その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~

杵島 灯

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第2章

8.考えていたこと

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 冒険ギルドの紋章である本と剣、それに加えてブーツが黄金で箔押しされたこの紙こそが冒険者の身分証だ。
 リディが手にした身分証は『リディ・グランジュ』の名前の下に、職業として『テイマー』の文字が書いてある。
 それぞれ違う人間の手によるものだというのに、全く同じ筆跡に見えるのはこれもギルドマスターの役目だからだろうか。

「本当にありがとう、デールさん」
「……すぐに後悔するかもしれねえぞ」
「しないよ。絶対に、しない」

 リディは身分証を胸に抱いたあと、大事に懐へ仕舞う。これで西方の旅は各段に楽になる。

「ところでデールさん。一応聞くけど、最近この村によその人が来たことはある?」
「ないな」
「だよね」
「おう。――てことで部屋が必要なら少し時間をもらうけど、どうする?」

 部屋? と首を傾げたリディはすぐに思い至る。
 窓から見える日差しはまだ高いが、リディがこの村に来たときに比べると陰りを見せている。
 だが、マックロの足なら急げば元の町までは閉門までに戻れる。どうしようかと考えたとき、首から上だけのデールがニヤリと笑った。

「それともお前さんの契約した魔獣なら移動は問題ないか?」

 リディは微笑む。

「やだなあ、デールさん。冒険者以外の者が魔獣と契約するのは禁止されてるんでしょ?」
「されてるな。だがこれはテイマーの素質を持つ奴と魔獣の関係を知らないお偉方が決めたことだ。契約ってのは頭でするもんじゃないってことを知らない奴がな。……まあでも、お前さんの言う通りさリディ。冒険者以外は魔獣を持ってないはずだ」
「でしょ? だから徒歩でこの村へ来た私は、この村の冒険ギルドに今晩の部屋をお願いするよ」
「分かった、任せとけ。……よ、っと!」

 掛け声とともに破壊された椅子の上から立ち上がったデールは、自身の尻をパンパンと叩く。

「さて。俺は部屋を整えたり、この椅子を片づけたりせにゃならん。そのあいだ新人冒険者のお前さんは、村の周囲を巡って魔獣が出てないかどうか調べてきてくれ。――ああ、そうだ。もしも魔獣がいたら契約しちまっても構わんぞ。なにせお前さんはもう、冒険ギルドが認める立派なテイマーなんだからな」


***


 何でも屋、こと冒険ギルドを出たリディは来た方向へ戻り始める。村を出ると目印の岩が遠くに見えた。大きな岩だったはずなのに意外と小さく思えるのは、岩が遠くにあるのだろう。
 マックロと合流するには少し時間がかかりそうだ。そう思うと同時に辺りに地響きがおき、

『リディ! 遅いので心配しましたよ!』

 砂埃が押し寄せた。
 思わず袖で顔を覆うリディに向けて、正面からは地響きに負けないほどの大音声が聞こえる。この声はもちろんマックロだ。

『どうでしたか、冒険者にはなれなかったのですか。計画は失敗ですか。私たちの行く先は暗いですか? どうですか、どうなりますか? 黙っていないで教えてください!』
「ちょっと待ってね」

 着物の袖で口元を押さえながらリディは先にそう答える。辺りは砂埃が舞っていてまともに話せる状態ではない。

『待つ? 待つのですか? どのくらい待ちますか? まだですか? もういいですか?』

 目の前にいるのはもちろんマックロだ。その場で足踏みを続ける彼女を落ち着けるためにリディは片手で首筋を撫でる。しばらくすると足踏みがやみ、砂埃が多少はやんだ。

「冒険者に、なれたよ」

 まずはそれだけを言うと、マックロはリディに聞き取れない言葉で何やら叫び、再び砂埃だけを残して目の前から去って行った。

 やがて、澄んだ風が辺りの視界を澄ませる。マックロを探すリディが辺りを見回すと、ルフザ村の背後にそびえる山で鳥の群れが慌てたように飛び立つ姿が見えた。どうやらこのわずかの間にマックロはあそこまで駆けて行ったようだ。彼女が足の速さを誇るのも良く分かる。だが。

「これは、しばらく戻ってこなさそうだねえ」

 仕方なくリディは大岩まで行き、隠してあった馬具を取り出した。
 手綱や鐙などを風呂敷に入れて背負い、鞍を抱えて歩き出したところで、正面から黒い影が疾風のように現れた。先ほどより砂埃が舞っていないので、どうやら駆け回っているうちに多少は落ち着いてくれたようだ。

『すみません。少し興奮してしまいました。あなたが冒険者になってくれたおかげで、これからは私も声高にナイトメアだと言えるわけですからね。さあ、馬具を着けてください。私の足なら今からでもまだ前の町に戻れますよ!』
「それなんだけどね。今日はあの村に泊まるつもりなんだ」
『おや、それはまた何故です?』
「ちょっといろいろあってね。どっちにしろギルドのマスターに聞きたいことがあったから丁度いいんだよ。そうだ、今から馬具を着けるくらいならこのまま村へ行った方が早いし、歩きながら説明するね」

 リディの話は村に着くころ、ちょうど終わった。マックロは小さく首を上下させる。

『私は人間たちの暮らしについてまだ明るくありません。ですからあなたの考えていることを完全に理解できたわけではありませんが、やりたいことは分かりました』

 そうしてマックロは「あともう一つ」と付け加える。

『放置するわけではなかったんですね』
「言ったでしょ。冒険者になれたら何かできるようになるかもって」

 あのとき白かった紙はもう白くはない。あのとき何の後ろ盾もなかったリディは、もうあのときのままではないのだ。
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