その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第2章

2.買う? 買わない? 買う?

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 フォルラビアの町に入ったリディは、守備兵に言われた通り真っ先に西の職人街へ向かった。

 見慣れぬ服を着た娘が裸馬に乗ってその首に抱き着いている姿、というのはかなり人目を引くらしい。
 周囲からの視線を痛いほど感じながら西へ進んでいると、やがて一風変わったにおいが風に乗って届く。少々煙臭いのは燻しているからだろうか。あとは。

(染料かな? それに、革……?)

 どうやら目的地に着いたようだ。

 この辺りは太い通りを中心にして、左右には大きな建物が並んでいる。道の側には品物が置いてあるので一見すると商店のようだが、完全に店という訳ではないようだ。何しろ奥の方からは、こすったり叩いたりといった様々な音が聞こえてくるし、開け放された扉の前を通るたびに独特のにおいが強くなる。
 建物の上階からも花やカーテンといった装飾品が消えていて、窓から見えるのは雑然と積まれた木や皮、大きな壺や棚などだ。

 おそらくこれらの建物はすべて工房で、道に面した少しの場所に製品を並べて店としている形態なのだろう。

 その中に馬具が多く置いてあるところを見つけてリディはマックロを止めさせる。彼女を建物の前で待たせ、リディ自身は中へ入って声をかけた。

「あのー」

 中には恰幅の良い初老の男がいた。彼は何かの作業をしていたようだが、リディの声を聞きつけて顔を上げる。

「何かね?」
「馬具がほしいんだけど」
「ほう」

 立ち上がった男はのしのしとリディの傍まで歩み寄る。その間に彼は素早くリディの身なりと、店の外にいるマックロの姿を確認したらしい。初めは値踏みするようだった彼の顔つきは、リディの間近に来たときには輝くような笑顔に変化していた。

「ようこそ、東方のお嬢さん。うちの店を選ぶとはお目が高い。さて、馬具のどの部位をお探しで?」
「全部欲しいんだけど、いくらくらいになる?」

 男は取り出した紙にさらさらと書きつけ、リディに差し出す。

「このくらいですねえ」

 そこに書かれていたのは、リディが考えていた金額の二倍近い数字だった。
 馬具はこれからも日常的に使うものだから上等な品を選びたい。とはいえこれはさすがに高すぎだ。鈴鳴家から渡された金額の大半が消えてしまう。

「ずいぶんいい金額だね」
「うちの品はすべて熟練の職人が作り上げた珠玉の一品ばかりなんですよ。おかげさまで『ラスコンの革製品』といえばちょっとは名が知れておりましてね」

 なるほど、とリディは内心で早々に負けを覚悟する。
 どうやらここはかなり上級の工房のようだ。それに見合う自負もある。おいそれと値引きに応じたりはしないだろう。

「有名な工房だったんだね。どうりでいい品だと思ったよ」
「ありがとうございます。何しろ領主様にお仕えする騎士の方々ですら、わざわざこの町へいらしてお買い求めくださるくらいですから。他にもうちの噂を聞いた冒険者がいらしたこともあるんですがね、その方が乗騎として連れておられたのは普通の馬ではなかったんですよ。一体なんだったのかと申しますと――」

 男は壁を示す。そこには額に入った一本の白い羽根が飾られていた。

「実は、ペガサスだったんです!」
『ペガサスですって!』

 道の方から悲鳴にも似た声が響いた。

 男がそちらを見るがそこに人間の姿はなく、気まずそうに横を向くマックロがいるだけだ。
 首を傾げた男は「気のせいかな」と呟いてリディに顔を戻す。

「ま、まあ、そんな風に高名な方々もお越しになるほどの店なんですよ。ですから素材だって妥協していません。例えばほら、こちらの手綱に使われている革の素材は分かります?」
「牛とか羊の皮じゃないの?」
「お嬢さん、うちは裏通りの店とは違いますよ。使っている素材は冒険ギルドを通じて卸してもらった高級品ばかりなんです。ですからこの革の元はなんと、悠々と大空を飛んでいたワイバーンです!」
『ワイバーン! あの程度の低い連中の!』

 再び声がしたかと思うと、マックロが蹄の音を響かせながら入って来た。首を伸ばした彼女はリディの着物の襟首をくわえようとする。――そのときだった。

 マックロはふと動きを止め、首を上げる。
 そうして一体何が気になるのか、店の中を見回しはじめた。

「え……あ、あの……お嬢さん? ええと、馬を中に入れるのは……」

 しかし男の声で我に返ったのだろう。ハッとした様子のマックロは今度こそリディの着物の襟首を咥え、ずるずると引きずって出て行く。
 当然ながらリディの力ではマックロに敵わないので、リディは引きずられながら男に向けて手を振り、

「説明してくれてありがとう。ちょっと検討するね」

 と言うしかなかった。

 ぽかんとした男の「……お待ちしております」という言葉に送られながら店の脇にある路地に連れていかれたリディは、そこでようやくマックロと向き合う。

「マックロさん?」
『……すみません。ですがどうしても我慢ならなかったんです』

 首を下げたマックロは、上目遣いにリディを見る。

『あそこで買った馬具を身に着けたら、私はどこかのペガサスと揃いになってしまうんですよ? 運悪くそいつと鉢合わせてご覧なさい。「お前の馬具、俺のと同じじゃないか。やっぱり俺が着けた馬具ってことで人気になっちまったかー。まあ、ペガサスの俺が着けてるわけだから? 人間たちがあやかって普通の馬に着けさせるだろうとは思ったけど? まさかナイトメアなんかが着けるまでになるとはなぁ! あー、有名になるってツレェわー、マジでツレェわー」なんてニヤニヤしながら言われるに決まってます!』

 言いながら苛立ちが抑えられなくなったのだろう、マックロはどすどすと足を踏み鳴らす。あまりに地面が揺れるのでリディはこっそり二歩下がった。

『しかも使っている素材がワイバーンだなんて言うじゃありませんか! 知ってます? あいつらは地上に暮らすものたちを見下してるんですよ! たまに地上の生き物たちの頭上スレスレを飛んで慌てさせて、その様子を空から見てゲラゲラ笑っているような、高慢で、粗暴で、考えが足らない連中です! そんな奴らの皮を使った品が私の体に巻き付くなんて……おおお、ぶるぶる。少し考えただけでも寒気がします! あの店で馬具を買うなんて絶対にお断り――おや? あなたはどうしてそんな離れた場所にいるんです?』
「ちょっとね」

 答えてリディは二歩前に戻る。

「とにかくマックロさんは、あの店の商品は嫌なんだね?」
『ええ、もちろん! ……ですが』

 力強くうなずいたマックロだったが、すぐに奇妙な顔つきをする。なんだかそれは、甘いと思って齧ったものが苦かったときのような表情にも見える。

『あそこにあった物がワイバーンの皮を使っているのは間違いないと思うんです。他にもバジリスクや、アンフィスバエナの気配もしました。とはいえあれほどの量があるのに……』
「待って」

 リディは片手をあげ、マックロの話を止めさせる。

 マックロの尻尾が揺れた向こう側、リディたちがいる路地の先で。
 口を半開きにした十歳ほどの少年が、さかんに瞬きをしながらこちらを見ているのに気づいてしまったからだ。
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