その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第2章

4.すすめ、すすめ

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 不思議そうな声が聞こえてきたのは、リディが町を出てすぐのことだった。

『今日のあなたは、おとなしいですね』

 まだ朝の早い時間、北西地域へ向かうこの道に人の姿はない。声の主はもちろんマックロだ。

「そう?」
『昨日はもっと話をしていたように思うのですが』
「あー、あれはね。初めて集落に入るマックロさんに教えることがいっぱいあったからだよ。一通りの流れを経験したから、この後はもう大丈夫でしょ?」
『そうですね。昨夜は馬小屋という場所も初めて経験しましたし。……はぁ。今後は夜になるたび、あそこに泊まるのですね』
「あれ。気に入らなかった? 昨日はフォルラビアの町でも特に馬小屋が良さそうな場所にしたつもりだったけど」

 おかげで宿代も少々値が張った。馬具を買った直後の財布はさらに薄くなったが、何しろマックロは今まで広い場所で気ままに過ごしてきた。馬小屋への嫌悪感を抱かせないためにも、まずは広めの馬小屋がある宿を探すべきだとリディは考えたのだ。

『いえ、馬小屋というものの居心地は思っていたほど悪くはありませんでしたよ。――閉じ込められて何もできないので暇だった、という点を除けばですが』
「暇だったの? マックロさんはあんまり眠らないんだね」
『あんまりではありません。ナイトメアに眠りは不要なんです』

 鼻息も荒くマックロは首をのけぞらせる。どうやら彼女は胸を張ったらしい。昨日だったら慌てるところだが、今日のリディは平気だ。何しろ馬具があるのだから。

『そもそもナイトメアというのは眠りを与える側なのですよ。目の前の相手を眠らせ、悪夢を見せるのです。どうです? すごいでしょう?』

 そうしてマックロは「ひ、ひ、ひ」と言う。きっと彼女自身は悪い笑いをしているつもりなのだろうが、しかしリディには嘶きの失敗か、あるいはクシャミがうまく出なくて困っている状態にしか聞こえない。
 それでもマックロが自慢げなので、ひとまず「そうだね」と相槌を打つ。

「だけど普通に悪夢を見せるだけじゃ、マックロさんは人の世界で悪い方に有名になっちゃうなあ」
『ええっ!』

 叫んだマックロはしばらく考えたのだろう。しばらくしてがっくりと首を落とす。

『……確かにあなたの言う通りです。誰も好き好んで悪夢なんて見たいわけではありませんものね。これでは私はただの嫌がらせ魔獣。ペガサスやユニコーンを見かけて「格好いい」と言って集まってくる人たちは、私を見たら「ナイトメアが来た」と一目散に逃げてしまうことでしょう』
「その前に今の私とじゃ、マックロさんは人の前で馬のフリをするしかないんだけどね」

 何しろリディはまだ冒険者未満だ。魔獣を連れていると公表できないため、マックロをナイトメアのまま行動させてあげられない。

「マックロさんがナイトメアだって言える日が来たら、その能力で人の役に立とうよ」
『……こんな能力が、人の役に立つと思います?』
「うん。きっと。――大丈夫、まだ旅は始まったばかりなんだ。これから一緒に良い使い方を探そうよ。そうして有名になろう」
『ありがとうございます。ありがとうございます』

 地面に大粒の雫が落ちる。
 雲一つない青空から雨が降るはずはない。これはもちろん、マックロの目から流れているものだ。

『私の能力を前向きにとらえていただけるなんて感激です。ああ、美しい黒髪を持つリディ、あなたと契約できて本当に良かった』
「大げさだなあ」

 リディはマックロの首筋を軽く叩く。

「ところで眠らないマックロさんは、昨夜は何をしてたの?」
『……あそこでは馬たちの寝息を聞く程度のことしかできませんからね。私はずっと考え事をしていました』

 そこでマックロは言葉を途切れさせる。
 先を促しても良かったのだが、リディはなんとなくそんな気になれなかった。

 辺りにはしばらく、地面を行く蹄の軽快な音だけが響く。

 そういえば蹄鉄は買っていない。
 ナイトメアの蹄は保護などしなくとも十分に強靭だし、そもそもキケの工房には金属製の蹄鉄を置いていなかった。
 リディが裏路地のあの小さな革工房と、そこに居た人々を思い描いたとき、まるでそれが見えていたかのようにマックロが再び話しだす。

『……あなたは、キケという人間を嫌っていないように見えました。これは正しいですか?』
「正しいよ。キケはいい子だったし、私は好意的な感情を持ったかな」
『対して、後から来た粗野な人間どもには良い感情を持っていないような気がしました。これはいかがですか?』
「マックロさんの言うとおりだよ」
『……分かりませんね』

 マックロは大きなため息を吐く。

『ならばどうしてあなたは私の馬具を買ったあと、特に何もすることなく宿へ向かったのです?』

 買い物を終えたリディが「じゃあね」と言ったとき、礼を返してくれたのはキケの父と祖父だけだった。リディを工房に連れて来たキケ自身は床にしゃがみこんだまま肩を震わせ続け、何かを言える状態ではなかった。

「それはね。あの場で私にできることは何もないと思ったからだよ」
『そういうものですか』
「そういうもの。だって、紫禳しはら鈴鳴すずなり 紗綾さやならいざ知らず、西方のリディ・グランジュには何の力も肩書もない。マックロさんのことを公表もできず、町一つ入るのにも工夫が必要な、単なる“十五歳の小娘”でしかないんだ。――今は」

 リディは遠く北西を見つめながら懐を押さえる。そこにあるのは一枚の白い紙。港街カブレイの冒険ギルドサブマスター・ラットガットが持たせてくれた“冒険者の身分証だったもの”だ。

「だけどルフザ村に行けば私は冒険者になれるかもしれない。そうしたら私もマックロさんもきっと何かできるようになるはず。だから今は先を急ごう、マックロさん。ルフザ村はこの道のずっと先にあるよ」


***


 マックロという心強い相棒に、馬具。これらが揃ったことでリディの旅の速度は飛躍的に上がった。
 さらには以降の道のりが概ね順調だったこともあり、フォルラビアの町を出てから六日目の昼過ぎ。想像よりもずっと早く、リディは目的地である村“ルフザ”を見ることになった。
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