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凍った心はきっと溶ける。
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私が中庭でサーンズ大臣から睨まれていた時、背後から突然タイラントが現れた。
「こんな所にいたのか娘。ん? ネフィト執事長。サーンズ大臣も一緒か」
不穏な会話をしていた私達の所へタイラントが顔を見せた途端に、サーンズ大臣の表情が柔和な物に変化する。
「陛下。お鼻の具合はいかがですか?」
一瞬だけサーンズ大臣の視線が私に移った。し、知っている。サーンズ大臣はタイラントの鼻を折ったのが私だと。
「うむ。大した事はない。それより二人共、この娘に用がある故連れて行くが構わぬか?」
サーンズ大臣は微笑み、ネフィトさんは敬礼し了承した。私は背中に二つの視線を感じながら、タイラントと並び歩き始める。
ど、どうしよう。何だか大変な事になってきたわ。私は不安満載でタイラントに手を握られていた事に気がつかなかった。
「······ちょ、ちょっとタイラント。なんで手を握っているのよ」
「散歩道では手をつなぐのだろう?」
私は目を疑った。タイラントは穏やかに微笑んでいた。私は無意識に握られていた手に力を入れた。
······駄目だ。やっぱり今は村に帰れない。だって、タイラントがこんなにも変わり始めている。
もう少し。もう少し時間があれば。タイラントの凍った心はきっと溶ける。ううん。もう溶け始めている。
私は覚悟を決めた。タイラントが心を取り戻すまでこの城に残ると。だが、そんな私の覚悟は恐ろしい現実の前で脆くも崩れ去る事になるのだった。
······その日の夕食時。食堂で隣の席にシースンが座って来た。
「リリーカ。たまには一緒に飲みましょうよ。そうだ。リリーカの部屋がいいわ」
シースンは片手に酒瓶を持ちながら強引に私の手を引く。その時、シースンが腰に剣を帯びている事に私は気づいた。
廊下を歩いている時にそれは起こった。壁の窓から突然何かが、私の頭部めがけて飛来してきた。
私の耳に鋭い金属音が響いた。呆然と立ち尽くす私の前に、シースンが剣を抜き立っていた。
私の足元に短剣が落ちている。シ、シースンが剣で防いでくれたの? シースンは素早く窓の外を見回し短剣を投じた相手を探す。
相手は見つからなかったのだろう。シースンは何事も無かったように私に笑いかけた。
「イタズラにしては悪質ね。まあ気にしない事よリリーカ」
シースンはそう言って明け方まで私の部屋にいた。翌朝、食堂に行く為に部屋を出るとリケイが立っていた。
「リリーカ様。本日は私の仕事を手伝って頂けますか?」
リケイは呑気な声色で私に両手を合わせる。するとシースンが私の肩を軽く叩いた。
「じゃあねリリーカ。また今夜あなたの部屋で飲みましょう。約束よ?」
リケイと入れ替わるように、シースンは去って行った。私はリケイと一緒に資料庫に行き、昨年の作物収量の記録資料を整理していた。
······何か変だ。密室に二人きりなのに、リケイは発情もせず黙々と資料整理をしている。シースンもおかしい。
連夜で私の部屋に来るなんて今までに無かった。そんな考え事をしていたら、私はインクの瓶を床に落としてしまった。
瓶が割れる音と共に、リケイが資料を投げ出し、もの凄い勢いで私の元へ駆けつけた。リケイは眼鏡の下にこれまで見た事が無い鋭い目を光らせていた。
リケイは周囲を見回し、私に怪我は無いかと微笑んだ。や、やっぱり変よ。シースンも。リケイも。
時刻は昼になり、私とリケイは並んで食事を摂っていた。リケイは食事を終えると、笑顔で去って行った。
そして私の前の席に大柄な男が乱暴に座った。それは、陽気に笑うザンカルだった。
「ようリリーカ。午後は俺に付き合ってくれるか?」
ザ、ザンカル! あれから気まずくて顔を合わせづらかった私は、突然のザンカルの誘いに戸惑った。
私は無意識にザンカルの腰に視線を移す。やはりザンカルもシースンと同様に剣を身に着けていた。
私とザンカルは鍛錬所に移動した。私は兵士が訓練時に使用する服装に着替えた。ザンカルは私に、何をさせる気なのかしら?
「リリーカ。舞踏会の時にも言ったが、お前さんは少し体力不足だ。俺がこれから訓練してやる」
く、訓練? か弱い一般村娘の私が? それから数時間、私は護身術をザンカルから教わった。
だが、あまり発達していない私の運動神経は教師であるザンカルを満足させる結果にはならなかった。
「まあ初日はこんなもんだな。リリーカ。また明日も訓練するからな」
息切れし疲労で座り込む私は返答に窮した。あ、明日もやるのこれ!?
「立てるかリリーカ? 午後のお茶にしよう。汗をかいた後の茶菓子は美味いぞ」
ザンカルは優しく手を差し伸べ、私を立たせてくれた。変わらない。あんな事があってもザンカルの優しさは変わらないんだ。
鍛錬所を出る際、ザンカルは周囲を警戒しているように私には見えた。
「······ザンカル。もしかして皆は、私を警護してくれているの?」
私はまだ考えがまとまらない内に、つい思いついた事を口にしてしまった。でもシースンやリケイの行動を考えても、やっぱりそうとしか思えない。
「······ネフィト執事長から口止めされていたんだがな。やはり本人が知らぬと言うのは返って危険だ。お前は知っていた方がいい」
ザンカルは話してくれた。それは、この城に仕える古い重臣。ネフィトさんとサーンズ大臣が繰り広げている暗闘だった。
「こんな所にいたのか娘。ん? ネフィト執事長。サーンズ大臣も一緒か」
不穏な会話をしていた私達の所へタイラントが顔を見せた途端に、サーンズ大臣の表情が柔和な物に変化する。
「陛下。お鼻の具合はいかがですか?」
一瞬だけサーンズ大臣の視線が私に移った。し、知っている。サーンズ大臣はタイラントの鼻を折ったのが私だと。
「うむ。大した事はない。それより二人共、この娘に用がある故連れて行くが構わぬか?」
サーンズ大臣は微笑み、ネフィトさんは敬礼し了承した。私は背中に二つの視線を感じながら、タイラントと並び歩き始める。
ど、どうしよう。何だか大変な事になってきたわ。私は不安満載でタイラントに手を握られていた事に気がつかなかった。
「······ちょ、ちょっとタイラント。なんで手を握っているのよ」
「散歩道では手をつなぐのだろう?」
私は目を疑った。タイラントは穏やかに微笑んでいた。私は無意識に握られていた手に力を入れた。
······駄目だ。やっぱり今は村に帰れない。だって、タイラントがこんなにも変わり始めている。
もう少し。もう少し時間があれば。タイラントの凍った心はきっと溶ける。ううん。もう溶け始めている。
私は覚悟を決めた。タイラントが心を取り戻すまでこの城に残ると。だが、そんな私の覚悟は恐ろしい現実の前で脆くも崩れ去る事になるのだった。
······その日の夕食時。食堂で隣の席にシースンが座って来た。
「リリーカ。たまには一緒に飲みましょうよ。そうだ。リリーカの部屋がいいわ」
シースンは片手に酒瓶を持ちながら強引に私の手を引く。その時、シースンが腰に剣を帯びている事に私は気づいた。
廊下を歩いている時にそれは起こった。壁の窓から突然何かが、私の頭部めがけて飛来してきた。
私の耳に鋭い金属音が響いた。呆然と立ち尽くす私の前に、シースンが剣を抜き立っていた。
私の足元に短剣が落ちている。シ、シースンが剣で防いでくれたの? シースンは素早く窓の外を見回し短剣を投じた相手を探す。
相手は見つからなかったのだろう。シースンは何事も無かったように私に笑いかけた。
「イタズラにしては悪質ね。まあ気にしない事よリリーカ」
シースンはそう言って明け方まで私の部屋にいた。翌朝、食堂に行く為に部屋を出るとリケイが立っていた。
「リリーカ様。本日は私の仕事を手伝って頂けますか?」
リケイは呑気な声色で私に両手を合わせる。するとシースンが私の肩を軽く叩いた。
「じゃあねリリーカ。また今夜あなたの部屋で飲みましょう。約束よ?」
リケイと入れ替わるように、シースンは去って行った。私はリケイと一緒に資料庫に行き、昨年の作物収量の記録資料を整理していた。
······何か変だ。密室に二人きりなのに、リケイは発情もせず黙々と資料整理をしている。シースンもおかしい。
連夜で私の部屋に来るなんて今までに無かった。そんな考え事をしていたら、私はインクの瓶を床に落としてしまった。
瓶が割れる音と共に、リケイが資料を投げ出し、もの凄い勢いで私の元へ駆けつけた。リケイは眼鏡の下にこれまで見た事が無い鋭い目を光らせていた。
リケイは周囲を見回し、私に怪我は無いかと微笑んだ。や、やっぱり変よ。シースンも。リケイも。
時刻は昼になり、私とリケイは並んで食事を摂っていた。リケイは食事を終えると、笑顔で去って行った。
そして私の前の席に大柄な男が乱暴に座った。それは、陽気に笑うザンカルだった。
「ようリリーカ。午後は俺に付き合ってくれるか?」
ザ、ザンカル! あれから気まずくて顔を合わせづらかった私は、突然のザンカルの誘いに戸惑った。
私は無意識にザンカルの腰に視線を移す。やはりザンカルもシースンと同様に剣を身に着けていた。
私とザンカルは鍛錬所に移動した。私は兵士が訓練時に使用する服装に着替えた。ザンカルは私に、何をさせる気なのかしら?
「リリーカ。舞踏会の時にも言ったが、お前さんは少し体力不足だ。俺がこれから訓練してやる」
く、訓練? か弱い一般村娘の私が? それから数時間、私は護身術をザンカルから教わった。
だが、あまり発達していない私の運動神経は教師であるザンカルを満足させる結果にはならなかった。
「まあ初日はこんなもんだな。リリーカ。また明日も訓練するからな」
息切れし疲労で座り込む私は返答に窮した。あ、明日もやるのこれ!?
「立てるかリリーカ? 午後のお茶にしよう。汗をかいた後の茶菓子は美味いぞ」
ザンカルは優しく手を差し伸べ、私を立たせてくれた。変わらない。あんな事があってもザンカルの優しさは変わらないんだ。
鍛錬所を出る際、ザンカルは周囲を警戒しているように私には見えた。
「······ザンカル。もしかして皆は、私を警護してくれているの?」
私はまだ考えがまとまらない内に、つい思いついた事を口にしてしまった。でもシースンやリケイの行動を考えても、やっぱりそうとしか思えない。
「······ネフィト執事長から口止めされていたんだがな。やはり本人が知らぬと言うのは返って危険だ。お前は知っていた方がいい」
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