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第3章
いざ勝負!
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「あのですね、サラさん……」
断ると決めて口を開いたけど、悩みながら探す僕の次の言葉よりもサラの行動のほうが早かった。
サラは本棚に行って、折りたたんであった紙を広げて言ったんだ。
「エレノア様、こちらを見てください! これがなんなのか、エレノア様にはもちろんお分かりになりますよね?」
「ええ。王都の地図、ですわね」
しまった。思わず答えてしまった。
「素晴らしい! 正解です!」
思い切り感心した表情のサラは、机に地図を置いて「さすがですね!」と言いながら僕に拍手をする。
その芝居がかった様子を見れば嫌でも分かるよ。このままだと僕は、サラのペースに乗せられてしまう!
「あの、サラさん、お待ちになっ――」
「今回のクイズは二十問の予定でいたんです。でもエレノア様は、この地図が王都のものだとあっさり見破りました。その慧眼に敬意を表して、問題の数は十九にいたしますね!」
「サラさん、わたくしはまだ、クイズをするとは一言も――!」
「私ではまだまだエレノア様のお足元にも及びませんね! そうだ、もしかしたらエレノア様は、この地図の違和感にもお気づきでいらっしゃるんじゃないですか? なんといってもエレノア様は“最高の淑女”と名高いお方ですものね!」
サラの思う壺にはまってるのは分かってるんだけど、そんなふうに言われては無視もできなくて僕は机の上に視線を向ける。
地図にはたくさんの建物が記されている。中心の王城はもちろん、公園や教会、劇場なども。だけど……。
「王都の道の名前が、紙で隠されていますわね……」
王都にはたくさんの道が通っていて、一つずつに名前がついている。
もちろん地図にだって道は描かれて名前も併記されてるんだけど、机の上に広げられているこの地図は道の名前が小さく切った紙で覆われて、見えなくなっていた。
「素晴らしいです!」
再び、サラがわざとらしいほど大きな拍手をする。
「これでまた私の出題数が一つ減ることになっちゃいました!」
「ですからわたくしは、クイズをするとは一言も――」
「残りは十八問ですね! こんなに聡明なエレノア様ですもの、クイズなんてしたら本当は私の方がずっと不利ですよねっ!」
いやいや、どう考えても不利なのは僕だよ。サラが出そうとしている質問はおそらく『王都の道の名前』だろうけど、僕が王都に行った回数なんて数えるくらいなんだ。
もちろん、王都について学んだこともあるよ。パートリッジ本邸に使用人がたくさんいたころは、僕やエレノア姉上に教師はついていたからね。でも、しばらく王都に住んでたらしいサラに知識面では敵わないんじゃないかな。もしも僕が負けることになったら、再来週の赤の曜日は野外授業になってしまう。それは授業計画的に困るんだ。
早いところ断ろう。
決意して顔を上げると、サラがキラッキラの瞳で僕を見ていた。
子どものころと同じ瞳だ。これからの遊びが絶対に楽しいと信じて僕を誘う、あのときのものと。
……ずるいなあ。これじゃ断れるはずがないよ。
それでも少しは抵抗したくて、僕はできるだけ重々しくうなずく。
「分かりましたわ。サラさんのクイズ、させていただきます」
「やった! それでこそエレノア様!」
笑顔のサラはクイズの説明を始める。僕の想像は当たっていて、やっぱり王都の道の名前を答えるというものだった。これを言えばもしかしたら更に一問減らしてもらえたんじゃないかな。ま、いっか。
「出題したら、私は十かぞえます。そのあいだに答えられたらエレノア様の勝ち。答えられなかったり、不正解だったりした場合は私の勝ちです」
「分かりましたわ」
「では、最初の問題です」
息を吸ったサラが通る声で言う。
「王都の主要な道につけられた名前の元になったものは?」
「東西の方向は植物、南北なら鳥」
「正解です。残りは十七問。では、王宮から伸びるこの一番大きな道の名は?」
「紅薔薇通り」
サラが地図の紙をぺりっと剥ぐ。下から『紅薔薇通り』と書かれた文字が現れた。
「正解です。残りは十六問。では、貴族街へ続くこの道の名は?」
「大鷲通り」
「正解です。残りは十五問。では、劇場が多く並ぶこの道の名は?」
「まがりかえで通り」
「正解です。残りは十四問。では――」
王都は大きい。主要な道だけでも驚くほどの数があるのに、思いのほか答えられていたおかげであと一つ答えられたら僕の勝ちというところまできた。
最初は「授業のため勝たなきゃ」って思ってたけど、今は単純に勝負に負けたくない気持ちの方が大きい。ようし、このまま全問正解してみせる!
なんて、その気負いが良くなかったのかもしれない。
「商業区から住宅区に抜ける、川の横のこの道の名は?」
しまった、ちっとも名前が浮かんでこない。なんだっけ……。
正面のサラが「いち、に、さん……」と数を数え始める。焦った僕はとにかく浮かんだ名を口に出した。
「や、山ウズラ通り!」
「不正解! ここは川スズメ通り。山ウズラ通りはこっち側です。私の勝ちですね!」
「ああ……」
僕はガックリと椅子に座りこんだ。悔しいなあ。もう少しだったのに……。
「最初の約束は守ってくださいね。再来週の赤の曜日は、野外授業ですよ!」
「……分かりましたわ」
紅潮した頬のサラは地図に貼った残りの紙をぺりぺりと剥いでいく。
問題は十七だったけど、王都の通りは多いから、貼ってあった紙の数のほうがずっと多い。
これを作るのはすごく手間がかかったんじゃないかな、と僕はふと思った。時には道の名前に貼る紙が大きすぎたり、あるいは小さかったりもしただろうね。そのたびにサラは「しまった」って思いながら眉を寄せて、でも気を取り直して、また頑張って紙を切って、少しずつ貼っていったのかもしれない。
それもこれも野外授業のためなんだよね。可愛いなあ。
なんて思いながら見つめていると、ふとサラが顔をあげた。
「ご安心ください。この日の授業内容も、お父さんへの言い訳も、私が考えます。それに、昼食も。――外で食べるのでエレノア様のお好きな“山ウズラのパイ包み”は出せませんけど、代わりに山ウズラを使った別のメニューを入れてもらいますね」
「えっ?」
思わず言葉を失った僕を見ながらサラは悪戯っ子みたいにニッと笑って、また紙を剥ぎ始めた。
あーあ。山ウズラのパイ包みを入れてた意図に気づかれてたのかあ。恥ずかしくて頬が熱くなってくるけど、同時に「仕方ないか」って気もする。
だってサラは可愛いだけじゃないくて、とっても賢いんだから。
そう、だから仕方ないんだ。
僕が山うずらのパイ包みをメニューにいれた理由を見抜かれちゃったのも。
王都にほとんど行ったことのない僕が、しばらく王都に住んでたサラよりも道の名前を覚えてないのも。
実は今の僕が「勝負に負けて良かった」なんて思ってるのも。
全部ぜーんぶ仕方がない。
とにかく!
再来週の赤の曜日はサラの希望通り、野外授業に決定!
内容はサラが考える!
僕が考えるのは、今後の授業メニューをどう変更するか!
……まあ、それは、来週中にでもなんとかしよう。
断ると決めて口を開いたけど、悩みながら探す僕の次の言葉よりもサラの行動のほうが早かった。
サラは本棚に行って、折りたたんであった紙を広げて言ったんだ。
「エレノア様、こちらを見てください! これがなんなのか、エレノア様にはもちろんお分かりになりますよね?」
「ええ。王都の地図、ですわね」
しまった。思わず答えてしまった。
「素晴らしい! 正解です!」
思い切り感心した表情のサラは、机に地図を置いて「さすがですね!」と言いながら僕に拍手をする。
その芝居がかった様子を見れば嫌でも分かるよ。このままだと僕は、サラのペースに乗せられてしまう!
「あの、サラさん、お待ちになっ――」
「今回のクイズは二十問の予定でいたんです。でもエレノア様は、この地図が王都のものだとあっさり見破りました。その慧眼に敬意を表して、問題の数は十九にいたしますね!」
「サラさん、わたくしはまだ、クイズをするとは一言も――!」
「私ではまだまだエレノア様のお足元にも及びませんね! そうだ、もしかしたらエレノア様は、この地図の違和感にもお気づきでいらっしゃるんじゃないですか? なんといってもエレノア様は“最高の淑女”と名高いお方ですものね!」
サラの思う壺にはまってるのは分かってるんだけど、そんなふうに言われては無視もできなくて僕は机の上に視線を向ける。
地図にはたくさんの建物が記されている。中心の王城はもちろん、公園や教会、劇場なども。だけど……。
「王都の道の名前が、紙で隠されていますわね……」
王都にはたくさんの道が通っていて、一つずつに名前がついている。
もちろん地図にだって道は描かれて名前も併記されてるんだけど、机の上に広げられているこの地図は道の名前が小さく切った紙で覆われて、見えなくなっていた。
「素晴らしいです!」
再び、サラがわざとらしいほど大きな拍手をする。
「これでまた私の出題数が一つ減ることになっちゃいました!」
「ですからわたくしは、クイズをするとは一言も――」
「残りは十八問ですね! こんなに聡明なエレノア様ですもの、クイズなんてしたら本当は私の方がずっと不利ですよねっ!」
いやいや、どう考えても不利なのは僕だよ。サラが出そうとしている質問はおそらく『王都の道の名前』だろうけど、僕が王都に行った回数なんて数えるくらいなんだ。
もちろん、王都について学んだこともあるよ。パートリッジ本邸に使用人がたくさんいたころは、僕やエレノア姉上に教師はついていたからね。でも、しばらく王都に住んでたらしいサラに知識面では敵わないんじゃないかな。もしも僕が負けることになったら、再来週の赤の曜日は野外授業になってしまう。それは授業計画的に困るんだ。
早いところ断ろう。
決意して顔を上げると、サラがキラッキラの瞳で僕を見ていた。
子どものころと同じ瞳だ。これからの遊びが絶対に楽しいと信じて僕を誘う、あのときのものと。
……ずるいなあ。これじゃ断れるはずがないよ。
それでも少しは抵抗したくて、僕はできるだけ重々しくうなずく。
「分かりましたわ。サラさんのクイズ、させていただきます」
「やった! それでこそエレノア様!」
笑顔のサラはクイズの説明を始める。僕の想像は当たっていて、やっぱり王都の道の名前を答えるというものだった。これを言えばもしかしたら更に一問減らしてもらえたんじゃないかな。ま、いっか。
「出題したら、私は十かぞえます。そのあいだに答えられたらエレノア様の勝ち。答えられなかったり、不正解だったりした場合は私の勝ちです」
「分かりましたわ」
「では、最初の問題です」
息を吸ったサラが通る声で言う。
「王都の主要な道につけられた名前の元になったものは?」
「東西の方向は植物、南北なら鳥」
「正解です。残りは十七問。では、王宮から伸びるこの一番大きな道の名は?」
「紅薔薇通り」
サラが地図の紙をぺりっと剥ぐ。下から『紅薔薇通り』と書かれた文字が現れた。
「正解です。残りは十六問。では、貴族街へ続くこの道の名は?」
「大鷲通り」
「正解です。残りは十五問。では、劇場が多く並ぶこの道の名は?」
「まがりかえで通り」
「正解です。残りは十四問。では――」
王都は大きい。主要な道だけでも驚くほどの数があるのに、思いのほか答えられていたおかげであと一つ答えられたら僕の勝ちというところまできた。
最初は「授業のため勝たなきゃ」って思ってたけど、今は単純に勝負に負けたくない気持ちの方が大きい。ようし、このまま全問正解してみせる!
なんて、その気負いが良くなかったのかもしれない。
「商業区から住宅区に抜ける、川の横のこの道の名は?」
しまった、ちっとも名前が浮かんでこない。なんだっけ……。
正面のサラが「いち、に、さん……」と数を数え始める。焦った僕はとにかく浮かんだ名を口に出した。
「や、山ウズラ通り!」
「不正解! ここは川スズメ通り。山ウズラ通りはこっち側です。私の勝ちですね!」
「ああ……」
僕はガックリと椅子に座りこんだ。悔しいなあ。もう少しだったのに……。
「最初の約束は守ってくださいね。再来週の赤の曜日は、野外授業ですよ!」
「……分かりましたわ」
紅潮した頬のサラは地図に貼った残りの紙をぺりぺりと剥いでいく。
問題は十七だったけど、王都の通りは多いから、貼ってあった紙の数のほうがずっと多い。
これを作るのはすごく手間がかかったんじゃないかな、と僕はふと思った。時には道の名前に貼る紙が大きすぎたり、あるいは小さかったりもしただろうね。そのたびにサラは「しまった」って思いながら眉を寄せて、でも気を取り直して、また頑張って紙を切って、少しずつ貼っていったのかもしれない。
それもこれも野外授業のためなんだよね。可愛いなあ。
なんて思いながら見つめていると、ふとサラが顔をあげた。
「ご安心ください。この日の授業内容も、お父さんへの言い訳も、私が考えます。それに、昼食も。――外で食べるのでエレノア様のお好きな“山ウズラのパイ包み”は出せませんけど、代わりに山ウズラを使った別のメニューを入れてもらいますね」
「えっ?」
思わず言葉を失った僕を見ながらサラは悪戯っ子みたいにニッと笑って、また紙を剥ぎ始めた。
あーあ。山ウズラのパイ包みを入れてた意図に気づかれてたのかあ。恥ずかしくて頬が熱くなってくるけど、同時に「仕方ないか」って気もする。
だってサラは可愛いだけじゃないくて、とっても賢いんだから。
そう、だから仕方ないんだ。
僕が山うずらのパイ包みをメニューにいれた理由を見抜かれちゃったのも。
王都にほとんど行ったことのない僕が、しばらく王都に住んでたサラよりも道の名前を覚えてないのも。
実は今の僕が「勝負に負けて良かった」なんて思ってるのも。
全部ぜーんぶ仕方がない。
とにかく!
再来週の赤の曜日はサラの希望通り、野外授業に決定!
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