その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第2章

3.どうすれば良かったの

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 リディはにっこり笑いながら少年に向かって足を進める。

「こんにちは」

 金の髪をした少年から答えはない。彼は薄い青の瞳に怯えを宿しながら、リディと、マックロとを見ている。

「しまったな。もしかして私たちの話、聞いちゃった?」
「……うん。その馬、喋ってたよね。……喋れる馬なんて聞いたことないけど、もしかして……」

 少年がわずかに下がるが、震える足はうまく動かなかったようだ。リディは彼に追いつき、間近に立って言う。

「聞かれちゃったならしょうがないや。言うしかないね。実は、私はね」

 リディは少年にぐっと顔を近づけ、声を潜める。

「――腹話術師なんだ」
「ふくわじゅつ、し……?」
「そう。知ってる?」
「確か……人形が喋ってるように見せかける人……?」
「知ってるなら話が早いね。私はそれを、人形じゃなくて馬でやるんだ」

 リディは背後を振り返る。

「こんにちは」
『は? あ、ええと……こんにちは』
「今日はいい天気だね。晴れた日は好きですか?」
『そ、そうですね、光が強いおかげで黒が際立って見えますから、好きです』
「ほら、こんな感じ」
「すごい!」

 怯えた表情から一転、少年は目を輝かせて拍手をする。
 ありがたいことに彼はとても素直だった。

「ところでさ、腹話術師さん」
「私の名前はリディだよ」
「リディさんだね。俺はキケ。――なあ、リディさんはもしかして、その馬に着ける品を探してるの?」

 リディがうなずくと、キケは思い切った様子で切り出した。

「だったら、うちで買わない?」
「うち?」
「うん。俺んちも革工房なんだ。俺の父ちゃんも祖父ちゃんもすごい職人なんだぜ。表通りの職人にだって絶対に負けてないんだけど、でも最近は売り上げもほとんどなくて……素材の皮もあんまり買えなくて……」

 少年はそう言って肩を落とす。加えてリディが、

「キケの工房では何の皮を使ってるの?」

 と尋ねたところで落胆の色を目に宿した。
 リディとしては魔獣素材を好まないであろうマックロのために聞いただけなのだがキケは逆に取ったらしい。力のない声でぼそぼそと答える。

「ええと……牛とか羊、で……」

 途端に背後からは安堵した調子の「ひひーん」という声が聞こえたのでリディは微笑う。

「それはいいね。ぜひ工房に案内してもらいたいな」
「本当に?」
「うん、本当」

 リディが言うと、顔を上げたキケはパッと顔を輝かせた

「ありがとう、リディさん! こっち、こっちだよ!」

 先に立ったキケが案内してくれたのは表通りから入った裏通りの、さらにもう一本裏の通りにある場所だった。
 この辺りまで来ると建物はかなり小さく、ほとんどの扉が閉まっている。

「品物を置いてるところはないんだね」
「まあね。以前はもっと品物を置いてあるとこもあったけど……ちょっと色々あって」

 キケは寂しそうに笑う。

「それにこの辺まではお客さんもほとんど来ないから、大半は表通りで雇われてる職人の家になってるんだ。――あ、ここが俺ん家だよ」


***


 キケの家の工房は確かに小さくて品数も少なかったが、リディが必要とするものがすべて揃っていた。しかもキケの祖父はマックロを見た途端に、

「これと、これと……いや、こっちは少し手直しするか」

 と言いながら馬具を出してくれ、そのどれもがすべてマックロにぴったりだった。革の具合もとても良いようで、馬具を装備するのにあれほど不満そうだったマックロでさえほとんど表情を変えない。

 そしてリディが何より驚いたのは、提示された金額が想像以上に安かったことだ。

「この金額でいいの? 間違ってない?」

 逆にリディが何度も金額の確認をして、キケたちに笑われる始末だった。

「リディさん、表の店でどれだけふっかけられたの?」
「うーんと、これくらい。だけど素材がワイバーンだからこの金額なんだって言ってたよ」
「ああ……」

 途端にキケの父と祖父の顔が曇る。キケも、きゅっと唇を噛んだ。

「……本当にワイバーンなら、しょうがないかもしれないけどさ」
「え?」
「やめなさい、キケ」

 ぴしりとした声を出したのはキケの父だ。

「お客さんの前だよ。憶測で物を言うんじゃない」
「だけど父さん。ラスコンの奴らは――」
「おうおう」

 道の方から野太い声が聞こえて振り返ると、体格の良い、いかにも荒くれと言った風体の若い男が三人いた。リディの横でキケが息をのむ。

「この小さい工房から親方の名前が聞こえた気がするが、まさか悪口じゃねえよなぁ?」
「それとも支払いに行くつもりだったか? だとしたら殊勝なこった」

 男たちは大きな足音を立てながら店の中に入ってくる。立ちあがったキケの父がリディたちを庇うように前に出た。

「ラスコンさんのところのかたではありませんか。ええ、仰る通りです。ちょうど今、支払いに伺おうと言っていたところなんですよ」

 そう言ってキケの父は、リディが渡したばかりの金のなかから選り分けて渡そうとする。しかし男たちはその手を止めさせた。

「おいおい、忘れたのか? 今回は少し待ってやってたんだ、利子ってもんがかかるだろ?」

 男たちがつかみ取ったのはすべての硬貨だった。思わず足を踏み出したリディだったが、右手首を握られて動きを止めた。振り向くとキケが必死に首を横に振っていた。

「だけどこれは、裏通りのお前たちがやっと手にした金だもんなあ。せめて少しくらいは残しといてやらねえと可哀想か?」

 男は手の中から一枚の少額硬貨を放る。硬貨は近くの台の脚に当たり、木の床に落ちて小さな音を立てた。

「アニキ、優しい!」
「だろ?」

 そうして男たちは笑いながら去って行く。下卑た声が聞こえなくなるころ、キケの父が困ったような笑みを浮かべて振り返って頭を下げた。

「お騒がせしてすみません、お客さん」

 まったくだ、と言ったのはリディの後ろにいたキケの祖父だ。

「お恥ずかしながら家賃などを少々滞納しておりましてな。いやいや、みっともないところをお見せしまして」
「……ううん」

 リディに背を向けたキケが硬貨のところへ歩み寄ってしゃがむ。拾い上げようと伸ばした彼の手は、しかし硬貨に触れることなく止まった。そのまま肩を震わせはじめた少年の後ろ姿を、リディは何も言えずにただ見ていることしかできなかった。
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