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1章

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「ノア様っ」
「なんだリコ」
「人のご飯に手を出さないでください」
「お前が食べてないから食べてやったんじゃないか」
「あとから食べようと思ったんです! 返せ!」
「っんく…。っと、すまん。私の胃に入ってしまった」
「だからあなた様とご飯を一緒にしたくないと言っているのです!」

 少しずつではあるが二人が歩みより、最初のピリピリとした雰囲気をまとうことはなくなった。
 「化け物」と罵って嫌っていたノアだが、今では暇ができればリコのところに行き、楽しそうに遊んでいる。
 「近寄るな」とたくさんの壁を作って拒絶していたリコは、内側から壁を壊していきノアに触れようとしている。
 前とは違う口喧嘩はもはや城では名物となっており、優しく見守っている人も増えて来ているという。
 それでも未だリコ(というより白龍の一族。神という存在)を嫌っているものはいるが、焦ることはない。
 徐々に自分と言う存在を知ってもらって、力を貸したいとリコはノアに言った。
 初めて自分の意見を口にしたリコにノアは「解った」と言ってそれを受け入れる。
 今日もリコの部屋で朝食を摂っていたが、好物のものを奪われ、大げさに声をあげて立ち上がる。

「リコ、あなた様ではなく?」
「ノア様っ。もう、昼食も夕食も一人で食べます。だから部屋に来ないでください」
「折角私が通ってるというのに」
「結構です。私は静かに食べたい」
「あまりつれないことを言うな」

 な?と寂しそうな表情をするが、リコはブスっとした顔で椅子に座り、残っていた食事を口に運ぶ。

「違う言葉を言わせたくなるだろ?」

 これだ。
 にっこりと近寄りやすい顔を浮かべるくせに、言っていることは恐ろしい。
 あの笑顔に脅され、普段では言うことのない台詞を言わされ、そして泣いた。
 思い出すとブルリと背筋が震えて「すみません」と口だけで謝る。

「どちらにしろ当分一緒に食事はできん」
「え?」
「少し仕事が増えた。食事を摂っている暇もない」

 ノアから様々なことを学んでいるが、未だに政治に関する会議などには入れない。ノアも喋ろうとしない。
 まだ未熟者だからだと諦めているが、少し寂しいと感じてしまう。
 と同時に、最近城内に不穏な空気が流れているのを感じとっていた。侍女たちもどこか不安そうな顔をしているのをよく見る。

「……何か力になれることがあればこの身と力、捧げます」
「いらん心配だ。ではな。大人しくいい子にしてるんだぞ」
「子供扱いは止めて下さい」

 食事を終え、椅子から立ち上がって部屋を後にするノア。
 いつもは食事を終えると扉まで見送りをするのだが、今回はしようとせず、そんなことを言えば戻って来た。
 「忘れ物ですか?」と顔をあげると顔が近くて驚いた。

「なら、大人の扱いをしてやろう」
「け、結構です! 子供のままでいいっ」
「ははは、そうか。まだ早かったな」

 頭を撫でたあと今度こそ部屋から出て行った。
 固まってしまったリコは、下女が食事をさげに来るまでそのままだったという。



「とは言うものの…。この不穏な空気は気になる……」

 朝食後、部屋で勉学に励んでいたのだが、気になって集中できなかった。
 仲のいい下女や兵士たちに聞こうとしても喋ろうとしない。きっと口止めされているんだろう。
 そこまでして自分を政治に参加させたくないのか。そう思うとちょっとだけノアが憎くなった。まだ信じてもらえていないとも傷ついた。

「最初のころに比べて、随分あの男に懐いてしまった…」

 悪いことではないが、なんだかおかしい気分だと苦笑して筆を置く。
 集中できないときに勉学をしても時間の無駄だ。諦めて中庭にでも行こうとしたが、ノアの顔を思い出して足を止めた。

「……少し…疲れていたな…」

 しっかり見ないと気付かないことだが、声に覇気がなかったように思う。
 リコはノアの妻だ。妻は夫を支えるべきである。
 広げていた書物を乱雑に片付け、軽い足取りで中庭へと向かう。中庭には花を植えている庭師がいた。

「それでね、ノア様はなんだか疲れているように見えて…。じじ、私は何をしたらいいですか?」
「私に聞きなさるか」
「だってじじはノア様を子供のころから見てきたでしょう?」

 リコに気が付いた庭師は会釈をして、一旦手をとめる。
 植えられたばかりの花はまだ蕾。もう少ししたら開花し、庭を盛り上げてくれるだろう。
 庭師はノアを幼少時代から知っている。ノア自身も今のリコのように懐いているので彼の素の顔を知っている。
 だから何をしたらいいかと聞くと、庭師は苦笑をして「そうですね」と首を傾げて考えるのポーズ。

「すぐには思いつきませんなぁ」
「じゃあ、じじは何をされたら嬉しいですか?」
「ふむ……。このような年ですがやはり妻から「愛してる」と言われると嬉しいです」
「…それは却下です」
「おやおや」

 前までだったらこんなことを言えば嫌がっていたのに、今は少し照れくさそうに顔を背けている。
 庭師はリコにバレないように笑って、雑草を抜きはじめる。リコも隣に屈んで、雑草を抜きながら他に何かないかと聞く。

「うーん…」
「では、元気になる方法は?」
「ノア様は純粋なお方ですから、リコ様が何をしても喜ぶと思いますよ」
「純粋ぃ? そうは見えません」
「小さなことでも、気持ちがこもっていれば喜ぶということです」
「ではその小さなことを教えて下さい」
「リコ様。そこはあなたが考える部分です。考え、答えを見つけるのも妻の役目ですよ」

 答えをくれなかった庭師に「けち」と小言をこぼし、そのあとは黙々と雑草を抜き続けた。
 疲れているノアに何をしてあげたらいいか全く解らない。小さいことというのはなんなんだろうか。「おはよう」という挨拶だけでもいいのだろうか。とにかく解らない。
 様々なことを考えていると名前を呼ばれて庭師を見る。
 庭師は何も喋ることなく、城のほうを指差した。その先にいたのはノア。たくさんの官たちに囲まれ、難しい顔をしている。

「行かれないのですか?」
「行ったら怒られる…。私にはまだあそこは早いです」
「じじいの言葉です、流して聞いて下さいね」
「ん?」
「遠慮しすぎるのもよくありません。たまに強引になるのが恋愛の秘訣です」
「……でも、あそこは違います」
「では、あそこではないところで頑張って下さいませ」
「だからそれが解らないんですよぉ!」

 嘆いても結局教えてくれず、結局答えは見つからないまま部屋へと戻って来た。
 ベットに横になり様々なことを考えるが、どれもしっくりこない。

「そうだっ。母上と父上のことを思い出せばいいんだよ!」

 祖父も認める「仲良し夫婦」を思い出せば、何かいいヒントがあるかもしれない。
 目を瞑ると瞼の裏に懐かしい自然が広がる里を映し出される。
 山に囲まれ、閉鎖的だったが空気も水もおいしい素敵な土地だ。
 そこに小さいけど両親とリコの三人には十分な広さの暖かい家。
 ここに来てから里を懐かしむ時間がなかったから、最初はハッキリと思い出せなかった。でも一度思い出せば細かなところも瞼の裏に映って、口元を緩める。
 涙腺も緩んだが、今は悲しいとは思わなかった。

「……んー…。父上がでかけるとき、母上はいつも服を羽織らせてたっけ? たまに父上が母上の髪の毛を結ってた…。うん、これは小さい幸せだ。迷惑にもならない」

 横になっていた身体をバッと勢いをつけて起こし、急いでノアの自室へと向かう。
 答えが見つかったら即行動。深く考えることなく走り出してしまったが、足は止まらない。
 リコの部屋からノアの部屋はかなり遠く、到着するまでノアに見つからないか緊張してしまう。でも向かうまで色々なことを想像し、楽しくなった。

「…ノア様も私の部屋に来るたび、こんな気持ちなんだろうか」

 そうだと嬉しいな。と笑い、ノアの自室に到着。
 相変わらず綺麗で大きい扉だと感心したあと、そっと身体を寄せる。
 息を殺し、中にノアがいるかどうかを確認しようとしたが、全く解らない。
 意を決してノックをしたが、返事はなし。中にノアはいない。

「よし!」

 なんてタイミングがいいんだ!と、心の中でガッツポーズしながら中に入る。

「とりあえず服を貰おう。どうせ一枚ぐらいなくなっても気づかないでしょ」

 いつ帰って来るか解らないので警戒を続けたまま、ノアの服を探しだし手に取る。
 これは盗みではなく、借りるだけ。悪いことはしていない。
 自分に言い聞かせ、急いで部屋を出ようとしたが、外から足音が聞こえて心臓が飛び跳ねた。
 慌てて服を持ったままベットの下に潜りこみ、息を潜める。

「ああ、解った。きちんと目を通しておくから貸せ」
「宜しくお願い致します」

 入ってきたのは、やはりこの部屋の主だった。
 中庭で見たとき同様、険しい顔をして官から大量の紙を受け取り、扉を閉める。締める音にかぶせるように溜息を吐いたがリコには聞こえた。

「(やっぱり疲れてるんだ…)」

 早く知識を得たい。学びたい。賢くなりたい。―――ノアを支えたい。
 初めて生まれた感情にギュっと唇と服を握りしめた。

「(でも今は早くどこか行ってくれないかなぁ…!)」

 何せ妻とは言え、盗人のように部屋に忍び込んでしまったのだ。
 見つかったら怒られるかもしれない。嫌われるかもしれない。折角近づいたのにそれは嫌だった。
 ベットの下からは足だけが見えるので、それを目で追っていると、ピタリと不自然な場所で足が止まった。

「(どうしたんだろ)」

 と思ったら、また動き出す。
 どんどんベットに近づいて来るノアに、心臓は高鳴る。

「はぁ、疲れた」

 口を手で押さえ見つかるのを覚悟して目を瞑ったが、ノアはただベットに乗っただけだった。
 バレていない。
 一気に緊張が解かれ、口から手を離して緊張感を解いた。

「そんなところでかくれんぼか?」
「ぎゃっ! っだ!」

 安堵した瞬間、リコの後ろから顔を覗かせ、声をかけてきたノアに驚いた。
 反射的に立ち上がろうとすると、ベットの裏で頭を打ちつけ二度悲鳴をあげる。
 コントのようなことをするリコにノアは軽快に笑ってリコの細い足を掴む。そのまま無理やり引っ張りだすと、ベットの下から大きなネズミが姿を現した。

「で、何をしていた? 夜這いにしてはまだ日が高いが…」
「ちっ違います…。げ、…下女が私の服を間違えてノア様の部屋に持って行ったと聞いたので…」
「ふーん…。それか?」
「こ、これです! 見つけたので帰りますね!」
「まぁ待て。せっかく来てくれたんだ、私と楽しいことでもしないか?」
「お断り致します!」

 またあの笑顔。
 「楽しいこと」と言ってもリコにとってろくでもないことなので、逃げるように部屋から出て行った。
 打ち付けた後頭部が痛いはずなのに、痛くはない。それより今はノアの部屋から離れたかった。

「…でも、嫌われなくてよかった」

 急いで自室に戻って来たリコはノアより大きなため息をついて、閉めた扉によりかかり、その場にしゃがんだ。
 手にはノアの服がしっかり握りしめられている。
 不自然な逃げ方ではなかったかと不安になった。ノアはかなり勘がいいからもしかしたらバレているかもしれない。
 そのときの言い訳などを考え、今日は持ってきた服をベットの中に入れて隠す。

「明日、あの人が確実に城にいない時間に練習しよう」

 リコが考えた「小さな幸せ」とは、侍女のように服を着させてあげることだった。
もしかしたら「そんなことしなくていい」と言われるかもしれない。でもリコ自身はやってあげたいと思う。
 仲のいい両親たちのような夫婦になりたいと強く思うからこそしてあげたい。やってもみたい。そしたらまたノアへの気持ちも変化するかもしれない。
 自分の理想に一歩でも近づけるように、寝るまでずっと服のことを考えていた。
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