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LASTSEASON
空虚の輪郭
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(1)
「冬夜さん、起きてくださいな」
「おはよう愛莉」
「おはようございます……!」
久しくしてなかったからな、朝の挨拶。
「もう、困った人ですね」
嬉しそうに抱きつくと愛莉はすぐにベッドを出てキッチンに向かう。
僕はゆっくり着替えると準備をする。
終わる頃には愛莉の朝ごはんの仕度とお弁当の仕度を済ませている。
……やけに弁当の準備早いな。
なんでだろう?
「愛莉、いつもどうやってお弁当作ってるの?」
「え?」
愛莉が困っている。
どうしたんだろう?
「……言っても怒りませんか?」
「大丈夫だよ、言ってごらん」
冷食を使ったり昨日の夕飯のおかずの残りをつかったりしてるんだとか。
ご飯はタイマーで炊いたご飯にふりかけ等をかけてるらしい。
全然気づかなかった。
「手抜きですいません」
落ち込む愛莉。
そうか、朝愛莉がお弁当を作る時間奪っちゃったか。
「謝るのは僕の方だよ、愛莉のお弁当作る時間削っちゃったね?」
「そんなことありません。冬夜さんは朝幸せな時間をプレゼントしてくださいました」
「じゃ、早く食べよう。そんな素敵な時間すら削っちゃったら大変だ」
「そうですね」
そう言って愛莉と話をしながら食事をする。
「来月から試験日まで定時で上がって良いらしいけど……」
「何かあるんですか?」
「試験勉強に励めってさ」
「大変ですね」
大手だと一か月休暇くれるらしいんだけどさすがにそれは無理らしい。
まあ、休暇もらって試験落ちたらシャレにならないしプレッシャーがかからないだけましか。
朝食が終ると愛莉は片づけを始める。
その間に僕はコーヒーを用意する。
そしてリビングで愛莉を待つ。
愛莉は片づけを終えると、僕の隣に座る。
そしてテレビを見ながら色々話をする。
出勤の時間になると玄関に行く。
「それじゃ今日もお気をつけて、行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくるよ」
愛莉に見送られ会社に向かう。
会社に着くと既に準備を終えた神木さんが妙な体操をしている。
「あのさ、神木さん。まだ業務時間外だから話しかけてもいいよね?」
「どうかしましたか?」
「何やってるの?」
「体をほぐしてるんです。肩凝るでしょ」
「なるほどね」
そう言って僕も準備をする。
手帳を取り出して今日の予定を見る。
今日は外に出なくていいな。
朝礼が始まる。
朝礼が終ると業務開始。
「じゃ、冬夜後は任せた」
達彦先輩達はそう言って外回りに出かける。
社長も今日は訪問があるらしい。
すると男性社員は僕だけ。
そして坂本さんと飯塚さんVS神木さんという構図が自然と出来上がる。
誰かが言ってた。女性同士の争いに入るの危険だと。
10時になるとコーヒーの入ったコップが袖机の上に置かれる。ふと振り向くと夏美さんがいた。
夏美さんは、スマホを弄っている。
僕のスマホが鳴る。
夏美さんとのコミュニケーションを図るために社内でのスマホの使用は認められている。
「すいません」
「夏美さんがあやまることじゃないよ」
そう変身しておいた。
彼女はにこりと笑う。
「随分余裕あるんですね。わざわざコーヒーを入れるなんて時間無駄だと思ったことないんですか?」
神木さんが言う。
夏美さんは困惑している。
「女性がお茶を汲むもの。そんな古い固定観念があるから女性の立場は低いままなんですよ!」
神木さんはモニターを見続けてそう言い放つ。
「上原さんは気まずそうにしてる片桐さんを気遣っていれてるんでしょ!誰が空気悪くしてるのよ!」
「上原さんの好意を否定する権利はあなたには無い!」
始まった。
「この中で一番下っ端は片桐さんじゃないですか?まだ見習いなんでしょ?気遣いをするなら片桐さんなんじゃないですか?」
そう言い放つ神木さん。
「そ、そうだね。ありがとうね。夏美さん。片づけは自分でするから」
そんな時一本の電話が鳴った。受付の飯塚さんが電話を取る。
「はい、お電話ありがとうございます。瀬川税理士事務所でございます。はい、申し訳ありません。下田はただいま外出中でして……生憎と分かるものは外出中でして……こちらから折り返し……」
神木さんが電話を替わる様に言う。
「大変失礼しました。どのようなご用件で……はい、少々お待ちください」
神木さんは志井物産のファイルをと聞く。
僕がファイルを用意する。
神木さんはファイルをみながら電話対応する。
「なるほど、課税売上割合を間違えていますね。すぐに訂正してデータを送付します。大変申し訳ありませんでした。それでは失礼いたします」
電話を切ると僕を呼びつける。
「ここ間違えてるからすぐにデータを修正して。課税売上割合95%超えてる」
「でも、それって担当の下田先輩の確認とってやった方がいいんじゃ……」
「誰が見ても明らかなミス、先方は急いでる。そのくらいの判断もできないの?使えない正社員さんね」
「まちなさい!神木さんあなたはただの事務職よ!業務に口出しするのはどうかと思うわよ!」
坂本さんが割って入る。
「税理士免許なら3年前にとりました。必要なら見せましょうか?」
そう言って神木さんはバッグの中にある数ある免許から税理士免許を取り出して見せつける。
そんなもん常時持ってるものなのか?
「まだ文句ありますか?先方は急いでるの。さっさと作業に入りなさい!」
慌てて修正作業に入る。
修正が終ると神木さんに見せてチェックしてもらう。
OKがでるとデータを送付する。
しかしこの件はこれだけで終わらなかった。
社長に呼びつけられる僕と下田先輩と神木さん。
「どういう事だ!?説明しろ!」
「下田さんが作成した報告書では課税売上割合が95%未満でしたが試算しなおしたら95%に達していました。なら個別対応方式にした方が先方にはメリットがあると判断しました。なので片桐さんに修正するよう依頼しました」
「それを判断するのは俺だ!あんたじゃない!」
「正社員という肩書に自惚れてこんなミスを犯してる人に言われたくない!」
「片桐、間違いないのか」
消費税の節税の方法のひとつらしい。
課税売上割合が95%以上かつ課税売上が5億円以下である場合仕入れの消費税を全額控除できる。
逆に課税売上の割合が95%未満、または課税売上が5億円を超える場合は売り上げの消費税から仕入れの消費税の全額を控除できなくなる。
端数は切り捨てできる。
下田先輩の場合小数点以下が微妙に下回っていたので切り捨てて94%で計算してしまった。
しかし、計算するとずれがありちょっと修正すれば95%に達した。
分かりやすく言うと下田先輩は不課税と非課税を間違えて入力した。
課税売上の割合は企業の総収入を分母、課税売上と非課税売上の合計が分子となる。
課税売上は国内での普通にあり得る収入、非課税は土地の貸付、国債、株券等の譲渡。しかし株を所持していて得た配当金は不課税となりそもそも計算に入らない。
下田先輩はそれを勘違いしてしまった。
その分、課税売上の割合が僅かに上がり、95%を超えてしまった。
すると消費税は全額控除になる。
当然事業主は得をする。
と、社長に説明した。
「下田、お前は何をやってるんだ!」
社長は下田先輩を叱りつける。
「この程度の対応も出来ない社員一人しか残していなかったのも問題あったのでは?」
神木さんは言う。
「ま、まあ片桐君はまだ入社3か月目だ。お手柔らかに頼むよ」
「見習いの分際で事務員の業務時間の手を取らせコーヒーを淹れさせる態度は問題だと思います」
返す言葉が無かった。
「しかし、片桐君が受け持ってる事業主からは良い評価を得ているんだよ。とても真摯に対応してくれると……」
「それが仕事なのだから当然です。それに下田さんの案件だからと我関せずを決める態度にも問題があるかと」
「片桐君もこれから伸びる我が社の期待の人材だ。お手柔らかに頼むよ」
「社長がそれでいいなら私はそれ以上言いませんが」
神木さんは僕を見る。
「新入社員という椅子に胡坐をかいているといつか足下すくわれるわよ。現に沢尻さんというやり手が入社した。あなたの居場所なくなるわよ」
参ったな。社会に出てもまた椅子取り合戦か……。
そのあと社長に解放されると神木さんは何も言わず終了業務を終えて着替えて帰っていった。
「なんなのあの態度……」
坂本さんが言う。
この空気もなんとかしないとまずいんじゃないの?
「よう、冬夜。お前も絞られたみたいだな。ありゃ強敵だぞ」
達彦先輩は背中を叩いてそう言う。
時計は18時を回っていた。
退社すると、車に乗って愛莉に電話する。
「今から帰るよ」
「ええ……気を付けてくださいね」
「ああ」
家に帰ると愛莉が「おかえりなさい、お疲れ様でした」と出迎えてくれる。
今日は和食だった。
愛莉と二人で食べる。
「お味の方どうですか?もっと薄味の方がよろしいかったですか?」
「いや、美味しいよ」
愛莉はお猪口と徳利を出す。
「一杯どうぞ。私も今夜は頂きますから」
「ありがとう」
注がれた冷酒を一気に飲む。
それを見た愛莉が一言いう。
「で、何があったんですか?」
「……愛莉には隠し事はできないな?」
「夫婦に隠し事は無しですよ?」
愛莉は笑っている。
愛莉に今日あったことを話した。
「なるほど、神木さんて方はやり手なんですね」
愛莉が言う。
「でも冬夜さんは社長さんの言う通りこれからの人材ですよ。まだ資格すら取ってないんだから」
冬夜さんには伸びしろがいくらでもある。それなのに顧客には満足してもらえてるなんですごいですと愛莉は言う。
「愛莉の言う通りだな」
「さ、お風呂でも入ってさっぱりしてくださいな」
愛莉はそう言って片づけを始める。
僕は風呂に入ってゆっくり考える。
「そのうち足下すくわれますよ」
そう言う競争から逃げて来たつもりなんだけどな。今更逃げるわけにはいかないか?
風呂を出ると愛莉が家計簿をつけている。
「愛莉、お風呂空いたよ、入っておいで」
「はい」
愛莉が風呂に入ってる間テレビを見てる。
ぼーっと見てると愛莉が後ろから抱きついてきた。
「今日は忘れましょう?冬夜さん言ってました。『この一瞬も一瞬は積み重なっているんだ』って……」
「そうだったね、ありがとう愛莉」
愛莉の頭をなでると「えへへ」と照れ笑いをする。
じゃ、今日は寝ようか?
そうですね。
テレビを切って二人ベッドに入ると照明を落とす。
やがて静かな中に愛莉の寝息が聞こえてくる。
(2)
「今日をもって手術看護の真口さんと山辺さんが退職する。二人から挨拶があるらしい」
「お世話になりました」とか「貴重な経験をできましたとか」ありきたりな事しか言わない。
今月に入って5人目だ。
どうしたものやら。
「で、今日の準夜勤に欠員がでた。誰か代わってくれない?」
あんたが出ろよ!般若!どうせ何もしないで宿直室で寝てるんだろ!
般若は違う人に目をつけた。
「卜部さん、あなた明日は休みだったわね?準夜勤やってくれない?」
卜部さんは何も言わない。
卜部愛海。同期の子。大人しくて気弱で口数も少ないのをいいことに般若にいいように使われている。
卜部さんはああだこうだ言われて般若に使われ続けて15連勤している。今日だって日勤が終わったばかりなのに……死ぬぞ。
放っておけないので私は挙手した。
「すいません、卜部さんは今日夜から予定あるので無理です」
「どんな用事?」
般若が食いついてくる。
「私達と食事に行く予定です」
「私用と仕事どっちが大事なの!」
言われると思った。
「彼女日勤上がりです。疲れています。そんな状態で一人準夜勤は危険ではないかと」
あんたみたいに寝てるだけなら別だけどな。
「まあ、卜部さんはずっと働き詰めだったし予定があるならしょうがないわ。今日は私がやるわ」
早乙女さんが仲裁に入る。
般若はそれ以上何も言わなかった。何か言いたげだったが。
「さ、卜部さん行こう」
申し送りが終ると私は卜部さんの手を取って更衣室に行く。
「私、別に予定なんてない」
卜部さんが言う。
「それは好都合だわ。これから用事を作ってあげる」
ここじゃまずいか?
卜部さんの彼氏、神田先生は今日は当直じゃなかったはず。好都合だ。
「愛海、どうせ神田先生を待ってるつもりだったんでしょ?どうせなら近くのコーヒーショップで待とう?説明もしたいし」
そう言って愛海に神田先生に連絡するように言うと私の車でコーヒーショップに連れて行く。
穂乃果も一緒についてきた。
穂乃果は明日は準夜勤、私は深夜勤だ。
そして今日は週末。条件は揃ってる。
コーヒーショップについて注文をとると愛海にスマホを出すように言った。
「せっかくだからID交換しよう」
そう言って無理矢理渡辺班に招待する。
渡辺班の説明を穂乃果に任せて、渡辺班にメッセージを送る。
「急なんだけど今日飲み会しない?」
社会人組は問題ないようだ。
皆6月でそこまで忙しくないんだろう。
片桐君はちょっと遅れて来るらしい。月末で色々忙しいんだそうな。
学生組は関係ないみたい。大体来るって言ってた。
佐々木君だけが「いつもいつも飲み会ばかりで僕にも事情が」という。
「強制じゃないから来なくてもいいよ」
「豊どうせ暇でしょ。行こうよ。皆と仲良くしないと」柚希がそう言ってる。
「皆は酔って浮かれて楽しいんだろうけど、飲めないこっちは苦痛だよ」
「うだうだ言うなら来なくていい!!」美嘉が激怒する。
「別にそう言う意味で言ったんじゃないよ。ただ今日はどういう理由なわけ?急すぎるけど」
「新人歓迎会」
「ほう?それは興味あるな」
渡辺君が言う。
「店は俺がセッティングしておく。いつものところでいいな?」
「任せる」
やり取りを見て唖然としている愛海。
穂乃果が説明を終える頃愛海の彼氏・神田春馬先生が来た。
神田先生は小児外科の医師。
清潔感があるツーブロックショートヘアに醤油顔、長身で細身の体形。
仕事帰りと言った格好で現れた。
「いったいどういう事なんだい?」
神田先生が聞くと私は事情を説明する。
神田先生はコーヒーを啜りながら聞いていた。
「それはありがとう。でも愛海が入って大丈夫なのか?愛海は人見知りだし……」
「大丈夫です。神田先生がついてるから」
「え?」
「愛海、神田先生を招待しな」
私が言うと愛海は神田先生を渡辺班に招待する。
「……深雪先生も入ってるのか?」
神田先生は驚いていた。
私はログを見て確認する。
「じゃあ、20時に駅前に集合で」
そう言って店を出る。
「ちょっとやり方が強引じゃない?」
穂乃果が言う。
「回りくどいやり方は無しだって美嘉が言ってた」
そう言うと私は家に帰る。
あいつはいない。
車が無い所を見るとまた遊びに行ってるんだろう。
私は書置きして家を出た。
(3)
「お、冬夜来たか。こっちに来いよ」
僕達が着くと皆もう始めていた。
僕のテーブルには知らない人がいた。
ツーブロックショートヘアの男性にベリーショートヘアの女性。
二人とも亜依さんや穂乃果さん西松さんの同僚らしい。
僕の席には愛莉、悠木さんと長谷部さん、渡辺夫妻、亜依さん、中島夫妻、西松夫妻、そして真ん中にさっき紹介された。卜部愛海さんと神田春馬さんがいた。
あれ?
「亜依さん、桐谷君は」
「家にいなかったから書置きだけ残して来た」
ふーん。
「しかし深雪先生と飲めるなんて光栄です」
「神田先生の方が先輩ですよ」
「そんなの関係ありません、先生の技術は小児外科も絶賛してますよ」
深雪さんは赤ちゃんの心臓の手術もやってのけたらしい。
「しかしメッセージ読んだぞ。冬夜も大変みたいだな」
渡辺君が言う。
「僕の事より中島君はあれからどうなの?」
「俺達は文字通りやっと二人三脚をはじめたよ」
中島君がそう言うと穂乃果さんが照れ笑いしている。
上手くやっているようだ。
「ごめ~ん!ちょっと違うサークルで飲み会やっててさ!まだ間に合う?」
桐谷君がやって来た。
亜依さんは何も言わない。
「こんな感じの楽しいグループだから愛海も気楽にやりなよ」
「愛海っていうのか。私渡辺美嘉。美嘉でいいからな。よろしくな!」
亜依さんと美嘉さんが桐谷君に構うことなく話を進めている。
渡辺君も中島君と話をしている。
西松夫妻は神田さんと話をしている。
「深雪先生は本当にすごいですよ」
「そんな事無いです。当たり前のことをやってるだけです」
「神田先生の噂も父や深雪から聞いてます。外科医が少ないうちの病院には必要不可欠な人材だと」
「それを言ったら。突然のオペ看護をこなす看護師の対応力は西松病院はトップクラスだ」
西松病院て本当に「ヴァルハラ」って呼ばれてそうだな。
それより気になるのは、桐谷君の疎外感。
愛莉すら相手にしない。
さすがに気まずいので話を振ってみた。
「桐谷君は就活どうなの?」
「ちゃんとやってるよ。週1でハロワ行ってる」
へ?
「ハロワって週1更新だろ?だから週1で十分じゃん!」
「後は何やってるの?」
授業も1科目だけなんだろ?
「最近は友達の家で過ごしてる。ゲームしたり麻雀したり飯食い行ったり……あ、風俗は行ってないよ。怒られるから」
それを隣の席で聞いていた誠が何か言おうとしてるがカンナが「ほっとけ」と言う。
渡辺君達も全く相手にしていない。
まずいんじゃないのか?この空気。
それにさっきから気になっていた事。
「先輩今日もお疲れ様っす!今日は楽しんじゃってください」
晴斗がジョッキを持ってやってくる。
「ああ、ありがとう」
隣の席は多田夫妻、木元夫妻、晴斗、白鳥さん、檜山夫妻、水島夫妻。
反対側の席には、酒井夫妻、石原夫妻、秋吉夫妻、ますたーどのふたりに大原君と小泉君。
その隣に、真鍋夫妻、椎名夫妻、丹下夫妻、竹本夫妻。
多田夫妻たちの隣に、如月夫妻、梅本君、桜木さん、ちぃちゃん、翔、北村さん、栗林君。
その隣に、若宮君、涼宮さん、佐々木君、小林さん、小鳥遊さん、月見里君。
更にその隣が亀梨君、森園さん、三沢君、岸谷さん、公生、奈留、塚原さん、中山君。
分かりやすく言うと、多少混ざってるけど社会人組と学生組にわかれてる。
そしてそれぞれの席で盛り上がっている。
……考えすぎか?
「冬夜さんどうしたの?」
「あ、いや。何でも無いよ。愛莉」
「ならいいのですが……」
愛莉も感じているのだろうか?
「梅本君って車何載ってるの?」
桐谷君が聞いていた。
「もともとはラリーカーだった奴です」
「ああ、あれか!?峠とか言ってるの?」
「まあ、そうですね週末は通ってますね」
「だよな、やっぱり行くよな!」
「桐谷さんもいくの?」
「おお!さすがにドリフトで駆け抜けるのは難しいからグリップ走行で走ってるけどね」
「公道ならグリップだよね?」
梅本君と桐谷君が話している。
だが、誰も気にも止めない。
気にしたのは佐々木君。
「そんなに楽しいですか?山を上ったり下りたりするだけなのに?」
「やってみないと分かんねーよあのスリルは」
桐谷君が答える。
「その『やってみないと分かんない』とか『説明しても分からない』とかって逃げてるとしか思えないんですよね?自分ひとりで納得してるっていうんですか?ぶっちゃけやってる事道交法違反ですよ?」
「制限速度なんて守ってないやついくらでもいるだろ!」
「その『皆がやってるから自分もやる』ってのも情けなくないですか?自分の意見てのをもてないんですか?」
「お前は何がいいたいんだよ!」
桐谷君が怒鳴る
「僕はその危険な速度を出してまで得る快楽って言うのがどういうものか興味があるだけです。それはただのタバコとかアルコールとか薬物の依存症と似たような『やった者にしか分からねーよ』的な自分勝手な自己正当化じゃないのかって思うんですよね」
「ああ、そうだよ。やったことが無いお前には分からねー世界だよ!だよな!?誠」
だが、誠は相手にしない
「千歳。高槻君とはどうなんだ?上手くやれてるか?」
「この前父さんたちに紹介した」
「そうか。高槻君はバスケで食ってくつもりなのかい?」
「いえ……普通に就職しようと思います。木元さんのチームにいれてもらおうかなって」
「就職に困ったら言いなさい。渡辺班なら歓迎してあげるわよ」
恵美さんが言う。
「恵美ばかりずるいわよ、少しは善君のヘルプもちょうだい」
晶さんが言う。
「まあ、渡辺班にいる限り就職には困んねーよ!」
美嘉さんが言う。
「そうか、その手があったのか!恵美さん俺を雇ってくれない!?晶さんでもいいけど!?」
桐谷君が言うと二人は冷笑する。
「斡旋はするけどあなたが面接に通るとは思わないわね」
「同感ね、箸にも棒にも掛からぬ役立たずを入れるつもりは無いわね」
恵美さんと晶さんが言う。
「それって酷くね?高槻や冬夜は出来レースで俺は役立たずって……」
「桐谷君と高槻君や片桐君を同等に見て欲しいなんて勘違いも甚だしいわね」
「俺だって渡辺班の一員だぞ!」
「そういう事は相応の態度を示してから言うのね!」
恵美さんが一括する。
「どうしてもっていうなら阿南の付き人くらいなら考えてやってもいいけど」
「そういう差別ってどうかと思いますよ。渡辺班ってそんな非情な班だったんですか?」
佐々木君が言う。
誰も答えない。
「都合が悪い事になると、だんまりするのって大人の悪い癖だと思いますがどうなんですか?」
皆相手にしない。
「反論できないという事は図星なんだ。役に立たない人間は切り捨てる。思ったより渡辺班って冷酷非情な班なんですね」
「ああ、場がしらけたようだしそろそろ2次会に行かないか?」
渡辺君が言う。
「あの……私もいっていいですか?」
卜部さんが言う。
「ああ、構わんよ。君達の歓迎会なんだし」
「じゃあ俺も行こうかな」
神田さんが言う。
「待ってください、逃げるんですか!?意見を言い合う事って大事だって事くらい大人なら分かってると思うんですけど!それをどうせ言っても無駄って切り捨てるのは単なる逃げ口上じゃないですか!」
「二次会はいつものカラオケでいいか?あ、高校生組は自分で帰れるか?」
「自転車で来たので大丈夫です」
「気をつけてな」
やれやれ、収まりそうにないな。この話題をずっと続けてるのもうんざりだ。
「渡辺君、ラストオーダーまでまだ時間あるよね?」
「冬夜?」
「君は賢いから自分で気づくと思ったけど……言わなきゃわからないようだね」
「納得いく説明をしてくれるんですね?」
「佐々木君は2次会で話すとしてますは桐谷君から話そうか?」
「俺!?俺何も悪い事してないぜ!ちゃんと就活もしてる」
桐谷君が言う。
「桐谷君も僕が説明しないと分からない人間なの?自分で考えるって事をしたことある?」
「考えても分からないから聞いてるんだろ?」
僕はため息をついた。
折角の楽しい宴を気まずい空気のまま2次会に持って行くのも得策じゃない。
どういえば分かってもらえるかな?
「好きの反対は嫌いじゃない。って言えば二人共分かってもらえるかな?」
僕がそう言うと二人共頭を捻っていた。
(4)
2次会はカラオケに移動していた。
小林さんは佐々木君をつれて僕と渡辺君にひたすら謝っていた。
「こいつ昔っからこうなんです。自分が正しいと思うと絶対に意見を変えないやつで」
「知ってるよ、小林さんが謝ることじゃない。誰も怒ってないから」
小林さんが謝るのを僕が宥める。
桐谷君は別のサークルの2次会があると言ってどこかへ行ってしまった。
「で、自分だけ分かってるってのを止めてくれない?分かるように説明して欲しいんだけど?」
「佐々木君、バイトしてるんだってね?」
「してますよ。それが何か関係あるんですか?」
「バイト仲間と遊びに行ったりする?」
「そういう仲間必要ないと思ってるから、どうせ僕と討論しても話にならないし」
「だろうね」
皆はカラオケで盛り上がっている。
「また自分だけ分かってる顔してる。自分の意見を相手に説明する能力に欠けてる証拠じゃないですか」
「そうだな、これが会社の会議だったら大問題だ。会社の中でのコミュニケーションだったら問題あるかもしれないな」
渡辺君が言う。
「そういう事だろ?冬夜」
僕はうなずいた。
「佐々木君はコミュニケーション能力があるそうで。うちの愛莉が褒めてたよ」
「それがどうかしたの?」
「佐々木君は相手の意見をきちんと受け入れる事が出来るそうで」
「それが正しいなら受け入れるよ」
「相手の意見を取り入れたうえで自分の主張を通す。そうだね?」
「それが本来あるべき討論じゃないの?
「それは君が正しい。そこは認めるよ」
「じゃあ、僕がやっぱり正しいんじゃないか?」
自分は間違ってない。なら間違ってるのは片桐さんの方じゃないのかと佐々木君は言う。
「……君は僕達を逃げたと称したね?それは正しいよ」
得意気な顔をする、佐々木君。
「そうだよ僕達は逃げたんだ。はっきり意思表示をした。『君と討論する価値はない』『交渉するつもりは無い』」
「どういう意味?」
「さっき渡辺君が言ったろ?『会社の会議で同じ事をやったら大問題』って……」
「それとどう関係があるのさ?」
「ここは会社の会議じゃない、皆が集まって楽しく騒ぐ場だ。一人で自分勝手に問題提起して騒ぎ立てても誰も相手にしないよ」
「……興味ある意見だね。じゃあ、片桐さんならどうするの?」
「そうだな。例えば?」
「え?」
「さっきの話を例にすればいいの?」
「そうだね」
僕は皆に声をかけた。
「皆聞いて欲しい、桐谷君の就活についてだ。皆はどう思う?僕はこのままにしておいたら。苦労するのは亜依さんだと思うんだけど?」
「あいつの話はするだけ無駄だよ……」と亜依さん。
「あいつの話なんてするだけ無駄だ……」とカンナ。
「とはいえ、放っておくわけにかいかないだろ?このままだとヒモだぞあいつ」
渡辺君が言うと皆討論を始める。
「これで実践してみせたけど満足?」
僕は佐々木君に聞いてみた。
「僕との違いを説明してよ」
「簡単だよ。『そう言う差別ってどうかと思いますよ。渡辺班ってそんな非情な班だったんですか?』なんて頭から批判されたら誰だって頭にくる。そしてみんな疲れてるんだ。一々相手にするのも面倒だ」
「で、君の場合はどうなのさ?」
「討論の場を作るのさ。最初から自分の意見をぶつけるんじゃなくて。君の中での問題を提起して皆にその事を訴える。会議する場所を設けて席に着いてもらえるようにお願いする。ただそれだけだ」
佐々木君は自分の中でだけ討論の場所を作っていた。誰も座ってないのに。
それは佐々木君の中でだけ作られた空虚の輪郭。
佐々木君が興味のあること、それを訴える。そしたらその空虚の輪郭をそっと撫でてくれる人が出るかもしれない。
「僕が独り相撲していたという事?」
「そうだね」
佐々木君も理解したようだ。
「で、君の質問に答えるよ。好きの反対は嫌いじゃない。無関心だ。関心がない状態」
「……皆僕に無関心だって事?」
「佐々木君は渡辺班にはいってまだ日が浅い。さっきの質問の回答につながるんだけど『佐々木君に桐谷君の何が分かる?』……それがみんなの意見だよ」
「どうすれば関心を持ってもらえる?」
「それは態度で示せとしか答えようがないね。君が渡辺班の中でアピールするしかない」
アピールの仕方も気をつけないとね。という。
「じゃ、実践してみたら?」
僕は佐々木君に聞いてみた。
佐々木君はすっと立ち上がると、皆に訴えていた。
「どうして皆はそんなに桐谷さんの事を嫌がっているの?僕は渡辺班に入って日が浅い。彼の事が分からないから興味あるんだけど」
佐々木君がそう言うと皆黙る。
「まずはあいつのダメなところから説明しないと駄目か」
渡辺君がにやりと笑う。
「佐々木って言ったか?徹夜になること覚悟しておけ?」
カンナが言う。
「こっちは今日も般若のことでイライラしてんのにこれ以上イライラしないといけないのかよ!」
亜依さんが頭を抱える。
「私も明日準夜勤だから朝まで付き合うよ。亜依」
穂乃果さんが言う。
「……私も般若について言いたい」
卜部さんが言う。
「いいじゃねーか!久しぶりに朝まで付き合ってやらぁ!」
美嘉さんが言う。
「トーヤ!お前もなんか案を出せよ!お前が言いだした話題なんだからな!」
カンナが言う。
「わかったよ」
僕はジョッキを開けるとインターホンで注文する。
慌てて皆ジョッキを開けて「私の分も!」という。
注文を終えると座って答えた。
「そうだな、色々問題あるけど取りあえずは就職だね」
「冬夜さん、起きてくださいな」
「おはよう愛莉」
「おはようございます……!」
久しくしてなかったからな、朝の挨拶。
「もう、困った人ですね」
嬉しそうに抱きつくと愛莉はすぐにベッドを出てキッチンに向かう。
僕はゆっくり着替えると準備をする。
終わる頃には愛莉の朝ごはんの仕度とお弁当の仕度を済ませている。
……やけに弁当の準備早いな。
なんでだろう?
「愛莉、いつもどうやってお弁当作ってるの?」
「え?」
愛莉が困っている。
どうしたんだろう?
「……言っても怒りませんか?」
「大丈夫だよ、言ってごらん」
冷食を使ったり昨日の夕飯のおかずの残りをつかったりしてるんだとか。
ご飯はタイマーで炊いたご飯にふりかけ等をかけてるらしい。
全然気づかなかった。
「手抜きですいません」
落ち込む愛莉。
そうか、朝愛莉がお弁当を作る時間奪っちゃったか。
「謝るのは僕の方だよ、愛莉のお弁当作る時間削っちゃったね?」
「そんなことありません。冬夜さんは朝幸せな時間をプレゼントしてくださいました」
「じゃ、早く食べよう。そんな素敵な時間すら削っちゃったら大変だ」
「そうですね」
そう言って愛莉と話をしながら食事をする。
「来月から試験日まで定時で上がって良いらしいけど……」
「何かあるんですか?」
「試験勉強に励めってさ」
「大変ですね」
大手だと一か月休暇くれるらしいんだけどさすがにそれは無理らしい。
まあ、休暇もらって試験落ちたらシャレにならないしプレッシャーがかからないだけましか。
朝食が終ると愛莉は片づけを始める。
その間に僕はコーヒーを用意する。
そしてリビングで愛莉を待つ。
愛莉は片づけを終えると、僕の隣に座る。
そしてテレビを見ながら色々話をする。
出勤の時間になると玄関に行く。
「それじゃ今日もお気をつけて、行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくるよ」
愛莉に見送られ会社に向かう。
会社に着くと既に準備を終えた神木さんが妙な体操をしている。
「あのさ、神木さん。まだ業務時間外だから話しかけてもいいよね?」
「どうかしましたか?」
「何やってるの?」
「体をほぐしてるんです。肩凝るでしょ」
「なるほどね」
そう言って僕も準備をする。
手帳を取り出して今日の予定を見る。
今日は外に出なくていいな。
朝礼が始まる。
朝礼が終ると業務開始。
「じゃ、冬夜後は任せた」
達彦先輩達はそう言って外回りに出かける。
社長も今日は訪問があるらしい。
すると男性社員は僕だけ。
そして坂本さんと飯塚さんVS神木さんという構図が自然と出来上がる。
誰かが言ってた。女性同士の争いに入るの危険だと。
10時になるとコーヒーの入ったコップが袖机の上に置かれる。ふと振り向くと夏美さんがいた。
夏美さんは、スマホを弄っている。
僕のスマホが鳴る。
夏美さんとのコミュニケーションを図るために社内でのスマホの使用は認められている。
「すいません」
「夏美さんがあやまることじゃないよ」
そう変身しておいた。
彼女はにこりと笑う。
「随分余裕あるんですね。わざわざコーヒーを入れるなんて時間無駄だと思ったことないんですか?」
神木さんが言う。
夏美さんは困惑している。
「女性がお茶を汲むもの。そんな古い固定観念があるから女性の立場は低いままなんですよ!」
神木さんはモニターを見続けてそう言い放つ。
「上原さんは気まずそうにしてる片桐さんを気遣っていれてるんでしょ!誰が空気悪くしてるのよ!」
「上原さんの好意を否定する権利はあなたには無い!」
始まった。
「この中で一番下っ端は片桐さんじゃないですか?まだ見習いなんでしょ?気遣いをするなら片桐さんなんじゃないですか?」
そう言い放つ神木さん。
「そ、そうだね。ありがとうね。夏美さん。片づけは自分でするから」
そんな時一本の電話が鳴った。受付の飯塚さんが電話を取る。
「はい、お電話ありがとうございます。瀬川税理士事務所でございます。はい、申し訳ありません。下田はただいま外出中でして……生憎と分かるものは外出中でして……こちらから折り返し……」
神木さんが電話を替わる様に言う。
「大変失礼しました。どのようなご用件で……はい、少々お待ちください」
神木さんは志井物産のファイルをと聞く。
僕がファイルを用意する。
神木さんはファイルをみながら電話対応する。
「なるほど、課税売上割合を間違えていますね。すぐに訂正してデータを送付します。大変申し訳ありませんでした。それでは失礼いたします」
電話を切ると僕を呼びつける。
「ここ間違えてるからすぐにデータを修正して。課税売上割合95%超えてる」
「でも、それって担当の下田先輩の確認とってやった方がいいんじゃ……」
「誰が見ても明らかなミス、先方は急いでる。そのくらいの判断もできないの?使えない正社員さんね」
「まちなさい!神木さんあなたはただの事務職よ!業務に口出しするのはどうかと思うわよ!」
坂本さんが割って入る。
「税理士免許なら3年前にとりました。必要なら見せましょうか?」
そう言って神木さんはバッグの中にある数ある免許から税理士免許を取り出して見せつける。
そんなもん常時持ってるものなのか?
「まだ文句ありますか?先方は急いでるの。さっさと作業に入りなさい!」
慌てて修正作業に入る。
修正が終ると神木さんに見せてチェックしてもらう。
OKがでるとデータを送付する。
しかしこの件はこれだけで終わらなかった。
社長に呼びつけられる僕と下田先輩と神木さん。
「どういう事だ!?説明しろ!」
「下田さんが作成した報告書では課税売上割合が95%未満でしたが試算しなおしたら95%に達していました。なら個別対応方式にした方が先方にはメリットがあると判断しました。なので片桐さんに修正するよう依頼しました」
「それを判断するのは俺だ!あんたじゃない!」
「正社員という肩書に自惚れてこんなミスを犯してる人に言われたくない!」
「片桐、間違いないのか」
消費税の節税の方法のひとつらしい。
課税売上割合が95%以上かつ課税売上が5億円以下である場合仕入れの消費税を全額控除できる。
逆に課税売上の割合が95%未満、または課税売上が5億円を超える場合は売り上げの消費税から仕入れの消費税の全額を控除できなくなる。
端数は切り捨てできる。
下田先輩の場合小数点以下が微妙に下回っていたので切り捨てて94%で計算してしまった。
しかし、計算するとずれがありちょっと修正すれば95%に達した。
分かりやすく言うと下田先輩は不課税と非課税を間違えて入力した。
課税売上の割合は企業の総収入を分母、課税売上と非課税売上の合計が分子となる。
課税売上は国内での普通にあり得る収入、非課税は土地の貸付、国債、株券等の譲渡。しかし株を所持していて得た配当金は不課税となりそもそも計算に入らない。
下田先輩はそれを勘違いしてしまった。
その分、課税売上の割合が僅かに上がり、95%を超えてしまった。
すると消費税は全額控除になる。
当然事業主は得をする。
と、社長に説明した。
「下田、お前は何をやってるんだ!」
社長は下田先輩を叱りつける。
「この程度の対応も出来ない社員一人しか残していなかったのも問題あったのでは?」
神木さんは言う。
「ま、まあ片桐君はまだ入社3か月目だ。お手柔らかに頼むよ」
「見習いの分際で事務員の業務時間の手を取らせコーヒーを淹れさせる態度は問題だと思います」
返す言葉が無かった。
「しかし、片桐君が受け持ってる事業主からは良い評価を得ているんだよ。とても真摯に対応してくれると……」
「それが仕事なのだから当然です。それに下田さんの案件だからと我関せずを決める態度にも問題があるかと」
「片桐君もこれから伸びる我が社の期待の人材だ。お手柔らかに頼むよ」
「社長がそれでいいなら私はそれ以上言いませんが」
神木さんは僕を見る。
「新入社員という椅子に胡坐をかいているといつか足下すくわれるわよ。現に沢尻さんというやり手が入社した。あなたの居場所なくなるわよ」
参ったな。社会に出てもまた椅子取り合戦か……。
そのあと社長に解放されると神木さんは何も言わず終了業務を終えて着替えて帰っていった。
「なんなのあの態度……」
坂本さんが言う。
この空気もなんとかしないとまずいんじゃないの?
「よう、冬夜。お前も絞られたみたいだな。ありゃ強敵だぞ」
達彦先輩は背中を叩いてそう言う。
時計は18時を回っていた。
退社すると、車に乗って愛莉に電話する。
「今から帰るよ」
「ええ……気を付けてくださいね」
「ああ」
家に帰ると愛莉が「おかえりなさい、お疲れ様でした」と出迎えてくれる。
今日は和食だった。
愛莉と二人で食べる。
「お味の方どうですか?もっと薄味の方がよろしいかったですか?」
「いや、美味しいよ」
愛莉はお猪口と徳利を出す。
「一杯どうぞ。私も今夜は頂きますから」
「ありがとう」
注がれた冷酒を一気に飲む。
それを見た愛莉が一言いう。
「で、何があったんですか?」
「……愛莉には隠し事はできないな?」
「夫婦に隠し事は無しですよ?」
愛莉は笑っている。
愛莉に今日あったことを話した。
「なるほど、神木さんて方はやり手なんですね」
愛莉が言う。
「でも冬夜さんは社長さんの言う通りこれからの人材ですよ。まだ資格すら取ってないんだから」
冬夜さんには伸びしろがいくらでもある。それなのに顧客には満足してもらえてるなんですごいですと愛莉は言う。
「愛莉の言う通りだな」
「さ、お風呂でも入ってさっぱりしてくださいな」
愛莉はそう言って片づけを始める。
僕は風呂に入ってゆっくり考える。
「そのうち足下すくわれますよ」
そう言う競争から逃げて来たつもりなんだけどな。今更逃げるわけにはいかないか?
風呂を出ると愛莉が家計簿をつけている。
「愛莉、お風呂空いたよ、入っておいで」
「はい」
愛莉が風呂に入ってる間テレビを見てる。
ぼーっと見てると愛莉が後ろから抱きついてきた。
「今日は忘れましょう?冬夜さん言ってました。『この一瞬も一瞬は積み重なっているんだ』って……」
「そうだったね、ありがとう愛莉」
愛莉の頭をなでると「えへへ」と照れ笑いをする。
じゃ、今日は寝ようか?
そうですね。
テレビを切って二人ベッドに入ると照明を落とす。
やがて静かな中に愛莉の寝息が聞こえてくる。
(2)
「今日をもって手術看護の真口さんと山辺さんが退職する。二人から挨拶があるらしい」
「お世話になりました」とか「貴重な経験をできましたとか」ありきたりな事しか言わない。
今月に入って5人目だ。
どうしたものやら。
「で、今日の準夜勤に欠員がでた。誰か代わってくれない?」
あんたが出ろよ!般若!どうせ何もしないで宿直室で寝てるんだろ!
般若は違う人に目をつけた。
「卜部さん、あなた明日は休みだったわね?準夜勤やってくれない?」
卜部さんは何も言わない。
卜部愛海。同期の子。大人しくて気弱で口数も少ないのをいいことに般若にいいように使われている。
卜部さんはああだこうだ言われて般若に使われ続けて15連勤している。今日だって日勤が終わったばかりなのに……死ぬぞ。
放っておけないので私は挙手した。
「すいません、卜部さんは今日夜から予定あるので無理です」
「どんな用事?」
般若が食いついてくる。
「私達と食事に行く予定です」
「私用と仕事どっちが大事なの!」
言われると思った。
「彼女日勤上がりです。疲れています。そんな状態で一人準夜勤は危険ではないかと」
あんたみたいに寝てるだけなら別だけどな。
「まあ、卜部さんはずっと働き詰めだったし予定があるならしょうがないわ。今日は私がやるわ」
早乙女さんが仲裁に入る。
般若はそれ以上何も言わなかった。何か言いたげだったが。
「さ、卜部さん行こう」
申し送りが終ると私は卜部さんの手を取って更衣室に行く。
「私、別に予定なんてない」
卜部さんが言う。
「それは好都合だわ。これから用事を作ってあげる」
ここじゃまずいか?
卜部さんの彼氏、神田先生は今日は当直じゃなかったはず。好都合だ。
「愛海、どうせ神田先生を待ってるつもりだったんでしょ?どうせなら近くのコーヒーショップで待とう?説明もしたいし」
そう言って愛海に神田先生に連絡するように言うと私の車でコーヒーショップに連れて行く。
穂乃果も一緒についてきた。
穂乃果は明日は準夜勤、私は深夜勤だ。
そして今日は週末。条件は揃ってる。
コーヒーショップについて注文をとると愛海にスマホを出すように言った。
「せっかくだからID交換しよう」
そう言って無理矢理渡辺班に招待する。
渡辺班の説明を穂乃果に任せて、渡辺班にメッセージを送る。
「急なんだけど今日飲み会しない?」
社会人組は問題ないようだ。
皆6月でそこまで忙しくないんだろう。
片桐君はちょっと遅れて来るらしい。月末で色々忙しいんだそうな。
学生組は関係ないみたい。大体来るって言ってた。
佐々木君だけが「いつもいつも飲み会ばかりで僕にも事情が」という。
「強制じゃないから来なくてもいいよ」
「豊どうせ暇でしょ。行こうよ。皆と仲良くしないと」柚希がそう言ってる。
「皆は酔って浮かれて楽しいんだろうけど、飲めないこっちは苦痛だよ」
「うだうだ言うなら来なくていい!!」美嘉が激怒する。
「別にそう言う意味で言ったんじゃないよ。ただ今日はどういう理由なわけ?急すぎるけど」
「新人歓迎会」
「ほう?それは興味あるな」
渡辺君が言う。
「店は俺がセッティングしておく。いつものところでいいな?」
「任せる」
やり取りを見て唖然としている愛海。
穂乃果が説明を終える頃愛海の彼氏・神田春馬先生が来た。
神田先生は小児外科の医師。
清潔感があるツーブロックショートヘアに醤油顔、長身で細身の体形。
仕事帰りと言った格好で現れた。
「いったいどういう事なんだい?」
神田先生が聞くと私は事情を説明する。
神田先生はコーヒーを啜りながら聞いていた。
「それはありがとう。でも愛海が入って大丈夫なのか?愛海は人見知りだし……」
「大丈夫です。神田先生がついてるから」
「え?」
「愛海、神田先生を招待しな」
私が言うと愛海は神田先生を渡辺班に招待する。
「……深雪先生も入ってるのか?」
神田先生は驚いていた。
私はログを見て確認する。
「じゃあ、20時に駅前に集合で」
そう言って店を出る。
「ちょっとやり方が強引じゃない?」
穂乃果が言う。
「回りくどいやり方は無しだって美嘉が言ってた」
そう言うと私は家に帰る。
あいつはいない。
車が無い所を見るとまた遊びに行ってるんだろう。
私は書置きして家を出た。
(3)
「お、冬夜来たか。こっちに来いよ」
僕達が着くと皆もう始めていた。
僕のテーブルには知らない人がいた。
ツーブロックショートヘアの男性にベリーショートヘアの女性。
二人とも亜依さんや穂乃果さん西松さんの同僚らしい。
僕の席には愛莉、悠木さんと長谷部さん、渡辺夫妻、亜依さん、中島夫妻、西松夫妻、そして真ん中にさっき紹介された。卜部愛海さんと神田春馬さんがいた。
あれ?
「亜依さん、桐谷君は」
「家にいなかったから書置きだけ残して来た」
ふーん。
「しかし深雪先生と飲めるなんて光栄です」
「神田先生の方が先輩ですよ」
「そんなの関係ありません、先生の技術は小児外科も絶賛してますよ」
深雪さんは赤ちゃんの心臓の手術もやってのけたらしい。
「しかしメッセージ読んだぞ。冬夜も大変みたいだな」
渡辺君が言う。
「僕の事より中島君はあれからどうなの?」
「俺達は文字通りやっと二人三脚をはじめたよ」
中島君がそう言うと穂乃果さんが照れ笑いしている。
上手くやっているようだ。
「ごめ~ん!ちょっと違うサークルで飲み会やっててさ!まだ間に合う?」
桐谷君がやって来た。
亜依さんは何も言わない。
「こんな感じの楽しいグループだから愛海も気楽にやりなよ」
「愛海っていうのか。私渡辺美嘉。美嘉でいいからな。よろしくな!」
亜依さんと美嘉さんが桐谷君に構うことなく話を進めている。
渡辺君も中島君と話をしている。
西松夫妻は神田さんと話をしている。
「深雪先生は本当にすごいですよ」
「そんな事無いです。当たり前のことをやってるだけです」
「神田先生の噂も父や深雪から聞いてます。外科医が少ないうちの病院には必要不可欠な人材だと」
「それを言ったら。突然のオペ看護をこなす看護師の対応力は西松病院はトップクラスだ」
西松病院て本当に「ヴァルハラ」って呼ばれてそうだな。
それより気になるのは、桐谷君の疎外感。
愛莉すら相手にしない。
さすがに気まずいので話を振ってみた。
「桐谷君は就活どうなの?」
「ちゃんとやってるよ。週1でハロワ行ってる」
へ?
「ハロワって週1更新だろ?だから週1で十分じゃん!」
「後は何やってるの?」
授業も1科目だけなんだろ?
「最近は友達の家で過ごしてる。ゲームしたり麻雀したり飯食い行ったり……あ、風俗は行ってないよ。怒られるから」
それを隣の席で聞いていた誠が何か言おうとしてるがカンナが「ほっとけ」と言う。
渡辺君達も全く相手にしていない。
まずいんじゃないのか?この空気。
それにさっきから気になっていた事。
「先輩今日もお疲れ様っす!今日は楽しんじゃってください」
晴斗がジョッキを持ってやってくる。
「ああ、ありがとう」
隣の席は多田夫妻、木元夫妻、晴斗、白鳥さん、檜山夫妻、水島夫妻。
反対側の席には、酒井夫妻、石原夫妻、秋吉夫妻、ますたーどのふたりに大原君と小泉君。
その隣に、真鍋夫妻、椎名夫妻、丹下夫妻、竹本夫妻。
多田夫妻たちの隣に、如月夫妻、梅本君、桜木さん、ちぃちゃん、翔、北村さん、栗林君。
その隣に、若宮君、涼宮さん、佐々木君、小林さん、小鳥遊さん、月見里君。
更にその隣が亀梨君、森園さん、三沢君、岸谷さん、公生、奈留、塚原さん、中山君。
分かりやすく言うと、多少混ざってるけど社会人組と学生組にわかれてる。
そしてそれぞれの席で盛り上がっている。
……考えすぎか?
「冬夜さんどうしたの?」
「あ、いや。何でも無いよ。愛莉」
「ならいいのですが……」
愛莉も感じているのだろうか?
「梅本君って車何載ってるの?」
桐谷君が聞いていた。
「もともとはラリーカーだった奴です」
「ああ、あれか!?峠とか言ってるの?」
「まあ、そうですね週末は通ってますね」
「だよな、やっぱり行くよな!」
「桐谷さんもいくの?」
「おお!さすがにドリフトで駆け抜けるのは難しいからグリップ走行で走ってるけどね」
「公道ならグリップだよね?」
梅本君と桐谷君が話している。
だが、誰も気にも止めない。
気にしたのは佐々木君。
「そんなに楽しいですか?山を上ったり下りたりするだけなのに?」
「やってみないと分かんねーよあのスリルは」
桐谷君が答える。
「その『やってみないと分かんない』とか『説明しても分からない』とかって逃げてるとしか思えないんですよね?自分ひとりで納得してるっていうんですか?ぶっちゃけやってる事道交法違反ですよ?」
「制限速度なんて守ってないやついくらでもいるだろ!」
「その『皆がやってるから自分もやる』ってのも情けなくないですか?自分の意見てのをもてないんですか?」
「お前は何がいいたいんだよ!」
桐谷君が怒鳴る
「僕はその危険な速度を出してまで得る快楽って言うのがどういうものか興味があるだけです。それはただのタバコとかアルコールとか薬物の依存症と似たような『やった者にしか分からねーよ』的な自分勝手な自己正当化じゃないのかって思うんですよね」
「ああ、そうだよ。やったことが無いお前には分からねー世界だよ!だよな!?誠」
だが、誠は相手にしない
「千歳。高槻君とはどうなんだ?上手くやれてるか?」
「この前父さんたちに紹介した」
「そうか。高槻君はバスケで食ってくつもりなのかい?」
「いえ……普通に就職しようと思います。木元さんのチームにいれてもらおうかなって」
「就職に困ったら言いなさい。渡辺班なら歓迎してあげるわよ」
恵美さんが言う。
「恵美ばかりずるいわよ、少しは善君のヘルプもちょうだい」
晶さんが言う。
「まあ、渡辺班にいる限り就職には困んねーよ!」
美嘉さんが言う。
「そうか、その手があったのか!恵美さん俺を雇ってくれない!?晶さんでもいいけど!?」
桐谷君が言うと二人は冷笑する。
「斡旋はするけどあなたが面接に通るとは思わないわね」
「同感ね、箸にも棒にも掛からぬ役立たずを入れるつもりは無いわね」
恵美さんと晶さんが言う。
「それって酷くね?高槻や冬夜は出来レースで俺は役立たずって……」
「桐谷君と高槻君や片桐君を同等に見て欲しいなんて勘違いも甚だしいわね」
「俺だって渡辺班の一員だぞ!」
「そういう事は相応の態度を示してから言うのね!」
恵美さんが一括する。
「どうしてもっていうなら阿南の付き人くらいなら考えてやってもいいけど」
「そういう差別ってどうかと思いますよ。渡辺班ってそんな非情な班だったんですか?」
佐々木君が言う。
誰も答えない。
「都合が悪い事になると、だんまりするのって大人の悪い癖だと思いますがどうなんですか?」
皆相手にしない。
「反論できないという事は図星なんだ。役に立たない人間は切り捨てる。思ったより渡辺班って冷酷非情な班なんですね」
「ああ、場がしらけたようだしそろそろ2次会に行かないか?」
渡辺君が言う。
「あの……私もいっていいですか?」
卜部さんが言う。
「ああ、構わんよ。君達の歓迎会なんだし」
「じゃあ俺も行こうかな」
神田さんが言う。
「待ってください、逃げるんですか!?意見を言い合う事って大事だって事くらい大人なら分かってると思うんですけど!それをどうせ言っても無駄って切り捨てるのは単なる逃げ口上じゃないですか!」
「二次会はいつものカラオケでいいか?あ、高校生組は自分で帰れるか?」
「自転車で来たので大丈夫です」
「気をつけてな」
やれやれ、収まりそうにないな。この話題をずっと続けてるのもうんざりだ。
「渡辺君、ラストオーダーまでまだ時間あるよね?」
「冬夜?」
「君は賢いから自分で気づくと思ったけど……言わなきゃわからないようだね」
「納得いく説明をしてくれるんですね?」
「佐々木君は2次会で話すとしてますは桐谷君から話そうか?」
「俺!?俺何も悪い事してないぜ!ちゃんと就活もしてる」
桐谷君が言う。
「桐谷君も僕が説明しないと分からない人間なの?自分で考えるって事をしたことある?」
「考えても分からないから聞いてるんだろ?」
僕はため息をついた。
折角の楽しい宴を気まずい空気のまま2次会に持って行くのも得策じゃない。
どういえば分かってもらえるかな?
「好きの反対は嫌いじゃない。って言えば二人共分かってもらえるかな?」
僕がそう言うと二人共頭を捻っていた。
(4)
2次会はカラオケに移動していた。
小林さんは佐々木君をつれて僕と渡辺君にひたすら謝っていた。
「こいつ昔っからこうなんです。自分が正しいと思うと絶対に意見を変えないやつで」
「知ってるよ、小林さんが謝ることじゃない。誰も怒ってないから」
小林さんが謝るのを僕が宥める。
桐谷君は別のサークルの2次会があると言ってどこかへ行ってしまった。
「で、自分だけ分かってるってのを止めてくれない?分かるように説明して欲しいんだけど?」
「佐々木君、バイトしてるんだってね?」
「してますよ。それが何か関係あるんですか?」
「バイト仲間と遊びに行ったりする?」
「そういう仲間必要ないと思ってるから、どうせ僕と討論しても話にならないし」
「だろうね」
皆はカラオケで盛り上がっている。
「また自分だけ分かってる顔してる。自分の意見を相手に説明する能力に欠けてる証拠じゃないですか」
「そうだな、これが会社の会議だったら大問題だ。会社の中でのコミュニケーションだったら問題あるかもしれないな」
渡辺君が言う。
「そういう事だろ?冬夜」
僕はうなずいた。
「佐々木君はコミュニケーション能力があるそうで。うちの愛莉が褒めてたよ」
「それがどうかしたの?」
「佐々木君は相手の意見をきちんと受け入れる事が出来るそうで」
「それが正しいなら受け入れるよ」
「相手の意見を取り入れたうえで自分の主張を通す。そうだね?」
「それが本来あるべき討論じゃないの?
「それは君が正しい。そこは認めるよ」
「じゃあ、僕がやっぱり正しいんじゃないか?」
自分は間違ってない。なら間違ってるのは片桐さんの方じゃないのかと佐々木君は言う。
「……君は僕達を逃げたと称したね?それは正しいよ」
得意気な顔をする、佐々木君。
「そうだよ僕達は逃げたんだ。はっきり意思表示をした。『君と討論する価値はない』『交渉するつもりは無い』」
「どういう意味?」
「さっき渡辺君が言ったろ?『会社の会議で同じ事をやったら大問題』って……」
「それとどう関係があるのさ?」
「ここは会社の会議じゃない、皆が集まって楽しく騒ぐ場だ。一人で自分勝手に問題提起して騒ぎ立てても誰も相手にしないよ」
「……興味ある意見だね。じゃあ、片桐さんならどうするの?」
「そうだな。例えば?」
「え?」
「さっきの話を例にすればいいの?」
「そうだね」
僕は皆に声をかけた。
「皆聞いて欲しい、桐谷君の就活についてだ。皆はどう思う?僕はこのままにしておいたら。苦労するのは亜依さんだと思うんだけど?」
「あいつの話はするだけ無駄だよ……」と亜依さん。
「あいつの話なんてするだけ無駄だ……」とカンナ。
「とはいえ、放っておくわけにかいかないだろ?このままだとヒモだぞあいつ」
渡辺君が言うと皆討論を始める。
「これで実践してみせたけど満足?」
僕は佐々木君に聞いてみた。
「僕との違いを説明してよ」
「簡単だよ。『そう言う差別ってどうかと思いますよ。渡辺班ってそんな非情な班だったんですか?』なんて頭から批判されたら誰だって頭にくる。そしてみんな疲れてるんだ。一々相手にするのも面倒だ」
「で、君の場合はどうなのさ?」
「討論の場を作るのさ。最初から自分の意見をぶつけるんじゃなくて。君の中での問題を提起して皆にその事を訴える。会議する場所を設けて席に着いてもらえるようにお願いする。ただそれだけだ」
佐々木君は自分の中でだけ討論の場所を作っていた。誰も座ってないのに。
それは佐々木君の中でだけ作られた空虚の輪郭。
佐々木君が興味のあること、それを訴える。そしたらその空虚の輪郭をそっと撫でてくれる人が出るかもしれない。
「僕が独り相撲していたという事?」
「そうだね」
佐々木君も理解したようだ。
「で、君の質問に答えるよ。好きの反対は嫌いじゃない。無関心だ。関心がない状態」
「……皆僕に無関心だって事?」
「佐々木君は渡辺班にはいってまだ日が浅い。さっきの質問の回答につながるんだけど『佐々木君に桐谷君の何が分かる?』……それがみんなの意見だよ」
「どうすれば関心を持ってもらえる?」
「それは態度で示せとしか答えようがないね。君が渡辺班の中でアピールするしかない」
アピールの仕方も気をつけないとね。という。
「じゃ、実践してみたら?」
僕は佐々木君に聞いてみた。
佐々木君はすっと立ち上がると、皆に訴えていた。
「どうして皆はそんなに桐谷さんの事を嫌がっているの?僕は渡辺班に入って日が浅い。彼の事が分からないから興味あるんだけど」
佐々木君がそう言うと皆黙る。
「まずはあいつのダメなところから説明しないと駄目か」
渡辺君がにやりと笑う。
「佐々木って言ったか?徹夜になること覚悟しておけ?」
カンナが言う。
「こっちは今日も般若のことでイライラしてんのにこれ以上イライラしないといけないのかよ!」
亜依さんが頭を抱える。
「私も明日準夜勤だから朝まで付き合うよ。亜依」
穂乃果さんが言う。
「……私も般若について言いたい」
卜部さんが言う。
「いいじゃねーか!久しぶりに朝まで付き合ってやらぁ!」
美嘉さんが言う。
「トーヤ!お前もなんか案を出せよ!お前が言いだした話題なんだからな!」
カンナが言う。
「わかったよ」
僕はジョッキを開けるとインターホンで注文する。
慌てて皆ジョッキを開けて「私の分も!」という。
注文を終えると座って答えた。
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アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
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藤谷 要
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