伯爵令息の僕だけど、姉上のフリをして初恋の彼女の教師になります!? ~偽りの姿をした僕と、優しい嘘を言う君が、陽の光の下でワルツを踊るまで~

杵島 灯

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第3章

サラのお願い

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 サラは今日一日『約束の花束をあなたに』に関して話したいそぶりを隠そうともしなかった。「それで、劇の話ですけど……」なんて、いったいどのくらい言いかけただろうね。
 だけど僕はそのたびに「では先ほどの会話術に関して質問を出しますわよ!」とか「あのお料理、とっても美味しかったですわね! おほほほほー!」なんて強引に話題を変えた。

 だって危険なんだ。『約束の花束をあなたに』は、昔の僕たちを思い出させるから。

 もちろん大まかなところは違う。『約束の花束をあなたに』の舞台は遠い南の国だし、ムダルは王子のままで没落なんてしてないし、当然ながら女装もしない。ヒロインのラジュワーだって、作中では男性を手ひどく振って周りに嫌われてるけど、サラがそんなことをするはずもないし。
 でもね。ラジュワーが元平民だったり、ムダルとラジュワーが幼馴染だったり、特別な花が二人の思い出にあったりといった細部が似てるんだ。このまま『約束の花束をあなたに』の話を続けてたら、僕はうっかりグレアムとしての思い出を何か言ってしまうかもしれない。実際にサラが話し終えたあとは「サラが僕の正体に気付いてる!」なんて思いこむ時間があったもんね。そんなはずないのにさ。

 だから授業が終わって馬車に乗り込んだとき、僕はこの緊張感から解放されてちょっとだけ嬉しかった。いつもならサラと別れるのが寂しくて仕方ないんだけど、今日だけは別だったよ。

 と、そんなわけだから、次の黄の曜日にモート家へ行くとき、僕は馬車の中でびくびくしてた。「今日もサラが『約束の花束をあなたに』の話をし始めたらどうやって話をそらそうか」ってずっと考えてたから、モート家に着いて、馬車からおりて、サラの顔を目にしたとき、僕は少しばかり体に力が入ってたかもしれない。挨拶をするときに、

「お、はようございます、サラさん」

 声がうわずってしまったんだ。
 出迎えてくれたサラは僕の声を聞いて瞬いた。

「……おはようございます、エレノア様」

 返してくれた声はいつも通りだったけど、眉尻が少し下がってる。きっと僕の緊張が伝わったんだ。失敗した。
 慌てて何か言おうと思ったけど、それより先にサラが微笑んだ。

「エレノア様。今日も、お昼用メニューとレシピを持って来ていただけてますか?」
「え? え、ええ。もちろんでしてよ」

 来週は授業がない週だから、これは再来週の赤の曜日のためのものだ。
 サラは僕が差しだしたメニューにざっと目を通し、「山ウズラのパイ包み」と呟いたあとに顔を上げる。

「このメニューは再来週の赤の曜日ではなく、その次の黄の曜日にお出ししてもよろしいでしょうか?」
「構いませんけれど……その場合、赤の曜日のメニューはどうなさいますの?」
「エレノア様が考案なさったものとは違うものをお出しするつもりなんです」

 僕が考えたものとは違う?
 じゃあ再来週の赤の曜日には山ウズラのパイ包みが出てこないわけ?
 そんな! 楽しみにしてるのに!

 ……じゃ、なくて。

 ええと、どういうことだろう。
 僕が首を傾げると、サラはふっと空を見上げる。

「今はまだ夏の名残がありますけれど、再来週ともなれば本格的な秋になっちゃいますね」
「ええ……」
「だから私、少し考えたことがあるんです」

 にこっと笑ったサラは「行きましょう」と言って屋敷の中へ入る。まず初めに書斎へ寄って、いつものようにシルクハットのジェフリーから資料を受け取る。(ほんの少し彼の態度が固いように見えたのは気のせいじゃないはず)
 そうしてサラは僕を自室まで先導してすぐ、

「お願いがあります」

 と、きりだした。
 前回の劇のことがよぎって、思わず頬がひくっと引き攣る。サラは、ふ、と小さく息を吐いて笑みを浮かべ「エレノア様が困ることは言いませんから、ご安心ください」と前置きをして続けた。

「今日は授業の前に、少しお時間をください」
「何かありますの?」
「クイズがしたいんです」

 おっと、これは意外な“お願い”だ。

「私が問題を出す役、エレノア様は答える役です。もしこのクイズで私が勝ったら、再来週の赤の曜日は私の時間。……と、していただきたくて」
「サラさんの時間? でしたら再来週の赤の曜日は、わたくしが必要ないというお話ですの?」

 その日は何か用事があるとか、あるいは授業をしたくないってことかな?
 ちょっぴり残念に思いながら言うと、サラは髪飾りが飛んでしまいそうな勢いで首を横に振る。

「違います! 来ていただかなくては困ります! 私、再来週の赤の曜日にはエレノア様と一緒にピクニックをするつもりでいるんです!」
「ピクニック?」
「……こほん。いいえ、野外授業です」

 嘘だ。いま絶対「ピクニック」って言ったよね。
 でもサラは押し切ることにしたみたいで、

「暑くも寒くもないこの時期は、野外授業にピッタリだと思いませんか?」

 と言って、おひさまみたいに笑う。

 サラと一緒に外出かあ。
 楽しそうだよなあ。
 実を言えば僕もサラと外へ出たいなと思ってたんだよ。乗馬の授業を取り入れようとしたことだってあったんだ。残念ながらその計画は、我がパートリッジ家に“女性エレノア用の乗馬服”を用意するお金がなかったせいで頓挫したけど、ピクニックならお金もかからなそうだよなあ。

 とは思うんだけど、問題が二つある。まず、一つ目は。

「……ジェフリー卿がなんと仰るかしら」
「うちの父のことでしたら問題ありません。その日は別の屋敷に滞在する予定になっていますから」

 なるほど。つまりジェフリーがこの屋敷にいないから、サラはピクニック、もとい、野外授業なんて言い出したわけだね。
 納得はするんだけど、もう一つの問題は解決していない。授業計画だ。
 最終日までの授業内容をどうするのかについては既にジェフリーへ計画書を提出してある。ここで予定外の野外授業が入れたいなら、ジェフリーに対しての言い訳も考えないといけないんだよな。

 行きたい気持ちと、難しいぞって気持ち。
 相反する二つが僕の中でせめぎあう。

 うーん、うーん。
 ううーん、うううーん、うーん。
 ううううううううううううーん。

 ……よし、決めた。

 サラのお願いクイズとピクニックは却下。
 再来週の赤の曜日は予定通り、ちゃんと授業を行おう。
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