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鬼神の章
其ノ五
しおりを挟む「だから何だ。戯言は聞き飽きた、人間風情が」
突然の衝撃に身体がびくんと跳ねた。
まさに衝撃としか言いようがなかった。電撃のような強烈な波動が暁日の背後から全身を突き抜けていった。
「………」
まさかとは思う。思うが、いまのはこの男が放った感情の波か?
埒のあかない暁日の言動に苛立って、―― 子供が癇癪でも起こしたみたいに?
「おまえごときが役に立つとは思っちゃいない。そもそもおまえが必要なのは沙那のいまの器がこの身体だからだ」
この器がなければ、沙那が目覚めたとしてもかれの宿る実体がなくなる。
「何を好きこのんで人間に転生したかは知らないが…、昔からよけいな手間ばかりだ、おまえは」
「………」
いまのは、暁日ではなく沙那に向けた言葉だ。
分かってはいたが、暁日は深い溜息と同時に答えた。
「…知らねえよてめーのことなんか」
たとえば、声や姿も同じだったろうか。
だとしたら、何度も繰り返されるこの言葉は、否定というより拒絶に近いかもしれない。それとも仮の器の言葉など、所詮この男にとっては戯言にすら聞こえないのか。
覚えていないことを泣いた記憶がある。七つになるまえの子供の頃のことだ。
時折みる夢の景色がどうしても思いだせなくて、寺院の坊主たちを困らせるほどによく泣いた。七つを過ぎてからは自然と見なくなったその夢が、あるいは暁日と沙那とを結ぶ唯一の接点だったのかもしれない。
仮にそうだとしても、夢の中身ひとつ暁日の記憶には残されなかったことになるが。
あの夢をみていたのは沙那だったのか。
ふと、そんなことを思った。
この身に備わった稀有な力も、沙那の器として生まれついたことで何らかの影響を受けたからだと。
いつだったか仁は、暁日の力はうぶすなの加護だと言った。
―― けど腕っぷしは並み以下だから何かあったら俺が助けてやるよ。
二の腕に小さな力こぶを作ってみせて、小さな仁は小さな暁日にそんなことを言って胸を張った。
幽霊、のひとことで情けなく腰を抜かしていたくせに。
大事な記憶の、大事な友人だ。葛城の家族も、この町の人びとも。
「人間どもに紛れて人間ごっこか。…そんなものが楽しいか」
「…人間だからな」
意識に割り込んでくるような不躾な問いにも、暁日は淡々と答えた。
思考を読むなよ、とも思ったが、鬼神が相手では言っても無駄だ。
「…俺が泣いても夢ひとつ残さなかったんだ。てめーが頭さげて頼んだって出てきやしねえよ。諦めろ」
無駄でも、互いに譲る気のない言い分はお互い様だろうか。
「どうだかな。おまえが役立たずなのは同じだが、俺にとっておまえ以外は取るに足らないものばかりだ」
「………」
言葉の真意を掴みかねて、暁日はきゅっと眉間を寄せた。
この男にとって暁日は取るに足らない人間だ。
それでも沙那を目覚めさせるために暁日という器が不可欠であるように、暁日にもかけがえのないものはいくらでもある。
それこそたくさんの、この日々を紡いでいるすべてのものだ。
「…おまえ、……」
喉の奥で声が絡んだ。
背後の気配がまるで陽炎のように熱をともなって揺らめきはじめた。
音もなく、あるいは耳を劈くほどの轟音を立てて、周りの大気が震えを帯びる。それがおもての通りにまで伝播したとき、突然足許の地面ががくんと崩れた。
割れた地面は亀裂を走らせて商店通りをまっぷたつにしていく。
地鳴りの中で建物の崩壊する音が折り重なるように無惨に響いた。
日没近い町並みは、帰宅した者たちが夕餉を囲む宵の刻だった。
崩れゆく建物の中で甲高い悲鳴がいくつも上がり、それはたちまち苦痛の呻きへと変わって、やがて瓦礫の中に力無く消えていった。
暁日は男の腕に捕らわれたまま、声もなくそれを見つめるしかなかった。
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