結婚とは案外悪いもんじゃない

あまんちゅ

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第7話 浮生若夢-2

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もうすぐ約束の時間だ。結局あの後、俺は一睡もできなかった。だけど、不思議と体調は良くなった。薬が効いているのか、それとも……。

いや、今はそのことを考えるのは止めておこう。俺は、自分自身が出した答えに後悔はしてない。これでよかったと、胸を張って言える。

「高坂くん」

聞き覚えのある声に振り返ると、美幸が立っていた。この間のフォーマルな服装ではなく、カジュアルな感じの服装だ。それでもジャケットを羽織っているあたりが、崩しすぎてなくて良いと思う。

「……こんばんわ」
「こんばんわ。ごめん、待たせちゃった?」
「いや、大丈夫。ほんの1時間しか待ってないし」
「え、1時間も待ってたの?」
「あ、いや、冗談。5分も待ってないよ、うん」

何テンパって本当のこと言ってんだよ俺。家で待ってるのが落ち着かなくて待ち合わせの場所でずっと待ってたなんて、美幸には言えない。子どもみたいって馬鹿にされるやつだ。

「高坂くん、お腹空いてない?」
「え? あ、うん。空いてる」
「じゃあ、ご飯食べに行かない?」
「い、いいね。行こうか」

あれ、なんか昔の感じに戻ってきてないか? 正直、「さっさと忘れ物渡してくんない?」って言われると思っていたから、美幸の言葉は意外だった。まあ、美幸の会社の人が忘れ物したなんていうのは、真っ赤な嘘なんだけどな。

適当にはぶらかして、こっちからご飯に誘おうという魂胆だったので、この状況はありがたい。月曜日に美幸と会った時とは俺への対応が違いすぎて、ちょっと驚きだけどな。

「何か食べたいものある?」
「そうだな……」

美幸に聞かれて、思考を張り巡らせる。しかし、こんな時にパッと行けるお洒落な店を俺は知らない。美幸をご飯に誘うつもりだったくせに、リサーチ不足というこの失態。ミステイク。

「……あ、近所にダーツバーがあるんだけどどう? ご飯も食べれるし、お酒も飲めるし。ダメかな?」
「ううん、全然いいよ。行こっか」

この間三嶋と行ったダーツバー。俺の知っている最大限お洒落なところだ。座ってご飯も食べれるし、落ち着いて話もできるしいい場所だろう。ありがとう三嶋、お前に感謝する日が来るとは。

美幸の承諾も得ることができた。自分の記憶を頼りに、美幸をお店までエスコートする。ここからそう遠くないので、10分もあれば着くだろう。


「……この間会った時と、雰囲気違うね」
「え? ああ、服装のこと? あの日は、研修があったからあんな格好だったの。一応、研修旅行って名目だから」

服装のことではなく、俺への対応が違うということを伝えたかったのだけど……。まあいいか。細かいことを気にしてはいけない。

「そうなんだ。旅行っていつまであるの?」
「……明日。明日の昼に東京に帰るの」
「そ、そっか」
「明日はもう観光する時間もあんまりないから、今日のこの時間は自由行動ってことになったの」

明日、帰ってしまうのか。また遠くへ行ってしまうのかと思うと、胸の奥が掴まれたように痛くなる。でも、今日は美幸に自分の想いを伝えるんだ。神田が、俺にそうしてくれたように……。

「……会社、どこに勤めてるの?」
「IT企業、かな。一日中パソコンとにらめっこしてるよ。任される仕事も多いから、結構大変なんだ」
「へえ、それは大変そうだ」

IT企業に勤めてるのか。昔の美幸からは想像できない職種だ。いきなり東京なんて行ったもんだから、なんかもっとこう、クリエイティブな仕事やってるのかと思ってた。IT企業もクリエイティブっちゃクリエイティブか。


当たり障りのない会話を続けていると、目的の店が見えてきた。どうやら、俺の記憶力はなかなかのものらしい。無事にたどり着くことができた。

「見えてきた。あそこなんだ」

そのお店は、雑居ビルの5階にある。1階からエレベーターに乗り、5階のボタンを押す。着くと、すぐ目の前に『three in a bed』と書かれた扉が見えた。お店の名前だ。

扉を開けると、相変わらず落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。カウンター席が6つ。ダーツ台が4台、そして4つの立ち飲みできる机。それからボックス席が3つほど。幸いにも、ボックス席が空いていた。

予約していたわけではないので、席が埋まっていたらどうしようと思っていたけど、この時間は割りと空いているようだった。お客さんの数は少ない。

「いらっしゃいませ、高坂様。ようこそお越し下さいました」

席に座ると、バーのマスターがわざわざ近くまで来て話しかけてきた。あれ、俺自己紹介なんてしたかな。予約も取ってないし、なんで俺の名前を知ってるんだ?

「先日、三嶋様といらした方ですね? 三嶋様には、いつも何かとご助力いただいておりますので」
「あ、そうなんですか」

なるほど、あいつはこの店のお得意さんってことか。知り合いの俺にまでこんなに丁寧に対応してくれるなんて、三嶋って一体何者なんだ……。

「メニューはそちらにございます。お決まりになりましたら、お声かけください」

マスターはそう言うと、深々と頭を下げ、カウンターへと戻っていった。行動のひとつひとつに気品が感じられる。素直に凄いと思う。俺も見習わないとな。

「高坂くん、こういうお店よく来るんだ?」
「え? あ、ああ。まあね」

咄嗟の小嘘。つい見栄をはってしまった。

「凄いね。私、あんまりこういうとこ来ないから、緊張しちゃって……」

意外にも、美幸はこういう店には慣れていないようだ。東京に住んでいたら、この手の店には慣れてるもんだと思っていたけど。仕事が忙しくて、あまりプライベートの時間がないのかもな。


「とりあえず、ご飯頼もっか。私、お腹ペコペコだ」

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