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第2章
13.愛らしい彼女は
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「急に割り込んでごめんなさい。ここへ来たらあなたたちの話が聞こえてきたものだから、つい口を挟んじゃったの」
そう言って少女は軽やかな足取りで近づいてきた。
「あなた、さっき私たちのことを見てくれてたわよね?」
にっこりと笑う顔にリディは見覚えがある。
先ほど、酒場の前で踊っていたあの少女だ。
「うん。良く分かったね」
「もちろんよ。珍しい衣装だったし、何より日傘を使ってたのがオシャレだったもの」
「日傘……これ?」
リディが閉じた日傘を軽く上げると、彼女は目を輝かせて大きくうなずく。
「そう、それ! 日傘は今、中央諸国のご婦人方の間ですっごく人気なのよ! 東側諸国だと――あ、あなたの出身の東方域じゃなくて、西方域の東側にあたる場所、つまりこの辺りの国々のことね。ここらへんだと日傘ってまだ上流階級の一部の人にしか知られてなくて、だから」
「おーい」
怒涛のような少女の言葉遮ったのは門番の低い声だ。気を取り直したらしい彼はウンザリとした表情で腰に手を当てている。
「今は俺がこの“テイマー様”と話してるとこなんだ。悪いけど後にしてくれるかな、お嬢ちゃん?」
「あら、あなた、ちゃんと話すつもりがあったの?」
「そりゃどういうことだ」
「あたしはてっきり、真面目に相手をするつもりがないんだと思ってたの。だってさっきからこの人に難癖付けてばっかりだったでしょ」
「難癖なんかつけてない」
「そう? だったらあなたとあたしじゃ難癖についての考え方が違うみたいね」
小さく肩をすくめ、彼女はリディに顔を向ける。
「ねえ、あなた。門番が堂々とこんな言い方をするってことは、この町の冒険ギルドはトップがこの人と似た考えを持ってるのよ。中へ入っても嫌な思いはたくさんするはずだから、回れ右しておいた方が賢いと思うわよ? それともあなたは、どうしてもここじゃなきゃ駄目な用事でもあるのかしら?」
「どうしても、かあ……」
リディは冒険者になったばかりだ。冒険ギルドの宿が使えるのだから使いたいし、せっかく冒険者になったのだから専用の区域にも入ってみたい。
しかしマックロはヴィゴという人物のせいで、この町、特にここの冒険ギルドに良い感情を持っていないようだ。加えて門番との会話のせいでさらに嫌悪感を募らせてしまったように見える。
正直に言えばリディからするとヴィゴや門番との会話は「気にならない」範囲に入るのだが、今のリディは一人ではない。マックロが嫌がっているのならやめておくべきだろう。
「うん、別に『どうしても』ってほどの用事はないかな」
冒険ギルドはあちこちにあるのだから、専用の区域はまた他の町に立ち寄ったときに見ればいい。そう結論づけたリディが言うと、マックロが「本当ですか!」と晴れやかな声を上げる。
少女が一度そちらへ顔を向け、再びリディへ視線を戻した。
「ね、あなたはもしかしたら宿を探してた? だったらいいところを知ってるの。良かったら紹介してあげる。ちゃんと素敵な厩舎もあるところよ」
『やあ、とてもいいですね。リディ、ぜひそちらにしましょう』
「ってことだから、お願いしようかな」
「まかせて!」
「……後悔するぞ」
飛んできた渋い声は門番の男のものだ。
「冒険ギルドの宿よりも手頃で居心地のいいところなんてないも同然だ」
「あら、こんな偏見に満ちた人が門番を務めてる冒険ギルドなのよ? むしろここより居心地が悪いところを探す方が難しいに決まってるわ」
「言ってくれるじゃないか。冒険ギルドの宿がどんなところか知ってるのか?」
「当り前でしょ」
少女は取り出した身分証を掲げる。
「これが見える? あたしの名前はミース。ミース・フラート。れっきとした冒険者よ」
じゃあね、と言い残し、ミースは門番に背を向けて歩き出す。リディがミースの後ろを歩いているのは彼女に手を握られているからだ。そしてリディは更にマックロの手綱を牽いているから、傍から見れば珍妙な列になっていることだろう。
「どこへ行くの?」
リディが尋ねると、ミースは歩きながら振り返る。
「宿よ。ほら、さっきの酒場を覚えてる? 二階と三階が宿になってるから、もしよければあそこを紹介しようかと思って」
「そこの一泊の金額はどのくらい?」
ミースが挙げたのはギルドの宿と大差ない金額だった。
「かなり安いね」
「でしょ? 一階が酒場だから、部屋にいても賑やかな声が聞こえちゃう代わりにお手頃な価格になってるの。だけど安心して。深夜になればさすがに静かになるからちゃんと眠れるし、お値段からは想像できないくらい部屋は広くて綺麗だし。そうそう、厩舎だって清潔で――」
『リディ、そこに決めましょう!』
あの酒場に泊まりたがっていたマックロが勢い込んで言うと、ミースは楽しそうに笑う。
「オシャレなあなたが連れている相棒だからなの? オシャレな場所がちゃーんと分かってるじゃない! あなたたち、とってもいいわね! 追いかけてきて正解だったわ!」
「追いかけてきたって、私たちを?」
「そうよ。あなたたちとどうしても話をしてみたいって思ったの。私も、弟もね」
弟、と胸のうちで呟いてリディは小さく首を傾げる。ミースが宿の前で踊っていたときに後ろで楽器を弾いていた男性はいたが、どう見ても「弟」と呼べる年齢ではなかった。
もしかしたらもう一人連れがいたのだろうかと思ったところで、ミースの「あの子よ」という声がする。
ミースが示しているのは冒険ギルドの大門だ。そこに立っているのは、先ほど楽器を弾いていた彼だった。
そう言って少女は軽やかな足取りで近づいてきた。
「あなた、さっき私たちのことを見てくれてたわよね?」
にっこりと笑う顔にリディは見覚えがある。
先ほど、酒場の前で踊っていたあの少女だ。
「うん。良く分かったね」
「もちろんよ。珍しい衣装だったし、何より日傘を使ってたのがオシャレだったもの」
「日傘……これ?」
リディが閉じた日傘を軽く上げると、彼女は目を輝かせて大きくうなずく。
「そう、それ! 日傘は今、中央諸国のご婦人方の間ですっごく人気なのよ! 東側諸国だと――あ、あなたの出身の東方域じゃなくて、西方域の東側にあたる場所、つまりこの辺りの国々のことね。ここらへんだと日傘ってまだ上流階級の一部の人にしか知られてなくて、だから」
「おーい」
怒涛のような少女の言葉遮ったのは門番の低い声だ。気を取り直したらしい彼はウンザリとした表情で腰に手を当てている。
「今は俺がこの“テイマー様”と話してるとこなんだ。悪いけど後にしてくれるかな、お嬢ちゃん?」
「あら、あなた、ちゃんと話すつもりがあったの?」
「そりゃどういうことだ」
「あたしはてっきり、真面目に相手をするつもりがないんだと思ってたの。だってさっきからこの人に難癖付けてばっかりだったでしょ」
「難癖なんかつけてない」
「そう? だったらあなたとあたしじゃ難癖についての考え方が違うみたいね」
小さく肩をすくめ、彼女はリディに顔を向ける。
「ねえ、あなた。門番が堂々とこんな言い方をするってことは、この町の冒険ギルドはトップがこの人と似た考えを持ってるのよ。中へ入っても嫌な思いはたくさんするはずだから、回れ右しておいた方が賢いと思うわよ? それともあなたは、どうしてもここじゃなきゃ駄目な用事でもあるのかしら?」
「どうしても、かあ……」
リディは冒険者になったばかりだ。冒険ギルドの宿が使えるのだから使いたいし、せっかく冒険者になったのだから専用の区域にも入ってみたい。
しかしマックロはヴィゴという人物のせいで、この町、特にここの冒険ギルドに良い感情を持っていないようだ。加えて門番との会話のせいでさらに嫌悪感を募らせてしまったように見える。
正直に言えばリディからするとヴィゴや門番との会話は「気にならない」範囲に入るのだが、今のリディは一人ではない。マックロが嫌がっているのならやめておくべきだろう。
「うん、別に『どうしても』ってほどの用事はないかな」
冒険ギルドはあちこちにあるのだから、専用の区域はまた他の町に立ち寄ったときに見ればいい。そう結論づけたリディが言うと、マックロが「本当ですか!」と晴れやかな声を上げる。
少女が一度そちらへ顔を向け、再びリディへ視線を戻した。
「ね、あなたはもしかしたら宿を探してた? だったらいいところを知ってるの。良かったら紹介してあげる。ちゃんと素敵な厩舎もあるところよ」
『やあ、とてもいいですね。リディ、ぜひそちらにしましょう』
「ってことだから、お願いしようかな」
「まかせて!」
「……後悔するぞ」
飛んできた渋い声は門番の男のものだ。
「冒険ギルドの宿よりも手頃で居心地のいいところなんてないも同然だ」
「あら、こんな偏見に満ちた人が門番を務めてる冒険ギルドなのよ? むしろここより居心地が悪いところを探す方が難しいに決まってるわ」
「言ってくれるじゃないか。冒険ギルドの宿がどんなところか知ってるのか?」
「当り前でしょ」
少女は取り出した身分証を掲げる。
「これが見える? あたしの名前はミース。ミース・フラート。れっきとした冒険者よ」
じゃあね、と言い残し、ミースは門番に背を向けて歩き出す。リディがミースの後ろを歩いているのは彼女に手を握られているからだ。そしてリディは更にマックロの手綱を牽いているから、傍から見れば珍妙な列になっていることだろう。
「どこへ行くの?」
リディが尋ねると、ミースは歩きながら振り返る。
「宿よ。ほら、さっきの酒場を覚えてる? 二階と三階が宿になってるから、もしよければあそこを紹介しようかと思って」
「そこの一泊の金額はどのくらい?」
ミースが挙げたのはギルドの宿と大差ない金額だった。
「かなり安いね」
「でしょ? 一階が酒場だから、部屋にいても賑やかな声が聞こえちゃう代わりにお手頃な価格になってるの。だけど安心して。深夜になればさすがに静かになるからちゃんと眠れるし、お値段からは想像できないくらい部屋は広くて綺麗だし。そうそう、厩舎だって清潔で――」
『リディ、そこに決めましょう!』
あの酒場に泊まりたがっていたマックロが勢い込んで言うと、ミースは楽しそうに笑う。
「オシャレなあなたが連れている相棒だからなの? オシャレな場所がちゃーんと分かってるじゃない! あなたたち、とってもいいわね! 追いかけてきて正解だったわ!」
「追いかけてきたって、私たちを?」
「そうよ。あなたたちとどうしても話をしてみたいって思ったの。私も、弟もね」
弟、と胸のうちで呟いてリディは小さく首を傾げる。ミースが宿の前で踊っていたときに後ろで楽器を弾いていた男性はいたが、どう見ても「弟」と呼べる年齢ではなかった。
もしかしたらもう一人連れがいたのだろうかと思ったところで、ミースの「あの子よ」という声がする。
ミースが示しているのは冒険ギルドの大門だ。そこに立っているのは、先ほど楽器を弾いていた彼だった。
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