その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第2章

7.掴め

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 机の下で両手を握りしめ、リディはじっとデールを見つめる。向かいの大男はもう一度ため息を吐き、

「やめといたほうがいいと思うんだがなあ……」

 と呟いてリディに顔を向けた。
 その茶い瞳がふと、どこか遠くを見るような、何かを確認しているような、そんな調子になる。リディもデールの視線を真っ向から受け止めているので、互いに見つめあっている風になった。

 どれほどそのままでいただろうか。
 スキンヘッドの四十代男性は突然頬をポッと赤く染めた。次の瞬間、我に返った様子になったデールはガシガシと頭を掻きながら立ち上がる。

「あー……まったく、しょうがねえ……」
「判別してくれるの?」

 デールは黙ったまま厨房へ向かい、そこで何やらごそごそとする。

「ほれ」

 戻って来たデールが机に置いたのは、リディがカブレイから持ってきた『冒険者身分証未満だったもの』だ。それを覗き込み、リディは小さく「うーん」とうなる。

「どういうこと?」
「実は俺な、ハーピーハーフなのよ」

 デールは軋む椅子に再び腰かける。
 唐突に始まった脈絡のない話を不思議に思いながらも、リディは知らない単語を繰り返す。

「ハーピーハーフ?」
「そ。お前さんはハーピーって知ってるか?」

 リディはうなずいた。ハーピーならオレリアから話を聞いたことがある。両腕が翼で、人間の上半身と鳥の下半身を持つ女性のみの魔獣だと。
 そう答えるとデールはうなずく。

「俺の出身はこっから遠くにある山間の村だ。近くにはハーピーが棲んでてな。ハーピーは種類によって若い女から老婆までいるんだが、うちの村の近くに棲んでた種類は若い顔のハーピーだった。で、繁殖期になると魅了の術で村から男を誘いだして、まあ……子を儲けるってわけよ」
「えー……」

 卵から孵ったのがメスならハーピーになる。しかしオスなら人間になる。もしもオスが孵った場合、母のハーピーはその子を人間の村の入り口にそっと置いて行く。

「俺もそうやって置いて行かれたハーピーのオスなわけ。だからほら、見てみな」

 体をのけぞらせたデールはシャツをめくる。ばき、という椅子の嫌な音と一緒に見事な腹筋が露わになった、そこには。

「ヘソがないね」
「なんせ卵から生まれたからな」

 椅子のあちこちから上がる悲鳴にも負けないくらい、デールは声高く笑う。

「俺のほとんどは人間だ。だけど母親の影響だろうな、意識を切り替えたときにちょっとだけ魔獣の感覚ってもんが分かる。そうなったときに気づいたんだが、ごくごく稀に“どうしようもなく惹かれてたまんねぇ奴”ってのがいるんだ」

 普段は何とも思わない。だけど意識を切り替えたときにだけ、妙にその相手に惹かれる。これがなんなのか不思議に思っていたデールがその正体に気づいたのは、あるテイマーが連れていた魔獣と話したときだった。その魔獣から聞いた感覚は自分の感覚とよく似ていた。わずかながら他の魔獣たちとも話を繰り返し、デールはやがて確認に至る。

「意識を切り替えたときの俺が惹かれる奴ってのは、テイマーの資質がある奴だったってことなんだ」
「待って」

 リディは思わず口を挟む。

「デールさんの言う“惹かれる感覚”って、どの魔獣も同じように持つの?」
「種や個体によって差はあるけど大体はそうみたいだ。しかもこの感覚は契約をしなくても抱いちまう」
「じゃあ……」

 リディはどう言おうか悩む。その心をデールは見抜いたようだ。

「俺がさっき言ったことを覚えてるか? 『遺跡探索で命を落としたテイマー』は遭遇した魔獣たちにやられたんじゃない。遺跡の罠が原因だ。実を言えばこのとき戦闘を仕掛けたのはパーティの方からであって、魔獣たちじゃねえんだよ」

 他にも、と言うデールの声は少しため息がまざっている。

「俺は自分の力に気づいてからいろんなパーティと話をした。その時に分かったんだが、テイマーがいる時のパーティは魔獣からの先制を受けてないんだ。大抵は魔獣に気づいた人間の方から切り込んでいく。そんなときにテイマーが戦闘で何もしないのは……まあ、戦闘力がないってのもあるんだろうが、魔獣がテイマーを狙わないからってのもあるし……」

 彼は今までの豪快なものとは違う、一抹の寂しさを交えた笑いを浮かべる。

「……自分以外に分からない感覚なんて簡単に信じてもらえるわけじゃない。そうじゃなくてもテイマーは戦闘能力を持たない奴が多いから反感を買う方が多い。何より、冒険ギルドの前身は魔獣退治の組織だからな」

 その言葉と同時に「バキ」という鈍い音が響いてデールの背が低くなった。どうやら椅子が限界を迎えてしまったらしい。しかし当のデールには動揺は見られないので、このような事故は珍しくないようだ。

「冒険ギルドの本部でも俺の感覚に懐疑的な連中はいる。だけど信じてる声もあるから、俺は唯一のテイマー判別員としてこの村でギルドマスターをやってるんだ。……よく聞け、リディ・グランジュ。それを受け取れば、お前は仲間なはずの冒険者から冷ややかな視線を受けることが多くなるだろう。テイマーって職がほぼ消えた今なら特にな。だからもしお前さんがそいつを持って行くなら、相応の覚悟が――」
「やだなあ」

 朗らかに笑ったリディは、迷うことなく机の上に手を伸ばす。

「確かに職の責任に伴う覚悟はする必要があるだろうけど、他に何か必要? だってこれは私がなりたかったもの。周りの声も視線も関係ないよ。――ありがとう、デールさん。私を冒険者にしてくれて」

 リディの手の中にある紙。
 それは空白だった職業欄に『テイマー』の文字が記載された、リディの冒険者用身分証だった。
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