伯爵令息の僕だけど、姉上のフリをして初恋の彼女の教師になります!? ~偽りの姿をした僕と、優しい嘘を言う君が、陽の光の下でワルツを踊るまで~

杵島 灯

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第4章

到着!

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 あけて、黒の曜日。
 夜が明ける前に僕は王都へ向けて旅立った。昨日のうちにまとめておいた荷物を担いで、執事が用立ててくれたお金を持って、男性使用人が準備していてくれた馬に乗って、メイド含む三人の使用人に見送られてね。
 父上は……挨拶しようと思ったら部屋からいびきが聞こえてたから、執事に伝言だけ頼んでおいたよ。たぶんこれが正解の行動だったと思う。

 僕を乗せた気まぐれな栗毛馬はずっと調子よく進んでくれた。
 あらかじめ聞いていたけど、町を通り越した途端さらに速度を上げたからびっくりしたよ。こんなに走って大丈夫なんだろうか、って逆に僕が不安になるくらいだった。

 パートリッジ本邸から馬車に乗って王都へ行くなら、出発した翌日の夜に到着する。
 だけど栗毛馬は妙に張り切ったので、なんと当日の夜には王都へ到着してしまったんだ。人の往来が多い王都は、他の町に比べて遅くまで開門してるらしい。栗毛馬はそれも知ってたんだね。

 僕は、昼の王都には何度か来てる。でも、夜に到着するのは初めてだった。
 あたりは暗いのに、門には多くの人が吸い込まれていくものだから「本当に夜なの?」って思ってしまったよ。
 しかも門をくぐった途端、通りの街灯は昼間みたい……とまではいかないけど、夕方みたいな明るさで石畳をずぅっと照らしてる。

 パートリッジ本邸の近くにある町は街灯なんて最小限だし、酒場や宿屋といった一部の施設を除けば夕暮れには店を閉めてしまうんだ。それもあって道を行く人は自然と少なくなるけど……王都はまったく別。夜でもこんなに明るいし、ざわめきだって消えないんだから、本当にすごいよね。

 なんて、呆然と周囲を見回していたら、僕の体が大きく揺れた。

「わっ!」

 栗毛馬が体を揺すったんだ。
 こちらを見る黒い目が「いつ果物をくれる?」って雄弁に語ってる。
 これは困ったぞ。
 昼間なら市場通りに行けば果物が売っていることは分かるけど、夜に到着するつもりなんてなかった。夜の王都のどこで果物が手に入るのかなんて、僕にはまるで見当もつかないんだ。

「えーっと……どっちへ行こうか」

 悩んでたら、栗毛馬が苛々した調子で首を振り始める。
 僕は慌てて馬から降りて手綱を引いたけど、苛立ちはおさまらない馬はついに足を踏み鳴らし始めた。通りを歩く人たちが迷惑そうにこちらを見る。

 どうしよう、このままじゃ余計に騒ぎを起こしそうだ。
 せめて人のいないほうへ……と思って歩き出したら、ちょうど近くの旅人が、

「腹が減ったし、夜市へ行くか」

 なんて話してるのが聞こえた。

 夜市?
 なるほど、王都にはそんな場所があるんだね。
 きっと果物だって売ってるはず!

 旅人は脇道へ入って行ったから、僕もこっそり後に続いた。
 ここにも街灯はあるけど、さすがに大通りとは違って少し暗い。喧騒も遠のいたからちょっと怖くなったけど、それも少しの間だけだった。
 いくらも進まないうちに、正面が明るくなってきたんだ。しかも賑やかな声まで聞こえてくる。
 良かった、って思いながら道を抜けて、僕は思わず立ち尽くした。
 だってそこはさっきの大通りよりもずっとずっと明るくて、賑やかな通りだったんだ。

 一目で「ここが夜市だ」って分かったよ。
 広い道の左右にはずらっと店が並んでたからね。

 だけど“店”は建物じゃない。荷馬車だ。道の端に並んでる荷馬車が臨時の店になって、みんなそこで売り買いをしてる。もしかしたらここは昼間、ごく普通の道なのかな。
 売ってるものを確認すると、食べ物や飲み物、小物や家具なんていう店もある。果物を売ってるところもも見つけたから、僕はなんとかハジケモモの実を買ってやることができた。

「ほら、どうぞ」

 栗毛馬はハジケモモを一個食べて、二個めを食べて、「ブルルルル」って満足そうに鼻を鳴らす。
 機嫌がなおったみたいだ。良かったなあって思いながら見ていたら、

「どっちも馬用だったのかい!」

 いま買い物をしたばかりの果物屋の人が、お腹を揺すって笑ってる。

「二個買うから兄ちゃんと馬で一個ずつ食うのかなって思ってたら、まさか二個とも馬にやって、自分が食わねえなんてなあ!」

 そりゃ、僕だって食べられるなら食べたいけど。でも我慢すればそのぶんだけ節約になるからいいんだ。

 ……とは、さすがに言えないよね。

「王都まで頑張って走ってくれましたから」
「そうかい。馬を大事にしてんだな、いいことだ! 兄ちゃん、今日の宿は決まってんのかい? まだだったらいい宿を紹介しようか。ちゃんと馬屋が備え付けられてるし、『サムの紹介で来た』って言えば割引もしてもらえるぜ!」

 僕はありがたくお願いした。
 しかも店主さんが口にしたのは、僕が密かに「この宿を見つけられたらいいなあ」と思ってたところだった。王都に入る前、旅人たちがその宿を褒めてるのを聞いてたんだ。

 小ぢんまりとしたその宿には運よく空室があった。しかも「サムさんの紹介で来ました」って言ったら、本当に割引までしてくれたんだ。やったね!
 案内された部屋はちょっと狭い。でも僕一人だから十分だし、何より掃除が行き届いてて居心地がいい。窓辺のカーテンや寝台の白い布が綺麗なのも嬉しいね!

 荷物を置いて寝台に腰を下ろしたら、妙に体が重くなった。
 動くの、やだなあ。なんて思いながら僕は寝台に転がる。

 今週の姉上は王都のパートリッジ別邸から出てこない。
 そのあいだに僕は、どこかの茶会や舞踏会に潜り込んで情報収集をしようと思ってる。
 僕が知らないところで、何かの情報が重なってるはずなんだ。その何かを知らないせいで、間違ったりしていたことがないかどうかを確認したいんだよ。

 だけど社交の場に出るためには招待状が必要になる。
 その入手法をどうするかだけど、考えてたのは二つ。

 一つ目は、パートリッジ別邸の玄関前に張り込む方法。
 おそらく姉上のところには毎日、いろんな家からの招待状が届くはず。それを僕が使用人のフリをして受け取って、こっそり出席の返事を出す。で、当日は「姉が急用で来られなくなりましたので、弟の僕が代わりに」って顔を出すわけ。

 ただしこの場合、交流の場に出るためには少々地味な格好になってしまうのを覚悟しなきゃならない。
 だって僕が持ってる服はもう、着古したものばっかりだからね……。

 二つ目は、劇場で顔見知りの貴族に会うこと。そこで交流する場に誘われたらいいなって思ったんだ。
 これは完全に運まかせのやり方なうえに、劇のチケット代もかかるから、正直に言うとあんまりやりたくない。

「とりあえず明日は劇場の様子を外から確認して、そのあとでパートリッジ別邸へ行く。うん、そうしよう」

 予定が決定したところで起き上がろうと思ったけど、僕の体は全然言うことを聞いてくれない。

 さっき宿の人が教えてくれた。
 近くには公共浴場があって、夜遅くまで利用できるらしい。
 今日は一日中、馬に乗ってたから、そこへ汗を流しに行きたいのにな。

 うーん。今日は疲れたからしょうがないね。
 もうちょっと転がってから起きあがればいいか。

 …………。
 ……………………。
 ………………………………ぐう…………。
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