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第1章
六年ぶりの幼馴染
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メイドが言った通り、モート家から来た馬車はツヤツヤのピカピカだった。いつもの毛羽だった手袋で触ったら余計な糸がついてたかもしれない。良かった、奮発して買った新品の手袋してて。
しかも馬車は見た目だけでなくビロードの座席の手触りも最高。乗り心地も最高。車輪が外れそうなほど揺れるうちの馬車とは大違いだよ。
道を進み、森を抜け、二時間くらい進んだかな。
色剥げのない鉄の扉が見えて来た先で、手入れのされた花壇と木々が出迎えてくれる。
そうして見えてきたのが『ジェフリー・モートが持つ屋敷のうちの一つ』だ。
実を言えばこの場所はもともと『パートリッジ家の荘園の一つ』だった。四年前に借金のカタとして持って行かれたんだけどね。
とはいえ僕はここに二回くらいしか来てないし、思い入れがあるかと聞かれたら「ない」って言えるかな。……複雑な気分はないのかと聞かれたら、「少しはある」って答えるけど。でも、しょうがないって諦められる程度だね。
ジェフリーは屋敷を新しくしたみたいで、壁は目にも眩しい白い色だし、窓枠も細身で洒落た感じ。出窓には花も飾ってあって綺麗だ。
うちの本邸は古い石造りのもので、余計な装飾もなくどっしり構えてるから、ああ、いまどきの建築っていうのはこんな感じなのか、時代の差が現れてて面白いなって思わせてくれる。
馬車を降りて入った建物の中も全然違う。
ジェフリーの屋敷は隙間風が入ってこないし、絨毯や壁紙に雨漏りの染みがあるわけでもない。蝶番が壊れた扉だってもちろんないから、ああ、これがお金の差なんだなって落ち込ませてくれる。
「……だけどこの屋敷、調度品はの趣味は最悪だなあ。派手なものを置けばいいってわけじゃないだろ……」
応接室に通された僕が金ぴかの品に囲まれて居心地悪い思いをしていると、小さな音がして正面の扉が開いた。
入って来たのは男性が一人と、女性が一人。
「ようこそお越しくださいました、エレノア嬢」
僕の正面に立った二人のうち、男性の方が挨拶をする。
モート家の当主、ジェフリーだ。
キツネみたいな顔をしているこの男は妙に敏い。
エレノアは彼に会ったことないんだけど、グレアムは何度も会っている。変装を見破られたらどうしようかと思ったけど、ジェフリーの態度におかしな点は見られなかった。
良かった。ちゃんと僕をエレノアだと思ってくれてるみたい。第一印象だけなら成功だね。
だけど重要なのはこれから。緩みかけた気を引き締めて僕はスカートの裾をつまみ、不自然にならない程度に高い声を出す。
「ごきげんよう、ジェフリー卿」
「お待たせしてしまいましたな。貴族は時間に遅れるのが礼儀のようなので、さっそく真似させていただきましたよ」
「まあ、冗談がお上手ですこと」
僕はにっこり笑ってみせる。悔しいけど、時間に遅れたのは事実だから仕方ない。
「約束の時間を忘れていたわけではありませんのよ。実は準備を終えて玄関へ向かっておりましたところ、ひいお祖父様の肖像画の前で髪飾りが一つ落ちてしまいましたの。これは『その髪飾りは良くない』というひいお祖父様からの忠告ですわ。急いで部屋へ戻って別の髪飾りを用意したのですけれど、その分だけ時間が過ぎてしまいましたの。お許しくださいませね」
僕が言うと、ジェフリーは「ほう」と答える。
「髪飾り……肖像画……。なるほど、さすがは由緒正しきパートリッジ伯爵家……」
ジェフリーが心の底から感心した様子で呟くので、僕はちょっとだけ罪悪感を抱く。
今のはただの出まかせです、すみません。
「他にも言い伝えられていることがたくさんおありなのでしょうな」
「え、ええ。もちろん」
「素晴らしい。どのような些細なことでも結構ですので、ぜひ、サラにいろいろと教えてやってください」
ジェフリーはそう言って傍らの女性に顔を向けるから、僕は思わず「えっ?」って言いそうになった。
この人がサラ? だって六年前とは全然違う!
風になびかせてた茶色の髪は綺麗に整えられてるし、化粧のおかげで顔立ちの愛らしさはより際立ってる。いかにも高そうなドレスだって自然に着こなしていて、完全に淑女じゃないか。
僕の「サラ」は一緒に野原を駆け回ってた十歳の頃で止まってるからね、言われなきゃサラだって分からなかったよ。
僕の気持ちは会えて嬉しいのが半分、そして知らない人みたいなサラを見て寂しさがあと半分。でも、それを悟られちゃいけないぞって自分に言い聞かせる。なにせここにいるのはグレアムじゃない。エレノアなんだ。
「ごきげんよう、サラさん。昨年、王都劇場のロビーでお会いして以来ね?」
優雅に、優雅に、と気をつけながら話しかけると、サラは、
「昨年……?」
と呟く。
その声色も、茶色の目も、すごく訝しそうだ。
まさかその後にも姉上とサラは会ってる?
姉上からの事前情報が間違ってたんだろうか?
まずい、どうしよう。
だけどここで取り乱すわけにはいかないし……ええい、とにかく押し切れ!
「あら、他にもどこかでお会いしまして?」
僕は姉上がよくやるように小首を傾げながら尋ねる。自然な笑顔を浮かべられてるといいな。何しろ内心では冷や汗がだらだらなんだから。
サラはそんな僕の顔をまじまじと見ながら眉尻を下げる。
「だって、どこかっていうか……ええと、そもそも最後に会ったのは昨年じゃなくて、ろくねん……」
言いかけたサラは口を閉じ、視線を上向かせた。
しばらく考える様子を見せたあと、妙に晴れやかな顔になってうなずく。
「失礼しました、エレノア様。おっしゃる通り昨年の春にお会いしたのが最後でした」
「……やはり、そうですわよね」
安堵する僕の顔には心からの笑みが浮かぶ。一緒に明るく笑うサラには昔の面影があった。
ああ、彼女は間違いなくサラなんだ。嬉しいなあ。
しかも馬車は見た目だけでなくビロードの座席の手触りも最高。乗り心地も最高。車輪が外れそうなほど揺れるうちの馬車とは大違いだよ。
道を進み、森を抜け、二時間くらい進んだかな。
色剥げのない鉄の扉が見えて来た先で、手入れのされた花壇と木々が出迎えてくれる。
そうして見えてきたのが『ジェフリー・モートが持つ屋敷のうちの一つ』だ。
実を言えばこの場所はもともと『パートリッジ家の荘園の一つ』だった。四年前に借金のカタとして持って行かれたんだけどね。
とはいえ僕はここに二回くらいしか来てないし、思い入れがあるかと聞かれたら「ない」って言えるかな。……複雑な気分はないのかと聞かれたら、「少しはある」って答えるけど。でも、しょうがないって諦められる程度だね。
ジェフリーは屋敷を新しくしたみたいで、壁は目にも眩しい白い色だし、窓枠も細身で洒落た感じ。出窓には花も飾ってあって綺麗だ。
うちの本邸は古い石造りのもので、余計な装飾もなくどっしり構えてるから、ああ、いまどきの建築っていうのはこんな感じなのか、時代の差が現れてて面白いなって思わせてくれる。
馬車を降りて入った建物の中も全然違う。
ジェフリーの屋敷は隙間風が入ってこないし、絨毯や壁紙に雨漏りの染みがあるわけでもない。蝶番が壊れた扉だってもちろんないから、ああ、これがお金の差なんだなって落ち込ませてくれる。
「……だけどこの屋敷、調度品はの趣味は最悪だなあ。派手なものを置けばいいってわけじゃないだろ……」
応接室に通された僕が金ぴかの品に囲まれて居心地悪い思いをしていると、小さな音がして正面の扉が開いた。
入って来たのは男性が一人と、女性が一人。
「ようこそお越しくださいました、エレノア嬢」
僕の正面に立った二人のうち、男性の方が挨拶をする。
モート家の当主、ジェフリーだ。
キツネみたいな顔をしているこの男は妙に敏い。
エレノアは彼に会ったことないんだけど、グレアムは何度も会っている。変装を見破られたらどうしようかと思ったけど、ジェフリーの態度におかしな点は見られなかった。
良かった。ちゃんと僕をエレノアだと思ってくれてるみたい。第一印象だけなら成功だね。
だけど重要なのはこれから。緩みかけた気を引き締めて僕はスカートの裾をつまみ、不自然にならない程度に高い声を出す。
「ごきげんよう、ジェフリー卿」
「お待たせしてしまいましたな。貴族は時間に遅れるのが礼儀のようなので、さっそく真似させていただきましたよ」
「まあ、冗談がお上手ですこと」
僕はにっこり笑ってみせる。悔しいけど、時間に遅れたのは事実だから仕方ない。
「約束の時間を忘れていたわけではありませんのよ。実は準備を終えて玄関へ向かっておりましたところ、ひいお祖父様の肖像画の前で髪飾りが一つ落ちてしまいましたの。これは『その髪飾りは良くない』というひいお祖父様からの忠告ですわ。急いで部屋へ戻って別の髪飾りを用意したのですけれど、その分だけ時間が過ぎてしまいましたの。お許しくださいませね」
僕が言うと、ジェフリーは「ほう」と答える。
「髪飾り……肖像画……。なるほど、さすがは由緒正しきパートリッジ伯爵家……」
ジェフリーが心の底から感心した様子で呟くので、僕はちょっとだけ罪悪感を抱く。
今のはただの出まかせです、すみません。
「他にも言い伝えられていることがたくさんおありなのでしょうな」
「え、ええ。もちろん」
「素晴らしい。どのような些細なことでも結構ですので、ぜひ、サラにいろいろと教えてやってください」
ジェフリーはそう言って傍らの女性に顔を向けるから、僕は思わず「えっ?」って言いそうになった。
この人がサラ? だって六年前とは全然違う!
風になびかせてた茶色の髪は綺麗に整えられてるし、化粧のおかげで顔立ちの愛らしさはより際立ってる。いかにも高そうなドレスだって自然に着こなしていて、完全に淑女じゃないか。
僕の「サラ」は一緒に野原を駆け回ってた十歳の頃で止まってるからね、言われなきゃサラだって分からなかったよ。
僕の気持ちは会えて嬉しいのが半分、そして知らない人みたいなサラを見て寂しさがあと半分。でも、それを悟られちゃいけないぞって自分に言い聞かせる。なにせここにいるのはグレアムじゃない。エレノアなんだ。
「ごきげんよう、サラさん。昨年、王都劇場のロビーでお会いして以来ね?」
優雅に、優雅に、と気をつけながら話しかけると、サラは、
「昨年……?」
と呟く。
その声色も、茶色の目も、すごく訝しそうだ。
まさかその後にも姉上とサラは会ってる?
姉上からの事前情報が間違ってたんだろうか?
まずい、どうしよう。
だけどここで取り乱すわけにはいかないし……ええい、とにかく押し切れ!
「あら、他にもどこかでお会いしまして?」
僕は姉上がよくやるように小首を傾げながら尋ねる。自然な笑顔を浮かべられてるといいな。何しろ内心では冷や汗がだらだらなんだから。
サラはそんな僕の顔をまじまじと見ながら眉尻を下げる。
「だって、どこかっていうか……ええと、そもそも最後に会ったのは昨年じゃなくて、ろくねん……」
言いかけたサラは口を閉じ、視線を上向かせた。
しばらく考える様子を見せたあと、妙に晴れやかな顔になってうなずく。
「失礼しました、エレノア様。おっしゃる通り昨年の春にお会いしたのが最後でした」
「……やはり、そうですわよね」
安堵する僕の顔には心からの笑みが浮かぶ。一緒に明るく笑うサラには昔の面影があった。
ああ、彼女は間違いなくサラなんだ。嬉しいなあ。
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