414 / 442
LASTSEASON
夜明けの感傷
しおりを挟む
(1)
「そうだな、色々問題あるけど取りあえずは就職だね」
僕はそう言った。
突然始まった桐谷君についての会議。
「もうあいつはどうしようもねーよ!話して説教しても無駄骨じゃないか!」
「そうだ、今日だって逃げやがったじゃねーか!」
カンナと美嘉さんが言う。
愛莉は佐々木君に桐谷君の経緯を説明している。
晶さんや恵美さんに斡旋するだけするってのはどうだ?と聞いてみた。
「斡旋くらいはしてあげてもいいけど、斡旋相手への信用問題にも繋がるのよ」
「下請け業者でいいなら紹介してあげるけど、桐谷君の性根で長続きするか問題ね。恵美の言う通り信用問題に関わるわ」
恵美さんと晶さんが言った。
桐谷君の能力に見合った職はいくらでもある。だがそれを続ける気、やる気があるのかと言われると疑問だと言う。
「あれだけ言ってもあいつまだ職探してないんだろ?もう2か月無いんだぞ」
誠が言う。
確かにやる気が問題かもしれない。
未だにパートでいいと思ってるんだろうか?
「皆には悪いけどあいつのことで話し合うなんて無駄だと思う。これまで何度言っても聞かなかったんだし」
亜依さんが言う。
車の問題すら、まだ性懲りもなくやってる。
「グリップ走行だから安全だよ」
そういう問題じゃないんだけどな。
「だからあいつのことはもう放っておいて」
亜依さんが言う。
「そうはいかないでしょ。桐谷君一人なら放っておくけど、亜依さんの生活もかかってるんだ。放っておけない」
「冬夜の言う通りだな、これは亜依さんの為の話し合いだ」
渡辺君が言う。
「とりあえずあいつがいないと話にならねーだろ!」
美嘉さんが言う。
亜依さんが電話している。
「なるほどね」
愛莉の説明が済んだらしい。佐々木君が納得したようだ。
そして違う疑問を投げかける、
「桐谷さんという人については納得ました。そんな男と結婚した理由もわかりました。問題はこれからですよね。まずこれからも桐谷さんと一緒に暮らしていくのか?そこからじゃないですか?」
「駄目だよ佐々木君。さっき言ったでしょ、何度もその事は議論してきたって」
愛莉が佐々木君を窘める。
だけど亜依さんが言う。
「私にもどうしたらいいか分からないの。気にしなければいい。どうせ顔も合わせる事も無いんだし」
どうやら亜依さんの愚痴や不満を聞くのが嫌になったのか、亜依さんがいる間家に帰ってこないらしい。
その事を聞いた女性陣が当然のように怒り出す!
「働かない!家事もしない!嫁の相手もしない!亜依の事一体何だと思ってるんだあいつは!」
カンナが言う。
「亜依さん電話はどうなったの?」
僕は亜依さんに聞いてみた。
「来るってさ……」
「そうか……来るのか」
僕は考えていた。
桐谷君を更生する方法。
そんな方法あるのか?
「おまたせ~皆盛り上がってる~?」
2次会を楽しんできた桐谷君は上機嫌で入ってきた。
皆あきれ果てているのか?それとも怒りのあまりに声が出ないのか?誰も何も言わない。
「あれ~?皆どうしたの?歌わないの?じゃ、僕がいこうかな?」
端末を手にして曲を入れようとする桐谷君から渡辺君が端末を奪った。
「なにすんだよ!」
抗議する桐谷君の胸ぐらを掴み殴ろうとする。
それはまずい。とめないと。
最初に動いたのは、悠木さんだった。
「落ち着いて渡辺君、市役所員がカラオケ店で酔って暴行なんて不祥事洒落にならないわよ」
「悠木先輩の言う通りだ渡辺君落ち着け」
「渡辺君俺達は公務員だ。その事を忘れちゃいけない!」
悠木さんと長谷部さんと中島君が止める。
「じゃあ、私なら問題ないよな!瑛大、てめぇなんで呼び出されたのか分かってねーだろ!?」
渡辺君が桐谷君を離すと隣にいた美嘉さんが掴みかかるがカンナと誠が止める。
「美嘉さん落ち着いて!」
「そうだ美嘉!こんな奴殴る価値すらねーよ」
誠とカンナが言う。
「何で呼ばれたって?2次会やってるから来いって言われただけだけど?」
桐谷君が言う。
「桐谷君、さっき僕が言った質問覚えてる?」
「いや?」
「好きの反対って何だと思う?」
「ああ、それか。嫌いじゃないんだよね?なんなんだ?」
「無関心だよ。君は亜依さんとの接触を避けてるそうだね?」
「そりゃそうだろ!会えば愚痴と不満を言い続けるんだぜ?付き合ってらんねーよ!」
誠と美嘉さんの逆鱗に触れたようだ。
「じゃあ、お前は夫として亜依になにかしてやれてるのか?亜依はお前の家政婦でもお母さんでもないんだぞ!」
「就職する気もみせないし、家事もしない。嫁への不満だけは一丁前に垂れる。お前何様だ?」
美嘉さんと誠が言う。
「なんだよ?俺を説教したいわけ?そういう事なら俺帰るわ」
そう言って立ち去ろうとする桐谷君の両腕を渡辺君と誠が掴む。
「今更逃げられると思ってないだろうな?」
「座れ、瑛大。俺今すごい機嫌悪いんだ。何するか分かんねーぞ……」
「誠、お前もJリーガーだろ?落ち着け!」
僕が誠を押さえる。
そして桐谷君に言う。
「桐谷君、ここからは冷静に話し合おう。冷静にだ!一つでも選択を間違えたら間違いなく破滅だ」
「破滅ってなんだよ!?」
「文字通り君の身の破滅だ!何もかも失うぞ!」
「なんでそうなるんだよ!」
桐谷君は意味が分かってないらしい。
すると恵美さんと晶さんが言いだした。
「身の破滅……面白いわね。渡辺班の力を使えばこんな小者の一生くらいどうってことないわ」
「恵美の言うとおりね。少なくとも地元に居場所がなくなるくらいはできるわよ?」
「そういう事なら私も手を貸す」
「僕も手伝うよ」
白鳥さんと如月君も言う。
「上等じゃないか!どうするっていうんだ!?やれるもんならやってみろ!」
「とーや!正志たちと誠がいなければ何やってもいいんだよな!?私達だけでフルボッコにしてすまきにして河原に捨てて来ようぜ!」
美嘉さんがそう言う。
「美嘉ちゃん、それがいいわね。大丈夫そのくらいのもみ消しくらい造作でも無いわ」
恵美さんが言う。
「待て待て待て。これだから若い奴だけ集まるとどうなるか分からん」
「皆冷静になろう!そんな事をして亜依さんが救われるわけじゃないだろ」
「そうね、こういう時こそ片桐君を見習って冷静にならないと」
丹下さんと椎名さんと深雪さんが言う。
「こんな奴でも臓器が役に立つかもしれない。やるなら内臓に傷がつかないように頼む」
西松君がさり気なく恐ろしい事を言ってる。
僕も選択肢を間違えるわけにはいかないようだ。
しかし、男女関係なくこの場にいる皆が怒っている。
そして当の本人は泥酔している。
まずは本人をどうにかしないと。
「亜依さん明日のシフトはどうなってんの?」
「私は明日は深夜勤」
「とーや!皆の時間は構う事はねえ!徹夜の1日くらいどうってことない!」
「悪いな瑛大!私も明日はちょうど休みが取れたんだ」
亜依さんと美嘉さんとカンナが言う。
他の皆も考えないと駄目か……。
「桐谷君今はバイトはやってるの?」
「やってるよ!自分の小遣いくらい稼がないと。亜依の奴小遣いもくれないんだぜ!」
皆が絶句する。
亜依さんはため息をついてる。
「バイト代少しは生活費に入れてるんだよね?」
「入れてないよ。瑛大が言ったろ?自分の小遣いだって」
亜依さんが答えた。
「……桐谷君は現状をどういう風に把握してるの?」
「留年した大学生だよ。ただいま求職中で~す」
「……それだけ?」
「他に何があるって言うんだ冬夜?」
「例えば今生活出来てるのは誰のお蔭?」
「亜依のお蔭って言わせたいんだろ?その手の説教は聞き飽きたんだよ」
「いい加減にしろ!言っただろ!冷静になれって!」
僕が一喝すると、皆黙った。
「そ、そんなに怒るなって。どうしたんだよ冬夜」
「僕は言ったはずだ。冷静に真面目に答えないと待っているのは身の破滅だぞ」
渡辺班がその気になれば本当に社会的抹殺くらいしちゃうよ?
「わ、わかったよ。亜依のお蔭だよ」
「その亜依さんに何かしてあげてるの?」
「何もしてないよ。で、でも亜依に仕事辞めて楽に生活させてやろうとは考えてるんだぜ?」
え?
皆が驚いていた。
亜依さん自身も初耳だったみたいだ。
しかしその内容が絶望的だった。
有志を募って資金を集めて先物取引やFX、仮想通貨に手を出すというもの。
上手くいけば一日で数百万の金を手にする事が出来るだろう。
しかしどのくらいの資産を運用するつもりなのか知らないがレバレッジの制限がある現実でそんなにうまい話があるわけがない。
そして一日で数百万の利益を得るという事はその逆もあるという事。
素人が手を出して利益を出し続けることなど不可能に近い。
皆その事を理解していた。
だから誰も何も言わない。
僕が一人でその事を説明する。損失が資金を越えた時の追い金の事も説明する。
「リスクヘッジくらい考えているから大丈夫だって」
そうやって損切りを続けて身動きが取れなくなると正常な思考が出来なくなる。
それが大事故につながる。
必死に説得する。
しかし分かってもらえない。
「ちゃんとトレンドやオシレーターも勉強したから大丈夫」
「……雇用統計や金利の上下も予想できるの?」
「その動きを読んで注文するんだろ?」
素人の考え方だ。
雇用統計のや金利の変動その他様々な指標が発表されると上下の動きが激しくなる。
ロスカットを狙った動きをすることを分かっていない。
個人で予想できるもんじゃない。
「桐谷君!君のやってることは投資じゃない投機だ!それも限りなくギャンブルに近い」
僕がギャンブルの名前を口にしたときカンナが反応した。
「ギャンブルなのか?」
カンナが言うと僕はうなずいた。
投資は将来が有望な株などに長期的に資金を投じる事。
それに対して投機は相場の変動を利用して利益を得ようとする短期的な取引。
稼ごうと思うと派手な変動をする商品を相手にすることになる。
ただのギャンブルより質が悪いのはギャンブルなら損失、手持ちの金が無くなれば辞めざるを得ない。
しかし投機の場合損失が出ても、そのうち利益に転じるとポジションを抱え続け強制決済になるまで抱えることになる。
怖いのは土日をまたいでポジションを抱えた時強制決済の損失をはるかに超える損失を出した時。その時にはその不足分を補填しなければならない。
簡単に言うと負債だ。
簡単に説明すると皆は言葉を失う。
「絶対に損しない方法があるから大丈夫だよ」
「そんな方法があるというと思い込んでる時点でダメなんだよ」
僕は冷淡に言い放つ。
損を考えないトレーダーなんていない。
分かりやすいのは仮想通貨かな?
上がり続けると思っていた仮想通貨が突然急落する事件があった。
240万円が40万円まで急落する事件だ。
そんな損失を個人投資家が維持できるわけがない。
多額の借金を抱える人が急増した。
余金を使って「遊ぶ」分には構わない。
だけどそれで生活なんて絶対に無理だと僕は言った。
「確かに冬夜の言う通りだ。それで自己破産した人も俺達は見て来た」
渡辺君が言う。
「こういう奴なんだよ……もういいよ。私が悪いんだ……」
亜依さんが言う。
どうしたらわかってもらえるのだろう?
「あれも駄目、これも駄目、じゃあ俺はどうすればいいんだよ!?」
桐谷君が叫ぶ。
「桐谷君はどうしたいの?さっき説明した通り多額の借金を負うリスクがある。そしてその借金は君だけじゃない亜依さんも負うんだ。それだけの覚悟があるの?」
「……これ以上、亜依に迷惑はかけられない」
「……しかし君はもう借金を負ってしまってる」
「え?」
「亜依さんの信頼を著しく失墜してしまった。亜依さんだけじゃない、渡辺班全員に対してだ」
落ちるとこまで落ちてしまった。
「どうすれば取り戻せるんだ?」
「それは今後の桐谷君の行動次第じゃないのかい?」
「だからそれを教えてくれよ」
「それは僕にもわからない。多分亜依さんにもわからない」
「どういう事だよ?」
「君も投資の勉強をしたのなら知ってるんじゃないのか?信用できない人に何を期待する?」
どうせまた繰り返す。そんな人相手に何を求める?
「冬夜は言った。俺にまだ選択肢が残ってるって。まだ助かるんだろ!?」
「最後の選択肢を桐谷君はさっき間違えたじゃないか」
「あ……」
桐谷君は立ち尽くす。
そして膝を崩す。
そしてうめくように言った。
「申し訳ありませんでした」
だが誰も何も言わない。
「明後日からちゃんと仕事探します!家事もしっかりやります!」
桐谷君は必死に叫ぶ。だけど……。
「どうせまた口先だけだろ」
亜依さんの返事はとても冷たいものだった。
(2)
「どうせまた口先だけだろ」
私はどうでもよかった。
こいつが良くなることなんて微塵も期待していない。
こいつの事で悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなった。
そしてこいつの事で悩んでくれてる皆に申し訳なかった。
「話は終わったろ?今日は愛海と神田先生の歓迎会なんだ。盛り上がろうぜ」
皆黙っていた。
そんな気分じゃないか……。
そんな時だった。
「愛莉久々のカラオケだし一緒にあれ歌わないか?」
「え、ええ。冬夜さんから誘ってくれるなんて初めてじゃないですか?嬉しいです。どれにしますか?」
片桐君と愛莉が言い出した。
「決めてる間に私入れます」
美里が言う。
「じゃ、次私な」
神奈が言う。
「よっしゃ!飲みなおそうぜ!私ナマ!!」
「美嘉気をつけろよ!お前昼から仕事だろ!」
「徹夜するって言ったろ?問題ないって」
「いつもそう言って帰ったら寝てるだろ。起こす身にもなれ」
渡辺君達も普通にもどった。
「亜依、インターホンに近いんだから注文頼む」
神奈に言われて私は注文を聞いて注文する。
普通の2次会の空気になった。
瑛大などまるでいなかったかのように。
瑛大も混乱しているようだ。
皆が歌って飲んで騒いで。
瑛大1人を取り残して騒ぎ出す。
瑛大は皆が許してくれたと思ったのだろうか。
私の隣に座る。
私はどうしたらいいか分からなかった。
でも皆は示し合わせたかのように行動する。
瑛大などいない。
瑛大が歌ってる間誰も相手にしない。
瑛大が話しかけても誰も相手にしない。
ようやく瑛大が自分がおかれている現状に気付いた時、瑛大は部屋を飛び出した。
私が瑛大を追いかけようとしたら「亜依さん」と片桐君が声をかける。
「主催が勝手に抜けたら駄目でしょ?」
片桐君が言うと皆が笑っていた。
放っておけばいい。……でも。
「皆ごめん!」
私はそう言って部屋を飛び出した。
誰も止めなかった。
(3)
もう俺はいらない人間なんだ。
カラオケ店を出ると、タクシーを拾う。
「お客様どちらまでですか?」
そう運転手に言われた時ハッと気づいた。
俺はどこに帰ればいい?
どこに帰る場所がある?
どこにいけばいいんだ?
「……すいません。降ります」
タクシーを降りると一人街を彷徨う。
繁華街とは反対の方向、駅へ向かって歩く。
商店街の中を通っていく。
若者たちがダンスしたリスケボーしたりしている。
みんな夢や希望にあふれているんだろう。
俺なんかと違って。
夢も希望も未来も帰る場所さえ失ってしまった。
あるのは絶望と失望。
愛する人、友達、かけがえのない仲間。
全部を失ってしまった。
「もしもしそこの若いの?」
占い師に出会う。
「何か悩んでおるようだが相談に乗ろうか?お主の将来を占ってしんぜよう」
将来か……どうなるんだろうな?
占ってもらう事にした。
「何を占えばよいかね?」
「これから僕はどこにいけばいい?」
「ふむ……」
そういって占いを始めた。
「お主は全てを失った……そうじゃな?」
意外とわかるもんなんだな。
僕はうなずいた。
「しかしそれは思い込みだ。お主にはまだ救いがある」
水晶でも売りつける気か?
「お主は全てを失った。それだけだ」
「どういう意味?」
「負債を負ってるわけではない。取り返しのつかない過ちを犯したわけではない」
意味が分からない。
「人生負い目があるというのは負債を抱えるか罪を犯すくらい。お主はどちらも該当しない」
「負い目はある……大切な人を裏切ってしまった」
その人たちの信用を失ってしまった。
「……失ってしまったものはどうなると思う?」
占いの人に尋ねられた。
「どうなるんですか?」
「すべてを失ったものはあとは取り戻す生活をするだけじゃよ」
取り戻す……?
「取り戻せるんですか?」
「それはお主の努力次第だのう。とりあえず一番大切な物を取り戻すために帰るべき場所に帰ってみたらどうじゃ?」
占いの人はそう言う。
僕は駅に向かって歩いた
もう始発は出ていた。
(4)
私はタクシーで家に帰った。
家の照明は消えたまま。
慌ててドアを開ける。
誰もいない。
瑛大はまだ帰ってない。
あの馬鹿のことだ。どこかで飲んでるのか。
心配した私が馬鹿みたいだ。
どうして心配したんだろう?
全力でやばい予感がしたから。
あいつの目が虚ろだった。
今さらそんな事気にしてどうするんだ?
あいつに何も期待していない。
帰ってくるはずがない。
いつも通りの生活だ。
二度と返ってこない。
二度と会えない。
そう思った時衝動的に行動していた。
やっと見つけた命がけの出会い。
もがくように夢を見た。
闇雲に手を伸ばした。
瑛大の胸に聞きかかった。
瑛大と虹をかけたかっただけなのに……。
あいつに夜明けの感傷でぎゅっと抱いて欲しい。
夢の軌道に弾かれて飛び散るだけの愛の涙。
それがむき出しの痛みでもいい。
どうせ奈落を生き抜くなら、尽きるまで愛して死にたい。
ドアが開く。
瑛大が帰ってきた。
「どこほっつき歩いてたこの馬鹿!」
「ちょっとコンビニ寄ってた」
瑛大は求人情報雑誌を手にしていた。
「おれ……全部失ってしまったから」
瑛大がぼそりと呟く。
「おれ……もう一度手に入れようと思って……一番大切な物から手に入れようと思って」
「一番大切な物?」
「俺の一番大切な物は亜依だよ……失ったら取り戻せばいいって言われたから」
瑛大は一言一言を噛みしめるように言う。
「俺、まだ間に合うかな。亜依を取り戻すことできるかな?」
どう答えたらいいか分からなかった。
まだ許すというのか?このどうしようもない男を……。
「すぐに取り戻せるとは思わない。一生かけて取り戻すから。とりあえずここに居させてください」
亜依の傍に居させてください。そう瑛大が言う。
「ふざけるな、一生なんて待てるか!来年3月には挙式だぞ!」
「亜依?」
「お前って本当にどうしようも無い奴だな!!いてもいなくても心配ばかりかけさせやがって!」
「ごめん……」
ぐしゃぐしゃに夢を蹴ってその果てに向かって、空に咲きたかった。
空虚の輪郭をそっと撫でて欲しい。
時の波動にかき消されて、救えなかった愛の言葉。
だからもう一度答えを探そう。
掻きむしって濁らせてるのに笑顔の瑛大が好きだから。
そうか私はまだこのダメな男が好きなんだ。
だから諦めていても許してしまうんだ。
自分の感情を閉じ込めてしまいたいくらいに好きなんだ。
瑛大への愛が無くなれば心なんていらないからこの世界も消えてしまえと思うほどに。
(5)
「……で、トーヤ大先生はまた亜依の心を覗いたわけか?」
カンナが聞く。
「読んでないよ?」
「じゃあ、何で行かせたんだ?」
佐が聞く。
「読むまでもなかっただけだよ」
「答えになってないぞ冬夜」
渡辺君が聞く。
僕としてはこの大量のポテトを食べてからにしたいんだけど。
「冬夜さんだめですよ、ちゃんと皆の質問に食べてくださいな」
「答えたら食べ良い?」
「もう、しかたないですね」
愛莉の許可が出た。じゃあ答えよう。
「言ったよね?好きの反対は無関心だって」
「ああ、確かに言ってたな」
渡辺君が聞いてる。もうあとは考えるまでもないだろ?
「亜依さんは自分で飛び出していったよ?」
はい、説明終わり。
ポテト食べよう。
「なるほどな……まだ瑛大を心配していたってことか」
渡辺君が言う。
「でもまってよ。そうするともう一つ疑問が残るんだけど」
佐々木君が言う。
「どうした佐々木?」
カンナが言う。
「皆は示し合わせたように宴を再開したけどあれはどういう意図だったの?」
ああ、それね。
「あの時も言い出したのはトーヤだったな?どういう事だ」
またポテトお預けか……
すると愛莉が替わって答えてくれた。
「多分ね、その前に言った亜依の言葉で冬夜さんは気づいてたんだと思うの」
「亜依の言葉?」
愛莉がうなずく。
「『どうせまた口先だけだろ』一見無関心のようで実はそうじゃないんだと思う」
「どういう事だ遠坂さん?意味がさっぱりわからんぞ」
渡辺君が言う。
「う~ん。冬夜さん少し手を休めて頂けますか?」
「愛莉はトーヤを甘やかしすぎだ!こういう時はこうすりゃいいんだよ!」
カンナに皿を取りあげられた。暴挙だ。
しかたないな。
「またやるんだろ?って意味でしょ?」
僕が言うと皆が頭を捻る。
「どう聞いても信用0て感じなんだけど?」
佐々木君が言う。
「0=無じゃないよ?」
「また小難しい事を言い出すなお前は」
佐が言う。
「こういう風に捕らえたら分かりやすいのかな?『どうせ許してもまたやるんだろう』って」
「……なるほどな。許してもまたやるだろうからペナルティを考えてくれ。そう捕らえたわけか片桐は」
丹下さんが言う。
「冬夜はこれからどうなると思う?俺達はどう動けばいい?」
誠が聞く。
「これまで通りでいいんじゃない?僕達は縁結びは得意だけど縁を切るのは専門外だ。違う?」
「でもそれじゃ亜依がかわいそうですよ?」
愛莉が聞く。
「愛莉はさ、恋愛の終わりって何だと思う?」
「え?失恋じゃないのですか?」
「違うんだ、新しい恋を見つけた時。失恋してる間は失恋という感傷がまだ残っている」
「……言われてみるとそうかもですね」
もっとも亜依さんを落とすなら今がチャンスかもしれないけどね。
「そう言う事を考えたらいけません!」
愛莉に怒られた。
誰かに空虚の輪郭をそっと撫でて欲しい。
胸の鼓動に蹴飛ばされた愛の言葉は時の波動にかき消されて救えなかった。
だからもう一度応えて欲しい。
君を掻きむしって濁らせてしまうのに可憐に笑うとこが好きだから。
「そうだな、色々問題あるけど取りあえずは就職だね」
僕はそう言った。
突然始まった桐谷君についての会議。
「もうあいつはどうしようもねーよ!話して説教しても無駄骨じゃないか!」
「そうだ、今日だって逃げやがったじゃねーか!」
カンナと美嘉さんが言う。
愛莉は佐々木君に桐谷君の経緯を説明している。
晶さんや恵美さんに斡旋するだけするってのはどうだ?と聞いてみた。
「斡旋くらいはしてあげてもいいけど、斡旋相手への信用問題にも繋がるのよ」
「下請け業者でいいなら紹介してあげるけど、桐谷君の性根で長続きするか問題ね。恵美の言う通り信用問題に関わるわ」
恵美さんと晶さんが言った。
桐谷君の能力に見合った職はいくらでもある。だがそれを続ける気、やる気があるのかと言われると疑問だと言う。
「あれだけ言ってもあいつまだ職探してないんだろ?もう2か月無いんだぞ」
誠が言う。
確かにやる気が問題かもしれない。
未だにパートでいいと思ってるんだろうか?
「皆には悪いけどあいつのことで話し合うなんて無駄だと思う。これまで何度言っても聞かなかったんだし」
亜依さんが言う。
車の問題すら、まだ性懲りもなくやってる。
「グリップ走行だから安全だよ」
そういう問題じゃないんだけどな。
「だからあいつのことはもう放っておいて」
亜依さんが言う。
「そうはいかないでしょ。桐谷君一人なら放っておくけど、亜依さんの生活もかかってるんだ。放っておけない」
「冬夜の言う通りだな、これは亜依さんの為の話し合いだ」
渡辺君が言う。
「とりあえずあいつがいないと話にならねーだろ!」
美嘉さんが言う。
亜依さんが電話している。
「なるほどね」
愛莉の説明が済んだらしい。佐々木君が納得したようだ。
そして違う疑問を投げかける、
「桐谷さんという人については納得ました。そんな男と結婚した理由もわかりました。問題はこれからですよね。まずこれからも桐谷さんと一緒に暮らしていくのか?そこからじゃないですか?」
「駄目だよ佐々木君。さっき言ったでしょ、何度もその事は議論してきたって」
愛莉が佐々木君を窘める。
だけど亜依さんが言う。
「私にもどうしたらいいか分からないの。気にしなければいい。どうせ顔も合わせる事も無いんだし」
どうやら亜依さんの愚痴や不満を聞くのが嫌になったのか、亜依さんがいる間家に帰ってこないらしい。
その事を聞いた女性陣が当然のように怒り出す!
「働かない!家事もしない!嫁の相手もしない!亜依の事一体何だと思ってるんだあいつは!」
カンナが言う。
「亜依さん電話はどうなったの?」
僕は亜依さんに聞いてみた。
「来るってさ……」
「そうか……来るのか」
僕は考えていた。
桐谷君を更生する方法。
そんな方法あるのか?
「おまたせ~皆盛り上がってる~?」
2次会を楽しんできた桐谷君は上機嫌で入ってきた。
皆あきれ果てているのか?それとも怒りのあまりに声が出ないのか?誰も何も言わない。
「あれ~?皆どうしたの?歌わないの?じゃ、僕がいこうかな?」
端末を手にして曲を入れようとする桐谷君から渡辺君が端末を奪った。
「なにすんだよ!」
抗議する桐谷君の胸ぐらを掴み殴ろうとする。
それはまずい。とめないと。
最初に動いたのは、悠木さんだった。
「落ち着いて渡辺君、市役所員がカラオケ店で酔って暴行なんて不祥事洒落にならないわよ」
「悠木先輩の言う通りだ渡辺君落ち着け」
「渡辺君俺達は公務員だ。その事を忘れちゃいけない!」
悠木さんと長谷部さんと中島君が止める。
「じゃあ、私なら問題ないよな!瑛大、てめぇなんで呼び出されたのか分かってねーだろ!?」
渡辺君が桐谷君を離すと隣にいた美嘉さんが掴みかかるがカンナと誠が止める。
「美嘉さん落ち着いて!」
「そうだ美嘉!こんな奴殴る価値すらねーよ」
誠とカンナが言う。
「何で呼ばれたって?2次会やってるから来いって言われただけだけど?」
桐谷君が言う。
「桐谷君、さっき僕が言った質問覚えてる?」
「いや?」
「好きの反対って何だと思う?」
「ああ、それか。嫌いじゃないんだよね?なんなんだ?」
「無関心だよ。君は亜依さんとの接触を避けてるそうだね?」
「そりゃそうだろ!会えば愚痴と不満を言い続けるんだぜ?付き合ってらんねーよ!」
誠と美嘉さんの逆鱗に触れたようだ。
「じゃあ、お前は夫として亜依になにかしてやれてるのか?亜依はお前の家政婦でもお母さんでもないんだぞ!」
「就職する気もみせないし、家事もしない。嫁への不満だけは一丁前に垂れる。お前何様だ?」
美嘉さんと誠が言う。
「なんだよ?俺を説教したいわけ?そういう事なら俺帰るわ」
そう言って立ち去ろうとする桐谷君の両腕を渡辺君と誠が掴む。
「今更逃げられると思ってないだろうな?」
「座れ、瑛大。俺今すごい機嫌悪いんだ。何するか分かんねーぞ……」
「誠、お前もJリーガーだろ?落ち着け!」
僕が誠を押さえる。
そして桐谷君に言う。
「桐谷君、ここからは冷静に話し合おう。冷静にだ!一つでも選択を間違えたら間違いなく破滅だ」
「破滅ってなんだよ!?」
「文字通り君の身の破滅だ!何もかも失うぞ!」
「なんでそうなるんだよ!」
桐谷君は意味が分かってないらしい。
すると恵美さんと晶さんが言いだした。
「身の破滅……面白いわね。渡辺班の力を使えばこんな小者の一生くらいどうってことないわ」
「恵美の言うとおりね。少なくとも地元に居場所がなくなるくらいはできるわよ?」
「そういう事なら私も手を貸す」
「僕も手伝うよ」
白鳥さんと如月君も言う。
「上等じゃないか!どうするっていうんだ!?やれるもんならやってみろ!」
「とーや!正志たちと誠がいなければ何やってもいいんだよな!?私達だけでフルボッコにしてすまきにして河原に捨てて来ようぜ!」
美嘉さんがそう言う。
「美嘉ちゃん、それがいいわね。大丈夫そのくらいのもみ消しくらい造作でも無いわ」
恵美さんが言う。
「待て待て待て。これだから若い奴だけ集まるとどうなるか分からん」
「皆冷静になろう!そんな事をして亜依さんが救われるわけじゃないだろ」
「そうね、こういう時こそ片桐君を見習って冷静にならないと」
丹下さんと椎名さんと深雪さんが言う。
「こんな奴でも臓器が役に立つかもしれない。やるなら内臓に傷がつかないように頼む」
西松君がさり気なく恐ろしい事を言ってる。
僕も選択肢を間違えるわけにはいかないようだ。
しかし、男女関係なくこの場にいる皆が怒っている。
そして当の本人は泥酔している。
まずは本人をどうにかしないと。
「亜依さん明日のシフトはどうなってんの?」
「私は明日は深夜勤」
「とーや!皆の時間は構う事はねえ!徹夜の1日くらいどうってことない!」
「悪いな瑛大!私も明日はちょうど休みが取れたんだ」
亜依さんと美嘉さんとカンナが言う。
他の皆も考えないと駄目か……。
「桐谷君今はバイトはやってるの?」
「やってるよ!自分の小遣いくらい稼がないと。亜依の奴小遣いもくれないんだぜ!」
皆が絶句する。
亜依さんはため息をついてる。
「バイト代少しは生活費に入れてるんだよね?」
「入れてないよ。瑛大が言ったろ?自分の小遣いだって」
亜依さんが答えた。
「……桐谷君は現状をどういう風に把握してるの?」
「留年した大学生だよ。ただいま求職中で~す」
「……それだけ?」
「他に何があるって言うんだ冬夜?」
「例えば今生活出来てるのは誰のお蔭?」
「亜依のお蔭って言わせたいんだろ?その手の説教は聞き飽きたんだよ」
「いい加減にしろ!言っただろ!冷静になれって!」
僕が一喝すると、皆黙った。
「そ、そんなに怒るなって。どうしたんだよ冬夜」
「僕は言ったはずだ。冷静に真面目に答えないと待っているのは身の破滅だぞ」
渡辺班がその気になれば本当に社会的抹殺くらいしちゃうよ?
「わ、わかったよ。亜依のお蔭だよ」
「その亜依さんに何かしてあげてるの?」
「何もしてないよ。で、でも亜依に仕事辞めて楽に生活させてやろうとは考えてるんだぜ?」
え?
皆が驚いていた。
亜依さん自身も初耳だったみたいだ。
しかしその内容が絶望的だった。
有志を募って資金を集めて先物取引やFX、仮想通貨に手を出すというもの。
上手くいけば一日で数百万の金を手にする事が出来るだろう。
しかしどのくらいの資産を運用するつもりなのか知らないがレバレッジの制限がある現実でそんなにうまい話があるわけがない。
そして一日で数百万の利益を得るという事はその逆もあるという事。
素人が手を出して利益を出し続けることなど不可能に近い。
皆その事を理解していた。
だから誰も何も言わない。
僕が一人でその事を説明する。損失が資金を越えた時の追い金の事も説明する。
「リスクヘッジくらい考えているから大丈夫だって」
そうやって損切りを続けて身動きが取れなくなると正常な思考が出来なくなる。
それが大事故につながる。
必死に説得する。
しかし分かってもらえない。
「ちゃんとトレンドやオシレーターも勉強したから大丈夫」
「……雇用統計や金利の上下も予想できるの?」
「その動きを読んで注文するんだろ?」
素人の考え方だ。
雇用統計のや金利の変動その他様々な指標が発表されると上下の動きが激しくなる。
ロスカットを狙った動きをすることを分かっていない。
個人で予想できるもんじゃない。
「桐谷君!君のやってることは投資じゃない投機だ!それも限りなくギャンブルに近い」
僕がギャンブルの名前を口にしたときカンナが反応した。
「ギャンブルなのか?」
カンナが言うと僕はうなずいた。
投資は将来が有望な株などに長期的に資金を投じる事。
それに対して投機は相場の変動を利用して利益を得ようとする短期的な取引。
稼ごうと思うと派手な変動をする商品を相手にすることになる。
ただのギャンブルより質が悪いのはギャンブルなら損失、手持ちの金が無くなれば辞めざるを得ない。
しかし投機の場合損失が出ても、そのうち利益に転じるとポジションを抱え続け強制決済になるまで抱えることになる。
怖いのは土日をまたいでポジションを抱えた時強制決済の損失をはるかに超える損失を出した時。その時にはその不足分を補填しなければならない。
簡単に言うと負債だ。
簡単に説明すると皆は言葉を失う。
「絶対に損しない方法があるから大丈夫だよ」
「そんな方法があるというと思い込んでる時点でダメなんだよ」
僕は冷淡に言い放つ。
損を考えないトレーダーなんていない。
分かりやすいのは仮想通貨かな?
上がり続けると思っていた仮想通貨が突然急落する事件があった。
240万円が40万円まで急落する事件だ。
そんな損失を個人投資家が維持できるわけがない。
多額の借金を抱える人が急増した。
余金を使って「遊ぶ」分には構わない。
だけどそれで生活なんて絶対に無理だと僕は言った。
「確かに冬夜の言う通りだ。それで自己破産した人も俺達は見て来た」
渡辺君が言う。
「こういう奴なんだよ……もういいよ。私が悪いんだ……」
亜依さんが言う。
どうしたらわかってもらえるのだろう?
「あれも駄目、これも駄目、じゃあ俺はどうすればいいんだよ!?」
桐谷君が叫ぶ。
「桐谷君はどうしたいの?さっき説明した通り多額の借金を負うリスクがある。そしてその借金は君だけじゃない亜依さんも負うんだ。それだけの覚悟があるの?」
「……これ以上、亜依に迷惑はかけられない」
「……しかし君はもう借金を負ってしまってる」
「え?」
「亜依さんの信頼を著しく失墜してしまった。亜依さんだけじゃない、渡辺班全員に対してだ」
落ちるとこまで落ちてしまった。
「どうすれば取り戻せるんだ?」
「それは今後の桐谷君の行動次第じゃないのかい?」
「だからそれを教えてくれよ」
「それは僕にもわからない。多分亜依さんにもわからない」
「どういう事だよ?」
「君も投資の勉強をしたのなら知ってるんじゃないのか?信用できない人に何を期待する?」
どうせまた繰り返す。そんな人相手に何を求める?
「冬夜は言った。俺にまだ選択肢が残ってるって。まだ助かるんだろ!?」
「最後の選択肢を桐谷君はさっき間違えたじゃないか」
「あ……」
桐谷君は立ち尽くす。
そして膝を崩す。
そしてうめくように言った。
「申し訳ありませんでした」
だが誰も何も言わない。
「明後日からちゃんと仕事探します!家事もしっかりやります!」
桐谷君は必死に叫ぶ。だけど……。
「どうせまた口先だけだろ」
亜依さんの返事はとても冷たいものだった。
(2)
「どうせまた口先だけだろ」
私はどうでもよかった。
こいつが良くなることなんて微塵も期待していない。
こいつの事で悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなった。
そしてこいつの事で悩んでくれてる皆に申し訳なかった。
「話は終わったろ?今日は愛海と神田先生の歓迎会なんだ。盛り上がろうぜ」
皆黙っていた。
そんな気分じゃないか……。
そんな時だった。
「愛莉久々のカラオケだし一緒にあれ歌わないか?」
「え、ええ。冬夜さんから誘ってくれるなんて初めてじゃないですか?嬉しいです。どれにしますか?」
片桐君と愛莉が言い出した。
「決めてる間に私入れます」
美里が言う。
「じゃ、次私な」
神奈が言う。
「よっしゃ!飲みなおそうぜ!私ナマ!!」
「美嘉気をつけろよ!お前昼から仕事だろ!」
「徹夜するって言ったろ?問題ないって」
「いつもそう言って帰ったら寝てるだろ。起こす身にもなれ」
渡辺君達も普通にもどった。
「亜依、インターホンに近いんだから注文頼む」
神奈に言われて私は注文を聞いて注文する。
普通の2次会の空気になった。
瑛大などまるでいなかったかのように。
瑛大も混乱しているようだ。
皆が歌って飲んで騒いで。
瑛大1人を取り残して騒ぎ出す。
瑛大は皆が許してくれたと思ったのだろうか。
私の隣に座る。
私はどうしたらいいか分からなかった。
でも皆は示し合わせたかのように行動する。
瑛大などいない。
瑛大が歌ってる間誰も相手にしない。
瑛大が話しかけても誰も相手にしない。
ようやく瑛大が自分がおかれている現状に気付いた時、瑛大は部屋を飛び出した。
私が瑛大を追いかけようとしたら「亜依さん」と片桐君が声をかける。
「主催が勝手に抜けたら駄目でしょ?」
片桐君が言うと皆が笑っていた。
放っておけばいい。……でも。
「皆ごめん!」
私はそう言って部屋を飛び出した。
誰も止めなかった。
(3)
もう俺はいらない人間なんだ。
カラオケ店を出ると、タクシーを拾う。
「お客様どちらまでですか?」
そう運転手に言われた時ハッと気づいた。
俺はどこに帰ればいい?
どこに帰る場所がある?
どこにいけばいいんだ?
「……すいません。降ります」
タクシーを降りると一人街を彷徨う。
繁華街とは反対の方向、駅へ向かって歩く。
商店街の中を通っていく。
若者たちがダンスしたリスケボーしたりしている。
みんな夢や希望にあふれているんだろう。
俺なんかと違って。
夢も希望も未来も帰る場所さえ失ってしまった。
あるのは絶望と失望。
愛する人、友達、かけがえのない仲間。
全部を失ってしまった。
「もしもしそこの若いの?」
占い師に出会う。
「何か悩んでおるようだが相談に乗ろうか?お主の将来を占ってしんぜよう」
将来か……どうなるんだろうな?
占ってもらう事にした。
「何を占えばよいかね?」
「これから僕はどこにいけばいい?」
「ふむ……」
そういって占いを始めた。
「お主は全てを失った……そうじゃな?」
意外とわかるもんなんだな。
僕はうなずいた。
「しかしそれは思い込みだ。お主にはまだ救いがある」
水晶でも売りつける気か?
「お主は全てを失った。それだけだ」
「どういう意味?」
「負債を負ってるわけではない。取り返しのつかない過ちを犯したわけではない」
意味が分からない。
「人生負い目があるというのは負債を抱えるか罪を犯すくらい。お主はどちらも該当しない」
「負い目はある……大切な人を裏切ってしまった」
その人たちの信用を失ってしまった。
「……失ってしまったものはどうなると思う?」
占いの人に尋ねられた。
「どうなるんですか?」
「すべてを失ったものはあとは取り戻す生活をするだけじゃよ」
取り戻す……?
「取り戻せるんですか?」
「それはお主の努力次第だのう。とりあえず一番大切な物を取り戻すために帰るべき場所に帰ってみたらどうじゃ?」
占いの人はそう言う。
僕は駅に向かって歩いた
もう始発は出ていた。
(4)
私はタクシーで家に帰った。
家の照明は消えたまま。
慌ててドアを開ける。
誰もいない。
瑛大はまだ帰ってない。
あの馬鹿のことだ。どこかで飲んでるのか。
心配した私が馬鹿みたいだ。
どうして心配したんだろう?
全力でやばい予感がしたから。
あいつの目が虚ろだった。
今さらそんな事気にしてどうするんだ?
あいつに何も期待していない。
帰ってくるはずがない。
いつも通りの生活だ。
二度と返ってこない。
二度と会えない。
そう思った時衝動的に行動していた。
やっと見つけた命がけの出会い。
もがくように夢を見た。
闇雲に手を伸ばした。
瑛大の胸に聞きかかった。
瑛大と虹をかけたかっただけなのに……。
あいつに夜明けの感傷でぎゅっと抱いて欲しい。
夢の軌道に弾かれて飛び散るだけの愛の涙。
それがむき出しの痛みでもいい。
どうせ奈落を生き抜くなら、尽きるまで愛して死にたい。
ドアが開く。
瑛大が帰ってきた。
「どこほっつき歩いてたこの馬鹿!」
「ちょっとコンビニ寄ってた」
瑛大は求人情報雑誌を手にしていた。
「おれ……全部失ってしまったから」
瑛大がぼそりと呟く。
「おれ……もう一度手に入れようと思って……一番大切な物から手に入れようと思って」
「一番大切な物?」
「俺の一番大切な物は亜依だよ……失ったら取り戻せばいいって言われたから」
瑛大は一言一言を噛みしめるように言う。
「俺、まだ間に合うかな。亜依を取り戻すことできるかな?」
どう答えたらいいか分からなかった。
まだ許すというのか?このどうしようもない男を……。
「すぐに取り戻せるとは思わない。一生かけて取り戻すから。とりあえずここに居させてください」
亜依の傍に居させてください。そう瑛大が言う。
「ふざけるな、一生なんて待てるか!来年3月には挙式だぞ!」
「亜依?」
「お前って本当にどうしようも無い奴だな!!いてもいなくても心配ばかりかけさせやがって!」
「ごめん……」
ぐしゃぐしゃに夢を蹴ってその果てに向かって、空に咲きたかった。
空虚の輪郭をそっと撫でて欲しい。
時の波動にかき消されて、救えなかった愛の言葉。
だからもう一度答えを探そう。
掻きむしって濁らせてるのに笑顔の瑛大が好きだから。
そうか私はまだこのダメな男が好きなんだ。
だから諦めていても許してしまうんだ。
自分の感情を閉じ込めてしまいたいくらいに好きなんだ。
瑛大への愛が無くなれば心なんていらないからこの世界も消えてしまえと思うほどに。
(5)
「……で、トーヤ大先生はまた亜依の心を覗いたわけか?」
カンナが聞く。
「読んでないよ?」
「じゃあ、何で行かせたんだ?」
佐が聞く。
「読むまでもなかっただけだよ」
「答えになってないぞ冬夜」
渡辺君が聞く。
僕としてはこの大量のポテトを食べてからにしたいんだけど。
「冬夜さんだめですよ、ちゃんと皆の質問に食べてくださいな」
「答えたら食べ良い?」
「もう、しかたないですね」
愛莉の許可が出た。じゃあ答えよう。
「言ったよね?好きの反対は無関心だって」
「ああ、確かに言ってたな」
渡辺君が聞いてる。もうあとは考えるまでもないだろ?
「亜依さんは自分で飛び出していったよ?」
はい、説明終わり。
ポテト食べよう。
「なるほどな……まだ瑛大を心配していたってことか」
渡辺君が言う。
「でもまってよ。そうするともう一つ疑問が残るんだけど」
佐々木君が言う。
「どうした佐々木?」
カンナが言う。
「皆は示し合わせたように宴を再開したけどあれはどういう意図だったの?」
ああ、それね。
「あの時も言い出したのはトーヤだったな?どういう事だ」
またポテトお預けか……
すると愛莉が替わって答えてくれた。
「多分ね、その前に言った亜依の言葉で冬夜さんは気づいてたんだと思うの」
「亜依の言葉?」
愛莉がうなずく。
「『どうせまた口先だけだろ』一見無関心のようで実はそうじゃないんだと思う」
「どういう事だ遠坂さん?意味がさっぱりわからんぞ」
渡辺君が言う。
「う~ん。冬夜さん少し手を休めて頂けますか?」
「愛莉はトーヤを甘やかしすぎだ!こういう時はこうすりゃいいんだよ!」
カンナに皿を取りあげられた。暴挙だ。
しかたないな。
「またやるんだろ?って意味でしょ?」
僕が言うと皆が頭を捻る。
「どう聞いても信用0て感じなんだけど?」
佐々木君が言う。
「0=無じゃないよ?」
「また小難しい事を言い出すなお前は」
佐が言う。
「こういう風に捕らえたら分かりやすいのかな?『どうせ許してもまたやるんだろう』って」
「……なるほどな。許してもまたやるだろうからペナルティを考えてくれ。そう捕らえたわけか片桐は」
丹下さんが言う。
「冬夜はこれからどうなると思う?俺達はどう動けばいい?」
誠が聞く。
「これまで通りでいいんじゃない?僕達は縁結びは得意だけど縁を切るのは専門外だ。違う?」
「でもそれじゃ亜依がかわいそうですよ?」
愛莉が聞く。
「愛莉はさ、恋愛の終わりって何だと思う?」
「え?失恋じゃないのですか?」
「違うんだ、新しい恋を見つけた時。失恋してる間は失恋という感傷がまだ残っている」
「……言われてみるとそうかもですね」
もっとも亜依さんを落とすなら今がチャンスかもしれないけどね。
「そう言う事を考えたらいけません!」
愛莉に怒られた。
誰かに空虚の輪郭をそっと撫でて欲しい。
胸の鼓動に蹴飛ばされた愛の言葉は時の波動にかき消されて救えなかった。
だからもう一度応えて欲しい。
君を掻きむしって濁らせてしまうのに可憐に笑うとこが好きだから。
0
あなたにおすすめの小説
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる