都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

21 オモロウへ(1)

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「追っ手は見えますか?」

「先ほどと変わらず付いてきています」

 リーディアは戦場を離脱してすぐに、追っ手から追跡されていることに気付いた。
 追ってくる敵は百名程度と少数だったが、彼女らも僅か三〇名だ。そのため迎え撃つのはすぐに諦めるしかなかった。その後速度を上げて振り切ろうとしたり、蛇行するように進路を変えたが、追っ手を振り切ることができない。それどころか常に等距離を保ったままで、接近もしてこないことが不気味だった。

「やはりこちらが疲れるのを待っているようですね」

 眉間に深い皺んだアレシュが、リーディアに告げる。
 姿が見えないならまだしも、微妙に見え隠れする距離を保ったまま確実に追走してくる重圧プレッシャーは計り知れなかった。そのせいでペースが乱され疲労も大きくなる。もちろん追っ手の狙いは、疲れて動けなくなるのをじっくりと待っているのだろう。疲れて足を止めようものなら、その時は速度を上げて確実に仕留めに来るに違いなかった。
 体力には自信のあったリーディアも、常に晒される重圧に焦りが滲み出している。疲労が頭の回転を鈍らせ足並みを乱した。
 アレシュは天を仰いだ。
 太陽はまだ高いが随分と西に傾いてきている。このままでは日没までにオモロウに辿り着くのも困難になるだろう。この状況で夜を迎えることは危険過ぎた。

「リーディア様、このままでは日が暮れてしまいます」

「そうですね。振り切れればと思っていましたが、そうもいかないようです。敵を連れて行くのは心苦しくはありますが仕方ありません。このままオモロウに向かいましょう」

 同じことを考えていたらしいリーディアが、間を置かずに決断を下す。

「皆さん疲れていると思いますがあと少し、頑張ってください!」

 周りにそう声を掛けると、彼女らはこれまでのペースを保ったまま進路を再びオモロウへと転じるのだった。





 一隻のキャラベル船と二隻のキャラック船が、オモロウの桟橋に停泊していた。
 船の甲板ではトゥーレが落ち着かない様子で、先程からウロウロと歩き回っていた。
 トゥーレの居るキャラベル船は、もちろんトルスター軍旗艦ジャンヌ・ダルクだ。
 停泊中のため、キャラベルの特徴でもある大三角帆ラテンセイルは、折り畳まれているが、マストの先にはトルスター家の船に交差した櫂の紋章がひるがえっていた。

「トゥーレ様、少し落ち着かれませんと兵に伝染しますぞ」

 見かねたクラウスが溜息を吐きながら苦言を呈する。

「分かっている! 分かっているが・・・・」

「もうすぐ斥候が戻るはずです。そうすれば何らかの情報が得られるでしょう」

 彼らがオモロウに到着して数時間が経つ。
 当初の予定では、リーディアが既に到着していてもおかしくない時間だ。しかしマストの見張り台から見える範囲には、その姿は何処にも見当たらなかった。そのため数組の斥候を周囲に放っていたのだった。
 この半日前にはフォレスを脱出したテオドーラらと無事に合流していた。
 母からフォレスでの戦況を確認したトゥーレは、十隻のうち七隻を脱出組の護衛に回しサザンへと送り出していた。
 詳細はわからないもののダニエル軍の劣勢を知ったトゥーレは、嫌な予感に焦りを浮かべながらオモロウに駆け付けたのだった。

「敵だ!」

 斥候が戻ってくるより先にマストの見張りが敵を見つけて叫んだ。

「斥候じゃないのか?」

「味方ではありません! 麦に車輪の紋章、ヴィクトル様の軍です!」

 そう告げられた瞬間、息を呑む音がそこかしこで聞こえた。

「まさかヴィクトル殿がこちらにくるとは・・・・」

「さすがに偶然だと思われますが、何ともタイミングが悪いですな」

 伏兵を警戒していたトゥーレだったが、まさかヴィクトルがオモロウに派遣されてくるとは考えていなかった。
 先の戦いでは、ダニエル敗北の切っ掛けを作るという功績を挙げた彼だ。
 だが大きすぎる戦果を上げた結果、新政権での発言権を持ちすぎるのを防ぐため、エリアスがフォレスから遠ざけたのかも知れない。
 もしそうならオモロウにトゥーレが布陣していたという結果は、ヴィクトル側からすれば幸運だろう。

「数は分かるか!?」

「およそ一二〇〇程かと」

 『むう!』とクラウスが腕を組んで唸った。
 リーディア回収のため機動力を重視し、戦力の多くをテオドーラの護衛に割いてしまった。そのためこのオモロウには三隻で合計三〇〇名ほどしかいない。小さいとは言え防御施設のないオモロウを守り切れる戦力ではなかったのだ。

「キャラック二隻を出して沖から迎撃させろ! 港は死守するぞ!」

「はっ!」

 トゥーレはすぐに指示を出し、兵たちが迎撃態勢を整えるべく素早く船に乗り込んでいく。下知から数分後には二隻のキャラックは抜錨ばつびょうし港を離れた。

「砲撃準備! 先制するぞ!」

 ジャンヌ・ダルクでは船長のピエタリの合図に左舷の扉が開き、三門の砲門が顔を出した。

「しっかり掴まっててください。ぶっ放しますよ!」

 振り返ったピエタリがそう注意すると、トゥーレたちは慌てて近くの物に掴まった。

「ようし、狙いは付いているな!? 撃てぇ!」

 轟音が鳴り響き左舷の砲門が一斉に火を噴いた。
 ギシギシと嫌な音を立てて、船が大きく左右に揺れる。だがネアンの沖でのように転覆するかと思われるような揺れではなかった。

「錨を降ろしているのと、荷を左舷に寄せているのでこの間よりはましでしょう?」

「こ、これでか!? もう少し何とかならんのか?」

 ピエタリは悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべて振り返ると、クラウスが青い顔を浮かべて反論する。

「この船は今回が初海戦です。武装もまだ間に合わせなので、今回はこれで精一杯です!」

 これ以上はサトルトに戻って改修する必要がある。ピエタリにそう言われると彼らは我慢するしかない。

「さて、あと二斉射したらこの船も出しますぜ!」

「わかった、任せる」

 トゥーレたちは各自、鉄砲を手に戦闘準備を始める。
 その後、大砲を二斉射したジャンヌ・ダルクは錨を上げて桟橋を離れた。大砲が引き込まれ左舷の扉が閉じ、代わりにトゥーレたちが舷側に陣取り銃を構えた。
 砲撃によって町は甚大な被害を受けたものの、それでもヴィクトル軍とトゥーレ軍との間には三倍以上の兵力の開きがある。
 彼らは戦意も高く、オモロウの街へと殺到してきた。

「よし次は俺たちの出番だ! 出し惜しみなしで鉛の雨を降らせてやれ!」

 その言葉と共に銃撃が開始される。
 先に川に出ていたキャラック二隻もジャンヌ・ダルクの前後を護るように移動するとそこからも銃撃が始まった。
 ヴィクトルの部隊は、建物の影に身を潜めながら反撃を試みようとするが、火器の装備率は低く、殆どの兵は弓しか装備していなかったため、トゥーレ軍が遠距離から一方的に攻撃を加える形となった。
 だが敵は息を潜めつつ、隙を見つけては火矢を放ち反撃の糸口を探ろうとする。

「ルーベルト! 隠れた敵をあぶり出せ!」

 トゥーレの声に合わせてルーベルトが魔砲隊を指揮し舷側に出る。
 魔砲隊は文字通り魔砲を装備した部隊だ。まだ数は少なく五〇名ほどしかいないが全員魔砲を装備し、ルーベルトの指揮下に入っている。

「ようし、敵を炙り出してやれ! 撃てぇ!」

 ルーベルトは全員に魔炎弾を装填させるとオモロウ市街へ向けて発砲した。
 音も無く飛ぶ弾丸はオレンジ色の尾を引きながら放物線を描きゆっくりと着弾し、そこかしこで真っ赤な火球の花を咲かせた。
 直後、隠れていた影から身体を燃え上がらせた兵がよろよろと現れ倒れる。

「火がぁ! 誰か消してくれぇ!」

「パウリ!? パ、パウリがいきなり黒焦げに!?」

 魔炎弾が直撃した者は真っ黒に炭化し、近くに着弾しても高熱により衣服が焼け皮膚が爛れた。火球に飲み込まれた兵士は自分が死んだことにすら恐らく気付かないままだろう。
 だがその方がまだ幸せだったかも知れない。
 周りの兵が慌てて火を消そうと右往左往し、そこに新たな魔炎弾が着弾して被害を拡大させた。初めて魔砲弾を受けたヴィクトル隊は、そこかしこで叫び声が上がり局地的に地獄絵図が出現した。
 建物の影に隠れていても火球に飲み込まれれば一瞬で消し炭になってしまう。運良く火球に飲み込まれずとも、火球の近くにいるだけで高温により火傷を負ってしまうのだ。パニックになった兵がたまらず飛び出せば、鉄砲の格好の餌食となってしまう。

「へ、兵を引かせろ!」

 ヴィクトルは堪らず町の外まで兵を下げざるを得なかった。
 だが敵兵を撃退したトゥーレの目的は港の死守だ。そのため追撃には移らず、お互いに町を挟んで睨み合いとなるのだった。
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