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第2章
6.テイマーになりたい
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ここへ来るまでにリディが会ったことのある冒険ギルドマスターは二人だ。
一人目は港街カブレイのナージエッド。初めて会ったとき、彼女は食堂で給仕をしていた。
二人目はまさに今、話をしているルフザ村のデール。エプロン姿の彼は「夕に出すメニューの下ごしらえをしてたんだ」と言う。
もしかすると、冒険ギルドのマスターは食事に関わることが好きなのだろうか。
「これでしばらく平気だ。待たせてすまんな」
竃の様子を見に行ったデールが、エプロンを外しながら戻ってくる。
「それで、俺にどんな用があるんだ?」
「まずはこれを見てくれる?」
「ん、なんだ」
机を挟んだ向かい側に座ったデールはリディが差し出した紙を受け取る。デールが身動きをするたびに木製の椅子が嘘のように軋んだ。
「白紙? ……いや、これは冒険ギルドの身分証か」
カブレイの冒険ギルドでラットガットが言った通り、デールはこの紙の正体がすぐに分かったらしい。彼は受け取った身分証を太い指で紙をとんとんと叩く。すると、書面から白が舞い上がってデールの前で文字になった。
リディの方からは鏡文字になっているので書かれている内容はよく分からない。しかし『リディ』『冒険者』という文字は判別できたので、おそらくこれはリディがここに来た経緯を説明する文章なのだろう。
視線を下まで走らせ終えたデールは「なるほどなあ」と呟く。もう一度顔を上向けて文章を読み直し、ふっと息を吹きかけた。途端に文字は煙のようにかき消え、そこにはもう何も残らなかった。
「事情は分かった。だが、お前さんの口から改めて聞かせてもらえるか?」
デールに問われてリディはうなずく。
「私の名前はリディ・グランジュ。冒険者になりたいんだけど、カブレイの冒険ギルドでは私のなりたい職が削除されてた。だけどルフザ村の冒険ギルドならその職は削除されてないって聞いたから、ここまで来たんだ」
「……目指してる職は?」
「テイマー」
「やめとけ。別の職にしときな。その方が皆のためだし、お前さんのためでもある」
「どういうこと?」
そうだなあ、と言ってデールは視線を天井に向ける。
「こいつは今から十五年くらい前の話だ」
あるパーティが遺跡の探検に出かけ、魔獣の群れに出くわした。パーティメンバーが臨戦態勢に入ったまさにその時、テイマーが遺跡の罠にかかって命を落とし、テイマーの連れていた魔獣が契約から解放されて野生に戻ってしまった。
もともとテイマー以外の人間に慣れていなかったその魔獣は、近くの人間― ―パーティメンバーたちに牙をむきはじめ、そのせいでパーティは最初の魔獣の群れのほかにテイマーが連れていた魔獣とも戦う羽目になってしまったのだ。
「テイマーってのは戦闘能力を持たない奴が多い。おかげで『パーティメンバーが戦ってるってのに、戦う手段を持たないテイマーは何もしなかった』なんて揉めることが多かった。そんな中で起きたこの事件だ。もともと、テイマーになろうと魔獣の巣に突っ込んで命を落とす奴が後を絶たなかったこともあって、冒険ギルドはテイマーの項目を削除する動きに向かったんだよ。例外的に、魔獣を従えさせられる実力のあるやつにだけ魔獣の所持を許可した」
だから、と言ってデールは背もたれに体を預ける。椅子が軋む音の中に鈍い嫌な音がまざった。
「テイマーはやめた方がいい。お前さんは魔法職になる道があるんだろ? そっちを選んだ方が無難だ」
食堂に響く椅子の悲鳴を聞きながらリディは今の言葉を反芻する。合わせて港街でナージエッドやラットガットから聞いた内容と、露店で会った女性の話も。
――テイマーはやめた方がいい。冒険者として要求される水準に達してないの。十分な力を身に着けたら改めて冒険者に。リディには可能性がある。憧れだけでなれるもんじゃない。大人になるといろんなことが分かってくるんだ――。
リディはふと笑う。
「……そっか。分かった」
「分かったか、良かった。じゃあ」
「私は、冒険者としては合格なんだね」
デールの言葉を遮るようにしてリディが言い切ると、デールは何かを言いかけた様子のままぽかんと口を開ける。リディは彼に目を向けたまま、自身の胸に右手を当てる。
「リディ・グランジュは冒険者になる素質がある。だけど、なる職が問題」
「お前――」
「だったらやっぱり私の職はテイマーしかないよ」
目の前の霧が晴れたような気分になった。リディはその心のままにっこりと笑う。
「みんなに迷惑もなるべくかけないように頑張るし、万一の時は……うーん、まあ……どっちのにせよ、大丈夫なようにしてみる。とにかく、最後までちゃんとテイマーとして努力するって誓うよ」
リディが命を落として契約が解除されても、マックロならきっと周囲の人間を襲ったりはしない。後のことをよく言い含めておけばリディがいなくなってもきっと問題ないはずだ。
「だからお願い、デールさん。私がテイマーに向いてるかどうかを判別してほしいんだ」
口を閉じたデールは苦虫を噛み潰したような顔でため息を吐く。
「やめといたほうがいいと思うけどな……」
「やめない。私はどうしてもテイマーになりたいの」
母を探す必要がある。父が故郷で待っている。それもある。しかし何より、リディはもうマックロと契約してしまっている。テイマーとなって先へ進むよりほかに道はないのだ。
一人目は港街カブレイのナージエッド。初めて会ったとき、彼女は食堂で給仕をしていた。
二人目はまさに今、話をしているルフザ村のデール。エプロン姿の彼は「夕に出すメニューの下ごしらえをしてたんだ」と言う。
もしかすると、冒険ギルドのマスターは食事に関わることが好きなのだろうか。
「これでしばらく平気だ。待たせてすまんな」
竃の様子を見に行ったデールが、エプロンを外しながら戻ってくる。
「それで、俺にどんな用があるんだ?」
「まずはこれを見てくれる?」
「ん、なんだ」
机を挟んだ向かい側に座ったデールはリディが差し出した紙を受け取る。デールが身動きをするたびに木製の椅子が嘘のように軋んだ。
「白紙? ……いや、これは冒険ギルドの身分証か」
カブレイの冒険ギルドでラットガットが言った通り、デールはこの紙の正体がすぐに分かったらしい。彼は受け取った身分証を太い指で紙をとんとんと叩く。すると、書面から白が舞い上がってデールの前で文字になった。
リディの方からは鏡文字になっているので書かれている内容はよく分からない。しかし『リディ』『冒険者』という文字は判別できたので、おそらくこれはリディがここに来た経緯を説明する文章なのだろう。
視線を下まで走らせ終えたデールは「なるほどなあ」と呟く。もう一度顔を上向けて文章を読み直し、ふっと息を吹きかけた。途端に文字は煙のようにかき消え、そこにはもう何も残らなかった。
「事情は分かった。だが、お前さんの口から改めて聞かせてもらえるか?」
デールに問われてリディはうなずく。
「私の名前はリディ・グランジュ。冒険者になりたいんだけど、カブレイの冒険ギルドでは私のなりたい職が削除されてた。だけどルフザ村の冒険ギルドならその職は削除されてないって聞いたから、ここまで来たんだ」
「……目指してる職は?」
「テイマー」
「やめとけ。別の職にしときな。その方が皆のためだし、お前さんのためでもある」
「どういうこと?」
そうだなあ、と言ってデールは視線を天井に向ける。
「こいつは今から十五年くらい前の話だ」
あるパーティが遺跡の探検に出かけ、魔獣の群れに出くわした。パーティメンバーが臨戦態勢に入ったまさにその時、テイマーが遺跡の罠にかかって命を落とし、テイマーの連れていた魔獣が契約から解放されて野生に戻ってしまった。
もともとテイマー以外の人間に慣れていなかったその魔獣は、近くの人間― ―パーティメンバーたちに牙をむきはじめ、そのせいでパーティは最初の魔獣の群れのほかにテイマーが連れていた魔獣とも戦う羽目になってしまったのだ。
「テイマーってのは戦闘能力を持たない奴が多い。おかげで『パーティメンバーが戦ってるってのに、戦う手段を持たないテイマーは何もしなかった』なんて揉めることが多かった。そんな中で起きたこの事件だ。もともと、テイマーになろうと魔獣の巣に突っ込んで命を落とす奴が後を絶たなかったこともあって、冒険ギルドはテイマーの項目を削除する動きに向かったんだよ。例外的に、魔獣を従えさせられる実力のあるやつにだけ魔獣の所持を許可した」
だから、と言ってデールは背もたれに体を預ける。椅子が軋む音の中に鈍い嫌な音がまざった。
「テイマーはやめた方がいい。お前さんは魔法職になる道があるんだろ? そっちを選んだ方が無難だ」
食堂に響く椅子の悲鳴を聞きながらリディは今の言葉を反芻する。合わせて港街でナージエッドやラットガットから聞いた内容と、露店で会った女性の話も。
――テイマーはやめた方がいい。冒険者として要求される水準に達してないの。十分な力を身に着けたら改めて冒険者に。リディには可能性がある。憧れだけでなれるもんじゃない。大人になるといろんなことが分かってくるんだ――。
リディはふと笑う。
「……そっか。分かった」
「分かったか、良かった。じゃあ」
「私は、冒険者としては合格なんだね」
デールの言葉を遮るようにしてリディが言い切ると、デールは何かを言いかけた様子のままぽかんと口を開ける。リディは彼に目を向けたまま、自身の胸に右手を当てる。
「リディ・グランジュは冒険者になる素質がある。だけど、なる職が問題」
「お前――」
「だったらやっぱり私の職はテイマーしかないよ」
目の前の霧が晴れたような気分になった。リディはその心のままにっこりと笑う。
「みんなに迷惑もなるべくかけないように頑張るし、万一の時は……うーん、まあ……どっちのにせよ、大丈夫なようにしてみる。とにかく、最後までちゃんとテイマーとして努力するって誓うよ」
リディが命を落として契約が解除されても、マックロならきっと周囲の人間を襲ったりはしない。後のことをよく言い含めておけばリディがいなくなってもきっと問題ないはずだ。
「だからお願い、デールさん。私がテイマーに向いてるかどうかを判別してほしいんだ」
口を閉じたデールは苦虫を噛み潰したような顔でため息を吐く。
「やめといたほうがいいと思うけどな……」
「やめない。私はどうしてもテイマーになりたいの」
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