【童話集】あなたのおとぎ話

松野井奏

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桃太郎(あるいは鬼造と獄卒)

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むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
そして、それよりも遥かむかしむかし、おじいさんとおばあさんが産まれてもいないころのことです。太郎という男の子が生まれようとしていました。しかし、残念なことにおかあさんが亡くなり、お腹にいた太郎も産まれることなく死んでしまったのです。太郎は死者として、三途の河へと向かいました。大人はたくさんいて河の向こうへとやられました。太郎はどれがおかあさんかも分かりませんでした。
河原では、子どもたちが石を積んでいました。亡くなった子どもたちは、石を積み上げなければならず、この場所は賽の河原と呼ばれておりました。しかし、石を積んだそばから鬼に倒され、また積んでは倒され、何度も何度も繰り返さなければならないのでした。太郎は小さな小さな手で石を積もうとしましたが、石を掴むのでせいいっぱいです。石は硬くて冷たくて、太郎は何故だか悲しくなって、泣き出してしまいました。それを見かねた周りの子どもが、太郎の石積みを手伝います。獄卒と呼ばれる鬼たちは石を倒すのが仕事ですが、それを見ると思わず手を止めました。あんまりにも子どもたちが可哀想で、そしていい子達ばかりだったからです。地獄には地蔵菩薩というのがやってきて、子どもを天へと連れて行きます。しかしみんなを一度に連れて行くことはできません。順番の来ない子はずっと河原で石を積み、自分の番を待ちます。次の番は喜造という子どもでした。しかし、喜造は、自分より先に太郎を天界に行かせたいと思いました。石よりも、あたたかい手の温もりを、太郎に教えたかったからです。喜造は死んでからすっかり時間が経ってしまっているので、その手は氷のように冷たいのです。喜造が太郎の頬に触ると、太郎はわっと泣き出してしまうのでした。

さて、地蔵菩薩がやってきた時のこと。
「太郎を先にやってくれ」
きっぱりと喜造はそう言いました。この喜造の願いを聞いた地蔵菩薩は応えます。
「一度として私の誘いを断ったものはいない。この後どうなってしまうのか、私にも分からない。二度とお前を天に連れて行けないかもしれないのだぞ。」
「かまわないよ」
喜造が答えると、地蔵菩薩は太郎を連れて行きました。獄卒はあまりにも喜造が可哀想になって、思わず涙を一粒溢しました。その涙が三途の河へと入ると、河から山のように岩が盛り上がってきたのです。驚いて涙が止まった獄卒は考えます。頂上が全く見えないこの山は、もしかしたら人間の世界へ繋がっているんじゃないか、と。この岩の山を登ればきっと地獄を抜け出して、喜造を人間の世界へと戻すことができるに違いありません。地獄は人間の世界のずっと下にあるので、岩山を登るのは一苦労ですが、喜造をおぶって一生懸命に登りました。
何日も何日もかけて岩山を登り、遂に人間の世界へとたどり着いたのです。その岩は島になって海に浮かんでいました。岩だらけの島でしたので、近くには何もありません。喜造を1人にさせられないので、獄卒は仕事を交代でしながら、喜造を自分たちの子どもとして育てました。獄卒たちは島を鬼ヶ島と呼び、喜造を愛情を持って鬼造と名付けました。死者である鬼造は、もう大きくはなりませんでしたが、心は日に日に育っていきました。

一方、地蔵菩薩に天へと運ばれた太郎は緑の草原や、桃色の畑、白いうさぎがぴょこぴょこと跳ねる姿、金色の龍や、赤い鳳凰、美しいものを全て見ました。楽しく音楽がどこからともなく聞こえ、あたたかで良いにおいのする水色や橙色の風が吹きわたっています。金色や青色や赤色や色とりどりの花が咲き、風に花びらが混じります。地蔵菩薩は真珠色に輝く川の側へと降り立ちました。太郎はあたたかな乳を飲み、眠りに落ちたのです。

さて、むかしむかしに戻りましょう。おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました。おばあさんが川でせんたくをしていると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな大きな桃が流れてきました。
「おや、こんな大きな桃は見たことがない。おじいさんへの良いおみやげになるわ。」
おばあさんは大きな桃をひろいあげると、家に持ち帰りました。さっそく食べようと、おばあさんが桃を切ってみると、中から元気の良い男の赤ちゃんが出てきました。そう、みなさんがご存知の、太郎です。
「この子はきっと、仏さまがくださったにちがいないよ。」
子どものいなかったおじいさんとおばあさんは、大喜びです。そして、桃から生まれたことから、太郎は桃太郎と名付けられました。
おじいさん、おばあさんは寝物語に聞かせるのです。鬼ヶ島には悪い鬼がいて、近くの村から宝を盗み、人々を困らせている。桃太郎も悪いことをすると、鬼ヶ島の鬼に食べられてしまうよ、と。おじいさんおばあさんの愛情を受けて桃太郎はスクスク育って、やがて強い男の子になりました。


 そしてある日、桃太郎が言いました。
「ぼく、鬼ヶ島へ行って、わるい鬼を退治します」
おじいさんおばあさんは大賛成しました。
「きっと元気に帰ってくるんだよ」
桃太郎はおばあさんにきび団子を作ってもらうと、鬼ヶ島へ出かけました。生きるか死ぬかの大冒険の始まりでしたから、村中、桃太郎の鬼退治の話で持ちきりです。

   桃太郎はみんなの願いを託されて出発しました。旅の途中で、イヌに出会いました。この立派なイヌは、必ず鬼退治をしようと心に決めていたのです。桃太郎の噂を聞きつけて家を飛び出しました。
「桃太郎さん、どこへ行くのですか?」
「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」
「それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。それで私の忠義はあなたのもの。おともしますよ。」
 イヌはきび団子をもらい契りとし、主を桃太郎と定めておともになりました。
そして、こんどはサルに出会いました。この立派なサルは、必ず鬼退治をしようと心に決めていたのです。桃太郎の噂を聞きつけて家を飛び出しました。
「桃太郎さん、どこへ行くのですか?」
「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」
「それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。それで私の知恵はあなたのもの。おともしますよ。」
 そしてこんどは、キジに出会いました。この立派なキジは、必ず鬼退治をしようと心に決めていたのです。桃太郎の噂を聞きつけて家を飛び出しました。
「桃太郎さん、どこへ行くのですか?」
「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」
「それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。それで私の勇気はあなたのもの。おともしますよ。」
 こうして、イヌ、サル、キジの仲間を手に入れた桃太郎は、ついに鬼ヶ島へやってきました。
「見ろ、鬼たちが近くの村からぬすんだ宝物やごちそうをならべて、酒盛りの真っ最中だぞ。」
岩陰から覗くと、獄卒が鬼造を取り囲んで宴を開いているのが見えるのですが、桃太郎は鬼造のことなど覚えていません。
「みんな、ぬかるなよ。それ、かかれ!」
イヌは鬼のおしりにかみつき、サルは鬼のせなかをひっかき、キジはくちばしで鬼の目をつつきました。そして桃太郎も、刀をふり回して大あばれです。鬼たちは目を白黒させて驚くほかありません。反撃もできないうちに、血だらけになってしまいました。
とうとう鬼の親分との戦いです。その親分というのが、鬼造のために涙を流した獄卒でした。
獄卒は手をついて謝ります。
「まいったぁ、まいったぁ。こうさんだ、助けてくれぇ。この子だけは助けてくれ。太郎、覚えてないのかこの子は…」
「やい、黙れ!」
桃太郎は得意顔です。そこで獄卒の背後から1人の子どもが立ち上がりました。
「やめてくれ。」
鬼造でした。桃太郎と鬼造はすっかり同じ年頃に見えます。
「子どもまでをさらうなんて、鬼め!」
「やめてくれ。」
鬼造は言いました。
「俺のことを覚えていないのか太郎。」
「ぼくの名前は桃太郎だ。」
「そう呼ばれているのか。すっかり大きくなったな。地獄でのことは、何もかも忘れたか。この宝や宴がどう見えているのかも分かっている。けれども、宝もごちそうも仕事をして手に入れたものだ。あんたたち人間と何が違うものか。」
「何が仕事だ!人々から取ったものだろう!」
「違う。俺たちは獄卒だ。宝もごちそうも、死者の供え物で、仕事の正当な報酬だ。」
「やはり人から奪ったんだな。」
「そうさ!!!」
獄卒が立ち上がりました。
「その子どもも人間から奪ってやった!」
ニヤリと笑うと同時に、えいやと桃太郎が一太刀。獄卒は血に染まりました。
「鬼造、お前との家族ごっこももう終いだ。お前らクソガキにはどんなに楽しませてもらったか。こうしてお前を地上に引き上げたのも意地悪したかっただけさ。」
鬼造は獄卒に駆け寄りました。傷口を抑えても、血は吹き出して止まりません。
「何も言うな。」
「帰れ。人間の世界へ。失せやがれ。」
「いやだ!黙れ。」
はぁはぁと、獄卒は虫の息です。やっとの思いで、
「今まで、ありがとう。」
と、言いました。もう一度獄卒が涙を流しましたが、今度は、血の中に混じって消えてしまいました。
「いやだ。」
鬼造は初めて泣きました。死にたいとはじめて思いました。獄卒はどんどん冷えていきました。

 桃太郎とイヌとサルとキジは、鬼から取り上げた宝物と、鬼造をくるまに乗せ、元気よく家に帰りました。村中、お祭り騒ぎです。おじいさんとおばあさんは、桃太郎の無事な姿を見て大喜びでした。そして三人は、それはそれはしあわせにくらしました。
しかし、桃太郎に無理やり連れて来られた鬼造は村の人には馴染めません。誰とも違う存在、死者だからです。
鬼ヶ島の鬼たちは、死に絶えました。イヌに食いちぎられ、猿に肉をえぐられ、雉に目玉を繰り出され、苦しんで死にました。
しかし、鬼造だけはもう一度死ぬことはできないのです。どこかの村にでも移り住んだのか、岩山を下って地獄へ落ちていったのか、誰もしらないのです。

地蔵菩薩だけが涙を流してそれを天から見ていました。

おしまい。
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