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第4章
準備を整えて
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僕はとっても勝手な人間だ。
サラに会いたいし、姉上の気持ちだって知りたい。できれば王都になんて行きたくない。可能な限りパートリッジ本邸に引きこもっていたい。
だって王都みたいな人の多いところ、僕はほとんど行ったことがないんだ。委縮して動けなくなること請け合いだよ。
だけど僕は同時にとっても欲張りな人間だ。
サラには幸せになってほしいし、姉上の結婚相手が見つかればいいなとも思う。
そのためにはパートリッジ本邸に引きこもっているわけにはいかない。だってすべてのことは、王都が切っ掛けになってるんだ。
僕はまず、頭の中に暦を浮かべる。
今日は黒の曜日。今週の赤の曜日と黄の曜日に僕は“エレノア”としてモート家へ行った。だから来週は王都の姉上が“エレノア”になる番。
本来なら再来週は僕が“エレノア”になってサラのところへ行く予定だったけど、もう行かなくていいから……うう、胸がギューッてする……じゃなくて。
僕がサラの教師を解雇されたっていう話は、どうやって姉上のところへ届くだろう。
もしも王都でジェフリーが姉上と会ったらその話が出るかもしれないけど、可能性は低いような気がする。今までジェフリーから姉上の話は出たことがないからね、おそらく二人は活動する場所というか、付き合いの幅が違うんだと思う。
だとすれば姉上の元にはきっと、僕伝いでなければ情報は届かない。逆に言えば姉上は、僕が連絡しなければ一週おきに王都の屋敷へ引きこもるはず。“エレノア”がモート家の屋敷へ出かけているという演技をしなきゃならないからね。
「……よし」
僕のやるべきことは決まった。
***
白の日から始まる次の週を灰、赤、青、緑と普段通り過ごし、黄の曜日。
僕は玄関の大窓を拭いている老執事を見つけて切り出した。
「実は、お金を用立ててほしいんだ」
この家の金銭管理は、老執事がしてるんだよ。
雑巾を窓枠に置いた彼は、僕に向き直って頭を下げた。
「かしこまりました。いかほど御入用でしょう」
「えっと……」
僕が提示したのは王都の往復にかかる最低金額と、あとは王都で七日のあいだ滞在できる金額だ。
今のパートリッジ家にしてみたらかなりの額だから、断られるかもしれないし、そうじゃなくても用途は聞かれるだろうと思った。だけど、老執事は静かにうなずいた。
「すぐにお持ちいたします」
「後でいいよ」
「いえ、若君の御用なのですから、他のことよりも優先するべきです」
「あー……ありがとう……」
老執事は水の入った桶に雑巾を入れ、廊下の端に避けると玄関を後にする。
あんまりに何も聞かれないから逆に僕が不安になってしまって、「明日から王都へ行きたいんだ」なんて彼の背中に向けて言ってしまったよ。僕に向き直った老執事はまた「かしこまりました」なんて言ってきっちりお辞儀をするばかりだった。
とにかく、お金に関してはこれでよし。
僕は次に男性使用人を探す。彼はちょうど薪割りをしているところだった。僕が明日から王都へ行きたい旨を言って「どの馬がいいと思う?」と聞いてみると、彼は即座に答えた。
それはうちの中でいちばん若くて、いちばん元気で、いちばん体力があって、いちばん足が速いんだけど、いちばん怠惰で、いちばん気まぐれで、いちばん扱いにくいという、栗毛馬の名前だった。
僕は思わずうなる。
うーん、あの馬かあ……。
前に姉上が本の入った箱を持ってうちへ戻ってきた翌日、石鹸を買うため僕は町へ乗って行ったことがあった。
行きは良かったけど、帰りは全然動いてくれなくて、結果的にものすごく時間がかかったんだよな。
僕が一番気に入ってるのは葦毛の馬なんだけど、残念ながら年寄りすぎて走ることもできないし、体力もない。分かってはいるんだけど……でもあの栗毛馬を僕が乗りこなせるかっていうと……しかも行き先は王都だし……。
「大丈夫です、坊ちゃん」
肩に掛けた布で額の汗をぬぐいながら、使用人はちょっと笑ってみせる。
「町を出てしまえば早いんです」
「そうなの?」
「はい。背中で寝ていても、王都まで連れて行ってくれます」
それはありがたいな。
僕は王都までの道が分からない。もちろん道標は立っているし、大都市へ向かうなら広い街道を進めばいいっていうのも知ってる。だけど、分かっていても不安は消えないよ。なにせ王都へ行った経験なんて、両手で数えられるほどしかないんだからね。でも……。
「どうしてあの馬は、王都までの道を知ってるの?」
僕が首をかしげると、彼はカラクリを教えてくれた。
彼は王都へ行くときにいつも栗毛馬に乗る。そして到着したら、必ず果物を買ってやるんだって。
つまり馬にとってみれば、出発時は行き先が分からないからヤル気が出ない。だけど町を過ぎれば王都に行く。「王都に行けば果物が食べられる」と知っているから、急に張り切って進んで行く、ということなんだって。なるほどね。
「でも帰りはどうなの? ちゃんと道が分かるかな」
「平気です。今度は町で果物を買ってやります」
そうすると、町までの道のりも張り切って進むらしい。
食い意地が張ってるなあ。でも、なんだか可愛いや。
「今の時期なら『ハジケモモの実』がいいです」
「分かった」
『ハジケモモの実』はとっても甘くて、馬たちの大好物でもある。だけどちょっとお高めだから、うちではもう何年も馬の口に入ってない。ちなみに僕の口にも入ってない。
でも今回は仕方ないね。遠くまで乗せて行ってもらうんだ。ちゃんと買おう。
明日に向けて馬の準備をしていてくれるというので、僕は彼に任せて部屋に戻る。
よし、あとは僕自身の準備だけだ。荷造りをしなきゃね!
サラに会いたいし、姉上の気持ちだって知りたい。できれば王都になんて行きたくない。可能な限りパートリッジ本邸に引きこもっていたい。
だって王都みたいな人の多いところ、僕はほとんど行ったことがないんだ。委縮して動けなくなること請け合いだよ。
だけど僕は同時にとっても欲張りな人間だ。
サラには幸せになってほしいし、姉上の結婚相手が見つかればいいなとも思う。
そのためにはパートリッジ本邸に引きこもっているわけにはいかない。だってすべてのことは、王都が切っ掛けになってるんだ。
僕はまず、頭の中に暦を浮かべる。
今日は黒の曜日。今週の赤の曜日と黄の曜日に僕は“エレノア”としてモート家へ行った。だから来週は王都の姉上が“エレノア”になる番。
本来なら再来週は僕が“エレノア”になってサラのところへ行く予定だったけど、もう行かなくていいから……うう、胸がギューッてする……じゃなくて。
僕がサラの教師を解雇されたっていう話は、どうやって姉上のところへ届くだろう。
もしも王都でジェフリーが姉上と会ったらその話が出るかもしれないけど、可能性は低いような気がする。今までジェフリーから姉上の話は出たことがないからね、おそらく二人は活動する場所というか、付き合いの幅が違うんだと思う。
だとすれば姉上の元にはきっと、僕伝いでなければ情報は届かない。逆に言えば姉上は、僕が連絡しなければ一週おきに王都の屋敷へ引きこもるはず。“エレノア”がモート家の屋敷へ出かけているという演技をしなきゃならないからね。
「……よし」
僕のやるべきことは決まった。
***
白の日から始まる次の週を灰、赤、青、緑と普段通り過ごし、黄の曜日。
僕は玄関の大窓を拭いている老執事を見つけて切り出した。
「実は、お金を用立ててほしいんだ」
この家の金銭管理は、老執事がしてるんだよ。
雑巾を窓枠に置いた彼は、僕に向き直って頭を下げた。
「かしこまりました。いかほど御入用でしょう」
「えっと……」
僕が提示したのは王都の往復にかかる最低金額と、あとは王都で七日のあいだ滞在できる金額だ。
今のパートリッジ家にしてみたらかなりの額だから、断られるかもしれないし、そうじゃなくても用途は聞かれるだろうと思った。だけど、老執事は静かにうなずいた。
「すぐにお持ちいたします」
「後でいいよ」
「いえ、若君の御用なのですから、他のことよりも優先するべきです」
「あー……ありがとう……」
老執事は水の入った桶に雑巾を入れ、廊下の端に避けると玄関を後にする。
あんまりに何も聞かれないから逆に僕が不安になってしまって、「明日から王都へ行きたいんだ」なんて彼の背中に向けて言ってしまったよ。僕に向き直った老執事はまた「かしこまりました」なんて言ってきっちりお辞儀をするばかりだった。
とにかく、お金に関してはこれでよし。
僕は次に男性使用人を探す。彼はちょうど薪割りをしているところだった。僕が明日から王都へ行きたい旨を言って「どの馬がいいと思う?」と聞いてみると、彼は即座に答えた。
それはうちの中でいちばん若くて、いちばん元気で、いちばん体力があって、いちばん足が速いんだけど、いちばん怠惰で、いちばん気まぐれで、いちばん扱いにくいという、栗毛馬の名前だった。
僕は思わずうなる。
うーん、あの馬かあ……。
前に姉上が本の入った箱を持ってうちへ戻ってきた翌日、石鹸を買うため僕は町へ乗って行ったことがあった。
行きは良かったけど、帰りは全然動いてくれなくて、結果的にものすごく時間がかかったんだよな。
僕が一番気に入ってるのは葦毛の馬なんだけど、残念ながら年寄りすぎて走ることもできないし、体力もない。分かってはいるんだけど……でもあの栗毛馬を僕が乗りこなせるかっていうと……しかも行き先は王都だし……。
「大丈夫です、坊ちゃん」
肩に掛けた布で額の汗をぬぐいながら、使用人はちょっと笑ってみせる。
「町を出てしまえば早いんです」
「そうなの?」
「はい。背中で寝ていても、王都まで連れて行ってくれます」
それはありがたいな。
僕は王都までの道が分からない。もちろん道標は立っているし、大都市へ向かうなら広い街道を進めばいいっていうのも知ってる。だけど、分かっていても不安は消えないよ。なにせ王都へ行った経験なんて、両手で数えられるほどしかないんだからね。でも……。
「どうしてあの馬は、王都までの道を知ってるの?」
僕が首をかしげると、彼はカラクリを教えてくれた。
彼は王都へ行くときにいつも栗毛馬に乗る。そして到着したら、必ず果物を買ってやるんだって。
つまり馬にとってみれば、出発時は行き先が分からないからヤル気が出ない。だけど町を過ぎれば王都に行く。「王都に行けば果物が食べられる」と知っているから、急に張り切って進んで行く、ということなんだって。なるほどね。
「でも帰りはどうなの? ちゃんと道が分かるかな」
「平気です。今度は町で果物を買ってやります」
そうすると、町までの道のりも張り切って進むらしい。
食い意地が張ってるなあ。でも、なんだか可愛いや。
「今の時期なら『ハジケモモの実』がいいです」
「分かった」
『ハジケモモの実』はとっても甘くて、馬たちの大好物でもある。だけどちょっとお高めだから、うちではもう何年も馬の口に入ってない。ちなみに僕の口にも入ってない。
でも今回は仕方ないね。遠くまで乗せて行ってもらうんだ。ちゃんと買おう。
明日に向けて馬の準備をしていてくれるというので、僕は彼に任せて部屋に戻る。
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