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青い靴
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いくちゃんのお家には、立派なクローゼットがありました。金色の丸い取っ手を握ってそっと引くと、中は洋服のための小さなお部屋になっています。いくちゃんのお母さんもお父さんも、とてもきれい好きでしたので、クローゼットの中はまるで色見本のようです。白色の洋服から、黄色やピンク色、赤色、紫色、青色に紺色に、茶色や黒色、順番に並んでいるのです。靴のコーナーには、かかとの高い可愛らしいハイヒールや、お父さんのぴかぴかのシューズが光っています。
いくちゃんはクローゼットの中を見るのが大好きでした。毎朝、今か今かと心待ちにしています。お母さんは、中から選んだ洋服を着ると、いろんなお母さんに見えます。今日はかわいいお母さん。別の日はきれいなお母さん。お父さんは、かっちりしたスーツに身を包んで、とてもかっこいいです。
でも、クローゼットを勝手に開けることはできません。お母さんに叱られてしまいます。
「いくちゃんのお洋服はタンスの中でしょう。お父さんやお母さんの大事なものが入っているから、開けないでね。」
だめと言われるとしたくなるのが人情というものです。毎日いくちゃんはこっそりクローゼットの扉を開けます。そーっと、そーっとです。見ているだけでもしあわせな気持ちになります。
ところが、その日は見ているだけでは我慢できなかったのです。どうしても、ロイヤルブルーの靴をもっともっとよく見てみたくなったのです。ビジューがきらきら光っている、かかとの高いすてきな靴でした。これを履けば、きっといくちゃんもすてきに見えるに決まっています。いいな、履いてみたいな。いくちゃんはそう思いました。
すると、自分の足下にロイヤルブルーのハイヒールが現れたのです。ほんのまばたきの間に、棚の上からいくちゃんの足下まで瞬間異動したようです。いくちゃんはたいそう驚きました。
靴の方からやってきてくれたのです。もう、履くしかありません。どきどきしながら、いくちゃんは右足をぶかぶかのハイヒールに入れました。するとなんと、ハイヒールはぴったりといくちゃんの足に吸い付くように縮みました。左足もえい、と入れてみました。同じく、足にぴったりのサイズになりました。一歩、足を踏み出します。コツ。もう一歩、コツ。コツコツコツコツ。
「お母さんみたい。すてき。」
思わずため息をもらします。いくちゃんは今にも舞い上がりそうな気持ちです。
ふと、お父さんの背広のむこうに、小さな小さな扉を見つけました。
「こんな扉、あったかしら。」
子ども一人がやっと通れるくらいの小さな扉です。いくちゃんの足は扉に向かっていきます。コツコツコツコツ。クローゼットと同じ、金色の丸い取っ手を回すと、ギィ、と音を立てて扉は開きました。暗くてなにも見えません。どこまで続いているのだろうと、不思議になるくらいに真っ暗です。暗くて怖いけど、ほんの少し中を見てみたくなりました。すると、猛烈な風がいくちゃんの身体を押しました。
「わあ!」
扉がぎぃ、と閉まります。中は真っ暗だったはずが、白い光に満ちあふれています。いくちゃんは、思わず目をつむりました。
「やあ、こんばんは。お嬢さん。」
知らない人の声がします。目を開けると、白い衣装に身を包んだ、目の覚めるような美しい男の子がいました。金色のボタンや赤い勲章がついている、王子様のような服を着て、ブラウンの短い髪は少しカールしています。大きな目は、明るい空色です。頬はバラ色で、唇はうすく、ほほえみをたたえていました。さしのべられた手を、いくちゃんはとりました。
「一緒に踊りましょう。」
男の子は優しい声で言いました。背は、いくちゃんよりほんの少し高いようです。
気付くと回りには、着飾ったひと、ひと、ひと。知らない大人たちでいっぱいです。音楽家たちが、バイオリンやピアノを演奏しています。大理石の床、頭上には豪勢なシャンデリア。開け放たれた窓からは、バルコニーが見えます。外は静かな月夜。庭があるのか、バラの香りがただよい、なんともきらびやかな世界です。
いくちゃんはお遊戯会以外でダンスなどしたことがないのですが、不思議なことに、男の子に合わせて、くるくると上手に踊れました。くるくる回ると、ふわりと揺れるドレスの裾が見えました。いつの間にか、いくちゃんは空色のきらきらしたドレスに身を包んでいたのです。頭には、見たこともないほどゴージャスなティアラが輝いています。
「あなたは王子様なんですか。それとも、魔法使い?」
いくちゃんは男の子に訊きました。男の子はふふ、と笑います。
「君は、お姫様なの?」
男の子は訊き返します。
「ちがうわ。私は……、ううん、きっと、これは夢ね。」
可笑しくていくちゃんは笑いました。しかし、男の子は真剣なまなざしをしています。
「お嬢さん、また会えるかい。」
そう言われても困ります。いくちゃんも、どうやってここに来たのか分からないのですから。
「わからないけど、でも、また会いたいわ。」
いくちゃんの言葉に、男の子は嬉しそうに笑います。
「では、また。」
男の子はそう言うと、いくちゃんの手の甲にキスしました。いくちゃんはとてもくすぐったい気持ちになりました。
気がつくと、いくちゃんはクローゼットの前に立っていました。さっきまでの世界はどこにいってしまったのでしょうか。
やっぱり夢ね、といくちゃんは思いました。しかし、いつの間に履いたのでしょう。足には青いぶかぶかのハイヒールが。
それから、いくちゃんは男の子に会いたくなると、青いハイヒールをこっそり履くようになったのでした。
おしまい。
いくちゃんはクローゼットの中を見るのが大好きでした。毎朝、今か今かと心待ちにしています。お母さんは、中から選んだ洋服を着ると、いろんなお母さんに見えます。今日はかわいいお母さん。別の日はきれいなお母さん。お父さんは、かっちりしたスーツに身を包んで、とてもかっこいいです。
でも、クローゼットを勝手に開けることはできません。お母さんに叱られてしまいます。
「いくちゃんのお洋服はタンスの中でしょう。お父さんやお母さんの大事なものが入っているから、開けないでね。」
だめと言われるとしたくなるのが人情というものです。毎日いくちゃんはこっそりクローゼットの扉を開けます。そーっと、そーっとです。見ているだけでもしあわせな気持ちになります。
ところが、その日は見ているだけでは我慢できなかったのです。どうしても、ロイヤルブルーの靴をもっともっとよく見てみたくなったのです。ビジューがきらきら光っている、かかとの高いすてきな靴でした。これを履けば、きっといくちゃんもすてきに見えるに決まっています。いいな、履いてみたいな。いくちゃんはそう思いました。
すると、自分の足下にロイヤルブルーのハイヒールが現れたのです。ほんのまばたきの間に、棚の上からいくちゃんの足下まで瞬間異動したようです。いくちゃんはたいそう驚きました。
靴の方からやってきてくれたのです。もう、履くしかありません。どきどきしながら、いくちゃんは右足をぶかぶかのハイヒールに入れました。するとなんと、ハイヒールはぴったりといくちゃんの足に吸い付くように縮みました。左足もえい、と入れてみました。同じく、足にぴったりのサイズになりました。一歩、足を踏み出します。コツ。もう一歩、コツ。コツコツコツコツ。
「お母さんみたい。すてき。」
思わずため息をもらします。いくちゃんは今にも舞い上がりそうな気持ちです。
ふと、お父さんの背広のむこうに、小さな小さな扉を見つけました。
「こんな扉、あったかしら。」
子ども一人がやっと通れるくらいの小さな扉です。いくちゃんの足は扉に向かっていきます。コツコツコツコツ。クローゼットと同じ、金色の丸い取っ手を回すと、ギィ、と音を立てて扉は開きました。暗くてなにも見えません。どこまで続いているのだろうと、不思議になるくらいに真っ暗です。暗くて怖いけど、ほんの少し中を見てみたくなりました。すると、猛烈な風がいくちゃんの身体を押しました。
「わあ!」
扉がぎぃ、と閉まります。中は真っ暗だったはずが、白い光に満ちあふれています。いくちゃんは、思わず目をつむりました。
「やあ、こんばんは。お嬢さん。」
知らない人の声がします。目を開けると、白い衣装に身を包んだ、目の覚めるような美しい男の子がいました。金色のボタンや赤い勲章がついている、王子様のような服を着て、ブラウンの短い髪は少しカールしています。大きな目は、明るい空色です。頬はバラ色で、唇はうすく、ほほえみをたたえていました。さしのべられた手を、いくちゃんはとりました。
「一緒に踊りましょう。」
男の子は優しい声で言いました。背は、いくちゃんよりほんの少し高いようです。
気付くと回りには、着飾ったひと、ひと、ひと。知らない大人たちでいっぱいです。音楽家たちが、バイオリンやピアノを演奏しています。大理石の床、頭上には豪勢なシャンデリア。開け放たれた窓からは、バルコニーが見えます。外は静かな月夜。庭があるのか、バラの香りがただよい、なんともきらびやかな世界です。
いくちゃんはお遊戯会以外でダンスなどしたことがないのですが、不思議なことに、男の子に合わせて、くるくると上手に踊れました。くるくる回ると、ふわりと揺れるドレスの裾が見えました。いつの間にか、いくちゃんは空色のきらきらしたドレスに身を包んでいたのです。頭には、見たこともないほどゴージャスなティアラが輝いています。
「あなたは王子様なんですか。それとも、魔法使い?」
いくちゃんは男の子に訊きました。男の子はふふ、と笑います。
「君は、お姫様なの?」
男の子は訊き返します。
「ちがうわ。私は……、ううん、きっと、これは夢ね。」
可笑しくていくちゃんは笑いました。しかし、男の子は真剣なまなざしをしています。
「お嬢さん、また会えるかい。」
そう言われても困ります。いくちゃんも、どうやってここに来たのか分からないのですから。
「わからないけど、でも、また会いたいわ。」
いくちゃんの言葉に、男の子は嬉しそうに笑います。
「では、また。」
男の子はそう言うと、いくちゃんの手の甲にキスしました。いくちゃんはとてもくすぐったい気持ちになりました。
気がつくと、いくちゃんはクローゼットの前に立っていました。さっきまでの世界はどこにいってしまったのでしょうか。
やっぱり夢ね、といくちゃんは思いました。しかし、いつの間に履いたのでしょう。足には青いぶかぶかのハイヒールが。
それから、いくちゃんは男の子に会いたくなると、青いハイヒールをこっそり履くようになったのでした。
おしまい。
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