海街の人魚姫

ガイア

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10話

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「ナミさん・・・」

 遅いよ、とか、冷汗をかいたよ、とかいう言葉は出てこなかった。ナミさんは、いつもの長い髪をポニーテールにして、ピアノが弾けるように丈の短い青色のすずらんの浴衣に、白い羽織を着ていた。

「遅くなってごめんなさい」
 ナミさんは、椅子に腰かけ頭を下げた。
「いや、全然待っていないよ」

 俺は、なんて心の狭い人間なのだろう。女の子の支度もろくに待てないなんて。デートに遅れた超可愛い彼女を待つ彼氏のような返答をした俺は、そのまま『可愛いね』と言いたかったが、もうすぐ出番という緊張で吐きそうだったので喉の奥が詰まっていて言えなかった。
 ついに出番ですと言われたが、足が重く感じた。東京でストリートライブをしていたというのに、俺は今人前に出るのに緊張している。理由はわかっている。
 俺は、ナミさんを見つめた。俺が歌うのはナミさんが作ったオリジナル曲。ナミさんは、自分で曲を1曲作っていた。恥ずかしくて公開することはないと思っていたらしいが、この機会に皆に聴いてもらおうと決意したらしい。それとこのお祭りの期間に俺と歌うために作ってくれたらしいもう1曲を歌う。俺が歌った後、ナミさんは残り3曲を演奏する。

「コウタさん」
 ナミさんは、俺の視線に気づいたのか俺を見た。
「楽しみましょうね」

 緊張していたが、ナミさんの笑顔を見て体がふっと動いた。

「海城町の人魚姫と呼ばれた佐々波霞さんと、東京で歌手を志して上京していた阿木沼小唄さんが、地元に帰ってきてくれたらしく、最初の2曲は2人でステージに立ってくれます」

 拍手が沸いて、俺は小さく『行きましょう、コウタさん』といったナミさんについてステージに上がった。
 眩しい、拍手を体で感じる。席は満席で、立ってみている人も多数いた。町中の人が見ているのだと思うと少しだけ足が震えた。ずしっとした熱気を感じ、背筋を思わずしゃきっと伸ばしながら歩いた。
 俺用のマイクはステージ正面に用意されていて、ナミさんのマイクはインカムみたいに小型でアクセサリーみたいなものだった。

「お2人共、一言どうぞ」
 司会者の人にそう言われてナミさんが1歩前に出た。

「最初の2曲は私が作詞作曲しました。隣にいるコウタさんに無理をいってもらって、一緒にステージで歌ってもらうことになりました。残りの3曲は私の家族の思い出の曲で、とても大切な曲です。皆さんに楽しんでいただけると嬉しいです」

 ナミさんは、堂々とステージに立ち、耳につけたマイクで観客に向かって話をした。自然と拍手が起き、作詞作曲をした言葉に期待の眼差しで皆はナミさんを見ていた。

 ナミさんは、話し終えると俺の方を見て何か一言と、合図をした。
「今日俺たちがこうしてステージに立って歌を歌うために協力してくださった皆様、本当にありがとうございます。ナミさんの演奏を、皆さんに楽しんでいただきたいと思います。ナミさんが本当に音楽が好きで、今も楽しそうに続けていて、この町の人に元気を与えているということを、見ていてください」
 俺は、客席の特別席にいるナミさんのおじいちゃんと、客席の後ろの方で見ている夫婦に向けて、そしてここにいる全ての人に向けてはっきりと言った。

 そして、俺はマイクを持った。

「最初の曲は、『希望の翼』です」
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