伯爵令息の僕だけど、姉上のフリをして初恋の彼女の教師になります!? ~偽りの姿をした僕と、優しい嘘を言う君が、陽の光の下でワルツを踊るまで~

杵島 灯

文字の大きさ
40 / 64
第3章

話を聞かせて、話をして

しおりを挟む
 課外授業ピクニックをして、ルークに会って、使用人に王都へ向かってもらって。
 怒涛のような赤の曜日から三日たった黄の曜日、僕はまた馬車に揺られてモート家へ向かっていた。

 先日は正面にサラが座っていたこともあったけど、もちろん今日はいつものように僕ひとりきりだ。息を吐いて背もたれに身体を預けると、いつもとは違って後ろで何かがこつんと当たる気配がした。

「あ……」

 その原因を僕は手に取る。キラキラ輝く黄金製の髪飾りだ。花の上に蝶が舞っていて、さらには緑、赤、青といった細かな宝石が散らしてあるもの。びっくりするほど豪華で、びっくりするほど高そう。

「……ほんとに、もう……どうなってるんだろうなあ……」

 サラも、ルークも……姉上もね。

 あの赤の曜日。王都へ向かう男性使用人に預けた手紙に僕は、姉上とルークの関係性を問う内容を書いた。

『サラの婚約者が決まったよ。“ルーク・センシブル”という人なんだ。もしかしたら“エレノア”ぼくは今後、モート家でルークに会うかもしれない。そのときの言動の参考にしたいから、姉上とルークが普段はどんな会話をしてるのか、どのくらい親しいのか、ざっくりとでいいから教えてほしいんだ』

 たとえルークとモート家で会ったとしても、相手は他の女性サラの婚約者だ。僕と二人きりで話す機会はないだろうけど、何かのきっかけからでも違和感を持たれて、モート家に通っているエレノアが偽物だって気付かれたら困る。ジェフリーとの契約完了まで残り三か月弱、僕は女装を見破られることなく無事に終えたいんだ。

 そんなわけで僕はできるだけ早く姉上からの返答が欲しかったけど、さすがに今週中は無理だろうとも思ってた。本邸から王都までは馬車を使って片道で二日、往復で四日かかる。いくら馬が馬車より早いとはいっても、馬も人も生き物だ。休みもなく通しで動くなんてできない。してほしいと思わないし。加えて、別邸にいる姉上にすぐ会えるかどうかだって分からないもんね。姉上の都合によっては半日くらい別邸で拘束される可能性もあるんだ。

 だけど赤の曜日の夜に本邸を出発した男性使用人は、今日の――黄の曜日の朝に本邸へ帰ってきた。
 僕がモート家の馬車に乗るため玄関に向かっていたら、まるでいつも通りの日々を過ごしていたかのように彼は廊下の端に立っていて、ごく普通の調子で、

「坊ちゃま、おはようございます」

 なんて挨拶をするんだ。さすがにもう帰ってくるなんて思ってなかった僕は彼の幻を見たのかと思って、何も言わずに通り過ぎちゃったよ。
 三歩進んで立ち止まった僕が「えっ?」って言いながら振り返ったところ、実在していた使用人は何事もなかったかのように訥々と語り始めた。

 曰く、王都の別邸に到着した彼はまず応接室に通されたらしい。エレノア姉上に僕の手紙を渡したところ、その場でざっと目を通した姉上は顔を上げて言ったそうだ。

「わたくしとルーク卿のあいだに特筆すべき関係性などありません。グレアムには『普段通り過ごせばいい』とだけ伝えなさい」

 思いもよらない答えを聞いて唖然とする僕に使用人は、姉上から渡されたという髪飾りを差しだした。なんでも「返事すらないまま帰宅しては、グレアムが本当に王都まで来たのかと疑うでしょうから」という意味をこめてのことらしいんだけど、僕は別に使用人のことを疑ったりしないよ。だって彼の目の下にはくっきりとした隈ができていて、「相当無理をしてくれたんだな」って一目で分かる状態だったんだから。

「……だいたい姉上だって、そんな気を回すくらいなら何か一言でも手紙を書いてくれたら良かったんだよ」

 妙に深くなった溜め息をついて、馬車の中の僕は髪飾りを髪に戻そうとした。でも、手袋越しだと指先の微妙な感覚が伝わらない。仕方なく手袋をはずして飾りを動かすけど、今度は鏡がないからコームの部分を上手く差し込めたかどうか確認できなかった。大丈夫だといいけどな。髪飾りの位置も、ルークと出会ったときにするかもしれない受け答えも。

 僕の困惑と不安を乗せて、すっかり馴染みになった道を馬車は進む。見慣れた鉄の柵を過ぎて、この木立を抜けたらモート家の玄関に到着する。――はずなんだけど、なぜか木立の中で馬車が止まった。続いて、何か言い合う男性二人の声が聞こえてくる。片方は御者さんのものだけど、もう片方の声は……。

 え……これは、どういうこと?
 僕が腰を浮かせると同時に、バン、と音を立てて馬車の扉が開いた。

「エレノア!」

 いたのは、淡い黄色の服を着たルークだった。やっぱり。

 だけどここにルークが来る理由が分からない。
 しかも今、ルークは「エレノア」って言ったよね?
 呼び捨て? 敬称もつけてない?
 なに? なんで? えええ?

「ふふ……困ってるね? ボクがもうモート邸にいないと思ったのかな? だから今日、君はモート邸に来た……。いや、例えボクがいると分かっていても、きちんと教師を務めるために来たんだよね。君らしいな。……ただ、そういうところに付け込んだと……君はボクをまた嫌うかもしれないな」

 ルークの口調は軽い。だけど表情はとても必死で、なりふり構わない感じで、先日のキラキラしい彼とは全然違ってなんだか泥臭い。でもその分だけ僕にも真剣さが伝わってきたんだ。
 ルークは僕に向かって手を伸ばす。

「お願いだ、エレノア。もう一度だけでいい。ボクと話をしてくれないか」
「話……」

 なんの?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

処理中です...