた遠坂さん。

「短い期間でも恋に落ちる時があるんだよ。それは突然で誰にもわからない。深雪さんは気づくのに時間がかかっただけ」
「私が檜山さんに恋をするかもしれないという事?遠坂さんは頭が良いって聞いたけど。本当はそうでもないんじゃない?私に檜山さんに恋をしろっていうの?」
「う、うぅ……」
「白鳥さんも洞察力が凄いと思ったけど意外と視野がせまいんだね。愛莉は檜山さんとは一言も言ってないよ?」

遠坂さんの隣にいた片桐君がそう言う。

「私に他の人を好きになれと言いたいわけ?」
「なれとは言わないよ。それは白鳥さんの意思だ。誰も強要することは出来ない」
「私が人を好きになるかもしれないって事?」
「可能性は否定しないよ」
「残念ながら可能性は0よ。分かってるんでしょ?私の心の中」
「そうだね。でも君みたいな人ほど綻びが出来たら案外もろいものだよ」

片桐君は自信あり気だった。
何か確信を持つ根拠があるのだろうか?

「根拠はそこにいる深雪さん。深雪さんも最初は君と一緒だった。でもスイッチを入れてやればあっという間に転がっていった」

私を例に挙げるのね。
私は苦笑した。

「大丈夫だ白鳥さん。白鳥さんの相手は俺達が責任もって見つけてくる。白鳥さんの幸せは……」
「恋をすることが幸せだとどうして言えるの?知らないことが良い事だって一杯あるでしょ?」

渡辺君がそう言うと白鳥さんは否定した。

「そんなに知ることが怖いかい?」

片桐君が口角をあげて言った。

「むしろ知りたいわ。そんなに幸せが待っているのなら。でも私は……」
「手に入れられないと思っていたものを今手にしているじゃないか」

片桐君がそう言うと白鳥さんは黙ってしまった。
何か考えているようだ。

「あなた達が教えてくれるというなら甘んじて受け入れましょう。本当に教えてくれるの?」
「僕たちは神様じゃない。他人に感情を押し付けるなんてただのエゴだよ」
「じゃあ、どうしてくれるの?」
「きっかけをつくるだけ。後は白鳥さん次第じゃないかな?」
「そうね」

片桐君は白鳥さんの回答に満足したのだろうか?私に話題を振ってきた。

「そういえば深雪さん凄いらしいね一週間しか経ってないのにもう手術執刀させてもらえたんだって?」
「そんな大したことじゃないわ。ただの虫垂炎の執刀よ。研修医なら誰でもさせてもらえるわ」
「それでも一週間でなんてすごいよ」

啓介が言った。

「うちの父さんも喜んでたよ。優秀な外科医が入ったって」
「凄いんですね。深雪さん」
「ありがとう。白鳥さん」

白鳥さんの顔は無表情だった。
この子に恋愛感情を持たせる。そんな事が可能なのだろうか?
私の時は既に芽生えていた。この子にはやっと友達が出来て喜んでいる程度。喜んでいるのかすら怪しい。
しかし私にそれを気づかせてくれたように、片桐君達ならやってのけるのだろう?
私はそれを邪魔せず見届けることにしよう。
桜舞うこの季節に彼女が思い出せるような恋を出来る事を祈ろう。

(5)

帰りは檜山さんと一緒に帰った。

「どうだ?渡辺班とはうまくやっていけそうか?」
「退屈はなさそうね」

年中イベントがあるようだ。

「次は下旬に冬夜の壮行会&新歓コンパやるんで」

と、渡辺さんが言っていた。
それが楽しい物かどうかはわからないけど。
今日深雪さんと話してみた。
境遇が似ていると思ったから。
どんな気持ちなんだろう?そう思って話しかけてみた。
私とは全く違う人。
深雪さんは気づいた時には恋をしていたという。
私は隣に座る男性に何の興味もない。
親が決めた、ただのお見合い相手にしかすぎない。
そのお見合い相手にも好きな人がいるらしい。
今付き合っている咲良さん。
別に何の問題もない。
彼に便宜を図って私が断ったという事にしようと提案した。
が、彼は私を呼び止めた。
そして渡辺班を紹介された。
渡辺班は不思議なグループ。
必ず恋が叶うという。
縁結びのご利益があるという不思議なグループ。
そんなグループが私に男を紹介するという。
そんな簡単にいくのだろうか?
恋という物に興味を持ったことは一度もない。
他者との交流すらほとんどなかった。
そんな中に現れたのが片桐さん。
私が欲しくて手に入れられないもの。
それをずばりと当て、そしてそれはここにあると言った。
恋人。
それがなに?
そんなに良い物なの?
彼は言う

それに気づくのは私次第だと。

私が興味があるのは幸福というもの。
しあわせってなに?
それはそんなに良い物なの?
追い求め彷徨う事に疲れ果て今星を見る。

「スマホ鳴ってるわよ」

きっと彼女からだろう。
彼はスマホを操作する。
別に嫉妬なんかしてない。
そもそも彼に好意なんてないのだから。
ただ興味があっただけ。
彼を夢中にさせるものに。

「悪いね」
「気にしないで」
「前に話してた友達の話……」
「?」

檜山さんが突然話し出した。

「それって君の初恋の相手?」
「違うわ」

即座に否定した。

「そうか……」

彼はそう言うと黙ってしまった。
そして彼の家につく。

「今日もありがとう。じゃ、また今度」
「そうね、また」

そう言って私は家に帰る。
家には誰もいない。
決まった時間にお世話役が来るだけ。
暇ではない。スマホがなりつづけるから。
他愛のない話で盛り上がる人たちに興味があった。興味?
私が生まれて初めて興味を持ったこと。
何となく読んでいた。
シャワーを浴びてベッドに入る。
綺麗な夢を見る。
綺麗な夢であればあるほど、目が覚めたその空は錆びついた青。
買っておいた紅茶とパンで朝食を済ませる。
私は気づいてなかった。
運命の振り子が私を揺らし始めたことに。
いつか私に一筋の光を見つけてくれる人が現れることに。
日曜日。
今日もスマホが鳴り響く。

(6)

「ねえ冬夜君?」
「どうした?」

タクシーにの後部座席に座って帰る僕達。
今日は愛莉は付き合い程度に飲んだくらいだった。

「白鳥さん大丈夫なの?」
「どういう意味?」
「うぅ……」

愛莉の言いたい意味分かったよ。

「絶対大丈夫、解決の糸口は見つけたって言ったろ?時間はかかるかもしれないけど」

渡辺君にも注文してある。白鳥さんの相手。

「その解決の糸口ってのがわかんないの!」
「白鳥さんは幾重にも張られた壁の中に閉じこもっているんだ」
「うん」
「その壁をぶち壊してしまえばいい」
「どうやって?」
「自分から出てきてもらうのが正攻法なんだろうけど、今回は強硬策に出ることにするよ。深雪さんの時と違って彼女頑なだしね」
「強硬策って?」
「文字通りだよ、ハンマーで壁を叩き壊す」
「うぅ……。意味が分からない」

愛莉にそっと耳打ちする。

「そんなことしたらますます壁が分厚くなるんじゃない?」
「そのくらい強硬手段に出ないと白鳥さんきっと出てこないと思う」

分厚い壁を修繕したとしてもいい、ひび割れた先の一筋の光が彼女に届いたらいい。

「いつも思うんだけどさ。冬夜君なんで他人の恋には敏感なのに私の想いは届いてくれないの?」
「気づいてるよ。例えば……」

愛莉に耳打ちする。

「……冬夜君のえっち!」

ぽかっ

いよいよ前期が始まる。
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