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ハロウィンの魔法
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ディアヌはゆうれいの女の子。金色の髪に櫛を通しながら、鼻歌を歌っています。魔女のヘレンと、空を飛んで遊ぼうかしら。それとも、パンプキンヘッドと、人間をおどろかしに行こうかしら。
今日はハロウィン。人間にとっても、ゆうれいやおばけたちにとっても、特別な日です。
ハロウィンの日には、死んだ人の魂が、家族の元へ帰ります。ゆうれいやおばけが悪さをしないように、人間たちも仮装をして、ゆうれいたちを驚かします。今では、そんな意味合いもすっかり薄れて、子どもたちが仮装してお菓子をもらう日になってしまっていますが。
おしゃれが大好きなディアヌにとっても、ハロウィンは最大のイベントと言っても過言ではありません。
「今日はとびきりおしゃれをしなくっちゃ!」
金色の髪に、黒のカチューシャが映えています。首には黒のチョーカー。つま先が丸くなっている、エナメルの黒い靴。白黒のボーダーのハイソックス。水色のワンピースに、白いエプロンをつけ、スカートの中は白のパニエでふわふわに。今年の仮装は、『不思議の国のアリス』がテーマです。
日が暮れました。「トリック・オア・トリート!」子どもたちは、家々を回って、叫びます。これは、「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」という意味。脅されているにもかかわらず、笑顔で子どもたちにアメやガムやチョコレートをあげるのですから、人間の大人ってヘンテコです。そんなことを考えながら歩いていると、声を掛けられました。
「ねえ、君。その衣装、すてきだね。」
ゆうれい界では見かけない子です。ですが、ゆうれいが見えるのだから、彼もゆうれいなのでしょう。
「ありがとう。あなたもすてきね。」
彼は、『不思議の国のアリス』に出てくる、マッドハッターの仮装をしています。背高帽に、濃緑のスーツ。中に着ているチェックのベストが不思議とマッチしています。かっちりと着た服とは対照的に、遊び心のあるブーツを履いて、それがまたきまっています。お世辞ではなく、本当に格好良く着こなしていました。
「ぼくはベルナール。君の名前は。」
「私はディアヌ。よろしくね。」
二人はあっという間に仲良しになりました。
「そうだ、ぼくたちも、お菓子をもらいに行こうよ。」
「もらうって、だれに。」
「大人たちにさ。」
彼は近くの家に走っていくと、とんとんと、戸を叩きます。
「トリック・オア・トリート!」
ディアヌはやっと気付きました。ベルナールは、ゆうれいではなく、人間の男の子だと。
「まあ、かっこいい衣装ね。ぼうやには、このチョコレートをあげましょう。」
出てきた見知らぬおばさんは、優しげな笑顔でそう言いました。
「それから、お嬢さんには、このアメがいいかしら。」
ディアヌはどきっとしました。信じられない思いで呟きました。
「私が見えるの。」
「もちろん。そのすてきなドレスもね。かわいいわ、お人形さんみたい。」
ディアヌはお礼を言うと、おそるおそるアメを受け取りました。すごい、とディアヌは心の中で歓声をあげました。ゆうれいなのに、ベルナールにも、おばさんにも見えている。魔法のようなことが起こっているのです。
「ベルナール、次のお家へ行きましょう。」
ディアヌは楽しくなって、言いました。そして、ベルナールと一緒に、通りの家という家を回って、お菓子をたくさんもらいました。
「今日は、楽しかったわ。」
「うん。ぼくもだよ。また明日、一緒に遊べるかな。」
「もちろんよ。」
次の日も、その次の日も、ディアヌとベルナールは一緒に遊びました。
「また明日ね。」
ベルナールはそう言って、手を振りました。
「うん。また明日。」
ディアヌも笑顔で手を振り返します。
「ベルナール、待たせちゃったかしら。」
ディアヌはベルナールに駆け寄りました。今日からはハロウィンではないので、なにを着たらいいか迷ってしまったのです。ベルナールは花柄好きかしら。それとも、シンプルな大人の服がいいのかしら。かわいいのと、かっこいいのだと、どっちが好きかな。かなり時間をかけたものの、結局いつも着ている黒のトップスに、黒のスカート、黒のブーツで出かけました。
「ベルナール、どうしたの。」
話しかけても、ベルナールは応えません。それどころか、こちらを見てもいません。気付いていないかのように。
「ねえ、ベルナール、聞こえないの。」
ディアヌは泣きたくなりました。ベルナールは、遠くを見つめています。ディアヌを待っているのでしょう。ディアヌはとぼとぼと家へ帰りました。
「ちょっと、ディアヌ。私との約束、すっかり忘れていたでしょう。」
家の前には、魔女のヘレンが仁王立ちしています。しかし、ディアヌの顔を見ると、心配そうに言いました。
「どうしたの、ディアヌ。泣きそうな顔じゃない。」
ついにディアヌは泣き出しました。そして、昨日までの楽しかったことや、ベルナールと初めて会った時のことを話しました。
「なるほどね。昨日までの三日間はハロウィンで、どこに行ってもおばけだらけ。おばけがたくさんいるおかげで、ディアヌの力が強まっていたから、人間にも姿が見えたのかもね。」
なるほど、ディアヌは思いました。しかし、原因が分かったところで、ベルナールと遊べないことには変わりません。
「どうしたらいいのかしら。」
「また来年のハロウィンを待つしかないよ。」
ディアヌは毎日ベルナールの様子を見に行きました。しかし、ベルナールには、やはりディアヌの姿は見えません。毎日毎日、ベルナールのそばにいて、毎日毎日、幸せで、でも悲しくて、ディアヌの心はいろいろな感情でいっぱいです。
やっと次の年のハロウィンがやってきました。ベルナールが悪魔の仮装をすると知っていたので、ディアヌは天使をテーマにしました。金色の髪に櫛を通しながら、うきうきしています。頭には、天使の輪の代わりに、白い花で作った花輪を。首には金色のネックレス。かかとの高い金色のサンダルを履き、白いワンピースは、ゆったりとしたシルエットです。肩甲骨のあたりから、白い羽を生やし、そして、唇にはピンク色のリップを初めて塗りました。
「ベルナールは、かわいいって言ってくれるかな。」
どきどきという音が、周りの人にも聞こえてしまうのではないかと思うほど、胸が高鳴っています。
「こんばんは、ベルナール。」
「ディアヌ!ずっと探していたんだよ。なぜ、今まで姿を見せなかったの。」
「私、急に引っ越すことになって、ハロウィンの間だけしかこの街に帰ってこられないの。」
「そうだったのか。今日会えて良かったよ。ハロウィンの間、一緒に遊ぼうね。」
「怒っていないの。」
「仕方がないことだし、それに、こんなに可愛い天使に怒るなんてできないよ。」
ディアヌは、可愛いと言ってもらえて、とても嬉しくなりました。
その次の日も、そのまた次の日も、二人は一緒に遊びました。
「じゃあ、また来年ね。」
寂しそうにディアヌは言いました。
「また来年ね、ディアヌ。」
ベルナールはそう言うと、ディアヌの手の甲にキスをしました。
「手が冷たくなっているね。早く帰って暖まるんだよ。」
ベルナールが笑顔でそう言うので、ディアヌも笑顔を作ってお別れを言いました。
ハロウィンが終わると、ディアヌはまた、ベルナールを見つめるだけの生活に戻るのでした。
また、ハロウィンがやってきました。
ベルナールはヴァンパイア、ディアヌはゾンビの仮装をしました。内側が真っ赤な黒マントが、ベルナールに似合いました。
「今年のディアヌはすごく綺麗だね。」
ディアヌは恥ずかしいような、嬉しいような、不思議な気持ちになりました。
そして、二人で家々を回ってお菓子をもらいました。次の日は、ベルナールの家で遊びました。その次の日は、二人でお喋りをしました。
あっという間に今年のハロウィンも終わってしまいました。ディアヌは寂しくてたまりません。
「また来年ね、ディアヌ。」
ベルナールの声にも元気がありません。
「また来年ね、ベルナール。」
ディアヌの頬に、ベルナールの唇がそっと触れました。血の通わない頬が、かぁっと熱くなったように感じました。
さて、ハロウィンの次の日になりました。今日からはまたなんでもない日のスタートです。ディアヌは憂鬱な気持ちで、ベルナールの家に向かいました。
「あれ。ディアヌじゃないか。今年はまだこの街にいるのかい。」
「え。私が見えるの。」
「何を言ってるんだい。ディアヌ、今日も君に会えるなんて、嬉しいよ。」
ディアヌは驚きと喜びで混乱しましたが、やはり喜びが勝りました。
「私も嬉しいわ、ベルナール。今日も一緒に遊びましょう。」
それからというもの、ベルナールが学校から帰ってくると、二人は一緒に過ごすようになりました。ディアヌもベルナールも幸せでした。
帰る時間になっても、明日も会えるのです。
二人は明るい声で「またね。」を言います。
家の前に着くと、「また私との約束をすっぽかしたわね!」と、魔女のヘレナが腕組みをして、プリプリと怒っています。
ディアヌは、奇跡が起きたことを話しました。
「私の姿が見えるの。彼に毎日会えるのよ!」
うーん、とヘレナは考え込みます。
「どうしたっていうのよ、ヘレナ。もっと喜んでくれなくちゃ。」
「あのね、ディアヌ。私の考えすぎかもしれないけれど…」
深刻な顔をするヘレナを見て、ディアヌは黙りました。
「ベルナールの寿命が、もうすぐ尽きるんじゃないかしら。」
「なんですって。冗談はやめてよ。」
「冗談じゃないの。人間がゆうれいやおばけを見る時は、ゆうれいの力がものすごく強いか、死が迫っている時なの。」
まさか、とディアヌは言いたかったのですが、なんでも知っている魔女のヘレナがそう言うのです。間違いありません。
「そんなのひどいわ。」
ディアヌは泣きたくなりました。
「でも、彼がゆうれいになれば、あなたたちは毎日一緒にいられるじゃない。これでよかったのよ。」
ディアヌはその晩、全く眠れませんでした。
「毎日一緒にいられる」そうなったらどんなにか幸せでしょう。でも、ディアヌの心には、何かが引っかかるのです。
「人間はみんないつか死ぬじゃない。
それに、私が一緒にいたいって願ったわけじゃないわ。」
そう口に出してみるものの、一向に気は晴れませんでした。
次の日、ディアヌとベルナールは、手を繋いで街を歩いていました。コロコロと赤いボールが目の端をよぎりました。それを追う男の子。男の子の背後には、トラックが。ディアヌか叫んだのと、ベルナールが飛び出したのは同時でした。
「危ない!!」
男の子は無事です。ディアヌは、ベルナールの姿を探すのが怖くて、震えが止まりません。車の影からベルナールの姿が見えました。服は血に染まっています。頭から出血したようです。
本当だったんだ。私は止められなかった。でも、このままベルナールがゆうれいになれば、ずっと一緒にいられる。
…本当にこれでいいの。
涙が次から次へとあふれます。
「ああ、神様。私は死んでから、一度もあなたにお祈りしませんでした。ただ一度だけ、最初で最後の願いです。
私の魂と引き換えに、私の存在と引き換えに、
彼の寿命を伸ばしてください。どうか、彼の命を奪わないで。お願いします。」
その瞬間、ディアヌの体は真っ白に光り輝きました。足元から順に、ふわふわと無数の光になっていきます。
「よかった。ベルナールはきっと無事ね。」
ディアヌはまた一筋涙をこぼしました。今度は、嬉し涙でした。
次の年のハロウィン。ベルナールは、ひどい怪我でしたので、やっと退院したばかりでした。初めてディアヌと出会った場所で、ひとりぼっちで待ちました。待てど暮らせど、ディアヌはやってきません。
彼は花束を買うと、事故にあった道まで向かいました。そして、花束をたむけながら、言いました。
「ディアヌ、ぼくのせいでごめん。
君が特別な女の子だって、分かってた。君が見えるようになった時、ぼくは全てを悟った。でも、君と一緒に過ごせるなら、それもいいと思ったんだ。
君が、ぼくのためにしてくれたことを、ぼくもしてあげたいけど、どうしたらいいか、わからないや。」
涙が一筋こぼれました。
「ああ、神様。ディアヌを返してください。
ぼくは、ディアヌが救ってくれた命を無駄にすることはできません。それ以外なら、なんでも捧げます。
ただ、彼女に会いたいんです。お願いします。」
ふふっ、と軽やかな笑い声がします。
「ベルナールったら、おおげさね。」
気丈に振る舞ってはいますが、途中から涙声に変わりました。振り返ると、懐かしいディアヌの姿。
「ディアヌ。」
「ベルナール。」
二人は互いをきつく抱きしめ合いました。
そして、ハロウィンの日も、その次の日も、そのまた次の日も、二人はずっとずっと一緒に過ごしましたとさ。
おしまい。
今日はハロウィン。人間にとっても、ゆうれいやおばけたちにとっても、特別な日です。
ハロウィンの日には、死んだ人の魂が、家族の元へ帰ります。ゆうれいやおばけが悪さをしないように、人間たちも仮装をして、ゆうれいたちを驚かします。今では、そんな意味合いもすっかり薄れて、子どもたちが仮装してお菓子をもらう日になってしまっていますが。
おしゃれが大好きなディアヌにとっても、ハロウィンは最大のイベントと言っても過言ではありません。
「今日はとびきりおしゃれをしなくっちゃ!」
金色の髪に、黒のカチューシャが映えています。首には黒のチョーカー。つま先が丸くなっている、エナメルの黒い靴。白黒のボーダーのハイソックス。水色のワンピースに、白いエプロンをつけ、スカートの中は白のパニエでふわふわに。今年の仮装は、『不思議の国のアリス』がテーマです。
日が暮れました。「トリック・オア・トリート!」子どもたちは、家々を回って、叫びます。これは、「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」という意味。脅されているにもかかわらず、笑顔で子どもたちにアメやガムやチョコレートをあげるのですから、人間の大人ってヘンテコです。そんなことを考えながら歩いていると、声を掛けられました。
「ねえ、君。その衣装、すてきだね。」
ゆうれい界では見かけない子です。ですが、ゆうれいが見えるのだから、彼もゆうれいなのでしょう。
「ありがとう。あなたもすてきね。」
彼は、『不思議の国のアリス』に出てくる、マッドハッターの仮装をしています。背高帽に、濃緑のスーツ。中に着ているチェックのベストが不思議とマッチしています。かっちりと着た服とは対照的に、遊び心のあるブーツを履いて、それがまたきまっています。お世辞ではなく、本当に格好良く着こなしていました。
「ぼくはベルナール。君の名前は。」
「私はディアヌ。よろしくね。」
二人はあっという間に仲良しになりました。
「そうだ、ぼくたちも、お菓子をもらいに行こうよ。」
「もらうって、だれに。」
「大人たちにさ。」
彼は近くの家に走っていくと、とんとんと、戸を叩きます。
「トリック・オア・トリート!」
ディアヌはやっと気付きました。ベルナールは、ゆうれいではなく、人間の男の子だと。
「まあ、かっこいい衣装ね。ぼうやには、このチョコレートをあげましょう。」
出てきた見知らぬおばさんは、優しげな笑顔でそう言いました。
「それから、お嬢さんには、このアメがいいかしら。」
ディアヌはどきっとしました。信じられない思いで呟きました。
「私が見えるの。」
「もちろん。そのすてきなドレスもね。かわいいわ、お人形さんみたい。」
ディアヌはお礼を言うと、おそるおそるアメを受け取りました。すごい、とディアヌは心の中で歓声をあげました。ゆうれいなのに、ベルナールにも、おばさんにも見えている。魔法のようなことが起こっているのです。
「ベルナール、次のお家へ行きましょう。」
ディアヌは楽しくなって、言いました。そして、ベルナールと一緒に、通りの家という家を回って、お菓子をたくさんもらいました。
「今日は、楽しかったわ。」
「うん。ぼくもだよ。また明日、一緒に遊べるかな。」
「もちろんよ。」
次の日も、その次の日も、ディアヌとベルナールは一緒に遊びました。
「また明日ね。」
ベルナールはそう言って、手を振りました。
「うん。また明日。」
ディアヌも笑顔で手を振り返します。
「ベルナール、待たせちゃったかしら。」
ディアヌはベルナールに駆け寄りました。今日からはハロウィンではないので、なにを着たらいいか迷ってしまったのです。ベルナールは花柄好きかしら。それとも、シンプルな大人の服がいいのかしら。かわいいのと、かっこいいのだと、どっちが好きかな。かなり時間をかけたものの、結局いつも着ている黒のトップスに、黒のスカート、黒のブーツで出かけました。
「ベルナール、どうしたの。」
話しかけても、ベルナールは応えません。それどころか、こちらを見てもいません。気付いていないかのように。
「ねえ、ベルナール、聞こえないの。」
ディアヌは泣きたくなりました。ベルナールは、遠くを見つめています。ディアヌを待っているのでしょう。ディアヌはとぼとぼと家へ帰りました。
「ちょっと、ディアヌ。私との約束、すっかり忘れていたでしょう。」
家の前には、魔女のヘレンが仁王立ちしています。しかし、ディアヌの顔を見ると、心配そうに言いました。
「どうしたの、ディアヌ。泣きそうな顔じゃない。」
ついにディアヌは泣き出しました。そして、昨日までの楽しかったことや、ベルナールと初めて会った時のことを話しました。
「なるほどね。昨日までの三日間はハロウィンで、どこに行ってもおばけだらけ。おばけがたくさんいるおかげで、ディアヌの力が強まっていたから、人間にも姿が見えたのかもね。」
なるほど、ディアヌは思いました。しかし、原因が分かったところで、ベルナールと遊べないことには変わりません。
「どうしたらいいのかしら。」
「また来年のハロウィンを待つしかないよ。」
ディアヌは毎日ベルナールの様子を見に行きました。しかし、ベルナールには、やはりディアヌの姿は見えません。毎日毎日、ベルナールのそばにいて、毎日毎日、幸せで、でも悲しくて、ディアヌの心はいろいろな感情でいっぱいです。
やっと次の年のハロウィンがやってきました。ベルナールが悪魔の仮装をすると知っていたので、ディアヌは天使をテーマにしました。金色の髪に櫛を通しながら、うきうきしています。頭には、天使の輪の代わりに、白い花で作った花輪を。首には金色のネックレス。かかとの高い金色のサンダルを履き、白いワンピースは、ゆったりとしたシルエットです。肩甲骨のあたりから、白い羽を生やし、そして、唇にはピンク色のリップを初めて塗りました。
「ベルナールは、かわいいって言ってくれるかな。」
どきどきという音が、周りの人にも聞こえてしまうのではないかと思うほど、胸が高鳴っています。
「こんばんは、ベルナール。」
「ディアヌ!ずっと探していたんだよ。なぜ、今まで姿を見せなかったの。」
「私、急に引っ越すことになって、ハロウィンの間だけしかこの街に帰ってこられないの。」
「そうだったのか。今日会えて良かったよ。ハロウィンの間、一緒に遊ぼうね。」
「怒っていないの。」
「仕方がないことだし、それに、こんなに可愛い天使に怒るなんてできないよ。」
ディアヌは、可愛いと言ってもらえて、とても嬉しくなりました。
その次の日も、そのまた次の日も、二人は一緒に遊びました。
「じゃあ、また来年ね。」
寂しそうにディアヌは言いました。
「また来年ね、ディアヌ。」
ベルナールはそう言うと、ディアヌの手の甲にキスをしました。
「手が冷たくなっているね。早く帰って暖まるんだよ。」
ベルナールが笑顔でそう言うので、ディアヌも笑顔を作ってお別れを言いました。
ハロウィンが終わると、ディアヌはまた、ベルナールを見つめるだけの生活に戻るのでした。
また、ハロウィンがやってきました。
ベルナールはヴァンパイア、ディアヌはゾンビの仮装をしました。内側が真っ赤な黒マントが、ベルナールに似合いました。
「今年のディアヌはすごく綺麗だね。」
ディアヌは恥ずかしいような、嬉しいような、不思議な気持ちになりました。
そして、二人で家々を回ってお菓子をもらいました。次の日は、ベルナールの家で遊びました。その次の日は、二人でお喋りをしました。
あっという間に今年のハロウィンも終わってしまいました。ディアヌは寂しくてたまりません。
「また来年ね、ディアヌ。」
ベルナールの声にも元気がありません。
「また来年ね、ベルナール。」
ディアヌの頬に、ベルナールの唇がそっと触れました。血の通わない頬が、かぁっと熱くなったように感じました。
さて、ハロウィンの次の日になりました。今日からはまたなんでもない日のスタートです。ディアヌは憂鬱な気持ちで、ベルナールの家に向かいました。
「あれ。ディアヌじゃないか。今年はまだこの街にいるのかい。」
「え。私が見えるの。」
「何を言ってるんだい。ディアヌ、今日も君に会えるなんて、嬉しいよ。」
ディアヌは驚きと喜びで混乱しましたが、やはり喜びが勝りました。
「私も嬉しいわ、ベルナール。今日も一緒に遊びましょう。」
それからというもの、ベルナールが学校から帰ってくると、二人は一緒に過ごすようになりました。ディアヌもベルナールも幸せでした。
帰る時間になっても、明日も会えるのです。
二人は明るい声で「またね。」を言います。
家の前に着くと、「また私との約束をすっぽかしたわね!」と、魔女のヘレナが腕組みをして、プリプリと怒っています。
ディアヌは、奇跡が起きたことを話しました。
「私の姿が見えるの。彼に毎日会えるのよ!」
うーん、とヘレナは考え込みます。
「どうしたっていうのよ、ヘレナ。もっと喜んでくれなくちゃ。」
「あのね、ディアヌ。私の考えすぎかもしれないけれど…」
深刻な顔をするヘレナを見て、ディアヌは黙りました。
「ベルナールの寿命が、もうすぐ尽きるんじゃないかしら。」
「なんですって。冗談はやめてよ。」
「冗談じゃないの。人間がゆうれいやおばけを見る時は、ゆうれいの力がものすごく強いか、死が迫っている時なの。」
まさか、とディアヌは言いたかったのですが、なんでも知っている魔女のヘレナがそう言うのです。間違いありません。
「そんなのひどいわ。」
ディアヌは泣きたくなりました。
「でも、彼がゆうれいになれば、あなたたちは毎日一緒にいられるじゃない。これでよかったのよ。」
ディアヌはその晩、全く眠れませんでした。
「毎日一緒にいられる」そうなったらどんなにか幸せでしょう。でも、ディアヌの心には、何かが引っかかるのです。
「人間はみんないつか死ぬじゃない。
それに、私が一緒にいたいって願ったわけじゃないわ。」
そう口に出してみるものの、一向に気は晴れませんでした。
次の日、ディアヌとベルナールは、手を繋いで街を歩いていました。コロコロと赤いボールが目の端をよぎりました。それを追う男の子。男の子の背後には、トラックが。ディアヌか叫んだのと、ベルナールが飛び出したのは同時でした。
「危ない!!」
男の子は無事です。ディアヌは、ベルナールの姿を探すのが怖くて、震えが止まりません。車の影からベルナールの姿が見えました。服は血に染まっています。頭から出血したようです。
本当だったんだ。私は止められなかった。でも、このままベルナールがゆうれいになれば、ずっと一緒にいられる。
…本当にこれでいいの。
涙が次から次へとあふれます。
「ああ、神様。私は死んでから、一度もあなたにお祈りしませんでした。ただ一度だけ、最初で最後の願いです。
私の魂と引き換えに、私の存在と引き換えに、
彼の寿命を伸ばしてください。どうか、彼の命を奪わないで。お願いします。」
その瞬間、ディアヌの体は真っ白に光り輝きました。足元から順に、ふわふわと無数の光になっていきます。
「よかった。ベルナールはきっと無事ね。」
ディアヌはまた一筋涙をこぼしました。今度は、嬉し涙でした。
次の年のハロウィン。ベルナールは、ひどい怪我でしたので、やっと退院したばかりでした。初めてディアヌと出会った場所で、ひとりぼっちで待ちました。待てど暮らせど、ディアヌはやってきません。
彼は花束を買うと、事故にあった道まで向かいました。そして、花束をたむけながら、言いました。
「ディアヌ、ぼくのせいでごめん。
君が特別な女の子だって、分かってた。君が見えるようになった時、ぼくは全てを悟った。でも、君と一緒に過ごせるなら、それもいいと思ったんだ。
君が、ぼくのためにしてくれたことを、ぼくもしてあげたいけど、どうしたらいいか、わからないや。」
涙が一筋こぼれました。
「ああ、神様。ディアヌを返してください。
ぼくは、ディアヌが救ってくれた命を無駄にすることはできません。それ以外なら、なんでも捧げます。
ただ、彼女に会いたいんです。お願いします。」
ふふっ、と軽やかな笑い声がします。
「ベルナールったら、おおげさね。」
気丈に振る舞ってはいますが、途中から涙声に変わりました。振り返ると、懐かしいディアヌの姿。
「ディアヌ。」
「ベルナール。」
二人は互いをきつく抱きしめ合いました。
そして、ハロウィンの日も、その次の日も、そのまた次の日も、二人はずっとずっと一緒に過ごしましたとさ。
おしまい。
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