伯爵令息の僕だけど、姉上のフリをして初恋の彼女の教師になります!? ~偽りの姿をした僕と、優しい嘘を言う君が、陽の光の下でワルツを踊るまで~

杵島 灯

文字の大きさ
11 / 64
第2章

町へ行こう! ……と思ったら

しおりを挟む
 モート家の屋敷から戻ってきた僕は決意した。
 次こそジェフリーを納得させられる授業にする!
 そのための資料を探しに行くんだ!

 決意した僕は翌日、授業に使う資料を探すために近くの町へ出かけることにした。

 青い空に浮かぶ白い雲がゆっくり流れていく。
 近くの木では鳥が機嫌よく「ピーチチチ」なんて歌ってる。
 ゆるく吹く風は爽やかだし、ああ、なんて気持ちのいい朝だろう。

 僕は厩舎から出してきた馬に乗り、道の向こうへ顔を向ける。

「ハイヨー!」

 威勢のいい僕の掛け声とは裏腹に、僕の乗った馬はのんびりと歩き出した。
 うん、まあ、しょうがない。君は年寄りだもんね、ゆっくり行こう。

 僕がなんでこんな年寄りの馬に乗ってるかと言うと、それはもちろんここがパートリッジ伯爵家だから。

 馬は移動にも荷運びにも使えてとても重要だ。
 我がパートリッジ伯爵家にだってもちろん、馬はたくさんいた。

 そう。
 “いた”。
 つまり過去形。

 馬も財産だから、領地や家の品々と同様に手放したよ。借金のせいでね。
 おかげで我が家に残っている馬はほんの数頭、それも「気分にムラがあって御しにくい」とか「病気のせいであんまり動けない」とか、いわゆる訳アリで売れなかった子ばっかり。

 僕が乗ってるこの葦毛の馬も訳アリ。優しくて温厚なんだけど、年寄りすぎて売れなかったんだ。昔はもっと黒っぽい毛が多かったらしいんだけど、今はもう全部の毛が真っ白になってるくらいの年寄りっぷり。体力も落ちちゃってるから、乗ったとしても常歩ウォークがせいぜいだ。
 だけど急がないなら別に問題はないし、何よりとっても聞き分けがよくて優しい馬だから、僕は出かけるときは基本的にこの馬を選んで乗っていた。

 頑張って町へ行こう。
 そうしていい資料を見つけよう。
 それも、できるだけ安い金額でね。
 手持ちのお金に余裕はないからね。
 頑張るぞ! おー!

「おんや? 坊ちゃん、馬を殴るおつもりで?」

 腕を突き上げた僕を見て声をかけてきたのは、例のメイドだ。

「違うよ。馬を殴ろうとしたわけじゃない。僕自身に気合を入れてたところなんだ」
「はあ、そうですか」

 う、なんだよその目は。本当だったら。
 ちょっとバツが悪い思いで手を下ろすと、片手に桶を持った彼女は僕をまだジーっと見つめてる。

「そんなに見なくても馬を殴ったりしないよ。本当だよ」
「いや、坊ちゃんが普通の坊ちゃんだなあと思いまして。エレノア様の格好はもう止めたんですか?」
「今日はしないだけ。モート家の屋敷に行くのは週二日だから、僕が姉上の格好をするのは赤の曜日と黄の曜日だけだよ。――って、昨日帰って来てから言ったよね?」
「そうでしたっけ?」
「……うん。まあ、次に行くときはまた言うよ」
「あいさー!」

 メイドはピカピカの笑顔で答える。元気なのはいいことだね。そういうことにしておこう。

「で、坊ちゃんの格好をした今日の坊ちゃんは、どちらへ行かれるおつもりで?」
「ちょっと町まで」
「ふんふん、でしたら石鹸を買って来ていただけますかねえ? あ、それと、さっきホウキが壊れちまったんですよ」

 昨日は僕の部屋の蝶番も壊したよね。物品はもうちょっと優しく扱ってほしいな、うちは貧乏なんだからさ。
 だけどホウキかあ……町は物価も少し高めだからなあ……。石鹸みたいに町でしか買えないものはしょうがないけど、ホウキならなあ……。

「ホウキと石鹸、どっちが重要?」
「ホウキ! がないまま使うと腰が痛くなるんで!」
「分かった。町へ行くのは明日にするから、石鹸は明日買うよ。代わりに今日は村へ行って、雑貨屋でホウキの修理を頼んでくる」
「坊ちゃんのご用事はいいんですかい?」
「明後日までに準備すれば平気だから、いいよ」
「やったー! 助かりますです!」

 メイドはそう言って走り出す。いや、桶の水がこぼれまくってるって!

「桶は置いて行けばいいだろ! また戻ってくるんだから!」
「わあ、うっかりしてました!」

 よっこいしょと言って桶を置き、メイドはバタバタと走り去って行く。あーあ、入ってた水が半分くらいになってるじゃないか。しょうがないなあ。

「ちょっと待ってて」

 地面に降りた僕は乗ってた馬に声を掛けて桶を持った。
 井戸はすぐそこだし、メイドが戻ってくるまでにいっぱいにしておいてやろう。

「よっ……と!」

 僕は端っこの欠けた水桶を井戸の中に落とし入れる。
 水が入ると水桶は重くなるからね。力を入れて綱を引く僕は最初、周りの音に気がつかなかった。だからガラガラという音が耳に入ったのは水桶を引き上げ終えたときで、そのときにはもう、こちらへ向かって走ってくる馬車の姿はかなり大きくなっていたんだ。

「来客?」

 馬車に見覚えはない。
 モート家のピッカピカの馬車じゃないし、今にも壊れそうなうちの馬車でもない。じゃあ、どこの馬車なんだろう?
 家が傾いてからこっち、他の貴族や親類との付き合いも徐々に減ってる。今じゃ訪ねてくるような人物なんてほとんどいないんだけどな。
 僕は引き上げた水を桶に移しながら首をかしげる。そのときちょうど馬車が僕の近くまで来て、車体横にある小窓から中の人物と目が合った。相手の紫の目が細められ、優美な眉がぎゅっと吊り上がる。

「……あ」

 ガラガラと通りすぎる車を僕が呆然と見ていると、少し通りすぎたところで馬が止まった。御者台から降りて来た男性が扉を開いたところで、中にいた人物が勢い込んで半身を外に出す。

「そこで何をしていますの、グレアム!」

 近くの木に止まっていた鳥が数羽、大慌てで飛び去っていく。
 辺りの空気を震わせるほどの声を出したのは、王都にいるはずのエレノア姉上だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

処理中です...