海街の人魚姫

ガイア

文字の大きさ
5 / 13

5話

しおりを挟む
「ただいま」

 帰宅すると、母さんのたったったと少し早い足音が聞こえてきて、

「随分遅かったけど、大丈夫だった?」

 心配そうな顔で俺を見た。俺は成人をしている大人、だけれど、東京に行って色んなことがあってから、母さんは俺を色々凄く心配してくれている。

「心配かけてごめん、大丈夫だよ」
「そう、よかった。もしかして、教会へ行った?」
「・・・うん」
「どうだった?ナミさんに会えた?」
「うん」

 俺は、母さんにしっかり向き合っていった。

「また明日も行くよ」
 そういうと、母さんは安心したように微笑んだ。
「うん、よかった。教会は、お昼の1時からだからね」
 母さんは小さくそういったのを背中で聞いた。

***

「行ってきます」
 それから俺は、毎日高台の教会へと通うようになった。ナミさんは、相変わらず教会へ来た人たちに感動するくらい上手にピアノを弾いていた。ただ、気になったのは、前に演奏してくれたSummer以外はすべて本格的なクラシックばかりだったということだ。

 それから驚いたことに、ナミさんは小柄だから中学生くらいかと思っていたら、19歳だった。これは普通に怒られた。

 演奏が終わった後、俺は少し残ってナミさんにスマホで最近の音楽を聞かせてあげるのだった。

「なんですか、このじゃかじゃーんってなって、きえええ!ってそしてぐおおおおってなる音楽は!」
 興奮して足をばたばたさせるナミさんに、俺はくすりと笑って答えた。
「ロックだよ」
「んーんーっんーんーっ」

 ナミさんは、目を閉じてさっき聴いた曲を口ずさみながら地面に置いた足の指をなめらかに、いつもピアノを弾いているように動かした。ナミさんは、一度聞いた曲をピアノがないところでも感覚で弾く真似ができるといっていた。聴いた曲を譜面がないのに、足の感覚で探るように弾きだすことができるのは素直に凄いと思う。

「凄いです、感動です。こう、魂にずきゅーんときました」
 ナミさんは、感動をストレートに言葉にする。
「こういう音楽聴いたことないの?」
「あまり、うちでは聴きません」

 うちでは?なんだかその言い方に違和感を感じた。音楽が好きそうなのに、大好きだろうに、どうしてだろう。

「ナミさんって」
「おーい、霞」

 教会の扉が開いて、低いおじいさんの声がした。

「あっ、おじいちゃん」

 振り返ると、機嫌の悪そうな眉間にしわの刻まれたおじいさんがこっちに向かってきていた。おじいちゃんってことは、ナミのおじいちゃんか。

「誰だ、この若いのは」
 ナミさんのおじいちゃんは、怖い顔で俺を見た。反射的に体が固くなる。
「お、僕は、阿木沼小唄です。娘さんのナミさんとは、仲良くさせていただいています」
 俺は、しゃきっと立ち上がり深々と頭を下げ挨拶をした。

「少し前から教会で出会って仲良くなったの」
 ナミさんがそういうと、ナミさんのおじいちゃんの眉間のしわが少しだけ薄くなった。

「ナミと仲良くしてやってくれ、あ、でもナミをたぶらかすなよ」
「もう、おじいちゃん」
 なんだ、優しい孫思いのおじいちゃんじゃないか。

「ぼ、僕、ナミさんの音楽に感動して、その、ずっと悩んでいたことがあったんですけど、ナミさんのピアノで、元気になったというか」

 そういうと、ナミさんのおじいちゃんの眉間に先ほどより濃くしわが刻まれた。

「音楽だと?」
「え?」

 ナミさんは、「あっ」と小さく声をもらしてしまった、という顔をした。

「わしは、音楽なんか大っ嫌いだ。ナミがどうしてもというからこの場を知り合いから借りてピアノをやらせてやってるが、本当は音楽なんて続けてほしくない!帰るぞ、霞!」

 ナミさんのおじいちゃんは、そういってナミさんに行くぞと目でいうと、すたすたと教会の外に行ってしまった。

「ごめんなさい」

 ナミさんは、凄く悲しい顔でそういって、とぼとぼと帰っていった。俺は、そんなナミさんの丸まった背中に呼びかけた。

「ナミさん、ごめん・・・また、明日」
 そういうと、ナミさんは寂しそうにくるりと振り返った。
「また明日」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

処理中です...