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悪役令嬢は和解したい
しおりを挟む「疲れたぁ……」
一時間の努力の結果、ほんの少しだけだけど表情が作れるようになった。とはいえ、本当にちょっとだけど。伊達に約九年間一度も使用されていなかっただけある。これは満面の笑顔を作るのにかなり時間かかりそう。
「喉乾いた……何か飲めるものないかな」
部屋をぐるりと見渡すけどそれらしき物は見当たらないし、これは部屋の外の様子を見るのに丁度いいかもしれない。早速部屋の外に出てみることにしたのだが。
「廊下長っ!?」
なんとなく部屋の感じから察していたけれど、このお屋敷相当な広さだ。流石公爵家。
「屋敷のマップを引き出して……厨房はこっちか」
脳内マップを頼りにだだっ広い廊下を突き進んでいく。途中、窓から外を眺めると青葉の敷かれた庭が見えた。あそこに寝そべってお昼寝したら気持ち良さそうだなとか考えてしまうあたり、やっぱり私は令嬢には向いてなさそう。
「……あれ?あの子」
ふと廊下の先に男の子を見つけて立ち止まる。誰だろう、あの子。ええっと……
「アレン・クロトラスト。公爵家子息。攻略対象者。ティアより二つ上の兄。(ただ実の兄ではない)
産まれた直後に両親を亡くし、遠い親戚であるクロトラスト夫妻に引き取られた養子である。妹のティアと真逆で、穏やかで心優しい性格で何処か抜けたところがある。
周りからは優秀な妹と比較され、幼いうちから自分に対する自信が持てずにいる。」
なるほど、ティアのお兄ちゃんでしたか。しかも、実の兄では無いのね。確かにティアが白髪なのに対してアレン君は金髪だし、顔付きもあまり似てない。共通点は両者超美形であることくらいか。
「お兄ちゃ……お兄様っ!」
未だこちらに気が付かないアレンに自ら進んで声をかけにいく。今こそ、修行の成果を見せる時だ。
「ティ……ア……」
名前を呼ばれたアレンは肩をビクッと跳ねさせて血色悪い顔でこちらを振り返った。あれ、なんか怯えてる……?
「お兄様、どうし」
次の瞬間。目の前にいたアレンは脱兎の如く廊下を駆け出した。
突然の出来事で私も何がなんだかよくわからずに彼の消えた廊下の先を眺めていたが、しばらくして気が付く。
「今……逃げられた……?」
そ、そんな筈は。だって何もしてない。私はただ声を掛けただけだ。うん。
「ト、トイレ我慢してたとか?」
それなら仕方ない。また今度会った時にでも話しかけるとしよう。
そう思ってその日は会話を諦めたのだったが。
その翌日も。
「あっ!お兄様!」
「っ!」
その翌々日も。
「お兄様!おはようござ」
「……」
そんな感じで一週間が経った頃。
「これ、絶対に避けられてるわ」
ようやく事態の深刻さに気がついた。いや、最初の方でだいぶ勘付いてはいたけども。アレンだけじゃない、侍女や料理師、庭師、とにかく色んな人が私の姿を見るたびに顔を青くしたり、早歩きで会釈して去って行ったりしていたのを見てきた。 未だにお父さんとお母さんに会えていないから両親がティアをどう思っているかまではわからないけど、少なくとも周りのティアに対する印象が最悪なのだけは確かだ。
「ここまで嫌われてると、一周回って清々しいな……」
そんなこと言ってる場合じゃないけど。
「あっ……」
小さな悲鳴に振り返るとアレンがしまったという顔でこちらに背を向けてようとしている所だった。ここで逃したらまた今日も一日話ができない。いつまでもそれじゃラチがあかない!
「ち、ちょっと待って!」
ーーガシッ
逃げれる直前に手を伸ばしその腕にしっかりとしがみ付いた。が、歳上の、ましてや男の子の力に九歳の女の子が敵うわけもなく。
「うわっ!」
「きゃっ!」
勢いよく振り解かれた腕。そのまま私の体は廊下の壁に叩きつけられる。
「いっ……」
「ご、ごめんっ!」
慌ててアレンが駆け寄ってきて体を起こしてくれる。あぁ、説明にあった通りやっぱりアレンは本来心優しい性格らしい。それをここまでさせるって何かよっぽどのことでもしないととても避けられたりなんてしないと思うんだけど。
「大丈夫……?」
「はい……。ごめんなさい、いきなり腕を掴んだりして。でも、お兄様とお話がしたくて」
「……」
彼は何も答えなかった。ただ、今日はいつも以上に顔色が悪いように感じる。体調が悪かったのだろうか。聴きたいけど、嫌いな私と少しでも長く同じ空間にいる方が体に障りそう。
「……でも、今日はもう部屋に戻りますね。」
つとめて明るく告げて立ち去る。背後で何か聞こえたような気がしたけど振り返らずに部屋へとまっすぐ帰る。
壁に強く打った背中もだけど、何故だか胸までズキズキと痛んだ。
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