伯爵令息の僕だけど、姉上のフリをして初恋の彼女の教師になります!? ~偽りの姿をした僕と、優しい嘘を言う君が、陽の光の下でワルツを踊るまで~

杵島 灯

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第1章

かぶってたってイイじゃない

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 笑いあう僕とサラだったけど、ジェフリーの方はというと、すごーく渋い顔になる。

「記憶違いをするとは困った娘だ。これからは気をつけるんだぞ、サラ」
「はい、お父さん」
「お父さんじゃない。お父様と呼べ」

 口の端を上げたジェフリーは小鼻を膨らませる。ほそーい目は更に細くなって、こっちからだと薄茶色の瞳が確認できないくらいだ。

「私はもう平民ではない! 準男爵の地位を得て貴族になったんだ! 私の娘であるお前だって貴族令嬢になったんだぞ、サラ! 十七歳になったらお前は王宮で社交界にデビューする。それまでに立派な婚約者だって見つけてやるから、お前もエレノア嬢に貴族のことを教わって、立派な貴族令嬢になれ。いいな?」
「何度も聞いたんだから、もう十分にわかってるわ。……お父様」

 弾んだジェフリーの声とは対照的に、サラの声は僕の心と同じくらいどんよりして聞こえた。
 意外に思ってサラの方を向くと、うんざりとした表情の彼女と目が合う。

「エレノア様。半年ほどの間ですが、どうかよろしくお願いします」

 力なく笑うサラからは、貴族令嬢になれた喜びがまったく感じられなかった。

 そうか、君も親に振り回されてるんだね。
 ああ、まったく。この国が『爵位』なんて余計なもんの販売を始めなければ、君も僕も望まない姿をする必要はなかったのにね。
 ……いや、僕は違うな。僕が女装こんなすがたをしてるのは国やジェフリーのせいというよりは、僕の父上のせいだ。あとちょっとだけ、姉上の。

「ん? エレノア嬢? どうかなさいましたかな?」

 にこやかに、しかしごくわずかな不審をにじませた声でジェフリーが言う。
 しまった。考えに沈んでたせいで黙りこくってた。

「いいえ、なんでもありませんわ」

 慌てて取り繕うけど、ジェフリーは何かを探るような目を僕に向けてくる。
 う、正面からぐいぐい圧力がくるぞ。これはまずい。じっくり見られたら変装がばれてしまうかも。

 ジェフリーの娘・サラの教師を引き受けた“エレノア”には報酬が約束されてる。パートリッジ家の借金をいくらか免除してもらえるんだ。だけど本物のエレノア姉上が断固として拒否の姿勢を貫いたから、父上に泣きつかれた僕が女装してこの屋敷へ来たわけだけど……。

 もしも女装がばれたら、騙そうとしたことを咎められて何されるか分かんないぞ。いや、それだけじゃない。女装が趣味なんだってサラに思われたら、色々と勘違いされる可能性がある! 困った。何とかしてジェフリーの視線をよそへ向けさせなくては。

 僕はどうするべきかを必死に思案するけど、こういうときの人間って余計なことを考えるもんだね。
 なぜか頭の片隅に「今まで会ったときは気づかなかったけど、こうしてサラと並んだら、なーんかジェフリーに違和感がある……」なんてどうでもいいことが浮かんできて、それが頭の中を支配しちゃうんだ。なんだよ、この現象。

 とにかくこの窮地を切り抜けなくては……うーん……ジェフリーの何に違和感があるんだろ……違う違う今はジェフリーのことなんかどうでもいいんだ。切り抜ける方法を考え……。

 ……あ。分かった。
 髪だ。

 サラと一緒にうちへ来てた頃のジェフリーを見て僕は、「顔はあんまり似てないけど、やっぱり親子なんだなあ。二人とも髪が茶色だ」なんて思った記憶がある。
 だけど今のジェフリーの髪は金色じゃないか。そっか、それで違和感があったんだな。
 ふうん、だったらジェフリーのこの髪って、もしかすると――。

「カツラ……」

 思わず呟いた途端、僕へ向けられていた圧力が消えた。

「なっ、ななななにをおっしゃるのですかなっ? わ、わ、私は、カツラなど使用しておりませんぞ! はは、ははははは!」

 乾いた笑いを上げるジェフリーは誰がどう見ても怪しい。怪しすぎて何かの罠を疑うくらい怪しい。
 ごまかすことなんてないのにな。カツラを着けてる人なんてよくいるよ。例えば、今の僕とか。

「いかがなさいましたの? もしかしてカツラなのを恥ずかしく思っていらっしゃる?」
「恥ずかしく思ってなどおりませ……いえいえいえいえ! そもそも私はカツラではありません! 絶対にカツラではありません!」

 絶対にカツラだろ。
 しかしジェフリーのこの反応はチャンスじゃないか? よし、もう少し揺さぶってみよう。

「違いますの? 変ですわね。今のジェフリー卿の額には少々違和感がございますのに」
「いっ、違和感とはっ?」

 あ、まずい、笑いそう。
 口元を隠すため、僕は扇を広げて口元を覆う。震えるなよ、声! ここが正念場だからな!

「ご自身でお分かりでしょう? それとも私が申し上げなくてはなりませんの?」

 僕の言葉を聞いたジェフリーは慌てて額を両手で押さえる。そのまま顔を青くしたり赤くしたりしながら後退し、金ぴかな彫刻の一つにぶつかって体勢を崩した。と同時に大きくズレた金髪の下からは、僕の記憶通りの茶色い髪が、記憶よりずっと後退したところにちまっと姿を見せた。

「――――っ!」

 ジェフリーは声にならない叫び声をあげたかと思うと、目にも止まらぬ速さで扉の向こうへ消えていった。

 足音が遠ざかり、部屋がしんと静まり返る。
 僕が唖然としていると「ぷっ」と吹き出す声が聞こえた。それはやがて「うく……あは、は……あはははは!」という笑い声に変わる。僕が振り向くと、大きな口を開けるサラが、お腹を抱えて笑っていた。
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