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第2章
9.素材になったらどうするの?
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マックロを連れて戻ったリディは入口から冒険ギルドを覗き込む。
「デールさーん!」
「おう、こっちだ」
声は中ではなく外から聞こえる。
リディがそちらへ回り込んでみると、デールは裏手にある小さな建物に藁を敷きこんでいるところだった。
「何してるの?」
「ここはもともと厩舎だったんだが、最近は使わないから半ば物置になっててな。だけどなぜか急に厩舎に戻したくなったんだ」
「それは奇遇だね。実は村の周りを見まわってたら魔獣がいて、運よく契約ができたんだよ」
「そいつはめでたい。整備したばっかりの厩舎がちょうど使えるな」
「そうだね。デールさんのおかげで助かるよ」
あっはっは、と白々しい二人の笑いが辺りに響く。マックロの『うーん、素晴らしく嘘くさいですね』と言う声はリディもデールも聞かないふりだ。
「外見からすると、お前さんはナイトメアか。いい体だな。足も速いだろ?」
『あなたとても見る目がありますね。ええ、仰る通り。私の足は一族の中でも最速です。※*#@♪△の名に恥じない速度ですよ!』
「ほう。お前さんの名前は※*#@♪△か」
『なんと! あなたは私の名前が発音できるんですね!』
「俺はちょっと特殊な生まれだからな」
言って振り返ったデールはリディに問う。
「で、こいつの名前はなんてぇんだ?」
「デールさん今呼んでたじゃない。グォルヒガズアフェピナムエリヨヨヨヨって」
『違います』
「普通の奴は魔獣の名前なんて呼べねえよ。――そら、完成だ。入ってみな」
厩舎の支度を終えたデールがマックロの首筋をぽんと叩く。マックロは恐る恐る中に入り、すぐ「これはいいですね!」と声を上げた。
「だろ? よし、これでこっちの問題は解決だな。あとはリディだ」
「私?」
「これからこいつと一緒に行動するんだろ? 魔獣を連れる冒険者は、身分証に魔獣の種類と名前を書く必要があるんだ」
「アラネイフォリクレジナムシャノピピピピって?」
「違うな」
デールは冒険ギルドの扉を開けた。肉と野菜を煮込む良い香りが流れて行き、看板に貼り付けられた『本日のおすすめ・ビルフ肉と赤菜の煮込み ルフザ風』と書かれた紙がひらひらと揺れる。
「魔獣の言葉は人間が発音するには難しいんだ。対応する文字もないしな。てことで冒険者の身分証に魔獣の名を記入するときは、人間がつけた名前を書くのが一般的だ」
「そうなんだ。私がマックロさんの本名を呼べないのは、私が西方の言葉に慣れてないからかと思ってたよ」
「ほう、あいつはマックロっていうんだな。分かりやすくていい名前じゃねえか」
「でしょ?」
親指を立てて笑うデールに笑みを返して、リディはピカピカの冒険者身分証をデールに差し出す。
「よろしくお願いします」
「任せとけ」
デールは鼻歌まじりに厨房へ向かう。その背中にリディは「そうだ」と声をかけた。
「冒険ギルドって、冒険者から持ち込まれた素材の買い取りもするよね?」
「するぜ。どうした、何か買って欲しいものでもあるのか?」
「今はないよ。だけど一応流れを聞いておこうかと思って」
「ほほう?」
奥でごそごそとしながらデールは言う。
「冒険ギルドってのはよ。一般人も入れる場所と、冒険者だけしか入れねぇ場所ってのがあるわけだ。商品の販売は一般人の入れる場所でもやってるけど、買い取りだけは冒険者専用の場所で行うことになるな。どこに売買用の建物があるかは各町のギルド次第だから、初めてのとこでは誰かに聞くといい」
「買い取ってもらったものはどうなるの? 例えば、魔獣から剥ぎ取った皮とか」
「魔獣素材は魔力や毒なんかが残ってることもある。むしろそういった力が重要って素材なら厳重に封を施した倉庫に入れておくし、そうじゃなきゃギルドの専門員が浄化する。完全に綺麗になったところで近隣の決まった店に卸すんだ」
「卸す店は決まってる?」
「決まってる。魔獣素材ってのは通常のもんより硬かったり、あるいは脆かったりするから、加工するのに特殊な道具や技術が必要になるんだ。そういったものを備えてる店は多くねえからな」
そこでデールはふと動きを止め、リディに冒険者カードを示して見せる。
「もしかしてあのナイトメアを素材にする予定でもあるのか? だったら裏面は空白にしておいてやろうか」
「お気遣いありがとう。だけどその予定はないから書いてもらって大丈夫だよ」
「おう、そうか」
***
一泊の宿賃の代わりに食堂の給仕を手伝い、ついでに料理も出してもらったリディは翌日、ルフザ村を発つことになった。
「ほれ、持って行きな」
デールが渡してくれたのは弁当だ。
「マックロの足なら次の町まですぐだろうけど、俺の料理はこの村でしか食えねえ。自慢の品を詰めといた。持って行くといい」
「嬉しいな。デールさんの料理おいしいから、もっと食べたいと思ってたんだ」
「そいつぁ良かった」
弁当を受け取ったリディは荷物の奥に大事にしまう。日差しが強い季節ではあるが、この地域はそこまで暑くならない。弁当はちゃんと昼までもつだろう。
「いろいろとありがとう。この後のデールさんに、良い出会いがありますように」
「おう! 頑張れよ、新米冒険者!」
青い格子柄エプロンをはためかせるデールに手を振り、リディはマックロを来た道の方へ進ませる。
首を下げたマックロの足取りはいつもよりずっと力がない。
「マックロさん? 朝からずっと静かだけど、どっか具合悪い?」
『いいえ、体は元気です。……ただ……』
「ただ?」
『……リディ。お願いがあるんです』
昨日は左に見ていた川を、今日は右に見ながら進む。水面は朝の光に照らされ、キラキラと輝いて美しい。そんな中でマックロは、今にも雨が降りそうなほどに湿った声でリディに訴える。
『どうか私を脱色したり染色したりしないと約束してください。例え皮や毛だけになろうとも、私は最後まで黒く美しくありたいのです』
「脱色や染色なんてしないから、約束するのは構わないよ。でも、どうしてマックロさんが皮や毛だけになるの?」
マックロはしばらく口ごもっていたが、やがて思い切ったように話し出す。
『だってリディは、私をどこかで素材にするおつもりなのでしょう? 確かに私の足は速いですし、力も強いです。ある程度の人間や魔獣が相手なら負ける気はしません。ですがさすがに束になってこられると勝てないと思います。やがて私も斃れる時が来る……そうなったらまず、肉はどこかで誰かの腹を満たすのでしょう。ええ、それは自然の摂理です。私も従います。今まで私だってそうしてきたのですからね。しかし剥がれた後の皮や切られた毛や取られた蹄が脱色されて変な色になったり、赤だの青だのと違う色になってしまうのだけは耐えられません。ですからどうか、黒だけは。この黒い色だけは守ってください。そう約束していただけるのなら、私は未練を残すことなく逝ける。昨日からずっと考えて、私の中でそう結論が出たのです……』
道にくっきりと水の跡を残しながらマックロが言う。リディは懐から冒険者身分証を出して身を乗り出し、彼女の首を軽く叩いた。
「ほら、これを見て」
『すみません。涙で何も見えません。そうでなくとも私は人間の字が読めません』
「じゃあ代わりに読みあげるね。“リディ・グランジュと契約をした魔獣:ナイトメア。名前:マックロ。このものは冒険者同様に冒険ギルドの管理下におかれたものと認定する”」
『……それは、つまり』
「マックロさんを素材になんてしないってこと」
『……本当ですか?』
「本当。だって私とマックロさんは神の力の下で契約をしたもの同士で、これからも一緒に旅をする仲間だよ。そう約束したのに、もう忘れちゃったの?」
『……忘れてません』
呟き、マックロはぐっと顔を上げる。
『ええ、忘れてません。忘れてなんていません。ああ、そうだ。そうでしたね。あなたと私は特別な仲間です。私は何をぐじぐじと思い悩んでいたのでしょう! 今の私はとても晴れ晴れとした気分です! さあ、行先を指示してくださいリディ! 進みましょう、どこまでも一緒に!』
「ありがとう。とりあえずは来た道を戻ろうか」
興奮のあまり走り出しそうなマックロをとどめるため、リディは少し強めに手綱を引く。昨日の様子を思い出す限り、マックロが本気で走ったらリディの体はきっと粉々になってしまう。
「私たちのひとまずの目的地はね。フォルラビアだよ」
フォルラビア。
数日前にマックロの馬具を買った、あの町だ。
「デールさーん!」
「おう、こっちだ」
声は中ではなく外から聞こえる。
リディがそちらへ回り込んでみると、デールは裏手にある小さな建物に藁を敷きこんでいるところだった。
「何してるの?」
「ここはもともと厩舎だったんだが、最近は使わないから半ば物置になっててな。だけどなぜか急に厩舎に戻したくなったんだ」
「それは奇遇だね。実は村の周りを見まわってたら魔獣がいて、運よく契約ができたんだよ」
「そいつはめでたい。整備したばっかりの厩舎がちょうど使えるな」
「そうだね。デールさんのおかげで助かるよ」
あっはっは、と白々しい二人の笑いが辺りに響く。マックロの『うーん、素晴らしく嘘くさいですね』と言う声はリディもデールも聞かないふりだ。
「外見からすると、お前さんはナイトメアか。いい体だな。足も速いだろ?」
『あなたとても見る目がありますね。ええ、仰る通り。私の足は一族の中でも最速です。※*#@♪△の名に恥じない速度ですよ!』
「ほう。お前さんの名前は※*#@♪△か」
『なんと! あなたは私の名前が発音できるんですね!』
「俺はちょっと特殊な生まれだからな」
言って振り返ったデールはリディに問う。
「で、こいつの名前はなんてぇんだ?」
「デールさん今呼んでたじゃない。グォルヒガズアフェピナムエリヨヨヨヨって」
『違います』
「普通の奴は魔獣の名前なんて呼べねえよ。――そら、完成だ。入ってみな」
厩舎の支度を終えたデールがマックロの首筋をぽんと叩く。マックロは恐る恐る中に入り、すぐ「これはいいですね!」と声を上げた。
「だろ? よし、これでこっちの問題は解決だな。あとはリディだ」
「私?」
「これからこいつと一緒に行動するんだろ? 魔獣を連れる冒険者は、身分証に魔獣の種類と名前を書く必要があるんだ」
「アラネイフォリクレジナムシャノピピピピって?」
「違うな」
デールは冒険ギルドの扉を開けた。肉と野菜を煮込む良い香りが流れて行き、看板に貼り付けられた『本日のおすすめ・ビルフ肉と赤菜の煮込み ルフザ風』と書かれた紙がひらひらと揺れる。
「魔獣の言葉は人間が発音するには難しいんだ。対応する文字もないしな。てことで冒険者の身分証に魔獣の名を記入するときは、人間がつけた名前を書くのが一般的だ」
「そうなんだ。私がマックロさんの本名を呼べないのは、私が西方の言葉に慣れてないからかと思ってたよ」
「ほう、あいつはマックロっていうんだな。分かりやすくていい名前じゃねえか」
「でしょ?」
親指を立てて笑うデールに笑みを返して、リディはピカピカの冒険者身分証をデールに差し出す。
「よろしくお願いします」
「任せとけ」
デールは鼻歌まじりに厨房へ向かう。その背中にリディは「そうだ」と声をかけた。
「冒険ギルドって、冒険者から持ち込まれた素材の買い取りもするよね?」
「するぜ。どうした、何か買って欲しいものでもあるのか?」
「今はないよ。だけど一応流れを聞いておこうかと思って」
「ほほう?」
奥でごそごそとしながらデールは言う。
「冒険ギルドってのはよ。一般人も入れる場所と、冒険者だけしか入れねぇ場所ってのがあるわけだ。商品の販売は一般人の入れる場所でもやってるけど、買い取りだけは冒険者専用の場所で行うことになるな。どこに売買用の建物があるかは各町のギルド次第だから、初めてのとこでは誰かに聞くといい」
「買い取ってもらったものはどうなるの? 例えば、魔獣から剥ぎ取った皮とか」
「魔獣素材は魔力や毒なんかが残ってることもある。むしろそういった力が重要って素材なら厳重に封を施した倉庫に入れておくし、そうじゃなきゃギルドの専門員が浄化する。完全に綺麗になったところで近隣の決まった店に卸すんだ」
「卸す店は決まってる?」
「決まってる。魔獣素材ってのは通常のもんより硬かったり、あるいは脆かったりするから、加工するのに特殊な道具や技術が必要になるんだ。そういったものを備えてる店は多くねえからな」
そこでデールはふと動きを止め、リディに冒険者カードを示して見せる。
「もしかしてあのナイトメアを素材にする予定でもあるのか? だったら裏面は空白にしておいてやろうか」
「お気遣いありがとう。だけどその予定はないから書いてもらって大丈夫だよ」
「おう、そうか」
***
一泊の宿賃の代わりに食堂の給仕を手伝い、ついでに料理も出してもらったリディは翌日、ルフザ村を発つことになった。
「ほれ、持って行きな」
デールが渡してくれたのは弁当だ。
「マックロの足なら次の町まですぐだろうけど、俺の料理はこの村でしか食えねえ。自慢の品を詰めといた。持って行くといい」
「嬉しいな。デールさんの料理おいしいから、もっと食べたいと思ってたんだ」
「そいつぁ良かった」
弁当を受け取ったリディは荷物の奥に大事にしまう。日差しが強い季節ではあるが、この地域はそこまで暑くならない。弁当はちゃんと昼までもつだろう。
「いろいろとありがとう。この後のデールさんに、良い出会いがありますように」
「おう! 頑張れよ、新米冒険者!」
青い格子柄エプロンをはためかせるデールに手を振り、リディはマックロを来た道の方へ進ませる。
首を下げたマックロの足取りはいつもよりずっと力がない。
「マックロさん? 朝からずっと静かだけど、どっか具合悪い?」
『いいえ、体は元気です。……ただ……』
「ただ?」
『……リディ。お願いがあるんです』
昨日は左に見ていた川を、今日は右に見ながら進む。水面は朝の光に照らされ、キラキラと輝いて美しい。そんな中でマックロは、今にも雨が降りそうなほどに湿った声でリディに訴える。
『どうか私を脱色したり染色したりしないと約束してください。例え皮や毛だけになろうとも、私は最後まで黒く美しくありたいのです』
「脱色や染色なんてしないから、約束するのは構わないよ。でも、どうしてマックロさんが皮や毛だけになるの?」
マックロはしばらく口ごもっていたが、やがて思い切ったように話し出す。
『だってリディは、私をどこかで素材にするおつもりなのでしょう? 確かに私の足は速いですし、力も強いです。ある程度の人間や魔獣が相手なら負ける気はしません。ですがさすがに束になってこられると勝てないと思います。やがて私も斃れる時が来る……そうなったらまず、肉はどこかで誰かの腹を満たすのでしょう。ええ、それは自然の摂理です。私も従います。今まで私だってそうしてきたのですからね。しかし剥がれた後の皮や切られた毛や取られた蹄が脱色されて変な色になったり、赤だの青だのと違う色になってしまうのだけは耐えられません。ですからどうか、黒だけは。この黒い色だけは守ってください。そう約束していただけるのなら、私は未練を残すことなく逝ける。昨日からずっと考えて、私の中でそう結論が出たのです……』
道にくっきりと水の跡を残しながらマックロが言う。リディは懐から冒険者身分証を出して身を乗り出し、彼女の首を軽く叩いた。
「ほら、これを見て」
『すみません。涙で何も見えません。そうでなくとも私は人間の字が読めません』
「じゃあ代わりに読みあげるね。“リディ・グランジュと契約をした魔獣:ナイトメア。名前:マックロ。このものは冒険者同様に冒険ギルドの管理下におかれたものと認定する”」
『……それは、つまり』
「マックロさんを素材になんてしないってこと」
『……本当ですか?』
「本当。だって私とマックロさんは神の力の下で契約をしたもの同士で、これからも一緒に旅をする仲間だよ。そう約束したのに、もう忘れちゃったの?」
『……忘れてません』
呟き、マックロはぐっと顔を上げる。
『ええ、忘れてません。忘れてなんていません。ああ、そうだ。そうでしたね。あなたと私は特別な仲間です。私は何をぐじぐじと思い悩んでいたのでしょう! 今の私はとても晴れ晴れとした気分です! さあ、行先を指示してくださいリディ! 進みましょう、どこまでも一緒に!』
「ありがとう。とりあえずは来た道を戻ろうか」
興奮のあまり走り出しそうなマックロをとどめるため、リディは少し強めに手綱を引く。昨日の様子を思い出す限り、マックロが本気で走ったらリディの体はきっと粉々になってしまう。
「私たちのひとまずの目的地はね。フォルラビアだよ」
フォルラビア。
数日前にマックロの馬具を買った、あの町だ。
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