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第3章
僕とわたくしと君たちと
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ルーク・センシブルなる男性を朗らかに紹介したあと、ジェフリーはニヤッと笑った。
「ふふ、サラよ。照れておるのだな? まあ、無理もない話か。何しろお前の王都での評判はアレだから、まさかルーク様と結婚できるなど思ってもいなかったろう? いやはや、互いに子どもの頃からの知った仲というのは――」
「十一歳」
意外なほどぴしりとした声のサラが、ジェフリーの言葉を遮った。
「ルーク様に初めてお会いしたのは私が十一歳の頃よ。ぜんぜん子どもなんかじゃないわ。しかもルーク様は当時十四歳だった」
「うん? そのくらいなら『子ども』と言っても変ではないだろうに」
「変よ!」
「何をムキになってるんだ? まあ、照れる気持ちは分からなくもない。なにしろルーク様はお前の初恋のお相手だもんな」
サラの「違うわ!」という金切り声と、右隣のルークをちらちら気にするジェフリーの「おっと、ご本人の前でそれを言うのはまずかったな」という笑いまじりの声が重なった。
ふうん。サラの初恋。
『そうすれば、好きな人のお嫁さんになれたかもしれないのに』
なるほどね。サラの「好きな人」っていうのは、このルークだったのか。もしかしたらルークとあのワルツを踊ったこともあったのかな。思い出の曲だって言ったのはそのためかもしれない。だとしたら……うわあ。
危なかった。僕はものすごい勘違いをしてたよ。もしかしたらサラの“思い出”の相手は僕かもしれないって思ったもんなあ。ワルツを踊りながら「僕はグレアムだ」って明かさなくて良かった。うん、本当に本当に、良かったよ……。
ジェフリーとサラの話が切れたので、ルークが一歩進み出た。そうしてサラの前で優雅に腰を折る。
「こんにちは、サラちゃん……いや、サラ嬢。改めて自己紹介するよ。ボクはルーク・センシブル。これからよろしくね」
やっぱりルークの周りは妙に眩しい。しかもよく通る自己紹介の声に合わせて、ハープの「ぽろろろろ~ん」という音まで聞こえる気がした。なんだろう。僕の目だけじゃなくて、耳もおかしくなったのかな。
僕がこっそり首を右に左に傾げてると、ルークと向かい合う位置のサラが無表情のままスカートをつまんだ。
「サラ・モートです。よろしく」
お辞儀をするサラが硬い声で言ったのはそれだけだった。優しくて気遣いのできるいつものサラとは全然違っている。
僕は思わず目を丸くしたけど、ルークは「ふふっ」なんて小さく笑うだけ。ジェフリーは渋い表情で口を開く。
「サラ。お前は、まだそんな……いい加減にしないか。ルーク様に失礼だ」
「ボクなら平気ですよ。ゆっくり仲良くなりますから気になさらないでください。ね、サラ嬢?」
「なんとありがたい。さすがは歴史ある子爵家の、次期ご当主となられる方だ。寛大なお心をお持ちでいらっしゃる」
媚びの入ったジェフリーの声なんて初めて聞いたけど、それも当然なのかもしれない。
センシブルっていうのは、侯爵家を筆頭とする一族の……まあ、末端に近い場所にいる家だ。でもあの一族はすべての家が王宮内に官職を持っている。もちろんセンシブル子爵家もね。加えて領地も保有しているから、財産は結構あるはずだ。悪い噂は……まあ、ないわけじゃないけど、官職を持ってるならこの程度はね、って思える程度のものかな。
だからジェフリーがわざわざ馬車を走らせてきたのも理解できる。元平民の準男爵令嬢が子爵夫人になるなんて、かなりすごいことだもんね。サラはいい相手と縁を結べることになったなあ。
「お褒めに預かって光栄ですが……」
ふと。ルークがサラの左側やや後方、つまり僕の方へ顔を向けて微笑んだ。
「エレノア嬢の前で我が家のことを語るのは、少々気恥ずかしくもありますね」
「どういうことですかな?」
「家の格の違いですよ。エレノア嬢がお生まれになったパートリッジ家は、国内でも一、二を争うほどの古い歴史を持ちます。しかも長きにわたって国や王家とも関わっている。まさに、国の重鎮と言っても過言ではありませんからね」
かつての我が家なら過言ではなかったかもね。今は没落寸前だけど。
でもルークの言葉にはなんの嫌味も含まれていない。むしろ純粋な賞賛しか感じられないんだ。そんな彼が、
「そうですよね、エレノア嬢?」
なんて言ってウインクまでするから、僕はどう答えていいか悩む。
どうやらルークとエレノア姉上は知り合いみたいだ。王都で暮らすもの同士、加えて社交の場にきっとよく顔を出すもの同士、何度も言葉を交わしたことがあるんだと思う。それは分かる。
問題は、二人がどのくらいの親しさなのかってこと。
表情からするとルークは姉上のことを嫌いじゃないみたいだけど、姉上も同じなのかな? うう、困った。関係性によって答えは変わるから慎重にしないといけないのに、悠長に迷ってる暇はない。
と、とにかく、答えながらなんとかしていくか!
「さすがはルーク卿。他家に関することにも造詣が深くていらっしゃいますわね」
僕の声を聞いた途端、ルークは少しばかり眉間にしわを寄せたように見えた。
まずい。
僕と姉上は年齢こそ離れてるものの、意外に顔が似てる。頑張って化粧をしてるおかげで見た目は誤魔化せてはいるようだけど、声までは厳しいか。さすがは姉上の知り合いだね。
って感心してる場合じゃないぞ、どうしよう。えーと。えーと。あ、そうだ。
僕は扇を取り出し、ゆったりと広げて口元を隠す。この扇は姉上が愛用していたものを借りてるから、知り合いなら見たことがあるはずだ。
幸いにも僕の目論見は当たったみたいでルークの目つきが少し柔らかくなった。よし。あとは。
「いつもながら軽薄ですわね。婚約者も決まったのですから、今後の行動には気を付けたほうがよろしくてよ? 少なくとも婚約者のいる前で、ほかの女性にウインクをするものではありませんわ」
今までの訝しげな表情は消えて、ルークは笑顔になった。どうやら僕の言った内容は姉上の普段の態度とあまり変わらなかったみたいだ。本当は僕の苛立ちも混ざったセリフでもあったんだけど、それが結果的に良かったってことなのかも。
ちょっと意外だな。姉上は身内には辛辣だけど、他人にはもう少し当たりが柔らかいと思ってたのにな。
「……やれやれ。キミの態度は変わらないね」
肩をすくめておどけたようにルークは言う。でもその声には少しばかり寂しさがにじんでいたように思う。どういうこと?
返事をしようと思ったけど、無理に何かを言って疑念を持たれるよりも黙っていた方がいいと判断して、僕は横を向いた。目に映ったのはサラの姿だ。スカートをぐっと握ったサラは、やっぱり無表情のままだった。
……なんか、へんなの。
妙な空気感で無言のまま立ち尽くす、僕と、サラと、ルークと。
その中を、
「さあ屋敷へ戻りましょう。今日は特別なご馳走を用意いたしますぞ! ルーク様も、エレノア嬢も、ぜひ召し上がってください! わっはっはっはっは!」
一人朗らかなジェフリーの声が騒がしく駆け抜けていった。
「ふふ、サラよ。照れておるのだな? まあ、無理もない話か。何しろお前の王都での評判はアレだから、まさかルーク様と結婚できるなど思ってもいなかったろう? いやはや、互いに子どもの頃からの知った仲というのは――」
「十一歳」
意外なほどぴしりとした声のサラが、ジェフリーの言葉を遮った。
「ルーク様に初めてお会いしたのは私が十一歳の頃よ。ぜんぜん子どもなんかじゃないわ。しかもルーク様は当時十四歳だった」
「うん? そのくらいなら『子ども』と言っても変ではないだろうに」
「変よ!」
「何をムキになってるんだ? まあ、照れる気持ちは分からなくもない。なにしろルーク様はお前の初恋のお相手だもんな」
サラの「違うわ!」という金切り声と、右隣のルークをちらちら気にするジェフリーの「おっと、ご本人の前でそれを言うのはまずかったな」という笑いまじりの声が重なった。
ふうん。サラの初恋。
『そうすれば、好きな人のお嫁さんになれたかもしれないのに』
なるほどね。サラの「好きな人」っていうのは、このルークだったのか。もしかしたらルークとあのワルツを踊ったこともあったのかな。思い出の曲だって言ったのはそのためかもしれない。だとしたら……うわあ。
危なかった。僕はものすごい勘違いをしてたよ。もしかしたらサラの“思い出”の相手は僕かもしれないって思ったもんなあ。ワルツを踊りながら「僕はグレアムだ」って明かさなくて良かった。うん、本当に本当に、良かったよ……。
ジェフリーとサラの話が切れたので、ルークが一歩進み出た。そうしてサラの前で優雅に腰を折る。
「こんにちは、サラちゃん……いや、サラ嬢。改めて自己紹介するよ。ボクはルーク・センシブル。これからよろしくね」
やっぱりルークの周りは妙に眩しい。しかもよく通る自己紹介の声に合わせて、ハープの「ぽろろろろ~ん」という音まで聞こえる気がした。なんだろう。僕の目だけじゃなくて、耳もおかしくなったのかな。
僕がこっそり首を右に左に傾げてると、ルークと向かい合う位置のサラが無表情のままスカートをつまんだ。
「サラ・モートです。よろしく」
お辞儀をするサラが硬い声で言ったのはそれだけだった。優しくて気遣いのできるいつものサラとは全然違っている。
僕は思わず目を丸くしたけど、ルークは「ふふっ」なんて小さく笑うだけ。ジェフリーは渋い表情で口を開く。
「サラ。お前は、まだそんな……いい加減にしないか。ルーク様に失礼だ」
「ボクなら平気ですよ。ゆっくり仲良くなりますから気になさらないでください。ね、サラ嬢?」
「なんとありがたい。さすがは歴史ある子爵家の、次期ご当主となられる方だ。寛大なお心をお持ちでいらっしゃる」
媚びの入ったジェフリーの声なんて初めて聞いたけど、それも当然なのかもしれない。
センシブルっていうのは、侯爵家を筆頭とする一族の……まあ、末端に近い場所にいる家だ。でもあの一族はすべての家が王宮内に官職を持っている。もちろんセンシブル子爵家もね。加えて領地も保有しているから、財産は結構あるはずだ。悪い噂は……まあ、ないわけじゃないけど、官職を持ってるならこの程度はね、って思える程度のものかな。
だからジェフリーがわざわざ馬車を走らせてきたのも理解できる。元平民の準男爵令嬢が子爵夫人になるなんて、かなりすごいことだもんね。サラはいい相手と縁を結べることになったなあ。
「お褒めに預かって光栄ですが……」
ふと。ルークがサラの左側やや後方、つまり僕の方へ顔を向けて微笑んだ。
「エレノア嬢の前で我が家のことを語るのは、少々気恥ずかしくもありますね」
「どういうことですかな?」
「家の格の違いですよ。エレノア嬢がお生まれになったパートリッジ家は、国内でも一、二を争うほどの古い歴史を持ちます。しかも長きにわたって国や王家とも関わっている。まさに、国の重鎮と言っても過言ではありませんからね」
かつての我が家なら過言ではなかったかもね。今は没落寸前だけど。
でもルークの言葉にはなんの嫌味も含まれていない。むしろ純粋な賞賛しか感じられないんだ。そんな彼が、
「そうですよね、エレノア嬢?」
なんて言ってウインクまでするから、僕はどう答えていいか悩む。
どうやらルークとエレノア姉上は知り合いみたいだ。王都で暮らすもの同士、加えて社交の場にきっとよく顔を出すもの同士、何度も言葉を交わしたことがあるんだと思う。それは分かる。
問題は、二人がどのくらいの親しさなのかってこと。
表情からするとルークは姉上のことを嫌いじゃないみたいだけど、姉上も同じなのかな? うう、困った。関係性によって答えは変わるから慎重にしないといけないのに、悠長に迷ってる暇はない。
と、とにかく、答えながらなんとかしていくか!
「さすがはルーク卿。他家に関することにも造詣が深くていらっしゃいますわね」
僕の声を聞いた途端、ルークは少しばかり眉間にしわを寄せたように見えた。
まずい。
僕と姉上は年齢こそ離れてるものの、意外に顔が似てる。頑張って化粧をしてるおかげで見た目は誤魔化せてはいるようだけど、声までは厳しいか。さすがは姉上の知り合いだね。
って感心してる場合じゃないぞ、どうしよう。えーと。えーと。あ、そうだ。
僕は扇を取り出し、ゆったりと広げて口元を隠す。この扇は姉上が愛用していたものを借りてるから、知り合いなら見たことがあるはずだ。
幸いにも僕の目論見は当たったみたいでルークの目つきが少し柔らかくなった。よし。あとは。
「いつもながら軽薄ですわね。婚約者も決まったのですから、今後の行動には気を付けたほうがよろしくてよ? 少なくとも婚約者のいる前で、ほかの女性にウインクをするものではありませんわ」
今までの訝しげな表情は消えて、ルークは笑顔になった。どうやら僕の言った内容は姉上の普段の態度とあまり変わらなかったみたいだ。本当は僕の苛立ちも混ざったセリフでもあったんだけど、それが結果的に良かったってことなのかも。
ちょっと意外だな。姉上は身内には辛辣だけど、他人にはもう少し当たりが柔らかいと思ってたのにな。
「……やれやれ。キミの態度は変わらないね」
肩をすくめておどけたようにルークは言う。でもその声には少しばかり寂しさがにじんでいたように思う。どういうこと?
返事をしようと思ったけど、無理に何かを言って疑念を持たれるよりも黙っていた方がいいと判断して、僕は横を向いた。目に映ったのはサラの姿だ。スカートをぐっと握ったサラは、やっぱり無表情のままだった。
……なんか、へんなの。
妙な空気感で無言のまま立ち尽くす、僕と、サラと、ルークと。
その中を、
「さあ屋敷へ戻りましょう。今日は特別なご馳走を用意いたしますぞ! ルーク様も、エレノア嬢も、ぜひ召し上がってください! わっはっはっはっは!」
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