海街の人魚姫

ガイア

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3話

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 駐車場にはバスや車が何台か駐車してあり、かなり開けている印象を受けた。
左右に駐車されている横目に通り過ぎ、教会の正面に立った。
建物自体は白く、上の方は空のように青かった。窓の枠が白く窓は青く透きとおっている。まるで空を現したかのような教会だった。
 ごくりと喉がなった。

 扉の向こうでは、微かに拍手のような音が聞こえていた。
 そして、何やらオルゴールのような音も。いや、ピアノの音か、これは。

「♪~」
「!」

 ――扉を開けると、一斉にそこにいた人が俺を見た。
 赤いレッドカーペット。左右には赤い席が置いてあり、何人もそこに並んで座っている。
レッドカーペットを進んだ先には、学校の教壇のようなものが置いてあり、その横には白いグランドピアノが置いてあった。

 そして、そのグランドピアノに足をのせて遊んでいる少女がいた。
 異様な光景だ。

 俺はずかずかと教会へ入っていき、グランドピアノに足をのせて遊んでいる少女の元へと向かった。

「楽器で遊んじゃだめだろ!」

 こんな立派なグランドピアノ、なかなか見られない。
 それなのに、この少女は。
 周りの大人も特に注意している様子はなかった。
 この少女より小さい子供もいるというのにだ。どうしてこんな状況が起きている?
 俺は、怒りで微かな違和感に目を向けなかった。目を向けようともしなかった。少女の肩は、強くつかんだら壊れてしまいそうな薄い肩だった。
 白いレースのワンピースに、黒くて流れるような美しい黒髪。
 こっちを向いた少女は、右目に泣きぼくろのある美しい顔をした・・・少女というより、もう少し大人びた印象を受けた。

「ナミさんを離せ!」

 俺の腕を掴んでいるのは聞き覚えのある声の男の子だった。
 腕、そうだ。
 この少女のワンピースは、長袖だった。こんなに熱い夏だというのに長袖だったのだ。
 そして、その長袖の端はきゅっとかた結びされていた。

「あれ・・・」

 長袖から、出ているはずの腕がなかった。

「なんで・・・」

 少女は、一瞬悲しそうな顔をしたがすぐにふっと微笑んだ。
「いらっしゃい、お兄さん。ようこそ漣の教会へ(さざなみの教会)へ」
 それが、俺とこの両腕のない少女。

佐々波霞(さざなみかすみ)との出会いだった。

「ナミさんに謝れ!」

 子供たちは口々にそう叫んだが、少女がピアノをじゃーんと弾くと子供たちは静かになった。
 今俺は自然にピアノを”弾いた”と思った。

 小さな足の指を鍵盤の上において、まるで指を使うように弾いた少女に俺は体が動かなくなった。
「座ってください、皆さん。あなたも」
 少女の声は、今ままで出会ったどんな女性の声とも違い、澄んだ美しい声をしていた。
座れっていったって、俺は通ってきた席を見るとお年寄りや大人たち、子供たちがこちらを見ている。その目は、俺にこれから石を投げようとしているような目だった。
 俺はきっと、この少女に本当に最低で、失礼なことを言った。

「ごめんなさい」
 頭を深く深く下げた。
「いいんですよ」

 少女は、下を向いている俺に優しく声をかけた。
 そして、顔をあげた俺に、足で開いている席をさした。一番前の一番端の席だった。透き通るような白い足が目の前を横切る。

「こちらへどうぞ」

 少女は、俺にさっきと同様席に座るように促した。
 席をじっと見た俺は、何も言わず、何も言えず席についた。
 そして、俺は帽子をとって膝に置いた。

「では、お客様も揃ったところで。聴いてください」
 目を閉じて足をすっとあげた少女は、明らかに先ほど話していた少女とは雰囲気が違っていた。何かが少女に憑依したかのような、少女を纏う集中力。思わず目を見張り息を飲んだ。

「久石譲さんの、Summer」

 クラシックを弾くものだと思っていたが、母さんでも知っている曲だった。
 最初は、学校のチャイムが重くゆったりと流れる音楽になっているような曲調になって、徐々に徐々に明るく、そして楽しい、軽やかにステップするような曲調へと流れていく。
それから、目を閉じていると緑の森林が浮かぶような青々とした景色が流れ、時に静かに寄せてはかえってくる波のようになり、夏の夜空に散りばめられた美しい星々が浮かんでくる。青い空、小さい頃海で遊んだ思い出や、カブトムシを父さんが買ってきてくれてスイカを食べて、おばあちゃんやおじいちゃんと、家族皆で歌を歌ったんだ。

「あぁ・・・」

 胸にこみあげてくるこの気持ちは。
 頬を伝う熱い涙は。
 そんな俺を慰めるように、曲は静かに終わりへと歩みを進めていく。ピアノの上を小さな指が歩くように、楽しそうに踊るように。夏の思い出を、懐かしかったあの頃へと連れて行ってくれているように。
 俺は、気づいたら少女から目を離せなくなっていた。
 少女は、弾き終わり魂を注ぎ切って燃え尽きたように体を反り、俺たちを見つめた。そして、俺と目が合うとふっと微笑んだ。

 拍手が沸いて、立ち上がっている人もいた。泣いているおばあちゃんもいた。
 皆俺と同じ夏を、思い出を感じていたのだろう。
 曲の魅力もさることながら、それを最大限に引き出し、曲の熱を鍵盤に叩き込むように、情熱をしみこませるようなピアノは、聴く人を魅了し、感動の渦へと誘っていた。
何者なんだ。この少女は。

「今日はこれで終わりです。ありがとうございました。よかったらまた来てください」
 少女は、足を振って微笑んだ。
「ナミさん、今日もすごかった」

 ナミさん。少女はそう呼ばれていた。子供たちに囲まれ、中心で微笑んでいた。

「ありがとう」
「ナミさん、ありがとうね」

 さっき泣いていたおばあちゃんがハンカチで目を押さえながら微笑んだ。

「昔のことを、思い出したわ。この町で過ごしたこと。少し前に息子夫婦に孫が生まれて、今遠くに住んでいるんだけど、こんなに小さかった息子がね。海で泳いで走り回って、真っ黒けだった息子が、大人になって、立派に働いて、綺麗な奥さんと結婚して、ほんとうに大きくなったなあって」

「素敵なお話を聞かせてくれてありがとうございます」
 少女はそういって微笑んだ。

 皆少女に挨拶に来たり、そのままうっとりして帰って行ったり様々だった。少女の足と握手する人もいた。
 俺は、皆が行くのを、行ってしまうのを待つようにその場から動かなかった。
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