4 / 13
4話
しおりを挟む
少女のことをじっと見つめながら、目を奪われながら、魅せられながら、ずっとそこから動かなかった。
「はじめまして、ですね」
少女は、ずっと前の端の席に座っている俺を見て微笑んだ。
「あ・・・はい」
思わず俺は敬語で返事をして俯いた。
「気にしていませんから。気にしないでくださいね」
少女は、そういって椅子から降りた。
「あの」
「はい?」
どこか行こうとする少女を、俺は金縛りがとけたように動いた体で立ち上がり呼び止めた。
「演奏、凄かった。感動した」
俺がそういうと、少女は足をクロスさせて上品にお辞儀した。
「ありがとうございます」
「酷いことをいってしまって、本当にごめんなさい」
今度は俺が頭を下げた。
「いいんですよ」
視線の先に、いつの間にか少女の足があった。
顔をあげると、少女が俺のすぐ近くに来ていた。
「佐々波霞(さざなみかすみ)です」
近くで見ると、どきりとするくらい可愛らしい容姿をしていることに気付いた。長くてさらさらの黒髪、背丈の割りに大人びて見えるのは、右目の下のなきぼくろのせいだろうか。
「佐々波の、ナミをとってナミさんと呼ばれています。好きなように呼んでください」
俺が少女、いや、俺は尊敬をこめて皆と同様ナミさんと呼ぶことにした。
「じゃあ、ナミさん。俺の名前は阿木沼小唄(あぎぬまこうた)コウタでいいよ」
ナミさんは俺の顔を見上げて、首を傾げた。
「コウタさん、はどういう字を書くのですか?」
俺は、自己紹介の後にこんなことを聞かれたのは久々な気がした。名前の字なんて呼べれば関係ないような気がするけど。
「小さい唄(うた)で、歌は、左に口で右に貝の(うた)だよ」
そういうと、ナミさんは微笑んだ。
「(うた)いう言葉が入っていてとても素敵な名前だと思います。羨ましいです」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「名は体を表すというじゃないですか。私は気にしてしまうんです」
「ナミさんは?」
「私は霞(かすみ)で一文字。霞がかるとか、霞むとかの(かすみ)です」
自分の名前を説明するナミさんは、少し元気がなかった。
「綺麗な名前だね」
「皆そういってくれますが、私は自分の存在が霞んでいるようで、なんというか自分が・・・」
ナミさんは、上手く自分の言葉を口にできないようにもごもごと口を動かして俯いた。そこで俺は、ポケットからスマホを取り出して、霞(かすみ)で検索した。
「日の出や日没に、雲が美しく彩られること」
「え?」
ナミさんに、俺はスマホを見せながらグーグルで調べた霞の意味を見せた。
「やっぱり綺麗じゃん。ナミさんは全然霞んでなんてないよ。俺は、正直今日ナミさんのピアノを聴いて涙が出て、感動して、ファンになった。これから毎日来たいと思った」
そういうと、ナミさんは目を輝かせた。
「なんですか、それは!」
「え?」
「それはなんですか!?薄いその板は」
「薄い板って、スマホだけど」
「すま・・・ほ?」
ナミさんは、こてんと首を傾げた。
「もしかしてスマホ知らないの?」
そう問いかけると、ナミさんは真剣な表情でこくりと頷いた。
「え!?テレビとかで見ない?」
「テレビ・・・みないんです」
ナミさんは、困ったような悲しいような顔をした。しまった、嫌なことをいってしまったかもしれない。ナミさんは、スマホのこととか知らないんだ。まあ、でもそうだよな。欲しいと両親にねだったりしたら、ナミさんの両親が困りそうだもんな。
「そんなに役に立たないよ、俺も音楽聴いたりするくらいしか使ってないし」
「音楽!?」
ナミさんは、音楽という言葉に過剰に反応した。しまった、音楽という言葉のチョイスはよくなかったかもしれない。余計に興味をひかせてしまったかも。本当に音楽が好きなんだろうな。
「も、もっと話をしたいけど、もう今日はもう帰らなきゃ。ナミさんもお父さんやお母さんが迎えにくるんじゃない?」
スマホの時間を確認するつもりはなかったけれど、自然と開いたら確認してしまった。時刻はもうとっくに17時前を回っていた。
「あ、でもここの神父さんだったり?」
「いいえ、おじいちゃんは、17時になったら迎えに来ます」
迎えにくるのはおじいちゃんなのか。
「そうなんだ、もうちょっとだね」
「また明日、スマホ見せてください。約束ですよ」
ナミさんは、子供が親と約束するような表情でそういった。
「うん、持っていくよ」
「それでは、また明日」
ナミさんは、ふっと微笑んで俺は頷いた。
「また明日」
教会から出た俺は、また明日と言い合える相手はいることがこんなにドキドキして、明日という日が楽しみになるものだとは思わなかったと、少し足早に家に帰っていた。
「はじめまして、ですね」
少女は、ずっと前の端の席に座っている俺を見て微笑んだ。
「あ・・・はい」
思わず俺は敬語で返事をして俯いた。
「気にしていませんから。気にしないでくださいね」
少女は、そういって椅子から降りた。
「あの」
「はい?」
どこか行こうとする少女を、俺は金縛りがとけたように動いた体で立ち上がり呼び止めた。
「演奏、凄かった。感動した」
俺がそういうと、少女は足をクロスさせて上品にお辞儀した。
「ありがとうございます」
「酷いことをいってしまって、本当にごめんなさい」
今度は俺が頭を下げた。
「いいんですよ」
視線の先に、いつの間にか少女の足があった。
顔をあげると、少女が俺のすぐ近くに来ていた。
「佐々波霞(さざなみかすみ)です」
近くで見ると、どきりとするくらい可愛らしい容姿をしていることに気付いた。長くてさらさらの黒髪、背丈の割りに大人びて見えるのは、右目の下のなきぼくろのせいだろうか。
「佐々波の、ナミをとってナミさんと呼ばれています。好きなように呼んでください」
俺が少女、いや、俺は尊敬をこめて皆と同様ナミさんと呼ぶことにした。
「じゃあ、ナミさん。俺の名前は阿木沼小唄(あぎぬまこうた)コウタでいいよ」
ナミさんは俺の顔を見上げて、首を傾げた。
「コウタさん、はどういう字を書くのですか?」
俺は、自己紹介の後にこんなことを聞かれたのは久々な気がした。名前の字なんて呼べれば関係ないような気がするけど。
「小さい唄(うた)で、歌は、左に口で右に貝の(うた)だよ」
そういうと、ナミさんは微笑んだ。
「(うた)いう言葉が入っていてとても素敵な名前だと思います。羨ましいです」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「名は体を表すというじゃないですか。私は気にしてしまうんです」
「ナミさんは?」
「私は霞(かすみ)で一文字。霞がかるとか、霞むとかの(かすみ)です」
自分の名前を説明するナミさんは、少し元気がなかった。
「綺麗な名前だね」
「皆そういってくれますが、私は自分の存在が霞んでいるようで、なんというか自分が・・・」
ナミさんは、上手く自分の言葉を口にできないようにもごもごと口を動かして俯いた。そこで俺は、ポケットからスマホを取り出して、霞(かすみ)で検索した。
「日の出や日没に、雲が美しく彩られること」
「え?」
ナミさんに、俺はスマホを見せながらグーグルで調べた霞の意味を見せた。
「やっぱり綺麗じゃん。ナミさんは全然霞んでなんてないよ。俺は、正直今日ナミさんのピアノを聴いて涙が出て、感動して、ファンになった。これから毎日来たいと思った」
そういうと、ナミさんは目を輝かせた。
「なんですか、それは!」
「え?」
「それはなんですか!?薄いその板は」
「薄い板って、スマホだけど」
「すま・・・ほ?」
ナミさんは、こてんと首を傾げた。
「もしかしてスマホ知らないの?」
そう問いかけると、ナミさんは真剣な表情でこくりと頷いた。
「え!?テレビとかで見ない?」
「テレビ・・・みないんです」
ナミさんは、困ったような悲しいような顔をした。しまった、嫌なことをいってしまったかもしれない。ナミさんは、スマホのこととか知らないんだ。まあ、でもそうだよな。欲しいと両親にねだったりしたら、ナミさんの両親が困りそうだもんな。
「そんなに役に立たないよ、俺も音楽聴いたりするくらいしか使ってないし」
「音楽!?」
ナミさんは、音楽という言葉に過剰に反応した。しまった、音楽という言葉のチョイスはよくなかったかもしれない。余計に興味をひかせてしまったかも。本当に音楽が好きなんだろうな。
「も、もっと話をしたいけど、もう今日はもう帰らなきゃ。ナミさんもお父さんやお母さんが迎えにくるんじゃない?」
スマホの時間を確認するつもりはなかったけれど、自然と開いたら確認してしまった。時刻はもうとっくに17時前を回っていた。
「あ、でもここの神父さんだったり?」
「いいえ、おじいちゃんは、17時になったら迎えに来ます」
迎えにくるのはおじいちゃんなのか。
「そうなんだ、もうちょっとだね」
「また明日、スマホ見せてください。約束ですよ」
ナミさんは、子供が親と約束するような表情でそういった。
「うん、持っていくよ」
「それでは、また明日」
ナミさんは、ふっと微笑んで俺は頷いた。
「また明日」
教会から出た俺は、また明日と言い合える相手はいることがこんなにドキドキして、明日という日が楽しみになるものだとは思わなかったと、少し足早に家に帰っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる